01:ワンダー
麗らかな陽気が気持ちいい五月半ば。
私は教室の一番窓側、それも一番後ろにある自分の席に座ってボーッと宙を見つめていた。
ざわざわと聞こえるクラスメイト達の声が妙に心地よくて、思わず瞼を閉じかける。
「ざーくーろっ!」
後ろから声がしたかと思えば、ポン、と左肩に手が置かれた。
振り返って見ると、親友の桐崎京子がニコニコと笑顔を浮かべて立っていた。右手に弁当を持っているところを見ると、昼食のお誘いか。
「お弁当食べよー」
ビンゴ。私は「いいよ」と返答し、机の横に掛けてあった鞄の中を漁って弁当を取り出した。
京子は前の席の椅子をこちらに向け座り、弁当の包みを開けていく。私もお腹が空いてたので、手早く弁当の包みを開けた。弁当箱の蓋を取ると……中には箱いっぱいに卵焼が詰められていた。
え、ちょ、母さん。私、母さんに何かしたっけ? いや、してないと思う。私の記憶が正しければ。……まあいいか。作ってくれないよりはマシだろう。
大量の卵焼に箸をつけ口に運ぶ。口の中に入れた瞬間、ふわっと甘みが広がった。
「ふぇー、ふぁふふぉ。ふぁふぁふぃふぁふぃ、ふーふぁふふぃふぇふぁふぁ……」
「京子、口ン中の物を飲み込んでから喋って。何言ってるかわかんないから」
私が言うと、京子はもぐもぐと口を動かし、口の中に入っていた物を飲み込んだ。そして喋るのを再開する。
「私達さ、ここに入学してからもう一ヶ月たったんだよね」
「あー……そうだね」
そう。私達はここ――南架学園に、たった一ヶ月前に入学したのだ。
南架学園は人気があり、受験する際の倍率が半端なく高い。私は後期合格組なのだが、後期の倍率は4.6倍。後期で四倍なのだから、前期の倍率は……想像したくない。
南架学園は『文武両道』がモットーで、勉強にも部活にも力を入れている。勉強では全国クラスの成績の人が何人もいるし、部活だって全国大会に進んでいる部がいくつもある。
ホントによくこの学校入れたな、私。
「この学校入れてよかったよねー。皆いい人だし、石榴と同じクラスになれたし」
「同じクラスになったのは運だと思うけど。……ところで、何か今日、教室にいる人少なくない? いつもはもっといた気がするんだけど」
私は教室内を見渡した。いつもならもっと教室で昼食を食べてる人がいるんだけど、今日に限っては異様に少ない。私と京子、あとは二、三人しかいないのだ。
「あぁ。何か今ね、食堂に『ワンダー』の人達が来てるらしいよ。だから皆食堂で食べてるんじゃない?」
「……ワンダー?」
何、ワンダーって? 初めて聞いたんだけど。
京子は「知らないの?」と驚いた表情をした。いや、そんな顔されても……知らないものは知らないよ。
「知らない。初めて聞いた」
「マジで? 信じらんないって、石榴。ワンダーを知らないなんて」
「って言われても……知らないんだから仕方ないじゃんか」
「入学式で挨拶してたじゃん。それに対面式でも挨拶してたよ」
「あー……入学式は寝てた。対面式は……多分話聞いてなかったわ」
京子は「やっぱ信じらんない!」と嘆いているが、私はその件については気にしないことにした。そして改めて疑問を口にする。
「ね、ワンダーって何さ?」
「ワンダーって言うのはね、生徒会のようなもの……ってゆーか生徒会だね。アリス、白ウサギ、三月ウサギ、チェシャ猫、帽子屋の五人で成り立ってるの。役割的に言うと、アリスは生徒会長、白ウサギはと三月ウサギは副会長、チェシャ猫は会計、帽子屋は書記、だよ。アリスが一番偉いんだけど、今はアリスはいないらしいよ」
「何で?」
「アリスを指名してないんだって。ワンダーは基本指名制だから、ワンダーがアリスを指名をしない限り、アリスの枠が埋まる事はないんだって。で、アリスがいない今、白ウサギがアリスの代わりに仕事してるみたい」
「ふーん……さっさとアリスを指名しちゃえばいいのにね」
「先輩達もそう思ってるんだって。でも何故か指名しないらしいから」
……ま、私には関係ないだろうし、そんな気にする必要もないか。
「ありがと、京子。ワンダーについてよーくわかったわ」
「いやいや……私も部活の先輩から聞いただけだから」
そういや京子、アート部に入ったんだっけ。私も何か部活に入ろっかなァ。
キーンコーンカーンコーン――
「あ、予鈴鳴っちゃった! 私、自分の席戻るね!」
京子はぱっぱと自分の弁当箱と使用していたスペースを片付け、慌しく自分の席へ戻っていった。私は弁当箱を片付け、次の授業の準備をする。
次は数学かァ。あの先生嫌いなんだよね、私。
教科書をパラパラと捲り、今日はどこやるんだろと考えていると、ふとワンダーについての説明を思い出した。
『アリスを指名してないんだって』
「……私には関係ないことじゃん」
関係ないこと、のハズだ。
なのになんで……こんなに嫌な予感がするんだろ。
「気にしなくていいんだから」
自分にそう言い聞かせ、私は頭を授業モードへと切り替えた。