さてはなろう主人公だなテメー
梨奈が帰った少し後。
入れ替わるようにして、制服のままの京香が
息を切らしながら病室に駆け込んできた。
余程慌てて来たのか、几帳面な京香には珍しく
髪型はグシャグシャで、服も整えられていない。
「お兄ちゃん!」
京香はベッドに寝ている俺を見たとたんに悲痛な叫びを上げ、
こちらに心配そうな顔で駆け寄ってきた。
「大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫」
「本当に?」
「ああ。というかお前の方が顔真っ青じゃないか。
一旦落ち着け」
「あ、うん」
「あと、髪型大変なことになってるから直せ」
「うん」
京香は俺に指摘され、バッグからくしを取り出して
自分の髪型を整えながら話を続けた。
「お兄ちゃん、私病院の人から学校で連絡を受けて
こっちに来たんだけど、自転車に轢かれたって本当?」
「ああ」
「その時の状況とか覚えてる?」
「覚えてるよ。俺が不注意で、高校生くらいの女の子が乗った
自転車が後ろから来るのに気がつかなかったんだ」
京香はそれに首をかしげ、
俺の骨折しているであろう左足を見る。
「本当に、それだけ?」
「ああ」
「……そう。それなら良かった」
「?」
なんか含みのある言い方だな。まあいいけど。
「そうだ!」
「どうした?」
いきなり京香は笑顔になると、
かばんからコンビニの袋を取り出し、俺の近くに置いた。
「お兄ちゃん、病院にあるコンビニでアイスとパン買ってきたんだけど、
一緒に食べない?」
「本当か?ありがとう!」
ちょうど腹が減ってたからな。本当にありがたい。
そう感謝しながらふと時計を見ると、時刻はもう午後の4時だった。
なるほど、腹も減るわけだ。
俺はコンビニの袋から、やきそばパンとバニラアイスを取り出した。
やっぱりパンといえばやきそばパンだし、アイスならバニラだよな、諸君。
何?カレーパン?チョコミントォ!?
全部反逆罪で追放だ。俺に慈悲はない。
「おいしいけど、おいしい!」
京香、コロッケパンなんか食うから日本語間違ってるぞ。
でも、コロッケパンを食っているというマイナスを含めても
京香が何かをはむはむと食べる姿は、とにかく可愛い。はむはむ。
なんか小動物を観察してる気分だ。
「あ、お兄ちゃん今なんか失礼なこと考えたでしょ」
「よくわかったな。やっぱり俺の妹は頭いいね!天才!」
「それ煽ってる?ねえ煽ってる?」
煽りは万国共通のコミニケーション。はっきりわかんだね。
さあ、諸君も日常生活に煽りを取り入れてみよう!
れっつ煽り!
そうやって俺が京香に煽りを伝授していると、
京香が今度は、反撃とばかりに言い返してきた。
「ねえお兄ちゃん、なんか病院の人が二週間入院だと
お兄ちゃんに伝えてって言ってたけど。出席は大丈夫ですか~?」
「あっ」
こ、これ以上単位を落とせば、俺は……
お、俺は何回落とすんだ!?次はど……どの授業から……
い……いつ「襲って」くるんだ!?
いや……まだ大丈夫なはずだ!
「教授に事故で休むって伝えれば、どうにかなるはず!」
「ええ~、気が付いちゃったの?お兄ちゃんつまんない」
「俺は必死なのだッ!」
そう、これ以上授業に出席しなければ、俺は落第してしまう。
それだけは避けなければいけないのだ。
俺が、出席のためなら何でもする決意を固めていると、
突然そばに置いておいた俺の電話が鳴った。
番号を確認する。
どうやらメモに書いてあった番号から、
つまり――梨奈からの着信の様だ。
あいつが俺の妄想チート(?)による美少女かは一旦置いておくとしても、
俺はあいつの学校と親に連絡しないといけない。
「はい、もしもし」
「あ、お兄さん。すいません、帰ってすぐかけて」
梨奈の声は比較的落ち着いていた。
緊急事態ではないという事がわかり、ほっとする。
あれ、まず女の子の心配をする俺、優男じゃない?
なろう主人公だし、ハーレム間違いないのでは?
諸君もそう思わないか。
え、調子に乗るなカス?褒め言葉だぞ。
俺は自分に酔いしれながら返事する。
「俺は『お兄さん』じゃなくて冬樹だ。んで、用件は?」
「あの、ギター病室に忘れちゃったみたいで、その」
「……足折れてるんだが」
「あ、そうか。すいません、でもちょっと今急いでて……
いやでも、足折れてたらむりですね、すいません」
「……場所はどこだ?どうにかする」
「え?」
「どこだ?」
「ええっと、セタガヤライブホール入口です」
「わかった、じゃあな」
「えっ」
俺は電話を切ると、大きくため息をつかざるをえなかった。
そこそこ遠いじゃないか……まったく。
俺、けが人でお前の被害者だぞ。
京香の方を向き、俺はとても申し訳ない気持ちになりながらも、
ベッド下に置いてあったケースを持って頼む。
「京香すまん。ちょっとこれをセタガヤライブホールまで
タクシーにでも乗って運んできてくれないか」
「えっ、何で?」
「理由は帰ってきてから説明する。
お金は俺の財布に入ってるからそれを使ってくれ」
「え、うん。誰に渡すの?」
「赤い髪のピアスを開けた、お前と同い年くらいの女の子だ。
たぶん入口で待ってる」
「よくわかんないけど、お兄ちゃんの頼みならわかった。
帰ってきたらなでなでしてね!」
「おう、すまん」
京香はケースを背負うと、こちらに手を振って出ていく。
そして、京香が完全にいなくなった後、俺は一人で頭を抱えた。
いくらお人よしでも、家族に迷惑をかけるのは問題だ。
この『断れない性格』をどうにかしなくちゃな……
あと、梨奈には文句を言っておこう。
またこんな事があったらたまらん。
俺は一度にたくさんの事が起こりすぎた疲れからか、
これからの事を考えながら眠りに落ちた。
お人よし、好きです。
次回は梨奈と京香の回になる予定です。お楽しみに!