03:『Wonder Land』へようこそ
教室内は、大パニックになった。
「麻野君が笑ったわー!」
「カッコイー!」
「ワンダーから呼び出しされるとか……何したんだよ、永瀬?」
男女関係なく私に詰め寄り「ワンダーとどーゆー関係?」「麻野君と話せるなんて羨ましいわ」などと言う。中には何故か「永瀬様ー!」と崇めてくる人までいた。
しかし、この中で誰よりもパニックなのは私だった。
ワンダーに呼ばれるようなことをした記憶はない。自分で言うのもアレだが、素行は良い方だ。授業は真面目に取り組んでるし、スカートは何回か折っているものの、他の人に比べれば校則を守っている。どこに呼ばれる要素があるだろうか?
「石榴ってば、奇跡を超えたね! ホントにスゴイよ!」
瞳を輝かせて笑う京子に、私は笑うしかなかった。
あぁ、放課後が憂鬱だ。
「来たか」
SHRが終わって教室の外へ出ると、ドアの前の壁に寄りかかっている麻野がいた。麻野は小さく右手を挙げて「よっ」と挨拶してくる。
「……何でいるんですか?」
「お前が真っ直ぐ生徒会室に来るとは思えなかったから」
ば、バレてる……! 生徒会室に寄らないで帰ろうとしていた私の考えがバレてる……!
何だコイツ、勘働きすぎだろ。
「行くぞ」
麻野はぐい、と私の手を引っぱり歩き出す。麻野の力に逆らえなかった私は、つられるようにして足を踏み出した。
生徒会室に向かっている途中、すれ違う人達の視線が痛い。凝視してくる人、睨んでくる人……。それはもう、様々な視線をひしひしと感じる。
そりゃそうか、と思う。あのワンダーと歩いてるんだ、それも手を繋ぎながら(正確には引っぱられながら)。いろんな人達が見てくるのは当たり前か。
「あの」
「何だよ」
「私、何で呼ばれてるんですか? 何かしましたか?」
「俺に訊くな。俺もただ『永瀬石榴を連れてきて』って言われただけだから、事情がわかんねェんだよ」
あと、と麻野は言葉を続ける。
「敬語」
「は?」
「同学年なのに敬語っておかしいだろ。普通に喋ってくれればいいから」
「いや、でも一応ワンダーですし」
「ワンダーっつってもな、本質的には普通の生徒と変わりないんだよ。だから敬語なんていらねェ」
いや、ワンダーって普通の生徒と違うところが結構ある気がするんだが。
そう思いつつも、本人からの申し出もあるので敬語で喋るのを止めることにした。
「ねぇ麻野。白ウサギってどんな人?」
尋ねると、麻野は「うーん……」と首を捻った。
「掴みどころがない人かな。一ヶ月ぐらい一緒に仕事してるけど、未だによくわかんねェトコがある」
「一ヶ月って……ってことは麻野、入学してからすぐにワンダーに入ったの?」
「あぁ。入学式の翌日にな」
そういうなり、麻野は溜息をついた。
「『君は生徒会に入る運命なのよ』とか言われてさ……無理矢理入れられた。あん時の藤島先輩、怖かったなァ……」
遠い目をして語る麻野に、私は「ご愁傷様」と掴まれていない方の手で、麻野の肩を叩いてあげた。
それにしても、麻野の話を聞いてる限り、ワンダーというものは随分強引らしい。入学したての一年生を生徒会に入れるなんて、普通ありえないだろう。
「……っと。ここだ、ここ」
喋っているうちに辿り着いたのは、ある部屋の前。ドアの上ら辺に『Wonder Land』と書かれたプレートが掛かっている。
役職の呼び名を聞いてからずっと思っていたが、この学校の生徒会はどれだけアリス色に染まっているんだろうか。
「二ノ宮先輩。永瀬石榴、連れてきました」
麻野はドアを開け、私の手を離したかと思えば「入れよ」と私の背中を押した。私は「うぇっ!?」と変な奇声を上げながら部屋内へ不本意ながらに足を踏み入れた。
そして私の目に飛び込んできたのは、
「ひゃー……」
校長室にあるような高級ソファー、教員達が使っているような立派な机、一目見ただけで高いとわかるアンティークの古時計……などなど。室内の広さも、普通教室の二倍はあると思われる。
そして、何よりも私を惹きつけたのは、ソファーに腰掛る三人の人間達だった。
今までいろんな人を見てきたが、その中でも一番綺麗なんじゃないか、と思うぐらいの美男美女達。
一人は昨日出会った白ウサギ、一人は黒髪が美しい大和撫子、一人はウェーブがかった茶髪のお嬢様。
「おかえり、廉。そんで……ようこそ、永瀬石榴さん」
白ウサギが爽やかな笑顔を浮かべながら言う。大和撫子(仮称)は「ようこそ、『Wonder Land』へ」と微笑み、お嬢様(仮称)は人懐っこそうな笑顔で私のことを見つめてくる。
「え……と、何で私、ここへ……」
「待った」
一番の疑問である、呼び出しをくらった理由を尋ねようとしたら、白ウサギに止められた。
「その疑問に答える前に、俺達の自己紹介をしようか」
「は、はぁ…」
自己紹介って……何で?
