やめてくれ、その言葉は俺に効く
「あたしがあんたの彼女のふりをするわ」
面接室。
玲菜は腰に手を当てて、決意したようにそう言った。
「なぜ?」
「理由は簡単よ、あんたじゃ見抜けないからよ。妹ちゃんの言葉が本気なのか、ただからかってるだけなのか」
「それは確かにそうかも知れないが、
なぜお前が彼女役をする必要があるんだ?」
俺がそう問いかけると、玲菜はため息をついた。
「判断するにはあたしがその場にいる必要があるでしょ」
「ああ」
「でも、見ず知らずのあたしのいる所で、妹ちゃんが
簡単にあんたの事を好きと言うはずが無いわ」
「つまり……お前に嫉妬させて言葉を引き出すってことか」
玲菜は少し申し訳なさそうに、黙って小さくうなずいた。
俺は唇を噛んだ。
理屈は分かっても、できればやりたくない。
だって、そんな事を受け入れる心の準備なんて、
言われてすぐできるわけないだろう。
それに……それに、京香の気持ちを暴いて何になるんだ。
からかってるだけならいいだろう。
俺だってそうだと思いこんでた。
でも、もし本当に俺の事が好きだったら?
俺と京香は血がつながってるんだぞ。
色々なことが頭に浮かんで、うまく整理して考えられない。
今結論を出してしまうのは、あまりにも早い気がする。
だから、俺は玲菜に弱々しく首を振った。
「やっぱり、しばらく様子を見させてくれ」
俺が戸惑っている事に気がついたのか、
玲菜もそれを否定はしなかった。
「……確かに急ぎすぎたかもしれないわね。
ごめんなさい」
「いや、いいんだ」
俺たちの間に重い沈黙が流れる。
たえきれなくなり、俺は口を開く。
「じゃあ、帰るよ。
京香、今日はオムレツ作ってくれるって意気込んでたし」
「そう、じゃあまた学校でね」
「ああ」
微妙な雰囲気の中、俺は帰る支度を始める。
荷物をかばんに入れ、部屋を出ようとした俺を
突然、それまで無言だった玲菜が呼び止めた。
「冬樹」
「何だ」
「あなたを混乱させた私が言うのは違うかも知れないけれど、
困った時は、いつでも相談に来て頂戴」
「あ、ああ。ありがとう」
俺を思いやる玲菜に、どう反応すればいいかわからず
ぎこちない返事をして、俺は家に向かった。
*
「おかえりお兄ちゃん!」
「お、おう。ただいま」
いつもの様に温かく迎えてくれる京香。
でも、俺はどう接していいか分からなかった。
ふがいなくて、ごめんな。
「……どうしたの?元気ないよ?」
「いや、俺は大丈夫だぞ」
安心させてやる為に、俺は京香の頭をそっとなでる。
「じゃあ、俺は部屋行くから」
「あ、うん」
少し寂しそうな京香に、いつもの様に構ってやれないことを
後ろめたく思いながら、俺は部屋に入った。
部屋に入っても、俺は思い悩んでいた。
本当にあいつは俺の事が好きなのだろうか。
パンツを見せてきたのも、からかっているだけなのか?
くそ。モヤモヤする。
こんな日には、ゲームでもして気を紛らわせるしかない。
エロ本なんか読んでも、あいつの事が気になってしょうがないだけだ。
そう思い、俺はスマホを起動する。
トップ画面には、最近学生や社会人に幅広く人気なカードゲーム、
「カオスクロス」のアイコンが浮かんでいた。
カオスクロスは、5マスの自分フィールドにクリーチャーを召喚し、
魔法などでその補助をしながら10ライフを持って戦うカードゲームだ。
特徴的なのは展開がとても豪快で、
残りライフ1からの逆転がよく起こること。
「久しぶりにやるか……」
妹とどう関わればいいか分からなくなった俺は、
現実逃避のために「カオスクロス」を起動した。
ポチッ。
その時だった。
『よく来たな!』
「うわっ!?」
いきなり図太いおっさんの声が直接頭に響く。
驚いた俺に、いきなり声は問いかけてきた。
『俺様はデギウス・オリハルコン。これからよろしくな、相棒』
「え?」
俺が混乱しつつも必死に思考をめぐらしていると、
スマホ画面の「カオスクロス」に突然、
見覚えの全く無いキャラが出てきた。
筋肉ムキムキで、全身を鎧に包んだ陽気そうなおっさん。
なんかめっちゃ強そう。酒と女が好きそうな見た目だな。
こんなキャラ、いたっけ?
「お前がいない間に新しいカードパックで追加されたぞ」
メタ情報ありがとう。お前は読者に親切だな。
……ってか、こいつが俺に直接話しかけてるのか!?
固まる俺の心を読んだかの様に、
そいつ――オリハルコンは画面の中でうなずいた。
「そうだ。佐藤冬樹――お前は挑戦権を得た選ばれし者。
このカオスクロスの中で戦う決闘者になる者だ。」
「ちょっと何言ってるかわかんない」
なんだか中二病くさい事を言い出したぞ、このおっさん。
でも、カオスクロスはただのゲームだったはず。
少なくともこんな馬鹿げた事を、
チュートリアルで言うキャラはいなかったはずなんだが。
「これはチュートリアルじゃねえ。
これはただのゲームじゃねえんだ。
もう、戦いはすでに始まっているぜ」
「はあ」
なんとなくわかってきたぞ。
こりゃ良く作られているゲームだな。
俺がいないときにアップデートでもしたんだろう。
なかなか「燃える」導入じゃないか。
わくわくする俺に、そいつはあきれた様に肩をすくめると
今度は淡々と続けた。
「――本当だと思わないなら、
自分の左手の甲を見てみな」
「え?」
いわれるがままに左手の甲を見る。
そこには、「13」という文字が赤く刻印されていた。
いくら最新技術といえど、こんな事を一瞬でするのは
現代の科学では到底不可能だ。
えっ、つまり……?
「これ、もしかしてマジでカードバトル始まる系?」
「ああ。リアルガチだな」
「……おいおい、現実から逃げてきたらこれかよ」
こうして俺たちの戦いは、幕を開け……。
「るわけねーだろ!!」
俺はスマホにブラザーチョップをお見舞いした。
バキバキになるスマホ。
この作品はラブコメだぞ、諸君!!
突然のカードゲーム登場。
果たして、作者はラブコメを続ける気があるのか……?(あります)