3-10 白髪の王子様
~サブレside~
私が袋から私物を取り出していると、男のほうから低い声が聞こえた。
「微笑みし女神よ、哀れなこの者の傷を癒し、そしていつか、優しき目覚めを与えよ。
イアシズ・クレバー!」
そのセリフは聞き覚えがあった。ショコラちゃんを助けたとき、シナモン先生が唱えていた魔法だ。……まさか。
先程まで呻いていた大男が静かになった。そして、彼はゆっくりと立ち上がった。
「な、なんでお前がそんな魔法を⁉」
ショコラちゃんが問いかける。
ジャーキーが口角を上げた
「昔、仲間に魔法使いがいてな。教わったんだ。ま、そいつも今は獄中だけどよ」
「クソ!」
ショコラちゃんがサーベルを振り上げる。が、大男のほうが一歩速かった。
「あぐっ!」
大男の拳が、ショコラちゃんの腹部に命中した。軽く吹き飛ばされたショコラちゃんがカビの生えたフローリングに叩きつけられる。
「……畜生」
ショコラちゃんは腹部を抑えている。
大男は私を見た。その目がギラリと光る。まるで獲物を見つけた肉食獣のような表情だわ。
「い、いや……」
大男が私に近づいてきた。
私はぎゅっと目をつむる。
「だ、だめだ、サブ……レ」
ショコラちゃんの苦しそうな声が聞こえる。
ぶんっ!
何かが空気を切る音がした。
これが当たったらただでは済まないだろう。私の全身がこわばった。
次の瞬間、うめき声をあげたのは私ではなく……大男だった。
「?」
恐る恐る目を開けると、シナモン先生の背中が目に入った。
シナモン先生は、丸く真っ白な楯で男の拳を防ぎ、一本の矢で男の胸を突き刺している。
割れた窓ガラスから差し込む、オレンジ色の光が、先生の真っ白な毛一本一本を輝かせた。先生の綺麗な青い瞳、薄い唇、艶やかな肌……。そのすべてが私を安心させた。そして、いつにも増して美しく見えた。
その姿は、まるで絵本に出てくる白馬の王子様のようだ。
大男が倒れた。そして、もう二度と起き上がることはなかった。
「お嬢様」
シナモン先生は私をぎゅっと抱きしめた。シナモン先生の甘い香りに包まれる。背中に先生の力を強く感じた。
「助かった…」
私は思わず、体から力が抜けた。




