1-9 ただいま、そして...
お屋敷に入ると、神妙な面持ちをしたお父様が待ち構えていた。
「おかえり、サブレ」
いつもと同じような口調をしているものの、その声は低い。
口調と音程のギャップがなんだか不気味だわ……。
私はお父様の顔を見たくなくて、俯いた。
「その、お父様……ごめんなさい。勝手に飛び出したりして……」
なんて言われるかしら……。
「こちらこそすまなかった」
「えっ?」
想定外の言葉に変な声が出てしまった。
「どうやら、俺はお前のことを見くびっていた様だ。
お前は……いつの間にか、俺が思っていた以上に大人になっていたのだな」
お父様は一つ一つの言葉を確認するかの様にゆっくりと言った。
「俺もそろそろ子離れの時だ」
そう言ったお父様の目が少し潤んだように見えた。
そして、お父様は何かを決意したように深く息を吸い込むと、言った。
「……お前が、旅に出ることを許そう。かわいい子には旅をさせろとも言うしな!」
その時、お父様が何を考えていたのか私にはわからなかった。
ただ、いまにもあふれんばかりの涙を必死に我慢して、うるうる笑っているお父様の顔はいつまでも忘れられなかった。
「ありがとう! お父様」
私はお父様に抱き着いた。
お父様の大きな体は温かかった。私の胸は熱かった。
「ただし、条件がある」
お父様は私を胸から優しくはがしながら言った。
「わかっているだろうが、お前はまだまだ未熟だ。
だから……」
だから?
な、何を言われるのかしら……
胸がやけにどきどきした。
「シナモン、貴殿もサブレの旅に同行願おう!」
お父様の指がピシッとシナモン先生を指した。
シナモン先生は静かに微笑んだ。
「ええ。喜んでそうさせていただきます」
シナモン先生と、一緒に旅できるなんて夢みたいだわ!
シナモン先生が膝まづいて私の手をとる。
自分の顔が赤くなる感覚がした。
さっきとは比べ物にならない胸がどきどきしている。
ああっ! 右手だけを宝箱に入れて保存したい気分だわ‼
「お嬢様、これからもよろしくお願いします」
「はい!こちらこそ、そうさせていただきますわ!」
上擦った声が喉の奥からとびだしてきた。
その声を聞いたシナモン先生は静かに微笑んだ。
こうして、私とシナモン先生は旅に出ることになった。
今日は最高の誕生日だわ!




