1-7 旦那様はご乱心
~作者side~
サブレが屋敷を飛び出して数十分後。
主役のいなくなった食卓にはどんよりとした沈黙が流れていた。
その沈黙を破ったのは屋敷の主人だった。
「サブレもそろそろ頭を冷やしただろう。
様子を見に行ってくれ」
「はい」
主人に指示されたメイドがそそくさと部屋を出て行く。
間もなくして顔面蒼白のメイドが戻ってきた。
「だ、旦那様! お嬢様が……サブレ様がいません!」
主人は椅子から飛び上がった。
「何ィ⁉ ほ、ほかの部屋も見たのか」
「い、いいえ。お部屋にこれが」
メイドは震える手で一枚の便箋を差し出した。
可愛らしい花の絵があしらわれた便箋だ。
そこに書かれた内容を読んでいくうちに、主人の顔はみるみる青くなっていった。
そして、今度は顔を真っ赤にして叫んだ。
「今すぐサブレを探し出せ!」
屋敷が大騒動になる。そんな中、シナモンは放り投げられていた便箋をグローブを纏った手に取った。
(……本当にお嬢様の字ですね)
『お父様が私の夢を理解してくれないなら、私は自力で旅に出ます。さようなら』
「ほーう……」
シナモンの思考は、今頃外の世界に放り出されているであろうサブレに飛んだ。
「屋敷の中を探すのだ! まだ中にいるはず……サブレに限って家出なんてありえーん!!」
主人の大声でシナモンの意識は一気に現実に引き戻される。
主人は完全にパニックと言った感じで叫び続けている。その声は震えていた。
その姿は癇癪を起こしている子供に近いものがある。
シナモンは溜息をついた。
「旦那様、落ち着いてください」
「こっ、これが落ち着いていられるか!」
主人の顔がさらに赤くなる。
「サブレが家出など……この世の終わりだ」
「この世の終わり、ですか。面白いことを言いますね」
そんなことを口にしつつシナモンはクスリと笑った。
「なっ、何が面白い……?」
「私はですね、旦那様。今この状況を少し嬉しく思っているのですよ」
それを聞くと、主人は手を振り上げた。
「何を言っているのだ貴様はぁ!」
シナモンはその腕を冷静に避けながら続ける。
「あのお嬢様が、自分の夢を叶えるために行動に出たのです。喜ばしいことだとは思いませんか?」
主人の腕がピタリと止まる。
「もうお嬢様は、ただ、希望を唱えるだけではなくなったのですね」
シナモンは何かに思いを馳せるかのように目を伏せた。
「遠い昔より、15歳は人生の節目。
……もうお嬢様も大きくなったのですね」
いつしか、主人は黙って、シナモンの話を聞いていた。彼のペースに落とし込まれたのだ。
使用人達が駆け回る騒がしい屋敷の中、1人冷静に少女の成長を噛み締めているシナモンの姿はどこか異質だった。
「では、私は外を探してきます」
シナモンはコートを羽織りながら言った。
「他の使用人さん方は休んでもらって構いませんよ、では」
シナモンはそのなかなかにハンサムな顔でニコリと笑うと、主人の返事も聞かずに屋敷を出ていった。
(しかし、お嬢様はどこへ行ってしまわれたのか……困りましたね)