3-8 誘拐
~サブレside~
何も見えない。視界が真っ暗だ。
背中に、固く、冷たい感触がする。
えっと、私は何をしていたのだったかしら?
ぼんやりとした意識の中、記憶を呼び起こす。
ショコラちゃんと仲良くなって、ショコラちゃんの家に行って、それから……
あ、そうだ。誰かに唐突に口元を抑えられたんだったわ。ハンカチか何かで。おとなしくしろ、って乱暴な声が聞こえたと思ったら意識が途切れて……。
「おうおう、目を覚ましたかい。グレーパイン家のお嬢様!」
突然、低く、しゃがれた声が聞こえてきた。乱暴な口調で私に語りかけている。
貴方は誰? どうして、私のことを知っているの?
次の瞬間、視界が明るくなった。
瞬きを2、3回して、あたりを見渡す。
ほこりや蜘蛛の巣で汚れた、薄暗い部屋。私は固いフローリングの上に寝かされていたようだ。部屋の隅にはガリガリにやせ細り前歯の数本抜けた男性が一人。真っ黒なマントに身を包んでいる。そして、筋肉隆々の大柄な男が一人。どちらもふんぞり返って仁王立ちしていた。目線を横に向けると、私と同じように寝かされたショコラちゃんの姿があった。彼女は先程私にもされていたであろう目隠しがされている。
「こっ、ここはどこ⁉ 私たちに何をしたの!」
私が男達に問いかける。すると、やせたほうの男がクックと笑った。
「見ればわかるだろ? 誘拐したんだよ!」
「う……」
横で寝ていたショコラちゃんが小さくうめいた。
「お目覚めか?」
やせた男が顎をくいっとすると、大男のほうがショコラちゃんの目隠しを外した。
「お、お前は!」
視界が自由になったショコラちゃんは大男と目が合った。その瞬間、彼女は怒鳴り声を上げた。
ショコラちゃんは床に手を付け、飛び上がった。足を開いて立ち、大男をきっと睨みつけながら、自分の腰のあたりに手を伸ばす。しかし、その手は空を切った。
「な、ない!」
彼女の腰のベルトには何もついていなかった。宿にいた時から、ずっと腰に携えていたあの袋も彼女の手元にはなくなっていた。
私も慌てて自分の腰のベルトを見た。ショコラちゃんのものと同じく、何もついていない。
シナモン先生から持たされていた回復薬も、水も、パサンの果汁もなくなっている。
「武器や道具は全部取り上げさせてもらったぜ」
瘦せた男が高らかに言った。
「お前は、ジャーキー……!」
ショコラちゃんがそう言うと、ジャーキーと呼ばれた瘦せ男はさらに口角を上げた。
「ようやく気付いたか、ショコラちゃん?」
「どうしてお前がこんな所に⁉ しかも、何でギャングのボスと一緒にいるんだよ!」
ショコラちゃんはジャーキーと大男を交互に見た。
そんなショコラちゃんに対して、ジャーキーは厭味ったらしく言葉を続ける。
「お馬鹿さん、あの橋の下で人を簡単に信用しちゃあいけないぜ?
貧困層の中でも唯一のお人好しだとか思って油断してたみてぇだがなぁ……」
ジャーキーは余裕たっぷりとな様子で、かなりゆっくりな速度で言葉を紡いでいく。
私は、言っている内容がよく理解できなかった。が、ショコラちゃんの顔にみるみる怒りの表情が浮かんでいく様や、ジャーキーの下品な笑顔を見ていると、ジャーキーという男は悪者で、卑怯な裏切者なのだということが分かった。
ジャーキーは笑い出した。
「お前に渡した情報はウ・ソ! あのギャング集団のボスは、(大男を指差した。)このハゲじゃなくて、(今度は自分を指差した。)俺だ!」
笑いながら続ける。
「ついでに、お前のロープをちょん切ったのも、お前が家を空けた隙に財産持って行ったのも、俺だ」
「何だと!」「なんですって⁉」
私とショコラちゃんは同時に叫んだ。
ショコラちゃんは川に落ちた原因を、仕事中に突然ロープが切れたせいだと言っていた。まさか、それが故意だったなんて!
「ぜぇんぶ俺の作戦通りだったってわけさ。
ま、お前が死ななかったのは誤算だったが……。その代わりにグレーパインのお嬢様を連れてきたくれたし万々歳さ!」
「ボ、ボク達をどうする気だ!」
「ショコラは殺す。お嬢様の方は、人身売買にでも、かけるかな。身代金を要求するのもいいが……」
ジャーキーは、まるで小さな子供がクリスマスプレゼントを考えているように目を輝かせた。そのうれしそうな表情と、今まで聞いたことのないような怖い言葉とのギャップに私は震えあがった。震えあがることしか、できなかった。




