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第五話 その白狐は大賢者と

「すう…」

「…寝ちゃったよ」

尻尾を抱いてじゃれているかと思えば霊夢はついに寝息を立て始め、呼吸の度に肩がゆっくりと上がり下がりしていた。

「ふ…」

鈴は思わず笑みを零した。紫以外の()()とは初めて会うのに、彼女は尻尾にくるまり幸せそうに眠っている幼子を見て心のどこかがこそばゆい気持ちになった。

「この子が私に懐いてるんじゃない…のんだよね」

霊夢を起こさないように抱き抱え、布団を敷いてからその上に寝かせる。

「一人で巫女なんて、大変だね」

ぼそりと、鈴は呟いた。

紫が居たから、今の自分がある彼女だからこんな子供が一人で誰の助けも借りず淡々と暮らしている事に疑問すら感じていたのだ。果たして彼女は寂しくないのか、それを心の奥底に押し隠しているだけなのか。鈴には分からなかった。

霊夢の髪を手櫛で梳いていると、鈴の腹がキュウと小さな悲鳴を上げた。

「…おなか、減ったな」

締め切った襖からは橙色の光が零れていた。ここに来たのはお昼過ぎだったはずなのに、いやに時間が経つのが早い。彼女が少なからず『幸福』を、この博麗神社で感じ取っていたからだろうか?

「なんか作ろうかな」

マヨヒガに帰ろうにも紫が彼女を迎えにこない限りは帰ることすら叶わないのだ。

霊夢には悪いが、厨房を借りるとしようか。お金は今度渡そう。と鈴はそそくさと厨房に立った。少しまだ熱を持っている竈には小さな鍋が一つ置かれていた。中には温くなった白湯がほんの少しだけ湯気を上げていた。戸棚を漁ってみても、壺に入った糠や梅干しなどしかなくあるものと言えば米くらいだった。

「…ふーん」

鈴は顎に手を当てて考えた。こんな食事ばかりしていて霊夢の体にはいい事は無い。紫から聞いた話によると、人間は肉や魚、野菜、米などの主食を適度に食べるのが良いらしい。毎日同じ物を食べ続けていると病気や怪我をしやすくなるのだという。

「よし、ちょっと張り切って作ろうかな」

鈴は桶から水をすくい、軽く手を洗ってから空間に手を置くようにしてすっと、腕を下ろした。

「簡易スキマ…入れるのはやってたけど、出すのは初めてなんだよね」

鈴が動かした指先の軌跡を辿るようにして空間がぱっくりと割れた。それは八雲紫が使う『スキマ』の簡易版。人が通れるほど大きくは無いが、物を閉まったり取り出したりするのには充分だ。紫が式となった鈴に授けたものである。

『スキマ』がどこに繋がっていて、どこで終わるのかは彼女は分かっていない。紫すら知っているかどうか怪しいものである。ただ、自分があらかじめ入れて置いたものであれば「これが欲しい」と頭の中で思うだけで手に吸い寄せられてくるのだ。

「っと。…簡易スキマ、便利だね」

鈴はスキマからポンポンを取り出した。あらかじめ、何かあった時の為に閉まっておいた食材達である。

「さて、と」

そして鈴は厨房の棚にしまわれたよく乾いた包丁を手にするのだった。




「…んー」

こと、こと。と、小さな音を霊夢の耳は拾っていた。寝返りを打とうと抱きしめていたはずの尻尾を手探りで探す。

「んー?」

しかしそこにはふわふわの少しいい匂いのする白虎の尻尾は無かった。代わりに、と言わんばかりに色も褪せ、カチカチに固まった座布団がその腕に抱かれていた。

「鈴…?」

「や、起こしちゃったか」

ゴシゴシと目を擦りながらふわーと欠伸をする霊夢を見て、鈴は苦笑を浮かべた。

畳まれていた机を置いたり、食器を置いたりで生じる音を最低限抑えていた鈴だったのだが博麗の巫女ともなると気がついてしまうのだろうか?

「…なに?ご飯?」

「お腹空いたから作ろうかなって、霊夢の分も作っておいたから。あ、厨房勝手に借りたんだけど大丈夫だった?」

湯気を立てるお椀を運びながら鈴は言った。それに霊夢は「大丈夫よ」と軽く返し、運ばれてくる料理に目を向けた。

「…美味しそう」

ぐぅ~、と霊夢のお腹が鳴った。彼女は数秒固まった後に顔をりんごのような色に染め俯いた。

「ふふっ可愛い虫の音だね。一緒に食べる?」

「…うん」

霊夢は若干不貞腐れたような顔をして、鈴の敷いた座布団に腰を下ろした。

「わぁ」

そして机に広がるのは豪華な色とりどりの料理、では無くごくごく一般的な家庭料理。けれど、霊夢にとってそれはご馳走だった。

一人で暮らすのに料理などただの手間だと考えている彼女は、米を炊き適当な漬物を齧って食事を済ませていた。

「よくこんな材料見つけたわね。というかそもそもこんなにあったかしら?」

「紫様から譲って頂いた簡易スキマだよ。特に入れる物も見つからなかったからとりあえず食材を多めに保管しておいたんだよ」

どういう仕組みなのか、スキマの中だと食べ物は腐りにくいようだ。マヨヒガに何か特別な保存機材がある訳でもないので食材の保管は基本的に簡易スキマで補っていたのである。

