焼き土下座すんな!
病室。
何度も俺の前で謝る梨奈に、俺は困っていた。
「本当に、すいませんでした」
「いやいや、そんな謝るほどの事じゃないって」
頭を下げ謝る梨奈。これで五度目だ。
どうやら、先日の一件の事を本当に反省しているらしく、
異常なまでにしゅんとしてしまっている。
でも、そんなに謝られてもな……
「土下座した方がいいですよね。
あ、焼き土下座の設備も持ってきたので、そっちやります」
「いや、焼き土下座すんな!早まるな!」
女の子に土下座させるのは流石にダメだろ。
俺はコホンと一つ咳払いをした。
「いいから、一旦俺の話を聞いてくれ」
「あっ、はい」
「まず先日の件についてだが、俺に迫ってきたのは非常識だったな」
「はい、反省してます」
「でも、そんだけだろ?」
「え?」
そう、梨奈の落ち度はそれだけである。
本来こんな大事になるはずもないじゃれあいが、
京香が来てちょっと修羅場になっただけだ。
だから、梨奈が何度も謝る理由は無かった。
「本当に、許してくれるんですか?」
赤い髪が揺れて、うなだれていた梨奈が目線を上げる。
少し涙目で今にも泣き出しそうなその表情は、
きりっと整った顔と相まって、……正直めちゃくちゃきれいだった。
動揺をどうにか隠して返事をする。
「も、もちろんだ」
「本当ですか?」
「ああ」
俺の言葉に、梨奈はほっと息を吐いた。
「良かったです……」
いままでとても緊張していたのか、
力を抜いた梨奈の顔には疲れも見えた。
こんなになるまで謝る必要、無かったのにな。
「立ってるままじゃ辛いだろうし、ベッドに腰掛けても構わないぞ」
俺がベッドの横を手で指し示すと、梨奈は「失礼します」と言って
静かにそこに腰掛けた。
律儀に俺の方を向く梨奈は、涙を見た後だからか
華奢で可憐な感じがして、とても可愛い。
こんな事思ってたら、京香に怒られそうだが。
そう心の中で苦笑しつつ、俺は話しはじめた。
「梨奈、親御さんと学校に今連絡とれるか?」
「あ、はい」
そう、梨奈と約束した周囲への連絡を、まだ俺がしていないのである。
これは今日中に片付けないとな。
気合を入れる俺に、梨奈が携帯を見せてくる。
「これ、番号です」
「よし。じゃあ今からかけるぞ」
*
電話は、びっくりするほど上手くいった。
電話したのが被害者本人だという事もあってか、学校側も親御さんも
梨奈にそこまで非が無いことをわかってくれたのだ。
俺がそれを伝えると、梨奈はぱあっと笑顔になった。
童貞の俺にはまぶしすぎるくらい、可愛い。
「ありがとうございます!本当に!」
「お、おう」
「冬樹さんはあたしの恩人です!」
「お、そうだな」
飛び跳ねんばかりの勢いで感謝を伝えてくる梨奈。
ここまで女の子に感謝されるのは慣れていないので、かなり恥ずかしい。
でも良かった。梨奈が停学とか退学にならなくて済んで。
そう安心する俺の両手を、梨奈が突然掴んだ。
「あたし、これでも家事全般出来ますし、その……
恥ずかしいお願いとかも全然やるので手伝える事があったら
何でも言ってください!というか恩を返したいので手伝わせてください!」
「は、はあ」
こちらに近寄りながら、物凄い勢いで俺の両手をぶんぶんと上下に振る梨奈。
握手しているつもりなのだろうか。一方的だな。
そんな俺を、梨奈は期待で目をきらきらさせて見つめた。
「何でもします!させてください!特に恥ずかしいこと!」
「い、いやそんな事しないって!変態かよ!」
俺がそう言うと梨奈は赤面し、もじもじし始めた。
やばい、そういえばこいつも京香と同じ人種だったな。
「も、もっと罵ってください!」
「はあ!?」
「罵られると、体中ゾクゾクしちゃうんです!」
「し、知るか!俺は女の子を罵る趣味は持ってない!」
梨奈はそれを聞いて、あからさまにしょんぼりする。
そして、その小さな口をとがらせた。
「恥ずかしい命令とか、罵るとかしないんですか?」
「しないよ」
「体で恩を返そうと思ってたのに……じゃあ何で恩を返せばいいんですか」
困ったな。どうしても梨奈は恩が返したいらしい。
何か手伝ってもらえる事、あったかな。
あ、京香のやってる家事の負担を減らしてもらうのはどうだ。
いや、流石にそれは頼みすぎなんじゃないか?
俺はうーんと唸った。
でも、京香の負担は減らせることなら減らしてやりたい。
俺も手伝っているが、それにも限界があるからな。
そんな悩む俺を見かねたのか、梨奈は口を開いた。
「あの、平日は基本午後五時~八時までは空いてます。ただバンドの関係で木曜日だけは空いてないんです。土日は午前も基本ライブの時以外は空いてます」
「なるほど」
どうしようか。
まあ、医療費の代わりに働いてもらったと考えればいいか。
週二日、くらいが妥当かな。
俺は考えて梨奈に返事をする。
「じゃあ月曜と土曜の週二日で、二週間だけうちの家事を手伝ってくれないか。
それで大丈夫か?」
それに梨奈もうなずいた。
「週二日なら全然大丈夫です!恩を返せるよう、頑張りますね!」
かくして、梨奈は我が家にお手伝いに来るようになったのであった。
梨奈もかわいいですね!
次回はたぶん退院します。