3-5 介抱
~サブレside~
川から女の子を引き上げた。その子の体はとても冷たくて、顔は真っ青だった。
まさか、死んで……。
口元に顔を近づけると、辛うじて息があるようだった。私はほっとした。
でも、これからどうしよう……。
その時、シナモン先生が口を開いた。
「生命の女神よ、この者にひと時の癒しを与ええたまえ。そして、その瞳に光が射さん事を!……イアシズ・クレバー!」
不思議な言葉。だけどどこか暖かくなる様な言葉。
すると、みるみる女の子の体が広い光に包まれた。
「これで命は大丈夫でしょう」
これは、回復魔法。それも強化版ね!
数日前のことを思い出した。靴擦れしてたのを魔法で治してくれたんだっけ。
あの時とは比べ物にならないくらい、大きくて眩しい光がこの女の子に放たれていた。
「しかし、ここまで命が危険な状態では、魔法だけでは回復しません。
回復魔法をかけたばかりの体は通常より脆くなりますし……このまま放置するのは危険ですね」
先生はそう言った。
私達は、その女の子を宿屋に連れ込むことにした。
女の子を宿に運び入れ、私達はほっとため息をついた。
女の子は一室に2つあるベッドの片方に寝かせてある。
短い空色の髪はびしょびしょで、やせた頬は青ざめている。長いまつ毛の目は閉じられたままだった。私はタオルで彼女の細い腕を拭いてあげる。細い手足は筋肉質で男の子みたいだった。
シナモン先生は魔法で火をおこし、先程町で購入したローズティーを淹れている。
甘い香りがこちらに漂ってきた。
私がタオルを置いてベッドサイドに座っていると、紅茶の匂いにつられたのか女の子がゆっくりと目を開いた。
「あら! 目を覚ましたのね! あのまま死んでしまったらどうしようかと思ったわ!」
私がその子に駆け寄ると、その子は苦笑した。そして、大きな瞳で部屋をキョロキョロ見つめている。
シナモン先生の魔法のおかげか、予想していたより元気そうだった。
「ここは?」
女の子がかすれた声で呟いた。
ここは、シナモン先生がとってくれた『ホテルヒカリ』という宿。石造りのミルク色の壁や、エントランスに飾られた大きなシャンデリアは御屋敷の事を思い起こさせる。村で泊まった小さな宿とは大違いだった。
シナモン先生が、せっかく大きな街に来たのだから偶には贅沢しましょう、みたいなことを言っていたのを覚えている。
「ホテルヒカリってところよ。川で溺れていたところを連れてきたの」
と答えると、その子は、
「……そうなのか、君が」
そして、かすかに微笑んで、
「ありがとう」
と言った。
「あっ」
その子は思い出したかのように目を見開くと、自分の腰のあたりをまさぐり出した。
一つ、一つ確認するように腰の袋から色々な物を取り出しては、ベッドの上に置いていく
赤、青、黄などのカラフルな玉、小さなナイフが3つほど入っているケース、円を描く様に曲がった刃のサーベル……。
私は今まで見たこともない物が沢山現れるのを見て、目をキラキラさせていた。こんなに沢山の物、小さな袋の中にどうやって入れているんだろう?
「紅茶ができましたよ」
シナモン先生が部屋の奥から出てきた。
目が合った女の子とシナモン先生はお互いに軽く会釈をした。
ローズティーを飲みながら3人で話した。
その女の子の名前はショコラというらしい。この町で賞金稼ぎ(バウンティハンター)として働いていて、仕事中にうっかり川に落ちたんだとか。
部屋中に広がるローズティーの甘い香りを嗅ぎながら話していると、気持ちが落ち着く。それはショコラちゃんも一緒な様で最初はどぎまぎしていた彼女も平常心を取り戻しつつあるように見えた。
ショコラちゃんは13歳だという。私は15歳なのでその2つ下だ。
ずっとお屋敷にいたせいで同年代の友達がいない私は、ショコラちゃんの存在にワクワクしたし、仲良くなりたかった。
でも、ティーポットが空になった頃、
「今日は世話になった、ありがとう」
とだけ言って、ショコラちゃんはホテルの部屋を出ていこうとした。
「待って!」
私は慌ててあとを追いかける。
「まだ体調が万全じゃないうちに外に出るなんて危ないわ!」
私が部屋を出ようとすると、
「お嬢様、お待ちください!」
ふいに、後ろからシナモン先生に呼び止められた。
「行ってはなりません」
「どうして⁉」
想定外の言葉に私は戸惑う。
少し間を置いて、シナモン先生は言った。
「外は危険です」
シナモン先生らしからぬ言葉に、私は顔を真っ赤にして怒鳴る。
「外? どうしてそんなお父様みたいな事を言うの⁉
ここは危険な生き物も出ないし、雨風を凌ぐ屋根もたくさんある、人もいるわ!
何も危険なことなんてないじゃない!」
「それは……」
シナモン先生が言いよどむ。ほら、反論できないじゃない。
私は、何を言うべきか悩んでいる先生の隙を縫って、外に飛び出した。
「あ! お待ち下さい! お嬢様ぁ!」
やけに真剣な叫び声が背後から聞こえた。




