2-4 乗馬
しばらく歩いていると丘の向こうに村が見えてきた。
村の周りには稲畑が広がっていた。村の中の道を羊を引き連れたおじさんが歩いていて、大きなパン屋さんの煙突から煙がもくもく。のどかでいい所ね。
私たちは村のはずれにある馬小屋へとやってきた。
木でできた戸を開けると、藁や動物の臭いが濃く混ざり合った濃厚な風が鼻をかすめた。ちらりと横を見ると、白や茶色の毛並みをした馬たちが草を食べている。
「グレーパイン家のものですが」
シナモン先生が小屋の奥で作業をしていた人に声を掛けた。
ここには、お父様が狩猟に使っていた馬を2匹、引き取りに来たの。
「あいよ、ちょっと待っててな」
職員らしきその人は、にやっと笑みを浮かべると、馬2頭を連れて来た。
片方は全身が雪原のように真っ白。柔らかな表情を浮かべているように見えた。名はバニラというらしい
もう片方はお菓子の様な茶色をして、バニラよりも少し筋肉質。名はキャラメルというんだって。
「よろしくね」
私がぽつりと言うと、2匹はそれを理解しているかのように頭を下げた。
その後、町の宿に一泊した。
翌朝。お日様もまだ眠そうな顔しているほど早い時間に私達は出発した。
(御屋敷程ではないものの)柔らかなベッドと、お気に入りの枕のおかげで、熟睡できた私は、バニラに飛び乗った。キャラメルの方にはシナモン先生がまたがっている。
「さあ、いきましょう」
と、シナモン先生。
昨日教わった通りに手綱を掴み、馬を走らせる。
途端にぐわっと体のバランスが崩れた。
そんなにスピードは出していないはずなのに、視界が上下左右に激しく揺れる。体の横を突風が突き抜けていくのを感じて、私は肩を縮こまらせた。ぎゅっと目をつむり、うつむく。
と、その時
「肩の力を抜いて! ちゃんと前を向く!」
背後からそんな声が聞こえた。
シナモン先生の声だ。
私は手綱を強く握りしめた。ゆっくり、顔を前に向ける。
「そう、その調子です」
深く深呼吸をする。だんだん肩の力がぬけてきた。
「視野を広く持って。景色を楽しんでください」
言われるままに、周囲の景色に意識を向ける。
私は、はっとした。
花畑が広がっていた。カラフルな景色がすごいスピードで移り変わっていく。
その遠くでは緑の山々が。
「この山の向こうにはどんな景色が待っているのかしら……」
「それを、確かめに行きましょう!」
ポツリと零した独り言に答えたのはシナモン先生だった。
とても優しい声。
私の見ていた景色にシナモン先生が映りこんだ。シナモン先生は大地に生えている花々とは違い、後ろに流れていったりはしない。私の視界のど真ん中を牛耳っている。
並走しているのだ。キャラメルの茶色い体が目の端に入る。
シナモン先生はこちらに手を伸ばした。
私も思わず、そちらに手を伸ばす。
2人の手が、2頭の馬の間で結ばれた。
グローブ越しでも伝わる、シナモン先生の温かさ。
初めて、あなたの体温を感じた日を思い出すわ。




