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私の箱入り紀行録  作者: raira421
第2章 峠を越えて
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2-5 初めて感じた貴方の体温

  シナモン先生がやってきて数か月が経とうかという頃。

 私はいつものように、シナモン先生の部屋に遊びに来ていた。


 私は部屋の隅に立てかけてある、一本の剣を見つけた。

「なあに、これ?」

 細身の剣が鞘にしまわれている。剣の柄には、細やかな装飾がたくさん施されていて、金でできた取っ手がついてた。

「あ、それは……」

 シナモン先生は丁寧な手つきで剣を手に取った。

「これは、レイピアです。大切な人から貰ったんです」

 シナモン先生は何かを思い出しているような、何かを愛でているような表情でそのレイピアを見つめていた。

「すごい、それ、使えるの?」

 目をキラキラさせて問う私。

「はい。使うことは……できます」

「すごい!騎士様みたいね!」

 シナモン先生は気恥ずかしそうにはにかんだ。

「……いいなぁ。私も剣で戦ってみたい」

 私は、先生の手の中にあるレイピアをまじまじと見つめた。

「剣技、練習してみますか?」

「え!いいの⁉」

「いいですよ。このレイピアは大切なものなので使いませんが」

 シナモン先生はレイピアを大事そうにタンスにしまった。

「夜、みんなが寝静まったら、お庭に出てください」

 先生が悪巧みをするかのようににやりと笑った。

「……お父様には内緒ですよ」


 深夜。私はそそくさとベッドから抜け出した。

 廊下は真っ暗だった。壁に掛けられたは蝋燭は役目を失い、寂しそうにこちらを見下ろしている。メイド含め、一切の人の気配がなく、しんと静まり返っている。


 私が寝た後の御屋敷って、こんなのだったのね!


 今まで見たことのないお屋敷の一面に、私はワクワクした。誰かを起こさないように、忍び足で歩いた。


 そっと御庭に出ると、シナモン先生がもうそこにいた。片手に火の灯った燭台を、片手に小ぶりなレイピアを持っている。部屋で見たものに比べるとかなり地味な見た目だけど、使いやすそう。先生は寝間着姿だったが、いつもの黒いグローブはそのままだった。

「では、秘密のお稽古を始めましょうか」

 シナモン先生は微笑んだ。月明かりに照らされたその笑顔が素敵で、私の頬がぽおっと赤くなる。

 先生からレイピアを受け取り、構えてみる。

 

 お、重い……!

 

 針のように細く見えたそのレイピアは、想像の倍以上に重たかった。

 私はカクン、とバランスを崩してしまった。

「腕にもっと力を入れて。リラックスしてください」

 ふいに、私の身体がそっと支えられる。支えたのはシナモン先生だった。

「あ、先生」

「落ち着いて。ゆっくりやりましょう」

 レイピアの柄を握る私の小さな手がシナモン先生の手に包み込まれる。

 私はすぐ背後にシナモン先生の微かな呼吸音を感じ取った。

「足を肩幅に開いて。腰を低くして

 私の耳に直接、シナモン先生の低く、透き通った声が届く。

 私は背中と五感で背後にぴったりと着いたシナモン先生の体温を感じた。

 胸がドキドキした。心臓の音がすぐ背後の先生に聞こえてしまわないか、不安になるほどに。

 これまで、長い時間一緒に過ごしてきたし、色んな話を聞いた。でも、こんなに接近したのは初めてのことだったわ。

 先生が私の手を掴んだまま、ゆっくり腕を振る。

 すると、先生の体と同時に私の体も動く。

 まさしく、一心同体になった気分だ。先生に促されるまま、先生の意のままに私の体が動いた。

「斬るのはこう、突くのはこう。感覚がつかめてきましたか?」

「は、はいっ」

 こうして、私と先生の秘密のお稽古は東の空が明るくなるころまで続いた。不思議と、眠くはならなかった。シナモン先生のことで頭がいっぱいで、そんな余裕なかったのだと思う。

 朝まで練習しても、私の剣術は一向に向上しなかったのだけど。

「ひ、人には得意不得意がありますからね」

 苦笑いしながらいう先生に、私も苦笑いを返す。お互いに見つめあったその顔がなんだか可笑しくて、私は笑った。先生も笑った。


 剣術は覚えられなかったけど。2人のたった1回のこの夜のことを私は決して忘れないだろう。

 ……5年がたった今でも、思い出すの。初めて、貴方の体温を感じた日のことを。


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