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おとぎ話の悪役令嬢は罪滅ぼしに忙しい  作者: 石狩なべ
三章:雪の姫はワルツを踊る
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第7話 おもてなし(2)



「まだかな。ニクス」


 ニクスは来ない。約束したのに。


「そうだ」


 あたしは積もる雪を見てひらめいた。


「ニクスが来るまで、雪玉を作ってよ」

「ニクスが来たら、作った分を投げつけてやる」

「ふふっ! ニクス、驚くだろうな」


 あたしは手袋いっぱいに雪を掴んで、ぎゅ、ぎゅ、と握り始める。一つ出来た。二つ出来た。三つ出来た。四つ出来た。五つ出来た。十個出来た。二十個出来た。三十個出来た。百個出来た。


「遅いな」


 あたしは雪玉作りに飽きた。


「ニクス、まだかな」


 あたしは苦手な氷の上に、足を滑らせた。


「るーん」


 ブーツが氷の上を滑る。ゆるやかに、スケートとはまた違う滑り。


「るんるーん」


 ニクスのお陰で滑れるようになった氷の上を滑る。カーブする。


「らららら」


 歌う。


「ナイチンゲール」


 歌う。


「ずずっ」


 鼻をすする。


「ナイチンゲール」


 練習しているその歌を、ニクスにも聴かせようと思った時、見つけた。


「あれ?」


 氷の上に、鞄と、古い木箱。木箱から出てきたであろう汚い石。


「あれ、これ、ニクスの鞄だ」


 あたしはしゃがんで、ニクスの鞄を見る。


「なんだ。ニクス、もう来てるんじゃない」


 あたしは立つ。周りを見回す。


「ニクスー!」


 大声で呼んでみる。


「ニクスー!」


 呼んでみる。


「驚かそうったって、そうはいかないんだからー!」


 あたしは足を滑らせる。


「ニクスー!」


 うろうろする。


「ニクスー! どこにいるのー?」


 鞄の周りをうろうろする。


「ニクスー!!」







 ニクスは来ない。


 どれだけ待っても来ない。


 あいつは来なかった。


 どんなに雪が降っても、

 どんなに寒くても、

 どんなに凍えそうになっても、

 どんなに滑っても、

 どんなに雪玉を作っても、

 来なかった。

 来なかった。

 来なかった。

 ニクスは来なかった。




 ニクスは、二度と現れなかった。








「テリー」





(*'ω'*)





 肩をぽんぽんと叩かれた。はっとして、顔を上げると、顔の知ってるメイドがにこにこ笑ってあたしの前でしゃがんでいた。


「お嬢様。こんなところで寝るなんて、いけません。悪い子には、先生に宿題を増やしてもらいますよ」

「はへ?」


 あたしはぼうっとメイドを眺め、呟く。


「メイドのくせに生意気よ…。あたしを誰だと思ってるの…」

「失礼いたしました。ほら、立ってください。テリーお嬢様」

「…………」


 あたしは背中を叩くその女を見て、どんどん記憶がぼんやりと思い出してきて、もう一度見て、サリアを思い出して、眉をひそめる。


「……やだ。あたし寝てたの?」

「だから夜遊びは駄目なんですよ」

「ごめんね。テリー」


 ひょこりと、視界にランプを持ったニクスが映った。


(あ)


 ニクスがいる。


(やっと来た)


 あたしは思い出す。


(違う)


 ニクスは来なかった。


(ここは、二度目の世界だ)


 一度目のニクスは、結局、約束の場所には来なかった。雪の国には現れず、その後も、あたしの前から、姿を消した。


 二度とニクスに会うことはなかった。


(そうだ)


 ここは、二度目の世界。


(そうだ)


 あたしは、


(そうだ。あたしは)


 死刑になったんだ。


(…………)


