シンデレラの義姉に転生しましたが、ヒロインが性悪ってアリですか?
アンナ・ノートンは前世の記憶を持っている。
いつ頃思い出したのかは自分でも正確には覚えていない。ただ前世の記憶があっても特に役に立つことはなかった。
前世の記憶が役に立ったのは母と姉と共に新たな父候補の家に出向いた時だった。
「再婚を考えてるの」そう照れ臭そうに言った母に紹介されたお相手の名前はエイダン・コレット。
貿易会社コレットを経営している超お金持ちだった。
お金持ちな父候補には離婚した前妻との間に1人娘がいた。父候補の後ろから少し恥ずかしそうに「お姉様が2人もできるなんて嬉しい」と言って出てきたのはアンナより1歳年下のイザベラ・コレット。
金色の髪に澄んだ青い目をした可愛らしい少女だった。
ただイザベラを見た瞬間、アンナはここが前世で愛読していた小説『シンデレラの王子様』の世界だということに気づいた。目の前のイザベラがヒロインでアンナは意地悪な義姉ポジション。
前世の記憶がここで役立つとはと驚いていたアンナの顔色が姉曰く土色だったので、予定していた食事は見送りとなった。
家に帰りベッドに寝転がりながら頭の中を整理した。
母の名前はケイト、長女の名前はジャスミン、次女の名前はアンナ。残念なことに『シンデレラの王子様』の登場人物の名前と同じだった。
小説ではイザベラの美しさに嫉妬した3人がエイダンが仕事で家を不在にしている間にイザベラを虐め倒し、最終的に学園でイザベラを見染めた王子に断罪されるという話だった。そして母は離婚され私たち3人はドン底の貧乏生活を送るのだ。
けど小説とは違って現実の母と姉はとても優しいし嫉妬なんかで意地悪をする性格ではない。
それはアンナも同じだった。というか逆に私たち3人は可愛いものは愛でよがモットー。
『シンデレラの王子様』には関わらない方が良いとも思ったが、父が死んでから女手一つでアンナとジャスミンを育ててくれた母が望むならと賛成した。そして15歳の時にアンナ・ノートンはアンナ・コレットとなった。
アンナは好き好んでドン底貧乏生活を送りたい訳ではなかったのでイザベラを目一杯可愛がって良い関係を築こうと思っていたのだが
「義姉様、私アンナ義姉様が今着ているドレスが着たいわ!私の方が似合うんだからちょうだい!」
「お義母様、私の父は行く先々に彼女がいますよ?愛されないってとっても可哀想っ!」
「ジャスミン義姉様の婚約者カッコいい!私あの人欲しいわ!だからちょうだい?」
義妹イザベラと暮らすようになってから常々疑問に感じていたことがある。前世の記憶がある人に是非問いたいのだが
———ヒロインが性悪ってアリですか?
◇◇◇
「ビクター!私本当に怖かったの。次のパーティーでちゃんとあの2人を懲らしめてくれる?」
「あぁ勿論だ。王族として許せることではない」
「イザベラ泣かないで下さい。僕たちも協力しますから」
「もしもこちらに危害を加えるようなことがあれば即刻拘束する」
「…」
———さぁ断罪パーティーの幕開けだ
「アンナ・コレット!ジャスミン・コレット!お前らは義理の妹であるイザベラを虐待しそのうえ男に襲わせたそうだな!断じて許される所業ではない!貴様らに国外追放を命じる!二度とこのドラモンドの地を踏めると思うな!」
第二王子ビクター・ドラモンドが会場の中央で声高に言い放った。
今日は学園の卒業パーティー。
姉のジャスミンは最終学年なので今回の主役だ。
アンナはまだ2年生なので学園生活は1年残っている。
私とジャス姉様は突然腕を引っ張られ、なす術もなく中央まで連れてこられた。
私とジャス姉様の前には、顔だけの第二王子ビクター、優男風な伯爵家のサイモンに厳つめな騎士家のカイル、そして完全無表情の侯爵家のジェレミーがいる。その彼らに守られるように立っているのが私たちの義妹イザベラ・コレットだ。
何が始まるんだと巻き込まれないようにするためか学生は既に端へ避けていた。教師陣も静観の構えだ。
「どうせイザベラの愛らしさに嫉妬でもしたんだろうこの性悪姉妹は!」
「ほんとうに怖かったんですっ!」
イザベラはその愛らしい顔に涙を浮かべ王子を見上げているが、次の瞬間私たちだけに見えるように勝ち誇った笑みを浮かべてきた。
とりあえず発言させていただこうと隣で震えてるジャス姉様を背中に隠しアンナは口を開いた。
「あの、発言の許可をいただけますか?」
「そんなことか自白なら聞いてやる」
顔だけ頭はすっからかん王子が許可してくれたのでアンナは極めて冷静に言った。
「私、アンナ・コレットと姉のジャスミン・コレットは今仰られた義妹イザベラについての行為全てを否認します」
