4-9 参上!スルメ&アタリメ
シナモンが先に道を切り開くという作戦は、一見、理にかなっているように思われた。何が待っているか分からない霧の中に、サブレを放り込む訳には行かない。ならば、先に進路を確保した方がいい。シナモンもショコラもそれで納得していた。
しかし、シナモンは見落としていたのだ。その作戦を実行する場合、自分とサブレが離れなくてはならないことを。そして、霧の立つ森の中とは、何が起こるか分からないということを。
シナモンが後ろを振り返った時、目に飛び込んできたのは森の木々ではなく、真っ白な霧であった。
シナモンは唖然とした。
(確かに霧は払ったはず、どうして……?)
シナモンの疑問に答えるかのように、突然、上から声が降ってきた。
「霧の中を進もうとするとは、なんと愚かなことよ」
「自然の厳しさを知らぬとは、なんと愚かなことよ」
感情を感じさせない平坦なこえである。
「誰だ!?」
シナモンはどこにいるかも分からぬ声の主に向かって叫んだ。
「「クックックック……」」
2つの声が、同時に笑う。
そして、2つの影がシナモンの前に降り立った。
片方は真っ黒な長髪をひとつにまとめた男。もう片方は真っ黒の髪を肩の辺りで切りそろえた女。そっくりな切れ長の目のすぐ下、全く同じ位置にホクロが1つ。そして口元にはマスク。
そう、彼らこそが……
「盗賊協会に仕えし忍、スルメ参上!」
「盗賊協会に仕えし忍、アタリメ参上!」
「「家庭教師シナモンよ、お命頂戴!!」」
決まった!と言った感じでフスーっと鼻息を吐くスルメとアタリメ。
ニコニコ笑いながら拍手をするシナモン。
なんとも言えない空気が漂った。
しかし、その空気は1本の矢によって切り裂かれた。
ぴしゆっと音を立て、スルメとアタリメの間を通り抜けていく矢。
見ると、次の矢を放とうとシナモンが弓を構えていた。
「ほう?わざと外したか」
抑揚の無い口調でスルメが聞く。彼の針のような切れ長の目が、さらに細められた。
「おや? 1発で心臓を貫いた方が良かったですか?」
シナモンもニコリと笑いながら返す。
「家庭教師なんかに私達の心臓は狙えないわ、よっ!」
そう言いながら、手裏剣を投げたのはアタリメである。
シナモンは弓のハンドルでそれを弾いた。
「貴方方の目的はなんですか? なぜ、私が家庭教師であると知っているのです?」
弓を構え、徐々に相手から距離を取りながら、シナモンは聞いた。
「知ったところで何になる? どうせお前はここで死ぬ」
言いながら、スルメとアタリメもクナイを構えた。睨み合いである。
「随分と自信がおありな様で……。言う気がないなら、早く終わらせましょうか!」
2本の弓が同時に放たれた。
今度はスルメとアタリメの間ではなく、彼らの胸に向かって、真っ直ぐ弓が飛んでいく。
しかし、弓がその体を貫く直前、2人は消えた。
言葉通りの意味である。彼らの姿、気配は一瞬のうちになくなった。まるで、最初からそこには誰もいなかったかのように。
「何を……」
眉間にシワを寄せるシナモン。次の瞬間。
「貰った!」
シナモンのすぐ上、そして、背後に一瞬にしてスルメとアタリメが現れ、その日本刀でシナモンの体を切り裂いた。
これこそスルメとアタリメの能力、所謂忍法というやつである。といっても、彼らが扱ったのは魔法や特別な術などでは無い。
彼らが持っているのは超人的な速さである。
スルメとアタリメは目に見えぬ程の勢いで霧の中に身を隠し、また、素早く攻撃の射程に入りこんだ。言ってしまえば、身を隠しながら全力疾走をした感じだ。
シナモンは切られた場所から真っ赤な血を流し、その場に倒れ込んだ。