 さっきとは違うニクスの服装を見る。丈夫な布で作られた暖かそうな服装だった。あたしは立ち上がり、ニクスを下から上まで見て、頷いた。


「ん。馬子にも衣裳。ちょっとはマシになったわね」

「テリー、ありがとう。お風呂も、それと、服まで…」


 ニクスが微笑む。


「すごく暖かい」

「暖かくても、死体ごっこはやめてくださいね」


 サリアがにこりと笑うと、ニクスの笑みが引きつった。あたしは眉をひそめる。


「ん、何。どういうこと?」

「その、テリー、僕ね」

「テリーも寝てるから悪いんですよ」


 サリアがあたしとニクスの背中を押して、歩き出した。


「ニクスが大浴場で溺れかけてました」

「え? 何それ」

「ごめんね。テリー、あのね、僕、お風呂に入ったら気持ちよくなっちゃって、寝ちゃったみたいなんだ」

「様子を見に行ったら、お湯に体が浮いていて、私は事故現場の目撃者になるところでした」

「サリアさんが助けてくれたんだ」

「サリア、ご褒美あげる。何がいい?」

「それは後ほどの楽しみに取っておく事にして、お二人とも、随分とお疲れのようです。お食事が済んだら、早くお休みください」

「だってさ。テリー。今夜は早く寝るんだよ」

「今、何時だと思ってるのよ。今日は寝られないかも」


 三人で灯りのついた厨房に戻ってくる。扉を開けると、ケルドが振り向いた。


「ああ! お戻りですか! …やあ。サリア。こんばんは」

「こんばんは。ケルド」

「さあ、お二人とも、お座りください。ご馳走をご用意しましたよ! わお、坊ちゃん、お綺麗になられましたね!」

「坊ちゃん?」


 サリアがきょとんと声を漏らすと同時に、ケルドがニクスを椅子に促す。


「さあさあ! 坊ちゃん、こちらへどうぞ! ふへへっ! お綺麗になられましたね!」

「はい。テリーのお陰です」

「その通り! テリーお嬢様は本当にお優しい! さあ、お座って! 今ご馳走をお待ちします! さあ、どうぞ!」


 ニクスがケルドに押されて座る。あたしも座る。ニクスの前にケルドが作ったディナーが置かれていく。ニクスがどんどん置かれていく料理に目を奪われる。きょろきょろ見回す。肉に野菜にスープにパン。ニクスが生唾を飲み、ケルドを見上げた。


「これ、食べていいの?」

「もちろんでございます! さ、どうぞ! どうぞお召し上がりを!」

「テリー」


 ニクスが隣にいるあたしを見る。


「食べていい?」

「どうぞ」

「やった」


 ニクスが嬉しそうに笑みを浮かべ、フォークを持った。そして、大きく息を吸った。


「女神様、感謝します! いただきます!」


 めちゃくちゃな挨拶をして、焼き立ての肉を一口頬張る。もきゅもきゅ噛んで、ごくりと飲み込んで、ニクスの瞳が輝いた。


「わあ、なんて美味しいんだろう!」


 ニクスが野菜に手を伸ばす。また口に入れて、もきゅもきゅ噛んで飲み込む。


「美味しい! すごく美味しい!」


 ニクスが食べながらケルドに顔を向けた。


「美味しいです!」

「そいつは良かったでさ! それ、もっとお食べくださいな!」

「はい!」


 ニクスが全部飲み込む勢いで食べ進める。もきゅもきゅ噛んで、食べて、飲んで、その姿に、ケルドの目が潤んできた。コックを夢見てドリーの下で働き、野菜を切ることしか許されてない状況に文句を垂れていた彼がいたのを少し思い出す。


