美少女とは衝突するんだよ!あくしろよ!
それから一週間がたち。
俺と京香の関係は、極めて良好な状態に戻っていた。
……毎日襲われる事を除けば。
「お兄ちゃーん、ちゅーしよ!」
「京香、医者に診てもらえ、頭だぞ」
繰り返される前までの茶番に、疲れつつも
俺は奇妙な安堵を覚えていた。
……本当に、仲直りできて良かった。
俺はそんな事を思いながら、
京香が襲い掛かってくるのをうまくいなして、
普通に大学に通う毎日を過ごしていた。
「今日もいい天気だな」
雲ひとつない澄みわたった空を見て、思わずそう呟く。
吸い込まれそうな青、というのはこの空の色の事に違いない。
あれ、今の俺、天才か?
たぶん文学賞とれるね。今の俺は。
書くなら恋愛がいいかな。
美少女にぶつかって一目ぼれされてハーレム作る奴。
え?妹もの?
ないない。俺は妹をそんな目で見ないからね。
ごほん。さて、諸君はもう気がついているだろうか。
実はこの思考パターン、俺が風呂で襲われた時と同じなのだ。
つまり!
これまでの統計と計算によれば、俺の思考は現実化して
美少女が俺の元にやってくるはず!
いわゆる、フラグって奴だな。
そんなのありえねえよ馬鹿って?
ふふふ、俺は「小説家になろう」に掲載されてる物語の主人公だぞ。
そういうチート能力なぞ朝飯前だ!
あとは美少女と会うだけ。
さあ、どこからでもパンをくわえて走ってくるがいい。
両手を広げて迎え入れてあげよう!
そうして俺は青空の下、待った。
ひたすら待って、待って、待って。
「来ねええええ!!」
なぜか俺は、授業をまんまと逃した上、
美少女とも出会わず半日を無駄にしたのだった。
*
そんな日が何日も続いた。
終わりが無いのが「終わり」、
それがゴールド・落第です・レクイエム。
まあ結論から話すと、
そんな日は26日目で終わりを告げたのだが。
危なかったぞ。
「俺はもうどこへも向かうことはない。
特に俺が「進級」に到達することは決して······」
そう途中であきらめかけた事もあった。
「ぬわああああん疲れたもおおおおん」
そう途中でメンタルブレイクした事もあった。
しかし!諸君!
やったぞッ!俺は美少女と会う事に成功したぞッ!
*
いつでも出会いは唐突だ。
「ど、どいてくれえええ!!」
「ん?ぎょええええ!!」
道の真ん中でたたずむ俺に、猛スピードでそいつは突っ込んできた。
髪を赤く染め、耳にピアスを開けたロックな感じの美少女。
俺は一瞬反応が遅れて、見事にそいつの自転車に轢かれてしまったのだった。
目が覚めると、俺はベッドの上だった。
まず目に入ったのは、白い天井。
体を起こして周りを見ると、他にもベッドが部屋の中にいくつか置いてある。
どうやらここは病院の様だ。
「あ、起きましたか!」
声のする方に振り向こうとすると、
その瞬間、首に激痛が走った。
あまりの痛みに耐え切れず絶叫する。
「おんぎゃああああああ!!」
「お、おい!大丈夫ですか?」
「大丈夫だ、問題ない」
「うわあ!急に落ち着かないで!」
寝ぼけていてよく状況が理解できなかったが、
どうやら俺は自転車にやられて首を怪我したらしい。
よく見ると湿布が貼ってある。
あと、右足も動かない。
布団で隠れていて気がつかなかったが、おそらく……
俺は一旦状況を整理する為に、声の主の方をゆっくりと向いた。
「す、すまねえ」
声の主は、俺を轢いたロックな美少女だった。
言葉通り申し訳なさそうに、何度もぺこぺこと頭を下げている。
身長と声からして、京香と同い年くらいだろうか。
「ほんと、ごめんなさい」
あまりに何度も謝るので、なんだかこっちが申し訳なくなってきたな。
さらっとフォローしなくちゃな。俺にも非があるし。
「いや、俺の不注意も原因だし、そんなに謝らんでも」
「そ、そうですか?」
「そうだぞ」
そう俺がフォローしても、なお少女は納得していないようだった。
まあこっちは右足と首やってるしな。
俺が轢いた方だったら、確かに平謝りかもしれん。
でも、年下の女の子に謝らせるのはなんだか悪い。
どうすべきだろうか……
俺がそう考えていると、その子は唐突に口を開いた。
「あのさ、あたし梨奈って言います。今日は申し訳なかったです」
梨奈と名乗ったその子は、謝りながら
こちらに数字の書いてあるメモを渡してきた。
「あのさ、その、うちお金なくて……損害賠償とか払えそうにないからさ。
あたしの携帯番号、そのメモにのってるから。
そこに連絡してくれれば、あたし何でもしますから……
どうか、学校とか親に連絡するのは、やめてくれませんか」
ん?
ちょっと待て。主人公の俺が話についていけてないぞ。
俺は損害賠償なんて言い出した覚えはないし、
だいたい病院の人とかが親に連絡しちゃうだろ。
しかも、何でもするって……
「軽々しくそういう事口にするなよ。
自分をもっと大切にしろ」
「え?あ、ごめんなさい」
「このメモは返すよ」
思わず俺は、梨奈にメモを突き返していた。
こういうのはお願いを聞いてほしいとか、そういう問題じゃないんだ。
別に損害賠償とかそういうのは求めてない。俺にも非がある。
でも、事実関係はハッキリさせないといけないからな。
「学校にチクらないでくれます……?」
「チクるもチクらないも、すでに連絡が他からいってるだろ」
「あ……」
それに気がついた瞬間、途端に梨奈の顔からは血の気が引いていった。
真っ青な顔で動揺していて、少し震えだしているように見える。
「どうしよう」
仕方がない。何とかするか。
まったく、俺もお人よしだな。なのにモテないけど。
「俺が親とかお前の学校とかに連絡して、
『俺の不注意です。梨奈さんは悪くありません』って言ってどうにかするよ」
「え?本当に?」
「うん」
俺がそう答えると、梨奈は何度も頭を下げてきた。
「ありがとうございます!本当にすみません」
「いいって。顔上げてくれ」
梨奈はその俺の言葉に顔を上げると、メモを差し出してくる。
「これ、あたしの電話なんで……親の番号とか学校のとかは
後日電話で言います」
「おう」
「本当にすいません。今日はこれで失礼します!」
持ってきたのであろうかばんを抱え、
梨奈は俺に頭を下げながら病室を出て行った。
ふぅ。なんか厄介事に巻き込まれたみたいだな。足動かんし。
俺はこれからどうするか考え、そしてやっと気がつく。
――あの子が俺の「美少女」じゃね?
新キャラ登場ですね。冬樹には頑張ってもらいたいです。