あおり・いず・びゅーてぃふる!
玲菜と京香は、俺と軽い雑談をした後、
もう遅いからと家に帰る準備をしだした。
「じゃあね、また明日も来るから」
「私も来てやるから感謝なさい」
「京香、ありがとう。無理はするなよ。
玲菜は来なくて大丈夫だぞ。むしろ来るな」
「あら。照れちゃって、ねえ京香ちゃん」
「そうですね。お兄ちゃん、もっと素直になってもいいんだよ」
「うるせえ!」
玲菜は性癖に難はあるものの、
なんだかんだ言っていろんな所で助けられている。
感謝だってもちろんしているし、見舞いに来てくれるのも嬉しいさ。
でも、それをわざわざ言うのは「俺たち」らしくないんだ。
なぜか?
俺たちの共通言語は、詭弁と煽りだからだ。
大学という、コミュニケーション力がすべてを支配する不毛の大地において、
俺たちはあえて、他人とわかり合うのではなく煽りあう道を選んだ。
ここで馴れ合うのは、俺たちのプライドが許さんのだ。
「冬樹君、けがが治るといいわね。
あ、でも治っても結局あなたには単位はとれないのよね」
「玲菜さんも恋が成就するといいですね!
せいぜい頑張ってください!」
「今日はやけに煽るわね」
「お褒めいただき、恐縮至極にございます!」
お互い貼り付けたような笑みで相手の方をにらむ。
その不毛な行為は十数秒行われた。
これが俺たちの「コミニュケーション」だぞ、諸君。
「まあ、また来るわ」
「おう、もう来るなよ」
そう最後まできちんと煽って、俺は病室から出て行く玲菜たちを
手を振って見送った。
別に、心配してくれてめっちゃ嬉しかったとかじゃ、ないんだからね!
*
諸君、おはよう。朝だ。
いきなり時間をぶっ飛ばしすぎだって?
だって夜は特筆すべき事がなかったんだ、仕方ないだろう。
京香が買ってきてくれた、マンガやエロ本を読んで寝ただけだしな。
さて、俺は体を起こしてカーテンを開けた訳だが。
実はこの病院、高台にあるらしくて
窓からの朝日がめちゃくちゃきれいだった。
俺みたいなポンコツ大学生にも、
平等に日の光は降り注ぐんだなって感動したね。
んでいつもの様に着替えようとカーテンを閉めて服のボタンを外し、
ズボンを脱ごうとしたら、左足が動かせないことが結構不便でな。
かなり悪戦苦闘したけど、下はだめだった。
誰かに手伝ってもらうしかないな。
それで諦めて、俺はベッドでスマホを眺めていたんだが
唐突に昨日の夕方、梨奈と話したのを思いだしたんだ。
それで、なんか気になって梨奈に電話をかけた。
なんというかな、俺のこういう勘はなぜか当たるんだよ。
諸君にはうまく説明できないけど。
あと、梨奈の親御さんや学校にも電話しなきゃなんないし。
ギターの件も、言いたいことがあるからな。
俺がかけてから、3コールくらいで電話はつながった。
「ごめんなさい!」
「え?」
「家ほんとに貧乏で、医療費は用意できないんです!
私にできることなら何でもやるのでどうか、見逃してください!」
「ん?」
なんか……よく分からないけど、昨日の段階まで話が戻ってるぞ。
こりゃどういう事だ?
「とりあえず、落ち着け。医療費とかは一旦おいとこうって、
昨日も話したばっかりじゃないか」
「で、でも、妹さんが!」
ん?
「京香に、何の関係があるんだ?」
「昨日ギターを持ってきてもらった時、妹さんが
『医療費の準備はできてますよね?』って……」
そういう事だったか。俺はため息をついた。
京香は中学生のころくらいから、俺に精神的に依存している節がある。
もちろん、俺も京香のことは頼りにしているのだが、
京香のそれは家族に向ける感情としては少し強すぎる。
だからだろうか。
京香は俺が傷つく事に過敏だった。
誰かに傷つけられたと知れば、結構な勢いで怒っていたからな。
今回もそういう事だろう。
「すまん。それは妹の発言であって俺の意思じゃないから、一旦忘れてくれ。
今はそれより、梨奈の親御さんとか学校と連絡が取りたい」
「すいません……」
電話の向こうで何度も謝る梨奈を、俺は少しかわいそうだと思った。
ごめんな、俺の不注意で。
いくら梨奈側がスピードを出していたとはいえ、ふらふらしていた俺も悪い。
弁明、してやらなくちゃな。
「今、連絡取れそうか?」
「今は、親も仕事に出ているので無理そうです。後で連絡取れるようになったら、
できるだけ早く冬樹さんに電話します!」
「おう」
「じゃあ、これで失礼――」
「待った。今、時間あるか」
電話を切ろうとする梨奈を、俺は引き止める。
「学校にいくまでまだ30分くらいはありますけど……」
「よし。十分だ」
「何の、話ですか?」
おびえた様子の梨奈。この子毎回おびえてるな。
それに、俺はあっけらかんとした感じで語りかける。
「梨奈はバンドやってる?」
「あ、はい」
「どんな曲が好きなんだ?」
「えっと、女性ボーカルのかっこいい曲ですね」
「『シブヤの女王』とか?」
「そう!そうです!あの美しさと狂気の混じったかっこいい感じが
大好きなんですよ!」
「そうそう。ちょっと諦めてるのもいいよね。
世界に対してというか、自分に対してというか。
ちなみに、梨奈はギター担当なんだろ?」
「そうです!あの世界観をギターで表現できて、すごい幸せです」
「そっか」
俺はそこで一旦言葉を切り、
よく考えてから次の言葉を続けた。
昨日の「ギター持ってきてください」は、本当はダメだって事。
それを、音楽が好きならちゃんと分かってほしいと思い喋っていたのだ。
「これからは、自分の大事な楽器は、無くさないよう
大事にしたほうがいいぞ。後できっと後悔する」
「そ、そうですね……私もこれからは無くさないようにします」
「分かってくれたならよかった。ごめん、説教くさくて。
バンド、応援してるぞ」
「ありがとうございます!」
「そんじゃ、また」
「はい、失礼します!」
俺は梨奈との電話を終え、スマホを近くに置くと、
やっと、朝の学校がないのんびりとした時間を
マンガを読みながら楽しみ始めた。
次回は京香予定です。