3-12 白髪の王子様・side-B
~ショコラside~
クソッ、してやられた。
ボクは、大男の攻撃を防ぐことは出来なかった。
武器を取り返して、油断していた……否、そもそもコイツが素早すぎるのだ。
ボクのサーベルは空を切り、ボクは吹き飛ばされた。
腹部にじくじくとした痛みを感じる。上手く呼吸ができない。
鳩尾を狙って来た。コイツは相手の急所がわかっているのだ。戦い慣れているから。
サブレも今度こそタダじゃ済まなそうだ。
あの大男が狙うなら……顔か。
サブレの綺麗で可愛らしい顔を潰す気だ。
仮にサブレがブサイクでも、ヤツは顔を狙うだろう。
顔には目、鼻など精密な作りの部位がかたまってる。オマケに脳みそも近い。
鼻を潰せば、1発で致命傷。喰らった側は上手く行動出来なくなる。目を潰せば、相手は一生暗闇の中で生きていくはめになる。脳を揺らせば、気絶させるのも一瞬だ。
賞金稼ぎ(バウンティハンター)になったばかりの頃、先輩賞金稼ぎ(バウンティハンター)が教えてくれたのを覚えてる。
そんな理屈的なことはさておき。
サブレのあの笑顔が二度と拝めなくなるのは嫌だな。
……でも、ボクはまともに動けない。何も出来ない。そんな自分が悔しくて、もどかしくて、仕方がない。
ボクは下唇を噛んだ。
ああっ、大男が腕を振り上げる……
その瞬間だった。
音も立てずに窓ガラスが割れた。そして、次の瞬間サブレと大男の間に、あの男が立っていたのだ。
名前は確か……シナモンだっけ?
バリン、と音がした。
そこで初めて気がついた。
ガラスの割れる音が鳴らなかったのでは無い。その音よりもシナモンの方が早かったのだ。
大男の顔を見る。それは、既に、生きている人間のする顔ではなかった。真っ青な顔色、開ききった瞳孔、微かに空いた口……。
こんなものを見るのは初めてではない。
初めてではないはずなのに、ボクはシナモンを見て……恐怖した。
それも当然なのかもしれない。
彼はほんの一瞬で、大男の胸を矢で一突きにしていたのだ。
矢は深く深く突き刺さっている。心臓を狙ったのだろう。そして心臓は貫かれていた。
あの屈強な男の、胸筋を突き破ったのか?
しかもただの矢で。剣でも槍でもなく……矢でだ。
あのヒョロリとした体に、一体どんな怪力を秘めているというのだろう。
動きも、とても人間にできるような速さではなかった。
しかし、そんなことよりボクが恐怖したのは、『一瞬で人を殺した』という事実、ただそれだけだっだ。あんなに素早く、一瞬で。
……なんの躊躇もなかった。
真っ白な髪が、陽の光で赤く染っている。その警戒色にボクの心臓は早鐘を打った。額に脂汗が流れる感覚がする。
彼の青い瞳には光が灯っていない。全く輝いていなかった。無表情なのに、怒りや殺意が、確かに伝わってくる。
彼の薄い唇や、荒れのない肌が、ボクには人間のものには見えなかった。
その姿はまさしく、死神だ……。
ボクは昔、死神を見たことがある。お母さんを連れていった死神。
彼はそれに近しいものがあった。
そして、ボク達は助かった。
死神が発した言葉に、思わず反論したのは、彼女を死神から守りたかったのか、それとも……。
ただ、サブレの優しさに敬意を示したかった。その優しさを無くして欲しくなかった。
きっと、それだけ。
そう思うことにした。
ボクにはもう……きっと、サブレと一緒にいる資格なんて無いから。




