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おとぎ話の悪役令嬢は罪滅ぼしに忙しい  作者: 石狩なべ
二章:狼は赤頭巾を被る
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第16話 雪に捧げるこの想い(2)


 その晩、ドリーがアメリのために、素晴らしいディナーを振舞う。アメリの好きなものばかりだ。使用人達が扉の前に立つ。ママのいない食事が始まる。

 クロシェ先生と、ギルエドと、あたしと、メニーと、アメリで食事をする。


「あ、そういえば」


 アメリが思い出して、ギルエドに訊いた。


「一ヶ月前に流行ってた食中毒、どうなったの?」

「食中毒?」


 クロシェ先生がきょとんとして、ギルエドに顔を向けた。


「何です? 流行ってたって」

「アメリアヌお嬢様、このような場所で言う話ではありませんよ」

「だって、すごかったじゃない。クロシェ先生、ご存じですか? 貴女がここに来る前、うちでは食中毒が流行ってたんです」


 クロシェ先生がアメリを見る。あたしはパンを噛んだ。


「そのせいで使用人の人達、皆、ご飯が食べられなくなっちゃって、一時期、足とか腕とか、すっごく細くなっちゃったりしたんですよ」


 あたしの指がぴくりと動いた。アメリが扉の前に立つ使用人を見た。


「ルミエール、もう大丈夫なの?」

「おかげさまで、回復しました」

「コグスワースもすごかったわね」

「私なんて、最近ではもう食べないとやっていけません」

「うふふ! そうよね。だって、ちょっと太ったわ」

「おや、これはしまった。ダイエットをしなくては」


 クロシェ先生が吹き出した。アメリもくすくす笑い出す。会話を聞いてたメニーもスープを飲みながら笑いをこらえている。ギルエドがため息交じりに使用人達を見た。


「お前達、食事中に会話は控えなさい」

「「失礼いたしました。ギルエド様」」


(…食中毒?)


 そういえば、ママとアメリが出かけてから、ドリーが食べ物の研究をしていたわね。メニーと新作おやつを考えて、味見させてもらったのよね。


(…………………)


 ―――ん?


 あたしはちらっと、ルミエールとコグスワースを見た。二人とも、きちんと肉がついている。


(…………………)