新たに生まれた疑問を考えているうちに、白ウサギが自己紹介を始める。
「俺の名前は二ノ宮閏。ワンダーの中では白ウサギを務めさせてもらってる。念のために言っとくけど、三年生な」
白ウサギ――二ノ宮先輩の向かいに座っていた大和撫子が「次は私ね」とソファーから立ち上がった。
「私の名前は藤島由宮子。役職は帽子屋で、閏と同じ三年生よ。よろしくね、石榴ちゃん」
「次は僕!」
バッ、と大和撫子――藤島先輩の隣に座っていたお嬢様が勢いよく飛び上がる。
「僕の名前は日寄屋小暮! 二年生で、役職は三月ウサギだよ!」
「え、僕……って」
名前も珍しいが、お嬢様なのに『僕』って一人称、珍しいなぁ……。
すると、お嬢様――日寄屋先輩が「アハハ」と笑い出した。
「こー見えても僕ね、男なんだよ」
「へー、男なんですか……男ッ!?」
男!? この人男なの!?
「ほら、これ見てよ」
日寄屋先輩が下に向かって髪を引っぱると、ロングヘアーが動いて……チョコレート色をした短髪が現れた。ロングヘアーは鬘だったらしい。
しかし、短髪姿の日寄屋先輩を見ても、男だとは思えない。いや、男だとは思える。が、完全に男だとは思えなく……そう、中性的。中性的なイメージがする。
「あの、だったら何で女子の制服着てるんですか?」
「え? 僕が女装好きだからだけど」
まさかのカミングアウト。そんなカミングアウトいらなかった。ワンダーのファンだったら常識なのかもしれないが、ワンダーのファンでない私には結構衝撃的な発言だ。
「あ、何だったら下見る?」
日寄屋先輩はピラッとスカートの裾を持ち上げ、私よりも細い足を見せ付けるようにする。
結論、この人は変態だ。
そんな私達のやり取りを傍で見ていた藤島先輩は、微笑を絶やさず日寄屋先輩に向かって言った。
「ひよこ、いい加減にして。ワンダーが変態の集まりだと思われたら困るでしょ?」
「ちょ、由宮子先輩! 変態ってーのは失礼じゃありませんかね!?」
「事実じゃない」
……藤島先輩って、見た目に似合わず結構毒吐くんだなァ。
「永瀬、藤島先輩の見た目に騙されるな。見た目は天使でも、中身は悪魔だぞ」
いつの間にか椅子に座っていた麻野が、渋い顔で藤島先輩に視線を送る。藤島先輩は「何言ってるの、廉」と麻野の方へ振り向いた。
「悪魔だなんて……一体どこを見て言っているのかしら?」
「俺をワンダーに誘った時からずっと思ってました」
そういえば、麻野は藤島先輩に誘われたんだっけか? 果たしてどんな誘われ方をしたんだか。
「藤島先輩、俺のこと誘う時『入んなかったら殺すぞ』的なオーラが駄々漏れしてましたよ」
「あらヤダ。出来る限り表に出さないようにしてたつもりなんだけど」
うん、今決意した。藤島先輩だけは敵に回さないようにしよう。逆らったら殺される。間違いなく殺される。
藤島先輩の腹黒さに身震いしていると、「アッハッハッ」と二ノ宮先輩が笑い出す。
「結構癖があるメンバーばかりだろ? ワンダーって」
「そう……みたいですね」
「ま、俺は大して個性ないんだけどな。……さて、と」
笑っていた二ノ宮先輩が、急に真面目な顔をした。喋っていた先輩達も、二ノ宮先輩につられるかのように静かになる。
「本題に入ろうか。俺達が君を呼び出した理由について、なんだけど」
「校則違反をした、とかですか?」
別に校則違反した記憶はないけど。
「違う違う。そんなことで呼び出す程、俺達も暇じゃないさ。呼び出したのは別の理由があるからだよ」
何だろう、と身構えていた私は、二ノ宮先輩のとんでもない言葉に身を固まらせるしかなかった。
「永瀬さん。君に、アリスを務めてもらおうと思ったからなんだ」