2-3 貴方の寝顔と小さな1歩
次第に日が暮れ、夜がやってきた。
私たちは焚き木を囲い、横になった。
薄い麻の布に身を包む。硬かった。でも、暖かい。
……。
水面に写った月がゆらゆらと揺らめいている。
シナモン先生の方を見ると、丸まった背が目に入った。眠っているのかしら。
……。
ごろん、と仰向けになる。
夜空に大きな満月が優しく私たちを照らしている。
夜の風がふぅっと、吹き抜けた。昼間より冷たい風。でも、心地いい風。
……。
寝れない!
身体はこんなに疲れているのに、眠くない訳じゃないのに、眠れない……。
私は再びごろん、と寝返りを打った。
布越しに、少し湿った草の感触がする。固くて冷たい地面に寝転がっているからか、少し身体が痛い。
野宿が、こんなにも辛いものだなんて、知らなかったわ……。
私は御屋敷のフカフカなベッドでしか寝たことがないのだ。ここには柔らかいマットレスもフカフカな毛布も、枕もない。
そう、枕。これが無いのが眠れない1番の原因。
私、外の世界のこと、甘く見ていたんだわ……。
ずっと、本の中の旅人に憧れてた。なのに、私ったら、旅どころか自分の家以外でまともに寝ることも出来ない、箱入りのお嬢様じゃない。
外の世界ののことなんて何も知らない癖に。
自分が如何に子供だったかを実感し、胸がチクチクした。
私は何かに縋りたくて、再びシナモン先生の方を見た。
シナモン先生が寝返りを打ち、こちらを向いた。
まつ毛の長い目は閉じられており、肩が静かに上下している。熟睡している様だわ。寝ている時も彼がグローブを外す様子はない。
その穏やかな寝顔を見ていると、昼間の記憶が蘇ってきた。
『最初は誰でも未熟です。ゆっくり、ゆっくり、強くなっていけばいいんですから』
記憶の中のシナモン先生。白髪が木々からこぼれる陽の光でキラキラと輝いている。こちらを見つめる目は海のようでもあり、宝石のようでもある。
素敵で格好良くでやっぱり大好きな、先生。
私は意識を目の前に戻した。
気付けば、私の頭の中から悲しい気持ちは消え果てていた。
その代わり、シナモン先生が私の頭の中を占領している。
私は胸の当たりがホカホカする感じを味わった。
確かに子供じみてはいるけど、私はシナモン先生と一緒なら、きっと旅して行ける。
謎の自信が湧いてきた。
1歩ずつ。小さくても歩き出すんだ。
そして、いつかは……
胸に灯った小さな決意が、消えないように、私はシナモン先生をずっと見つめていた。
胸の中の暖かな炎。微睡み……
…………
……やがて、夜が明けた。
私は、ぐっすり眠ることは叶わなかったものの、体の疲れを癒すことはできた。
湖を見つめながら体を伸ばす。
「おはようございます、お嬢様。今朝も魚を釣るので待っててくださいね」
シナモン先生がにっこり笑うのが見えた。
胸のホカホカが消えてくれない。
太陽が登りきった、明るい草原。
2人で歩いていく。
よく眠れなかったせいか、体が重い……。
「あ、そうそう。これを渡すのを忘れていました」
ふと、シナモン先生が口を開いた。
「お嬢様、これがないと眠れないでしょう?
彼が懐から取り出したもの。枕だわ!
私は思わず枕を抱きしめた。
「……昨夜渡せなくてすいません」
先生が気まずそうに頭を下げた。
シナモン先生はベルトを手に取ると、私の背中に枕を固定してくれた。
私たちは、再び歩き始めた。
1歩ずつ。1歩ずつ。
(その日は、眠る時枕からシナモン先生の匂いがして幸せだったわ!)