「なっ!貴様ら認めないというのか!」
「身に覚えのないことは認められません」
「どこまでも性根の腐った姉妹だな!そこまで言うなら証拠を出せ!貴様らがやっていないという証拠を!」
「では殿下はどのような証拠をもって私たちを非難しているのですか?」
「私が真実の愛を誓ったイザベラが泣きながら言ったんだ!証拠などなくてもこれで十分だろう!」
この王子には頭すっからかんに加えて花畑も付け加えよう。今決めた。ギャラリーも唖然としている。
呆れて物も言えない私に何を勘違いしたのか、バカ王子の顔は自信に満ち溢れていた。
「ふんっ!なにも言い返せないのか!証拠がないなら今日をもって貴様らを国外追「お待ち下さい」
まだ終わるわけがないじゃないか。
私はイザベラの本性が明らかになった日から、この時のために準備してきたのだから。
「お待ち下さい。そこまでお望みなのであれば証拠を提出させていただきます」
そう言った私に1番反応をしたのは王子でも王子のお友達でもなくイザベラだった。
「そんな証拠あるわけないですっ!ビクター!早くあの人たちをここから追い出して?」
その声に構うことなくアンナは教師陣がいる方へ向かい手のひらサイズの箱を受け取ると箱に付くボタンを押した。
ボタンを押すと箱の穴から光が照射され王子達のちょうど後ろに長方形の映像が映し出される。
「こちらは学園に半年前から導入された記憶装置です。学園内で必要だと判断された場所に設置されています。既に授業で先生からの説明がされているので皆さん知ってますよね。そこの義妹はサボりがちだったようなので知らないかもしれませんが」
そっとイザベラに目を向けると口を大きく開けてポカンとしている。本当に知らなかったようだ。
「まずはこちらをご覧ください」
『サイ貴方のこと1番に愛してるわ。あの殿下との結婚は逃れられないと思うけど、たまにはこうしてキスしてほしいの。お願い』
「これはそちらにいるサイモン様とのキスシーンですね。学園の図書館なんて大胆。リスクがある方が燃えるんですかね。殿下真実の愛を誓った女が自分以外の男と仲良くしているシーンは如何ですか?」
「違うのっ!これはサイが無理矢理っ!」
「これは君から誘ってきたんじゃないですかイザベラ!」
「待て、俺も同じことを言われたぞ!?」
顔面蒼白の殿下を取り残してサイラスとカイルとイザベラは言い合いを始めたが構わず続けることにする。
「さぁ次にいきましょう」
『ほら望み通りの金よ。確認してちょうだい。ここに殿下が来たら私が悲鳴をあげるから殿下に姿を見せた後すぐに森の方へ行って。捕まっても雇ったのはアンナ・コレットと答えなさい。そうしたらすぐ助けてあげる』
「これですかね?イザベラが襲われた男たちというのは。フードを被った女が出てきましたよ。あれフードを取ったら出てきたのはイザベラですね。貴女ジャラジャラと金が入ってそうな袋を渡してどうしたの?襲われたんじゃなかったの?ここで殿下が駆けつけて助けるっていうシナリオだったのね。どうせ殿下の机の上に裏庭へ呼び出す手紙でも置いたのでしょうね」
「まだありますけど卒業パーティーというめでたい時ですからねこの辺で終わらせておきます。早く再開しましょう。何かご不明点がある方は挙手でお願いしますね。…誰もいない?不思議ですねさっきまであんなに追放と息巻いてたのに」
記憶装置のボタンを押し終了させると目の前には顔を真っ赤にしている王子、呆然とする伯爵家のサイラス、イザベラを凝視する騎士家のカイル、やっぱり無表情の侯爵家のジェレミーに鬼のような形相でこちらを睨む義妹イザベラがいた。
会場内のイザベラを見る目線はどれも冷たいものだ。
イザベラは堪らないとばかりに叫ぶ。
「この悪女!最低!」
「…それはこっちのセリフ。お母様を精神的に追い詰めたことも、ジャス姉様の縁談をぶち壊そうとしたことも私全然許してないの。
けど貴女の父親がとんでもないクズだったことを教えてくれたことだけは感謝してる。離婚も決まってるから明日から貴女とは赤の他人だよ」
イザベラの話を聞いてあの新しい父を調べたところ外国の行く先々に彼女がいたのだ。再婚に賛成した自分を叱り飛ばしたい。
「そうだ殿下とその周りの方達、そしてイザベラ。
これが終わり次第王太子殿下のもとに行ってください。保護者も皆さん勢揃いですよ」
この騒ぎを起こした中心のイザベラは貿易会社の娘。
誰も彼女を守る者はいない。
そのことの重大性は理解したのかイザベラは一転焦りの声を出した。
「アンナお義姉様、許して?謝るから!悪気があったわけじゃないの!」
