お兄ちゃんの事が好きだったんだよ!
やあ、読者の諸君。
俺は今、自室にこもって昨日届いたエロ本を読んでいる。
いや、俺は変態じゃあない。至って健全な大学生男子だ。
だから俺の話を聞いてくれ。
何読んでるのかって?
妹――京香に読まれた新刊だ。どうにかして取り返した。
もちろん京香は抵抗したぞ?拳で。
その時の京香との激闘は凄かった。
あれだけで本が一冊書けるな。いや、エロい方じゃないぞ?
まあ、それはさておき。
俺は今、自室という最高の環境で、妄想を膨らませているのだ。
壁一面に積みあがった魅惑的書物の数々。
棚の上に置かれたお気に入りの美少女フィギュア。
天井に張られた美少女のあられもない姿のポスター。
その中で妄想にふける。人生においてこれほど幸福な時間があろうか。
「いや、無いッ!!」
俺はそう胸を張って断言できる。
俺は、読者諸君に伝えたかったのだ。この真理を!
労働なんてやめて皆エロ本を読むべきだ。うん。
ページをめくる度、俺の興奮は高まっていく。
本の内容は、『主人公が少女に襲われ、あんな事やこんな事をされる』という内容だった。
うらやましい。
俺もこんな美少女に襲われたいものだ。
ページをめくる手が止まらない。
本も半分を過ぎ、俺の興奮は最高潮に――
ガチャ。
「お兄ちゃん、のど渇いただろうからアイスティー持ってき……」
「あ」
ドアを開け、アイスティーを持った京香と目が合う。裸で。
まずい。
「ふーん、一人でお楽しみ中だったんだ~。へ~」
京香がねっとりとした視線をこちらに向けてくる。
まずい。これはまずい。
どの位まずいかというと、川で遊泳していて、ワニの群れに出くわすくらいまずい。
喰われる。
俺の本能が、そう警告していた。
逃げるしかない!
「うおおおお!」
俺はアイスティーを持って手が塞がっている妹の隙をついて
部屋からドタバタと走りながら逃げ出した。
「ふう……ここまで来れば大丈夫だろう」
流石に家の外には出られなかったので、すみに隠れる。
妹にエロ本を見ているところを見られてそのまま童貞喪失なんて、
考えただけで寒気がするからな。逃げられて良かった。
読者諸君。君たちも妹という生物には気をつけたまえ。
奴は突然現れる。
「ふふ、お兄ちゃん……」
そう、こんな風に――って、え?
俺の目の前に、頬を赤く染めた妹が立っていた。
いつの間に現れたんだ。
「お兄ちゃん!」
「間に合ってます!!!!」
俺は再び走り出す。
妹も、ものすごいスピードで俺を追いかけてくる。
あいつ、水泳部じゃなかったのか。
なんで陸上部だった俺と同じくらい足が速いんだ。
目の前にドアが迫ってくる。
「外に逃げよう……!」
俺はドアを開けると、急いで外に飛び出した。
妹に襲われるなんてまっぴらごめんだ。
読者諸君にはすまないが、俺は痴態を晒すつもりは無い!
さらにスピードを上げる。
後ろを見ると、京香もスピードを上げてきているのが分かった。
「お兄ちゃん、いい事しようよ~」
いやだ。俺は絶対に捕まらないぞ!!
止まるんじゃねえぞ!!
*
それから何時間がたっただろうか。
俺たちは、全力疾走の反動で動けなくなっていた。
時刻はもう夕方。まったく、執念深い奴だ。
「お兄ちゃん、疲れた~。おんぶして?」
「自業自得って言葉知ってる?」
俺だって疲れているのだ。おんぶなんて出来るわけが無い。
おまけに喉もからからだ。
「今日の勝負は引き分けだな」
「ちぇっ」
京香と俺はぼろぼろになりながら、ようやく家まで辿りついた。
「お兄ちゃん、アイスティー飲む?」
「おう」
喉が渇いているのだ。何でもいいから早く飲みたい。
「はいこれ」
京香がカップを差し出してくる。
俺はそれを受け取り、一気に飲み干した。
あれ……なんだか急に眠くなってきたな……?
「ふふ。お兄ちゃんのざーこ」
!?
俺がはめられた時がついたときには、
もう眠気は抑えがたいほどになっていた。
「くっ……」
俺はそのまま、意識を手放さざるを得なかった。
*
おはよう諸君。よく寝たよ。
寝すぎて、寝ている間に服を脱がされた事にも気がつかなかった。
俺はなんて阿呆なんだ。アイスティーを躊躇無く飲むとは。
ここは京香の部屋。
まあ、つまり「いつものやつ」だ。
俺の両手両足におもりが付けられ、拘束されていることを除けば。
どっから持ってくるんだこんなもの。
「お兄ちゃん、おはよう。よく眠れた?」
「よく眠れましたぁ。お前の盛った薬のせいでな!」
「そっかぁ。気分はどう?」
京香は、俺の体をじろじろとなめる様に観察してくる。キモチワルイ。
早く脱出しなければ……
「見られて興奮しちゃってる?」
「しとらんわ!」
「ふふふ、やっぱり可愛いなあ。食べちゃいたい」
妹がうっとりとした表情でつぶやく。
「キエエエエ!」
やばい。まずい。きもちわるい。
俺は関節を外し、脱出を試みた。しかし、出来ない。
「さあ、お兄ちゃん?」
京香がシャツを脱ぎながらこっちに近寄ってくる。
俺の恐怖は、限界にまで到達した。
「ち、近寄るな!俺のそばに近寄るなああーッ!」
と、その時。
「京香ー。冬樹ー。ただいまー」
両親の声が、玄関から聞こえてきた。
「ええっ、いいところなのに。
お兄ちゃん、命拾いしたね!」
京香はそう言って俺の拘束を解き、服を渡す。
「た、助かった……」
こうして俺は今日も、童貞を守ったのだった。
*
俺の妹、佐藤京香は美少女である。
思わず守ってやりたくなる、ちょこんとした背とあどけない顔。
家事が万能な事に加え、誰に対しても優しくフランクな性格。
時々する可愛いおねだり。
そのどれもが、男たちを魅了してやまない。
だから、京香はめっちゃモテた。
「付き合ってください」って体育館裏で告白されているのを
見たことも一度や二度じゃないぞ。
俺も兄でなければ惚れていたのかもしれない。
そう、兄でなければ……
実は、京香はヤンデレで変態である。
俺を追い掛け回して襲ってくるのだ。痴女かよ。
「お兄ちゃんともっと仲良くなりたいんだもん」
などと、京香容疑者は供述しており……
俺はいつもそれで苦労しているのだ。
まあ、多分からかわれているだけだと思うが。
これから始まるのは、俺と京香(と愉快な仲間たち)の
奇妙で奇天烈なラブコメである。
そうであると思いたい。