「さ、食べよっか」

「うん。…頂きます」

鈴も座布団に座り、霊夢と共に手を合わせる。すると霊夢はぜんまいの巻かれた人形のように勢い良く動き出し、初めにうっすらと湯気を立てる味噌汁に手をつけた。

「んっ、うー!!」

目を輝かせて味噌汁を啜る十歳児の姿はなかなか不思議はものだったが、それを見て鈴は笑みを零した。

「ぷはー!!鈴は、料理上手なんだね。…凄く美味しい。…なんか懐かしい感じがする」

椀を見つめて、ぼそっと霊夢は呟いた。

「そう言って貰えて何よりだよ」

ありがとう、と笑みを浮かべ鈴は油揚げを頬張った。鈴の主食とも言える、彼女のソウルフードである。

「そう言えばどうして三人分あるの?」

「んん?ふにゃもうふふほほひふうひほは」

「??」

鈴は口の中の油揚げを急いで飲み込んで、湯のみに淹れた茶を流し込み二三度咳き込んだ。

「ケホッケホッ」

「…意外と、抜けてるのね…」

油揚げが関与するとお姉さん気質からただのおっちょこちょい狐になってしまうのである。

「…ケホン。えっとね、三人分用意した訳は」

「私が来ることを見過ごしてたのよね?」

空いている座布団の傍にスキマが現れ、その中から頭をひょこっと出す幻想郷の賢者。

「八雲紫っ」

霊夢はその瞬間跳ね上がり、お祓い棒をスキマに向けて突きつけた。

「あらあら、そんな物騒なもの向けないでくださる?

私はただご飯を食べに来ただけなのよ?」

紫はうふふふっと不敵な笑いを浮かべ、ゆっくりとスキマから体を出し座布団に正座を組んだ。

「…変なことしたら承知しないわよ?」

「大丈夫よ、しないから」

頂きます、と手を合わせもぐもぐと夕飯を口に運んでいく。主菜の魚の干物は一瞬で骨だけに姿を変え、小鉢として添えてあるほうれん草のお浸しは目を離した隙に空になっていた。

「ほうれん草のお浸しに根の赤い部分を刻んで添えるの、私好きよ?…お代わりあるかしら?」

「…食べ過ぎじゃないですか?」

「野菜は食べても太らないから大丈夫よ」

手渡された茶碗と小鉢と椀を抱え、鈴はやれやれと厨房に向かった。

「鈴も大変ね、主がこんなんじゃ」

「そんなこと無いわよ?鈴は私の式ですもの。ね、鈴?」

「さあ、どうでしょう?」

「鈴んんんーー!!!」

鈴は釜からご飯をよそいながら含みのある言い方で返した。

「冗談ですよ。紫様に忠を誓っていなければここにいませんよ」

ふふっと微笑を浮かべ、鈴はこんもりと山のように白米をよそった茶碗を紫に手渡す。

「うう…鈴ん…」

「ほんとに面倒くさそうね…」

霊夢はやれやれと肩を竦めた。





食器を片付け紫様と共にマヨヒガに帰ろうとした時、ふと袖がぐいと引っ張られた。

「鈴、行っちゃうの?」

そちらに目をやると、そこには少し目を潤ませた霊夢がいた。

「…大丈夫、また来るよ」

鈴は少し嬉しそうに息をつき、ぽんと彼女の頭に手を置いた。

「…また一人になっちゃうよ」

「っ」

その霊夢がぽつりと零した言葉に、鈴は言葉を返せずにいた。『紫』という絶対的従属関係が存在する彼女にとって孤独、というものは今の鈴にとって遠くかけ離れたものだった。されど、雪の中。行くあてもなく生と死の狭間をさまよった孤独を経験している。

「大丈夫よ、霊夢。鈴には近々また来てもらうから」

「ほんと?」

「ええ、今日ここに鈴が来たのは挨拶みたいなもの。この幻想郷を守るため、管理するため。貴女達の協力は必要なのよ」

どこからともなく紫は扇子を取り出して広げ、口元を隠した。しかし、隠すことの出来ていないその柴色の笑みの浮かぶ瞳は、何かを見越しているように見えた。

「さ、帰るわよ。鈴」

「…はい。紫様」

少し、後ろめたい気分で鈴は紫のスキマの中に足を踏み入れた。

「また来てね、鈴」

「うん」

スキマの外で手を振る少女に、鈴は曖昧な答えでしか返せずにいた。また会える、という確証はあるのに。どうしてなのだろうか。

「あっ」

霊夢にかける言葉を探しているうちに非情にもスキマが閉じられてしまった。

「鈴」

そっと、肩に置かれた紫の手。鈴は振り返ることなく、じっとスキマの入口のあった場所を見詰めていた。

「…同情は禁物よ。特に過去の自分に照らし合わせるのは。…いざと言う時に、その同情が仇になる可能性だってある」

「…はい。紫様」

さっきまでのほほんとしていた紫の声とは思えないほど、その声は冷たかった。

「帰りましょうか」

「…」

鈴の肩から手を離し、スキマの中を歩み始める紫。鈴は数秒置いてから踵を返し、その背中を追った。

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