3-2 最後のお仕事
~ショコラside~
ボクは樽の中に入っていた。
ふざけてる訳じゃないよ! 立派な潜入だ。
ここは「橋」を渡ったところにある裏路地。
「橋」ってのは、ボクが生活してる、あの川にかかった橋のことさ。「橋」以外に言いようがないんだよね。
だって、この橋には名前が無いから。この街の他の橋や川にはあるんだけどね。
ついでに橋の周りには人通りもない。ボクがいる裏路地は背の高い建物に囲まれているけど、ほとんどが廃墟や空き家。
つまり、どれだけ大暴れしても問題なし! ……ばれないから。
だから、悪党共はここをよく通るし、ここでよく悪さをする。
日常的に悪事を働くやつらって学がないからか、行動がワンパターンするんだよね。
とまあ、何が言いたいのかというとここは最高の餌場なのさ。
さて。
ジャーキーから貰ったボスの顔写真を見る。
毛一本生えてないスキンヘッド、眉間に寄った皺、筋肉隆々の体。いかにも悪者って感じの大男だ。
この男も絶対この道を通る。
ボクは樽の小穴から外を見た。誰もいない。
ここではこれが普通。そして、これが平和。だけど、今平和が続かれるのは、ちっと困る。
長時間樽に入っていると、体の節々がちょっと痛くなってくる。樽の中は酒臭いしで、あまりいいものじゃない。
早くボスが来てくれないかな~。
と、まぶたが重くなってくるくらい長~く待ちぼうけしていると……
どか、どかと乱暴な足音が聞こえてきた。
……来た!
ボクは小穴から外をじっと見た。
スキンヘッドで人相悪い大きな親父が歩いている。
こいつだ!
ボクはスキンヘッドが樽の前を通り過ぎようとするタイミングで、勢い良く樽から飛び出した!
「な、なんだてめえ⁉」
大男は獣の鳴き声のような低い声で怒鳴った。
ボクは戦闘になっても大丈夫なように身構える。
しかし、男はボクに攻撃することもなく一目散に逃げだした!
「待て!」
とりあえず追いかける。
その大男は図体に似合わず、かなり速く走っている。ボクらの距離がどんどん広がっていく。
まずい、このままじゃ見逃しちまう……。
こういう時は。
ボクは懐からフック付きロープを取り出した。これは、仕事をする上での必需品だ。
2、3回手元でクルクルとロープを回し、そのまま上空に向かって放り投げた。投げ縄の要領だ。
シュッと軽い音を鳴らし、舞い上がるロープ。先端のフックが、建物の壁の突起に引っかかった。
足に力を込めてジャンプする。ふわり、と体が舞い上がった。
ボクの靴には小さな翼が付いている。流石に飛ぶことはできないが、高くジャンプできるようになるという魔法の靴だ。さらに、数秒なら上空でキープできるという優れ物。
ボクはロープと靴を頼りに、建物の壁を走った。上へと走る、走る。
気分は無重力だぜ!
体の位置が高くなったことにより、大男がどこにいるかよく見える様になった。大男は橋の上に差し掛かっていた。
ボクはもう一本ロープを取り出した。
そいつを、川を挟んで向こう岸の建物にぶん投げる。よし、こっちもフックが引っ掛かった。ボクのエイム力ってば最高♪
ボクは右手に1本目のロープ、左手に新しいロープをがっしり掴むと、大きく跳び上がった。
走るより、ロープに引っ張られた方が移動が早いからね。
ボクは、2本のロープで宙吊りのようになった。かなり高い。
横目で下を見る。ボクの体の真下には川。大男は橋の上。
よし、あいつの目の前に着地してやろう。
右手をロープから離す。
その時だった。
……プツン
「!?」
待ってましたと言わんばかりに、ボクが左手に握っていた方のロープがちょん切れた。
体の支えがなくなったボクは、重力に逆らえず、真下へと落ちていく。
さっき言った通り、下は川なので、地面に叩きつけられて即死なんてことは免れるだろう。でも……
バシャッ!
けたたましい水音にボクの思考はかき消される。一瞬にして僕の体が水に包まれた。
まいったよ、ボクは泳げない。
鼻から大量の水が入ってきた。苦しい。思わず開けた口から更に水が入ってくる。目の前に大きな水泡が浮かぶ。
これ、やばいかも……。
そう思っていると、脳裏に、遠い昔のことが浮かんできた。
これが走馬灯ってやつ?
記憶の映像がクルクル回っている。
……お母さんのこと、貧困層での暮らし、賞金稼ぎ(バウンティハンター)としての仕事、そして、初めて外の世界にあこがれた時のこと。
あー、くそ。最悪な人生の最悪な終わり。夢もかなわず、こんな所で死ぬなんて。
まあ……しょうが、ない……か、な。
ボクは目を閉じ、藻掻くのをやめた。




