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止まるんじゃねえぞ……

 諸君。

 妹は、いいぞ。

 俺は今、その喜びをかみしめてる。


 ここは病院。

 入院二日目の俺のところに、再び京香が見舞いにやってきた。


「お兄ちゃん、お菓子作ってきたの!」


 京香がにこにこしながら、バッグの中から取り出したのは、

 かわいい桃色のマフィンだった。

 そのスポンジ生地からは、ふんわりといい匂いが漂ってくる。


「病院のご飯だけじゃ物足りないかなと思って!

 お兄ちゃん、どーぞ!」


 そう京香がマフィンを差し出してくる。

 確かに俺も、味の薄い病院食に不満を覚え始めていた所だ。

 ほんと、気がきくいい妹だな。


「ありがとう」


 俺はマフィンを受け取って、一口食べてみた。

 口に入れた瞬間、広がるいい香りとやさしい甘み。


「……おいしい。おいしいぞ」

「おいしい?実は、生地に桜の香りをつけてみたんだ。

 お兄ちゃんが喜んでくれて、私もうれしいな」


 照れたようにはにかむ京香。

 そのさらさらの髪を、俺はなでてやった。


「いつもありがとうな」


 途端に京香の顔が赤くなる。

 こいつは自分が何かされるのには弱いのだ。

 ふふ、可愛いやつめ。


「も、もう子供じゃないし!」

「そうかそうか、よーしよしよし」

「うー」


 高校生になってもやっぱり京香は京香だな。

 俺が満足してなでるのをやめると、

 京香はこちらに優しくほほえんだ。


「お兄ちゃん、早く良くなってね」

「ああ」

「久しぶりにお兄ちゃんとピクニック行きたいし!」

「俺は映画も一緒に見たいな」

「だよね。だから早く良くなってね!」

「おう」


 なんて兄思いの妹なんだ。俺は感動したよ、諸君。

 こんな妹が、他にいると思うか?


 否!

 断じて、否!!


 確かに、変態で俺を襲ってくる点は残念かもしれない。


 だが、我が妹の料理の腕と気遣いは世界一ィィィ!

 出来んことはないイイィーーーーーーッ!!


 ……諸君には、わかっていただけただろうか。

 妹がいる、その素晴らしさが。

 妹の素晴らしさを知らないのは、人生の半分損してるぞ。


 俺が心の中でそう強く訴えていると、

 京香は荷物をかばんにしまい、帰る準備をしだした。


「じゃあ、今日は帰るね」

「おう、ありがとな」


 きっと学校やバイトで忙しいせいだろう。

 話す時間が短いのは少しさびしいが、仕方ない。

 俺はベッドの上から、病室を出る京香に手を振った。

 京香も俺に手を振り返す。


「また明日!」

「おう、また明日な」


 そう挨拶して、去っていく妹を見送る。

 俺しかいなくなった病室は、やけに広く感じた。


 あっ、梨奈に言われてた件、聞くの忘れてたな。

 明日必ず聞こう。


 *


 それから三十分後。

 俺は少年漫画を読んで、一人で熱く盛り上がっていた。


「技が出ぬ!!」


 声に出して読みたい日本語第一位取れるって。

 ほんとこのシーン個人的に好きなんだよな。


 そんな事を考えながら、黙々と読み進めていく。


 そして、物語も佳境にさしかかり、

 ここが一番の山場だという所に、俺はたどりついた。


「うおおおおお!!」


 熱い。熱すぎるぜ!!

 頑張れ、と思わず声援を送りたくなってくる。


 そんなめっちゃいい時だった。

 病室前の廊下から、玲菜が病室に飛び込んできたのは。


「うおおおお、止まるんじゃねえぞ!!RIDE・ON!」


 三秒でキレたね。うん。キレたよ俺は。


「ぎぇえええぴいいぃいい!!」


 なぜかって?


 超ハイテンションでこちらに突進してくる阿呆に気を取られて、

 俺の折角の興奮が台無しだからだよ!!


「なんでこんな時に、こんな入り方をするんだお前は!」

「いや、漫画読んでるから邪魔しようと思ったのよ」


 これは万死。万死に値するね。

 そう憤る俺に一切構わず、玲菜は周りを見回す。


「あれ、京香ちゃんはどこ?」

「俺にマフィンプレゼントしてもう帰ったよ」

「手作り?」

「そう」


 俺が返事すると、玲菜はうらやましそうな顔をした。


「いいなあ、あんな可愛い子に作ってもらえるなんて」

「お前も作ってもらったりしないのか?」

「たまにはあるけど、ほんと稀よ」


 意外だな。玲菜は女の子にモテるみたいだし、手作りのものは

 いっぱいもらってそうなイメージがあったんだが。


「基本そういうのって、皆でパーティーとかを除くと男にしかあげないの。

 それも結構親密な子にしかね。それにしても、

 あんた、京香ちゃんに本当に好かれてるのね」

「なんで、同じ女同士だとダメなんだ?」

「相手も作ったことあるかもしれないから、手が抜けないでしょ」

「なるほど」


 それは確かにそうだな。

 よほど腕に自信があるか、よほど相手のことを好きじゃないと

 渡しにくいってことか。


 俺が一人で納得していると、玲菜は突然自分のかばんの中を

 ごそごそとあさり始めた。一体、どうしたんだ?


「えっと、どこかしら」

「何を探してるんだ?」

「あんたにシュークリーム作ってきたのよ」

「は?」


 俺の思考が硬直する。

 かつてこの女が、こんな優しさを見せたことはない。

 こんなこと、あるはずないのだ。


 ――罠だな。

 俺の本能が、そう告げている。


「いらん」


 俺はそう断った。きっと中にわさびでも詰めてあるに違いない。

 だが、玲菜はかばんからシュークリームを取り出すと、


「四の五の言わず食え!!」


 ものすごい速さでそれを俺の口に詰めた。

 瞬間、辛さを覚悟する。


 ……あれ。うまい。


 カスタードと生クリームが絶妙にマッチしていて、

 飽きない程度の丁度いい甘みと、口どけのいいクリームが癖になる。


「うまいじゃん」

「でしょ」


 胸を張る玲菜に、俺は頭を下げた。


「玲菜様、ありがとうございます」

「友達にあげる物の試作品だから、あまり上手くないけど」


 そうは口で言っても、玲菜はとても嬉しそうで。

 なんか笑った顔は、意外と可愛いなと俺は思うのだった。


尊いです!お菓子おいしい!

次回は梨奈が病院にやってきます。

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