 ニクスが飲んだものを喉につまらせた。


「ぐっ……」

「詰め込みすぎ」


 水を渡すとニクスが水を一気飲みする。ニクスが息を吐いた。


「だって、すごく美味しくて!」

「テリーお嬢様、彼は、…ずずっ! すごく、良い子ですね…!」


 ケルドが、ニクスの食べる姿に胸を押さえた。ついでに鼻をすすった。


「坊ちゃん、好きなだけお食べ。おかわりはいるかい?」

「え? いいの?」

「ええ。どうぞ。好きなだけ」

「わーい! じゃあ、お願いします!」

「ああ、なんて日だ。幸運だ。俺の料理を食べる人がいるなんて。それもテリーお嬢様のご友人だなんて。今日に限って早く寝床に入ったドリーさんに感謝しないと」


 ニクスはまた食べ進める。そして、あたしに顔を向けた。


「へひー! ほれ、ふほふほいひいほ!」

「お下品よ。飲んでから喋って」


 ごくりと飲み込んだ。


「テリー、これ、すごく美味しいよ!」

「ええ。美味しそう」

「テリーも食べなよ!」

「この時間に食べたら太るわ」

「子供は食べてなんぼなんだよ」

「何よ。普段食べてないくせに達者な口しちゃって」

「食べてないからこそ、こういう時に思いきり食べるんだ」


 ニクスが食べ進める。


「食べないなら、僕、全部食べていい?」

「どうぞ。全部あんたのよ」

「ああ、夢みたい。美味しい。本当に美味しい」


 ニクスががつがつ食べる。


「これもあれもそれもどれも」


 ニクスがおかわりした分も、ぺろりと平らげる。


「女神様、心から感謝します」


 両手を握って、女神アメリアヌに感謝する。そして、あたしを見て、微笑んだ。


「ありがとう。テリー、君にもお礼を言わないと」

「作ったのはケルド」

「ご馳走様でした」


 お皿を空っぽにしたニクスを見て、ケルドが涙を拭いた。


「また、食べにおいで」

「ありがとうございました!」

「なんも! また、おいでやす!」


 ケルドが嬉しそうに皿を片付け始める。大満足そうなニクスは、大きなあくびをした。


「はあ。食べた食べた。本当に美味しかった」


 ニクスがケルドに頭を下げた。


「ありがとうございました。コックさん」

「またおいでやす!」


 ケルドが鼻歌を歌いながら皿を洗い始めた。その時、かたんと、扉から音がして、あたしとニクスがはっと扉に振り向く。サリアがゆっくりと振り向いて、あたし達に笑った。


「大丈夫ですよ」


 サリアが扉を開けると、緑の猫が入ってきた。


「にゃー」

「わ、猫だ!」


 ニクスが椅子から下りて、部屋に入ってきた猫を見つめる。無邪気に笑って、膝をつき、ドロシーを手招きした。


「ほら、おいで。おいで。わ、可愛いなぁ」

「にゃー」

「緑の猫だなんて珍しい。テリーの猫?」

「妹の猫よ」

「へえ。そっか。可愛いね」

「そうよ」


 あたしは立ったまま、ニクスの足元で転がり始めるドロシーを見下ろした。


「ドロシー」


 ドロシーの瞳が、あたしを見た。あたしはニクスの肩に、手を置く。


「ニクスよ」

「よろしくね! ドロシー」


 ドロシーがみゃー、と鳴いて、ニクスに甘えだす。ニクスがくすくす笑った。


「瞳が綺麗な猫だね。美人さんだ」

「にゃー」

「ありがとう。癒しをもらったから、明日も頑張れそう」


 ニクスが立ち上がり、あたしに振り向いた。


「最高のおもてなしだったよ。テリー」

「…良かった」

「ありがとう」


 ニクスがあたしの手を握る。そして、また微笑む。


「こんなに暖かい食事、本当に久しぶりだった」

「もう帰るの?」

「お父さんが待ってる」


 ニクスがあたしの手を離した。あたしの手がぶらんと揺れた。ニクスが笑顔のまま、あたしを見つめる。


「帰るよ」

「そう」

「ありがとう。テリー。……」


 ニクスが何か言いたげに、口を開けた。


「…………」


 一瞬、動きを止め、口を閉じて、また笑い、肩をすくめて、一歩下がった。


「明日は僕がおもてなしするよ」

「ええ。期待してる」

「うん。期待してて」

「送っていきます」


 サリアが厨房にあったマントを羽織り、長靴を履いた。それを見てニクスが首を振った。


「あの、僕、大丈夫です」

「お嬢様のご友人を、この時間に一人で帰せません」

「でも、そんな姿で寒いでしょうし…」

「ニクス」


 サリアが屈み、ニクスの顎を掴んで、自分に顔を向けさせる。


「私、あなたとお話したいことがあるの」

「え?」

「歩きながら、お話しませんか?」

「え、あの…」

「サリア」


 あたしが一声かけると、サリアがあたしに振り向いた。


「大丈夫。たわいのないお話をするだけです」


 サリアがニクスの顎から手を離した。


「どう? ニクス」

「……あの、じゃあ、あの、帰り道の、…途中まで、なら…」

「わかりました。では、帰り道の途中まで」


 サリアが背筋を伸ばし、ニクスの背中に手を添えた。


「さ、ニクス、テリーにおやすみのご挨拶を」

「はい」


 ニクスがあたしに手を振る。


「じゃあね。テリー。おやすみ」

「おやすみ。ニクス」


 ニクスが歩き出す。サリアがニクスの背中に手を添えて、一緒に歩き出し、外へ繋がる扉を開けた。あたしは二人の背中を見る。ニクスが一瞬、ちらっと、あたしに振り向いたけれど、すぐに扉は閉められた。


 外では、雪が止んでいた。






(*'ω'*)







