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第六話 その狐は朱色の空に

「スペルカードルール?」

「ええ、そうよ。あなたにはそれをこの幻想郷に広める役割をになってもらいたいの」

ずずー、と茶をすする紫。

「それは一体どのようなものなのですか…?」

空になった湯呑みを受け取り、急須で再び茶を注ぎ手渡す鈴。

「ありがとう。そうね…簡単に説明するのであれば()()()()()みたいなものかしら?」

「じゃんけん、ですか?」

「そう。今の幻想郷に民事を取り締まる機関は明確には存在していないわ。だから、物事を決める際に互いに殴り合いや攻撃を行って怪我をする場合も否めない。そうなると治安が良い幻想の世界とは言いにくいでしょう?…そこでスペルカードルールよ」

紫はスキマの中から一枚。トランプほどの大きさの蒼白色のカードを一枚取り出した。

「それが、スペルカード、ですか?」

「そう、まだ何も手を加えていないのだけれどね。これにあらかじめ()()を作って記憶させておくの。そうして相手とそれを撃ち合って勝負を決める。簡単に説明するとこんな感じかしら」

「…弾幕?」

「そうね、魔力だったり霊力だったり。そんな物を固めた色とりどりの玉で作るのよ。相手と同じ枚数のスペルカードで被弾数の多い方が負け。まあ、華やかさも競い合ってもいいのだろうけど、あくまでそれは芸術点として。基本的な勝敗は弾幕の被弾数が多い方が敗北と見なされるわ」

「…なるほど。自分だけの弾幕を作っておいて相手との勝負事の時にそのスペルカードを使うことによって治安は維持されると」

「そういうこと。それに、街中で勝負が起きても花火みたいに美しいでしょうからね」

私ったら天才かしら、と零しながらホッホッホッと扇子で口元を隠しながら笑う紫。

「凄く、いい案だと思います」

「当たり前よ、私が考えたのだから。…そして、これを幻想郷に住まう者達に広めるのがあなたの役目。…既に人里には広まってきているのだけれどね、妖怪の山だとか竹林だとか。あちらの方の人里と完全に隔離されている場所に向かって欲しいわ」

「なるほど」

「そして鈴、あなたはこのスペルカードを誰よりも上手く使いこなせるようにならなければならないし、殺傷能力のある攻撃も出来るようにならなくてはならないわ」

「…え?」

紫の言っている言葉の意味が理解できず、鈴は首を傾げた。

「中にはこのスペルカードルールを拒み、闘争を望む者だっているでしょう。そんな者達には力尽くで、このルールを浸透させなければならない。…あなたは身を守るため、そしてルールを浸透させるために力を持たないといけない、という訳よ」

「…かなり危険な任務ですね?」

「ええ、あなたなら出来ると思ってお願いしているのよ。何か不服があるかしら?」

口元は扇子で隠れていて見えないが縁の眼は半月上に弧を描いていた。

「…いえ、私は紫様の式ですから。あなたの命令には従います」

ぷるぷると首を振り、白濁していない方の右目でしっかりと彼女の目を見つめる。

「なら、お願いするわ。三日後から早速取り掛かってもらうから、それまでにしっかりと術なり技なりを身につけるのよ?私もちゃんとおしえるから」

「…はい!」

鈴は威勢よく返事をした。が、紫はふあぁぁと大きな欠伸をして鈴の元にずるずると這いより彼女の膝を枕にして寝てしまった。

「…紫様…?…教えてくださるんじゃー」

「…それは私の眠気が取れてからね…。今はやる気が出ないわ」

「…」

これ、教えてもらえるのだろうか…。と遠い目をして宙を見つめる鈴であった。




--三日後



「…紫様!?空がっ!?」

「ええ、分かってるわ。こうなることを見越しての三日間だったのよ」

その日の空に蒼は無く、あるのは紅で染まった雲と空のみ。太陽の光は遮られ、昼間なのにも関わらず辺りは日食の時のようにぼんやりと薄暗かった。

「…早速仕事よ、鈴。行ってきなさい!場所は…霧の湖よ」

「はい!分かりました!紫様!」

紫の着ている服と良く似た式としての正装を身にまとい、鈴は地を蹴って空へ舞った。

「…くっ!?」

ある程度の所まで上昇すると嫌に湿った空気が周りを取り巻き、視界も悪くなっていた。どうやら紅い雲のように見えていたものは濃い霧のようでそれが空を覆い尽くしているようだ。

