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やらないか?

「じゃあ京香ちゃんもいない事だし、私は帰るわね」

「おう」


 俺は、病室から出て行く玲菜に手を振る。

 こうやって来てくれるのは、一人でいる心細さが紛れてありがたい。

 思えば、京香と仲違いした時も助けてもらったな。


「明日も来るわ」

「無理しなくていいんだぞ」

「いいの。この借りは後で倍にして返してもらうから」

「おー、そりゃ怖い怖い」


 いつも通り少し言葉を交わし、玲菜が病室を出ようとする。

 その時だった。


「冬樹さん!お見舞い遅れてすいません。

 病院の食事だけだと飽きると思って、クッキー焼いてきました!」

「お、おう。ありがとう」


 梨奈が病室に入ってきたのだ。

 突然の登場に目を丸くしている玲菜に軽く一礼し、俺の方を向く。

 俺は梨奈にぎこちなく返事すると、差し出されたクッキーを受け取った。


 何か、今日は皆お菓子をお見舞いに持ってくるな。

 そういう日なのか?俺はもうお腹いっぱいなんだが……


 でも、俺のために作ってくれたのだから、

 食べないのは失礼だよな。


 俺はそう思い、クッキーを一枚口にした。


 おいしい。

 ついもう一枚と手を伸ばしてしまう。


 香ばしい香りとバターのコク、そしてサクサクとした食感により、

 何枚食べても飽きが来ないおいしさだ。


 ……今俺が満腹なのが非常に残念だな。うむ。

 だが、それでも俺は気合で全部食べきるッ!

 かわいいJKの手作りクッキーだぞ!?諸君!

 そうそう妹以外では食えん!


 クッキーをムシャムシャとほおばる俺に、梨奈はほっとした様子だった。


「喜んでもらえてよかった」

「ふぉう!(おう!)」


 すると、なぜか感心したように玲菜が小声でひっそりと話しかけてきた。


「あんた、なかなかやるじゃない」

「ふぁふぃふぁ?(なにが?)」

「こんなかわいい子にもクッキー焼いてもらえるなんて。

 ちょっと私に紹介してよ」

「だめです」


 俺が手でバッテンを作ると、玲菜は不気味にニヤッと笑った。

 やっぱり魔女とか妖怪の類だな、こいつは。


「あんた、私に借りあるじゃない。やっぱり今それで返してよ」

「ええ……」


 それを言い出すか。確かに借りはあるし、紹介できるならしてもいいんだが、

 梨奈とは別に、そういう親しい間柄じゃないしな。

 俺がそれを説明すると、玲菜はため息をついた。


「そんな鈍感だから他の男に負けるのよ。33-4で完敗よ」

「なんでや!阪神と俺は悪くないやろ!」

「あのね、クッキーを焼いてくるって事は、相当親密だってことなのよ」

「そうか?」


 俺は梨奈の方を向いて、彼女が俺のことを

 どう思っているのか観察しようとした。

 だが彼女は、目が合うと困惑したように頭をかいて笑うだけで、

 別に俺と親密な訳ではなさそうだ。あくまで童貞の所感だが。


「ど、どうしました?」

「いや、何でもない」


 これもうわかんねえな?

 よくわからなかった俺は、玲菜にひそひそ声でささやく。


「やっぱ違うんじゃないか?そもそも、初めて会ったの昨日だし」

「え、そうなの。そもそもあんたたち、どういう関係よ」


 あ、それをそもそも説明して無かったな。盲点だった。

 俺はたっぷり間を空けて玲菜を焦らし、焦らしすぎて頭をはたかれ

 やっと説明を始めた。


「俺とこの子は被害者と加害者なんだよ」

「えっと、つまり?」

「今回俺がこうなってるのは、この子の自転車に轢かれたからなんだ」

「なるほどね」

「このクッキーも、お詫びの一環なんだと思う」

「そういうことだったのね。だから、紹介は無理だと」

「そうそう」


 納得したようにうなずいた玲菜は、俺に興味を無くした様にぷいと

 梨奈の方を向くと、素敵な笑顔を浮かべた。


 もっと俺に興味持とうよ。骨折してるんだぞ。

 まあこの女はそういうタイプじゃないだろうが。クソビッチだし。


 そんな俺の思いにも構わず、玲菜は梨奈に話しかけた。


「ねえ、あなたの名前は?」

「私は、咲宮梨奈っていいます」

「そう、素敵な名前ね。私は玲菜。冬樹とは幼馴染なの。

 あなたの自転車と、冬樹は衝突しちゃったのよね?」

「そ、そうなんです。急いでてスピード出してて。

 本当に申し訳ないです」

「大丈夫、気に病む事無いわ。冬樹も不注意だし、

 お互いに不幸な事故だっただけよ。本人も気にしてないみたいだし」

「で、でも……」


 うつむく梨奈に、玲菜は耳元で何かをささやいた。

 途端に梨奈の顔が明るくなる。


「本当ですか!?」

「ええ。協力するわよ」


 こりゃ完璧に玲菜に騙されてるな。俺は確信した。

 そいつは面倒見のいいお姉さんじゃないぞ。

 隙を見せれば襲われる猛獣だ。

 ほんとにほんとにほんとにほんとにライオンなんだぞ。


 どうせ、

「あなたが冬樹に謝る方法を、私も一緒に考えるわ」

 とかなんとか、いい人みたいな事言ったんだろう。

 まさに、吐き気をもよおす邪悪!


「じゃあ、近くの喫茶店でも寄って帰りましょうか」

「そうですね。お話聞かせてください!」

「私も、あなたの話が聞いてみたいわ。

 こうして出会ったのも折角の縁だし、ね」


 体に聞こうとしている。

 お持ち帰りして体に聞こうとしているぞ。こわっ。

 諸君、JKをJDが襲おうとしているぞ。

 こいつはくせえッー!犯罪の匂いがぷんぷんするぜーッ!


「冬樹さん、また明日来ますね!」

「おう……気をつけろよ」

「え?あ、はい」

「元気でな」

「はい、それじゃさようなら!」


 俺は、これから梨奈に降りかかるであろう苦難を察し、

 後ろでそっと手を合わせた。

 すまん。その女には借りがあるんだ。すまん。


 俺は何もせず、ニコニコする玲菜を見送る事しかできなかった――無念。


次回はいろいろ、大変です。

冬樹、がんばれ!

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