 雲の合間から顔を覗かせた月明かりに照らされる部屋で、椅子が揺れる。ぎーこ、ぎーこと音を鳴らして、揺れる。


 椅子に乗った少女は、虚ろな目でぼうっとしていた。




「鏡よ、鏡よ、鏡さん」

「この世で」

「一番」

「美しいのは」

「だぁーれ?」

「鏡よ、鏡よ、鏡さん」

「それは」

「プリンセス」

「雪のプリンセス…」

「プリンセスは、お姉ちゃん…」


「テリー…お姉ちゃん……」




 影が揺れる。

 椅子が揺れる。

 青い瞳に光が無くなる。



「…………綺麗な……鏡………」



 部屋には、椅子の揺れる音が響いた。







(*'ω'*)





「どう思う? ドロシー」


 暖炉の前でホットミルクを飲みながら、ドロシーを横目で見る。


「ニクスの事」

「見ただけじゃわからないさ」


 ドロシーがちまちまとホットミルクを舐める。


「ああいう大人しい子ってね、牙をむいた途端に恐ろしく狂暴になるものだ」


 ぱち、と火が音を鳴らした。


「昔の知り合いに居たよ。弱虫の貧弱と呼ばれ、虫も殺せない優しさを持つ。いつも心が弱いから、勇気が欲しいって言ってた。ニクスのように大人しかった。でもね、ある事をきっかけに、理性の糸が切れるんだ」

「切れて、どうなるの?」

「まるでライオンだ。誰よりも強く、誰よりも狂暴。誰よりも恐ろしくなる」


 あたしはちまちまとホットミルクを舐める。


「それは、ニクスも?」

「動物には、秘めた本能を持ってるものだ。ニクスが約束を守らなかった理由も、そこにあるかもしれない」

「どんな本能?」

「それは分からない」

「ニクスが何か隠してるって言うの?」

「僕には分からない」


 ドロシーが息を吐いた。


「せっかく魔法をかけてあげたんだ。好きなだけ外で遊びまわって調べるといい。ニクスがいなくなる日程とか、覚えてないの?」

「覚えてないわ」


 ホットミルクの湯気が揺れる。


「あたし、ニクスとの思い出が、あまり思い出せないの。多分、忌々しすぎて忘れたんだわ。封印したのよ。ああ、あたし、なんて可哀想なの。そこまでのトラウマを持つなんて、あんまりだわ。ニクスは最低よ」

「あるいは逆かも」

「逆って?」

「記憶って、嫌な記憶ほど忘れられないものだ」


 ニクスとの思い出は、


「君にとって、宝物だった」

「毎日が楽しくて仕方なかった」

「だから」

「裏切られて」

「傷ついて」

「その記憶が、楽しかった思い出を覆った」


 楽しかったからこそ、忘れた。


「どうかな。この推理」

「はずれ」

「早い」

「そんなこと考えるまでもなく、答えは決まってる」


 あたしの中には、負の感情ばかりが絡み合っている。封印したのだ。忌々しいニクスとの思い出なんて。


「あたしばっかり、嫌な思いをする」


 ため息をついて、ホットミルクを睨んだ。


「ミルクも冷めない」

「猫舌って苦労するね」

「熱さも取り除いてもらおうかしら」

「いや、君はこのままでいい。ああ…暖かい…」

「ちょっと、重い」


 あたしの肩に頭を乗せるドロシーに文句を垂れる。


「離れてよ。暑い」

「誰が魔法をかけてあげたと思ってるんだ。ちょっとくらい僕にお礼という形で暖炉代わりになれないのかい?」

「暖炉ならそこにあるじゃない」

「ああ、冷たいね。体は暖かいのに、君の心は非常にクールだ」


 ドロシーが肩を震わせて、ホットミルクを舐める。


「で、どうだったの? 今日の調査は」

「何も」

「だと思ったよ」

「巨人も王様もいなかった。いたのは鏡」

「鏡?」

「そうよ。一台の鏡が、トンネルの奥に置かれてた」

「わかったよ。テリー。王様の正体」

「え?」

「ホームレスだ」

「あら」


 あたしはドロシーを感心した。


「同じ意見だなんて、奇遇ね」

「ニクスはまだ子供だ。ホームレスが暇つぶしに貧乏な子供の相手をする事は、少なくない。ましてやこの寒さ。トンネルの中に入って、寝泊りしてるのかも。どうだい。この推理」

「それ、あたしが先に推理したのよ」

「今だけ僕らは以心伝心なんだね。テリー」

「ふん。お前となんてごめんよ」

「奇遇だね。僕だって願い下げだ」


 おっと。


「ドロシー、そろそろ飲めそう」

「どれどれ」


 あたしとドロシーが、ようやくホットミルクを飲み始めた。




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