俺は萌えているか
「お、おはよう」
どことなく悲しげな雰囲気の京香に、俺はそう挨拶した。
病室にきまずい空気が流れる。
「お兄ちゃん、怪我の調子はどう?」
「ん、ああ。悪くない」
「そっか」
京香はどこか遠くを見つめ、そのまま黙ってしまった。
このままでは昨日の二の舞だ。
とりあえず、何か話さなくては。
「京香。何か、心配事とか困ってる事とかないか?」
「……何で?」
「いや、あんまり顔色良くないから」
「私は、大丈夫」
しぼりだすように小さく返事する京香は、大丈夫そうにはとても見えない。
だが、このまま淡々と話を続けていれば、
昨日のように帰ってしまうかもしれない。
俺は悩んだ。
恋愛小説の主人公のように、短い言葉で京香の気持ちを動かし
楽にさせてやれる方向に持っていく必要がある。
だが、俺には圧倒的に経験が不足していた。
頭の中で思いつく言葉はどれも、陳腐で心に響かないものばかり。
くっ、こうなったら言葉ではなく自分の行動で
京香を動かすしかない。
だが、どうしてやればいいのだろう。
「お兄ちゃん、じゃあ私帰るから。明日も来るね」
「ちょっと待ってくれ!」
「え?」
探せ、俺の中のどこかに『答え』があるはずだ。
京香の悩みを一時的にでも、なんとかしてやれる方法が――
俺はさらに思考を巡らせる。
いままで、俺が京香を安心させられた出来事を探す――
あった。
いつも学校から帰ってきた俺に、
安心しきった顔で京香は抱き着いてきてくれたじゃないか。
ハグだ。ハグするんだ。
今までしてもらったように。
「お、お兄ちゃん。どうしたの、手すりまでつかんで立ち上がって。
左足骨折してるんだから危ないよ」
「いいんだ。京香、ちょっとこっち来てくれ」
「え?」
さあ、ハグするんだよ、俺!
男だろ!京香の兄貴だろ!
俺はためらう心に喝を入れると、
「京香、いつもありがとう。大好きだ」
思い切り京香を抱きしめた。
京香の温もりが、こっちに伝わってくる。
「――っ!ななななな、なんでいきなり!」
「そんな驚く事ないだろ」
「あ、あるに決まってるよ!いきなりハグされたら!」
「そんなに嬉しかったのか」
「べ、べつに。……嬉しいけど、なんでいきなり」
顔を火照らせて、あからさまにこっちを見ないで照れる京香。
よく見たら、口元もゆるんでいる。
正直言って、妹というひいき目無しでもめっちゃ可愛い。
本当に可愛いな。なでてやろう。
「よしよし、元気になったか」
「も、もう子供じゃないし。恥ずかしいよお兄ちゃん」
言葉とは真逆に、京香は嬉しそうににやけた。
よかった。いつもの京香だ。
俺がいつまでもぎゅっと抱きしめていると、
京香は恥ずかしそうに身をよじった。
「と、というかお兄ちゃん、なんでいきなりハグしたの」
「それはな――京香に笑顔になってもらいたかったからだ。
京香、すごい悩んでるように見えたからな。
俺に出来る事なら何でもしたいと思ったんだ」
「何でもって……お兄ちゃんのバカ」
「バカとは失敬な――」
俺が喋ろうとするより少し早く。
まっすぐな瞳で、俺のことをしっかりと見つめ
京香が満面の笑みで言う。
「私も、お兄ちゃんの事大好きだよ」
*
まあ、という訳で諸君。
俺たちは再び仲直りした訳だが、その際に一つ
京香から条件を出された。
それは、
『他の女の子と、私が見ていない所でイチャイチャしないこと』だ。
どうやら俺と話していた梨奈に、なぜか嫉妬しているようだ。
別にあれは話の流れでああなっただけで、
親密って訳じゃまだないんだが。
まあ、いいか。嫉妬している京香もかわいいからな。
そう、京香の可愛さは永久にして不滅。普遍にして真理。
原点にして頂点ッッ!!
まずツインテールが可愛いだろ。次にぱっちりした目も可愛い。
もうとにかく全部可愛いのだよ、諸君。
もうすぐ退院も近いし、あいつにも本当に世話になったから
何か恩返しがしてやりたいな。
考えておこう。
さて、まだ俺にはやるべきことが残ってる。
それは、梨奈ともう一度話す事だ。
あいつの周りの人にも電話かけてやらないといけないからな。
そう思っていると、廊下から梨奈がやってくるのが見えた。
はい、次回は梨奈か京香の回です。
果たしてどちらなのかは……お楽しみに。
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