3-9 守るため、握るナイフ
~サブレside~
「ふざけやがって!」
ジャーキーの悪意たっぷりの独白を聞き、我慢できなくなったのだろう。
ショコラちゃんが再び飛び上がった。そして、ジャーキー目掛けて襲い掛かろうとした。しかし、大男が間に割り込む。大男はショコラちゃんの足を掴み、ショコラちゃんを投げ飛ばした。
どしん!
フローリングに叩きつけられるショコラちゃん。
「ショコラちゃん!」
私はショコラちゃんに駆け寄る。
「大丈夫?」
受け身をとったらしく、頭は打っていなかった。だが、ひじに大きな擦り傷が出来ている。
私の目から思わず涙がこぼれた。
ジャーキーが口笛を吹くのが聞こえた。
「ヒュー! 流石、俺のボディーガード! やるねぇ。 2人共、無駄な抵抗はやめたほうがいいぜ? こいつは生身の女の子が敵うほどヤワじゃない」
私は、シナモン先生が外に出るのを止めた理由が分かった。この世でなによりも怖いのは、人だったのだ。
「さあ、やるべきことは早くやってしまおう! ショコラを殺せ!」
その言葉を合図に、大男がショコラちゃんに迫った!
このままじゃ、まずい!
私は、小さな頃からずっと、お父様やシナモン先生に守られてきた。おかげで危険にされされることなく生活できていたわ。
そのことに、感謝しなきゃいけない。
でも、いつまでもそれじゃいられないわ。旅に出たんだから、甘えてばかりはいられない。
いえ、例え私がまだ御屋敷に居たとしても、自分の大切なものを守りたい!
もう、守られてるだけの私じゃないのよ!
私は、頭を高速で回転させた。
どうにかして、ショコラちゃんを守らなければ。こうしている間にも大男はショコラちゃんに近づいていく。周囲がスローモーションになったかのように思えた。思えるほどに必死に考える。
……私の腕力じゃ、到底大男を止めることはできない。なら、どうする?
私は思わず、胸の前で手を握りしめた。
その時である。手になにか固いものが触れた。
手探りで確かめると、身に着けていたケープの内側に、先生に買ってもらったナイフが入っていた。
敢えて分かりにくい所に入れていたから、道具を取り上げる時に気付かなかったんだわ。
私は、男達にばれないように、ナイフを手に取った。
怖い。
かすかに手が震える。
でも、負けてられないわ。
私は胸元からナイフを取り出した。
ジャーキーがこちらを見た。
「な⁉ この馬鹿野郎、手荷物全部取り上げろっつただろ!」
大男に乱暴に怒鳴りつけている。
私はジャーキーには目もくれず、大男の太ももに、ナイフを突き立てた!
……か、硬い!
人間の足ってこんなに硬いの?それともこの人の足が大きな筋肉に覆われているからかしら?
私はナイフを持つ手に力を込めた。
切っているのは私のはずなのに、ナイフを持つ手が痛い。つう、と血が流れ落ちた。それでも、私は手の力を緩めなかった。
ぐり、と変な感触がして、足にナイフの刃が食い込んだ。
大男が
「ぎょえぇ!」
と、カエルのような声を上げた。
それは、大男が初めて発した声だった。
太ももから真っ赤な液体が流れ出す。
人間の血を見たのは、昔、本で自分の指を切った時以来だった。
部屋に鉄のようなにおいが充満して気持ち悪い。
私、ひどいことをしているわね……。でも、そうしてでもショコラちゃんを守りたいんだもの。迷わないわ。
遂に、大男はその場に倒れた。
「サブレ……」
解放されたショコラちゃんがかすれた声でつぶやく。
「ぶ、武器を!」
と、私が叫ぶと、ショコラちゃんはうなづいた。
私は足からナイフを引き抜いた。
大男は痛みに喘ぎながら、自分の足を抑えている。私たちに構っている余裕はなさそうだ。
「何もできないクソガキが、調子乗ってんじゃねえ!!」
ジャーキーが雄たけびを上げながらショコラちゃんに襲い掛かった。
ショコラちゃんはそれをひらりと避け、男の後ろに回り込んだ。ショコラちゃんのドロップキックがジャーキーの背中に命中した。
「大男に頼んないと、何にもできないのアンタにだけは、言われたくないね!」
そういいながら、ショコラちゃんは袋を手に取った。その中に私たちの手荷物が入れられているのだ。
蹴られたジャーキーは、痛そうに背中をさすっている。
ショコラちゃんはサーベルを取り出し、くるくると回した。
「サブレもなかなかやるじゃん。はい、あんたの持ち物もこの中に入ってる」
「ありがとう!」