「一体、誰がなんのためにこんなことを…」

上空から幻想郷全体を見回すと、一点見慣れない目に止まる場所があった。

人里をずっと北に行った場所に位置する常に霧がかった湖。『霧の湖』。そのさらに奥に見たことの無い血で塗りたくられたような巨大な洋館がそびえ立っていた。

「…あれは?」

見るからに禍々しいその洋館。よく目を凝らしてみるともうもうとその洋館を中心にして幻想郷全体へと霧が拡がっている。

「怪しさ満点だねぇ」

どう見てもこの洋館がこの霧の原因である。なんならこれである。

「さて、と」

鈴は空中で簡易スキマを開き、一本の木製の錫杖(しゃくじょう)を取り出した。

枇杷(びわ)の木で作られたこの錫杖は粘り気があり、とても硬い。華奢であまり筋肉が無く肉弾戦で有利とはとても見えない鈴のために紫がどこからか持ってきた代物である。本来、錫杖は武器として使うものでは無いのだが…仏教を信仰する者にさえ見つからなければ怒られることもないだろう。

そしてこの杖の元となる枇杷の木はたっぷりと霊力を吸ったものであり、霊力で戦う者の手助けになることは間違えないだろう。

「行こうか」

ぐっと杖を握りしめ、洋館に向けて急降下する鈴。

「…うっ、さぶっ」

しかし、霧の湖の上に差し掛かった所で肌を突き刺すような冷気が彼女を覆った。

「な、なに!?この寒さは!」

上空を飛んでいた時よりも遥かに温度が低い。肌には鳥肌が立ち、ガクガクと体も震えてきた。

一瞬、このまま突っ切ろうかともしたがそうすれば洋館に着く頃には体力のほとんどを消費してしまい危険が高まるだろう。

そう考えた鈴は湖の淵に降り立ち、大きく迂回して洋館へと向かうことにした。

「まだ寒いけど、湖の上を飛ぶよりましかな…」

へっくち!とくしゃみをして少し早足で洋館へ向かう鈴。しかしその背中を取るように空を切って何かが飛来してきた。

「…っ!?」

彼女の尻尾の毛先にそれが触れた瞬間、咄嗟に彼女は振り返りつつ錫杖を振るった。

その何かに見事杖は命中。鈍い手応えと共に飛んできた物は砕け散った。

「…これは?」

砕けた破片が辺りに飛び散る。鈴は地面に落ちたそれをそっと拾い上げ、手に取った。

「氷…?」

掌の上でそれは水になり、指の隙間から地面に零れて行った。

「ほほお!このあたいの攻撃を防ぐと()!!なかなか!!あたいの()()()()()になるのにふさわしいじゃない!」

「…誰?」

ガサガサと揺れる近くの茂みに向けて錫杖を向ける。

「あたいの事を知らないのか?あたいはこの幻想郷さいきょー!の妖精だぞ!」

ばっと一つの影が茂みから飛び出した。

「あたいはさいきょーの妖精チルノ!とりあえずお前!つよそーだからこのあたいがボコボコのこてんぱんにしてやる!!」

指をパキパキするポーズを取りながら(鳴っていない)、その葉っぱが乗った水色の髪の毛を揺らしながら()()()()()()()は鈴に宣戦布告(?)した。

「…めんどくさいことになりそうだなぁ」

やれやれと鈴は肩を竦め、その妖精に錫杖を向けた。

「本番前に丁度いい、腕鳴らしさせてもらおうかな?」

「望むところだ!!かかってこい!」

霧の湖の淵で小さな火花が散った。

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