第四話 その白狐は博麗にて
「ふぅ…」
数百段ある階段を、飛ばし飛ばしで跳ねるようにして登りきった鈴。流石に疲れたか、懐から小さな手ぬぐいを取り出し額に浮かんだ汗を拭う。
「ここが、博麗」
手ぬぐいをしまい、鈴は朱色の鳥居を挟みどうどうと建つ古びた神社を目にした。
境内には所々に枯れた葉や折れた小枝などが散らばっており、その脇には年季の入ったボロボロの竹箒が転がっていた。
「どんな、人なんだろう」
鈴は鳥居の端を通り、竹箒を手に取った。つい先程まで誰かが握っていたのだろうか、ところどころに温もりを感じる。
鈴はゆっくりと神社に足を運び、賽銭箱の隣に竹箒を立てかけた。そうして靴を脱ぎ、靴を揃えて閉まっている襖に手をかける。
「…けほっ」
襖を動かすと、ふうわりと埃が舞った。あまり掃除をしていないないのだろうか。埃特有の、少し褪せた匂いが鼻をくすぐった。
襖を開けたその先の空間は、神社らしくないただの家のようで見渡した限りは神棚も、なにかを祀っている様子すら感じられない。とても神社とは言いがたいような内装だった。
「誰もいない?」
中に足を踏み入れ洗面所や台所とぶらぶらと歩き回るも、それらしい人影は無かった。
だが、羽釜のかかった竈にちろちろと火が着いている。さすがに火を消さずにどこかへ行っている、ということは無いだろう。
「…一体どこに」
「ちょうど後ろね」
ぐん、と背中が棒のような何かで押された。
「っ」
「へんな真似しようとするんじゃないわよ。こっちを向いたらその毛全部むしり取って竈ん中にほおり込むわよ」
なんという口の悪さだろう。この少し鼻にかかるような声はだいたい十歳前後、くらいだろうか。
「…気配が感じられなかったのだけれど?」
「気配を消すのは得意なのよ」
先程よりも強く背中を押され、そろそろ背中の肉がえぐれ始めた。
「痛たた」
それでも声相応の力しか入っておらず、言うほどの痛みは無かった。
「あれ?その尻尾に銀色の髪の毛…あなた、紫の式神?」
背中に押し付けられていた棒が離された。と、同時に尻尾にぼふっと軽目の体重がかかる。
「そう、だけど」
少しこそばゆい感じもしたが、大した重さでも無かったので鈴はそのままにしていた。
尻尾を動かさないように、首だけ動かして後ろを返り見た。するとそこには真っ白な七本の尻尾に飲み込まれる茶髪の少女が。
「えっと。大丈夫?」
「んんっー!うぅんーん!」
「大丈夫じゃないね、これは」
鈴は尻尾の中に手を突っ込み、手探りで少女の肩を鷲掴み引きずり出す。
「ぷはぁっ!」
「尻尾で溺れるなんて、前代未聞なんだけど?」
両腕で少女を掴み、抱き抱えるようにして全身を救い出す。
「た、助かったぁ…。あなたの尻尾、すごい…誘惑があるわ…このまま窒息してもよかったかも…」
「…」
褒められているのか、それとも皮肉っているのか。なんともいえない気分になり、鈴の目は半分白目になっていた。
「とりあえず、火の元から離れよう。尻尾が着いたら…大変なことになる」
少し含みのある言い方で、少女を居間らしき畳と長机のある部屋へと連れていく。押し入れからテキパキと座布団を二枚出しそれぞれを机を挟むようにして敷く。
「はい、それであなたが…」
「私が博麗霊夢。ここの神社の巫女をしているわ」
声から予想し通りの年齢で、巫女服のように朱と白をベースにした嫌に露出がある服を着ていてなによりも脇のぶぶんがぱっくりと割れ、別れているのが目に付いた。そして黒い瞳に茶色がかった髪の毛、その髪の毛で巫女服と同じ色の大きなリボンが揺れていた。
「私は、鈴。もう知ってるみたいだけど、紫様の式神をしているわ」
「…鈴は、その、七尾?の狐、なのね」
霊夢が身を乗り出して尻尾に手を伸ばした。
「っ」
「あ、気にしていたら、ごめんなさい…」
顔に出たのだろうか、霊夢は伸ばす手を引っ込め萎縮してしまった。
「違う、大丈夫だよ。もう気にしていないから」
鈴はふるふると首を振り、霊夢の頭に手を伸ばした。
「前は、こんな風にされたのが悔しかったし、憎かったけど…今はそのおかげで紫様に式神にしていただいたんだから。…この左目も含め気にしてないよ」
「…うん」
優しい笑みを浮かべ、わしわしと霊夢の頭を撫でる。くすぐったかったのか、霊夢も目を細めた。
「じゃあその尻尾触らして!」
「…」
ピシッと鈴の顔が引きつった。「結局それが目的なんじゃ」と零したが一応年下の少女のわがままを断るほどの厳しい性格をあいにくしていなかったため、ため息を着いて尻尾を体の前に持ってきた。
「引っ張ったりしないでよ?埋もれるのも禁止。…あと根元は傷があるから触らないで」
「うん!」
その瞬間、霊夢が尻尾を飛び込むような勢いでぎゅっと抱きしめる。
「もふもふ…」
にへら、と顔が蕩け尻尾に頬擦りをする。
「…」
何本か毛が抜けたような気もするが、こんな古びた神社の中で一人。飯を作り布団を敷き、一人で寝ているのだ。十数歳の少女にとっては強い孤独を感じるだろう。
「…ここには定期的に来ることにしようかな」
それで彼女が孤独を紛らわし、笑顔を浮かべてくれるなら鈴は本望だった。