「謝罪は不要。二度と私たち家族の前に現れないで」
ピシャッと跳ね除けるとイザベラは顔を歪めた。
「助けてビクター!」
王子に縋るが王子はイザベラの手を振り払う。
「サイモン!カイル!」
伯爵家次男と騎士家長男のもとに行くも結果は王子と同じ。3人とも意気消沈していた。
「....そうよジェレミーなら助けてくれるよね?私のこと好きだもんねっ?」
最後の希望とばかりにずっと無表情だった侯爵家のジェレミーに抱き着こうとすると、ジェレミーはイザベラを躱しイザベラはそのまま床に倒れた。
「触んな、性悪」
無表情な彼の最初の一言はなかなかパンチがある。
「えっ、ジェレミー?」
ジェレミーは堅苦しいと言わんばかりにきっちり上まで止めたボタンを2つほど外しセットした灰色の髪も右手で無造作に崩した。
「滅多にないアンナからの頼み事だから引き受けたけどもう限界。アンナもういいだろ?」
私が頷くとジェレミーはひょいっと移動して私の肩に軽くのしかかってきた。
「裏切ったの!?ジェレミー!」
顔を真っ赤にしたイザベラがジェレミーに叫ぶ。
「最初から俺はこっちなんで」
そのまま暴れかけたイザベラは衛兵に取り押さえられ、王子達は肩を落としながら会場を後にした。
◇◇◇
一緒に暮らすようになってすぐにイザベラの本性は明らかになった。とにかく我儘かつ傲慢。
本人に悪気がないなら矯正の余地はあったがイザベラは根っからの性悪だった。
私たちに嫌がらせをされたとお母様に訴え信じなかったら次はお母様に嫌がらせをした。
1年後学園に入学してきたら絶対やらかすに違いない。私と姉様を守る証拠を集めるためイザベラ入学前に学園に防犯用として記憶装置導入を提案し採用された。
卒業パーティーでことを起こすことが分かったのは同級生で友人でもあるジェレミーのおかげだった。
王子と親しくなったイザベラが何かしてくるならジャス姉様がいる間。卒業パーティーしかないと思った私はジェレミーに1ヶ月だけ彼らの側に行き何か動きがあれば教えて欲しいとお願いした。
前に一度友人として紹介した時イザベラはジェレミーのことを気に入っていたから。
事前に王太子殿下に話を通してくれたのもジェレミーだった。
そんなジェレミーは今とんでもなく不機嫌だ。
ちなみに卒業パーティーは既に何事もなかったかのように再開している。
「今日もアンナが黙ってクソ王子の後ろにいろって言うからいたけど」
「だってもし気が狂って暴れでもしたら私はともかくジャス姉様が危ないじゃない。もしもの時の取り押さえる役が必要だったの」
「何言ってんだ。ジャスミン嬢も守るが、もしもの事があったら俺はお前を先に守るぞ」
さらっと恥ずかしい事を言ってくるのがこの友人。
会場の隅で話しているとジャス姉様が来た。
「ジェレミー君、殿下の後ろでずっと殴りかかりそうな顔してたわよ。会場の温度が何度か下がってたわ」
「…ジャス姉様」
ジェレミーが私に好意を寄せてくれてることは知っている。
身分とか諸々問題はあるが私もジェレミーが好きだ。
1年間イザベラのことで手一杯だったのでそれが終わったら私から想いを告げると決めていたのだ。
「アンナもう帰るぞ」
「うん」
ジャス姉様に先に帰る事を伝え会場の外に出た。
「アンナに利用されるのは悪くないが、あの女に触られるだけで鳥肌は立つわ男共は話が通じないわとんでもなく疲れた。褒美よこせ」
「ごめん、何がいいか考えておいて」
今回ジェレミーの好意を利用した自覚のあるアンナは元々何か贈るつもりでいた。
まだ肌寒い空気、無言で歩いていると色々な事を考えてしまう。
いつ告白しようか。今日は心の準備が足りないし明日にしようか。明日ジェレミーと会えるかな。
いやいやこんなに気軽に話しているがジェレミーはバクスター侯爵家の4男。私はお母様が元子爵家の令嬢だけど身分が釣り合わない。でも好きだとは言いたい。
「ずっと言ってるけど俺は侯爵家でも家を出てく4男だからな?身分のことは考えんなよ?」
「…考えを読まないで」
「お前の考えてることなんか何でもお見通しだ。俺のことを好きなのも知ってる」
ニヤッと笑みを浮かべる彼に敵う気がしない。何でもお見通しってなんだ。照れるじゃないか。
ジェレミーに前世の記憶はない。けどあの義妹についてずっと誰かに聞きたかったことがある。
「ねぇジェレミー。可愛いけど性悪なヒロインってアリだと思う?」
「んーナシだな。でもアンナなら性悪でもアリ」
「あ、褒美はこれが良いや」そう言ったジェレミーは啄むようなキスを私に贈った。
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