「失礼いたします」


 メイドのミセス・ポットが部屋に入ってくる。


「ギルエド様、ご連絡が」

「誰からですか?」

「契約会社の…」


 ミセス・ポットの足がこの間よりも太くなっている。


「………ご馳走様」


 あたしは先に席を立った。ギルエドがあたしを見た。


「もうよろしいのですか?」

「ええ。お腹いっぱい」


 あたしは歩き出す。


「部屋に戻ってるわ」

「わかりました」

「ミセス・ポット、前通るわね」

「どうぞ。テリーお嬢様」


 ミセス・ポットの前を通る。やっぱり以前よりも肉付きが良くなっている。


「………」


 あたしは廊下を歩く。メイドとすれ違う。


「こんばんは、テリーお嬢様」

「こんばんは」


 以前よりも足が太くなっている。使用人とすれ違う。


「こんばんは、テリーお嬢様」

「こんばんは」


 以前よりも腕が太くなっている。メイドとすれ違う。


「あら、こんばんは。テリーお嬢様」

「こんばんは」

「テリーお嬢様、お髪の毛におゴミが」


 メイドがあたしの髪の毛から綿を取る。腕の肉が以前よりも太くなっている。


「取れました」

「ありがとう」


 使用人とすれ違う。


「こんばんは。テリーお嬢様。良い夜ですね!」

「こんばんは」


 以前よりも肉付きが良くなっている。リーゼとすれ違う。


「あら、テリーお嬢様。こんばんは」

「晩御飯食べた?」

「これからです。もうお腹ぺこぺこですわ!」


 リーゼが足を速める。お腹が空いているようだった。階段を上ると、メイド達が下りていた。


「ご機嫌よう。テリーお嬢様」

「こんばんは。テリーお嬢様」

「ご機嫌よう。こんばんは」

「テリーお嬢様、お土産はいかがでしたか?」

「私達も貰っちゃったんです」

「見てください。この箒」

「素晴らしい箒ですわ」

「私達にもサプライズが舞い込みましたわ」

「素敵なサプライズですわ」

「ねえ、訊いてもいい?」


 二人が同時に首を傾げた。


「「何でしょう?」」

「使用人の人達って、食事は一日何回してるの?」


 メイド達が答える。


「朝昼晩の三回です」

「食べないと疲れちゃいますし」

「でも、前までは大変だったんですよ」

「そうなんですよ。テリーお嬢様、ご存じですか? この間まで、食中毒が流行っていたんです」

「テリーお嬢様は大丈夫でしたか?」

「私達も被害にあいまして、食事が出来ない日が続いたりもして」

「すっごく痩せたわよねー」

「本当よね。死ぬかと思ったわ」

「でも、最近ではその反動で、おかわりまでする始末でして」

「何キロ太った?」

「五キロ」

「私は四キロ」

「もー。またダイエット始めないと」

「ドリーが悪いのよ。毎日美味しいご飯を作るから」

「生ものも美味しいのよね」

「お肉も美味しいのよ」

「あら、テリーお嬢様を忘れていましたわ」

「あら、いけない。テリーお嬢様、今夜のご飯は食べられました?」

「スープが美味しかったんですよ」

「パンも最高だったわ」


 メイド達のお腹の音が鳴った。


「ああ、お腹空いてきた」

「つい五分前に食べたばかりなのに」

「ドリーに頼んで、何か作ってもらいましょう」

「そうしましょう」

「そういうわけで、失礼いたしますわ。テリーお嬢様」

「ごきげんよう」


 メイド達がキッチンに向かって歩き出した。あたしは階段を上り始めた。向こうからサリアが歩いていた。あたしは階段を一気に駆け上った。サリアが歩く。あたしは廊下に足をつく。


 サリアと向かい合った。


「あら、こんばんは。テリーお嬢様」


 あたしはサリアをじっと見る。サリアは微笑む。


「どうかされました?」


 あたしはサリアに近づく。サリアがあたしを見下ろす。あたしは微笑むサリアを見上げて、むっすりと頬を膨らませた。


「あたしを騙したわね」

「何の話でしょう?」

「食中毒って何よ」

「ああ」


 サリアが頷いた。


「流行ってましたね」

「普段は一日三回食事をしてるって言ってたわ」

「ええ」

「でも、その時期は食事が出来なかったって」

「はい。皆、具合悪そうでした」

「言ってる事違うじゃない」

「はて? テリー、何のお話ですか?」


 サリアがあたしをテリーと呼んだ。周りには、一切、足音が聞こえない。皆、部屋で食事をしているようだ。あたし達は、二人だけで会話をする。


「サリア、言ってたじゃない」


 使用人達の足が細いと言ったあたしに、


 ―――そうですね。まあ、近頃は一日一食の方も少なくありませんから、自然とそうなるのかもしれませんね


 なんで?って訊けば、


 ―――私達は、贅沢出来ない身ですから。皆、節約しながら何とかやりくりしてるんです。


「ええ。私達は贅沢出来ない身です。毎日かかりきりでお医者様に見てもらえるわけではありません。体調が悪いなら、体力や時間を節約して、やりくりしなければ」

「お金は?」

「お金?」

「お給料。お給料がなくて、皆、ご飯が食べられないって…」

「テリー、何を言っているのですか? ベックス家での食事は、無料なんですよ。腕のいいコックがいますから」


 ドリーは何でも作ります! そうです! 皆さんがドリーを求める限り! 作ってみせましょう! ホトトギス!


「日用品も、何を使用しても無料です。私達はその上で生活し、仕事をしております」

「100ワドルの話は何だったの? ここではあたしがもらえるお小遣いは、20ワドルだって」

「ええ」

「80ワドルは、ママのところにいくって」

「ええ」


 正しくは、


「奥様が管理されている、口座に振り込まれます」


 …………。


「何それ?」

「使用人全員の口座を、奥様が管理されているんです。その口座にお給料の8割が振り込まれます」


 100ワドルならば80ワドルは口座に。20ワドルは手渡し。結果、持ち金は20ワドルだけ。


「生活する上では、基本無料なので、特に持ち金の額で困ることはありません」


 ただ、用事があって口座からお金を引き下ろしたい時、ギルエド様に言えば、すぐその場で口座から自分たちのお金を引き下ろしてもらえます。


「そうすることによって、自分達もお金の管理がしやすくなり、変に盗まれる心配もない。安心して仕事が出来るということです」

「つまり、使用人達は満足のいくお給料を貰ってる。その上に、生活費用は基本無料で、飢えの心配も、過酷な労働の心配もない」

「その通りです」

「そんな話、聞いてない」

「ええ。言ってませんから」

「なんで言ってくれなかったの?」

「訊かれませんでしたから」

「訊かないわよ。知らないんだから」

「うふふっ。テリー、何を怒ってるんですか?」


 あたしはサリアを睨んだ。


「あたしは、サリアの言葉を信じて、使用人達が酷い目に合ってると思って、屋敷内の労働基準法を変えようと必死だったのよ。それなのに、何よ。話を深く細かく聞けば、細くなってたのはただの食中毒で食事が出来なかったからだとか、お給料貰ってるくせに節約とかやりくりって単語であたしを惑わして、何よ。サリアの嘘つき。意地悪。あたしを弄びたかったわけ?」

「何をおっしゃいますか。テリー」


 サリアがしゃがむ。あたしよりも、頭の位置が低くなる。


「私達のお嬢様に、そのようなことをするとお思いで?」


 ただ、私は貴女の質問に答えただけ。


 ―――お、お給料、他のところの方が、貰える額が、多いってこと…?


 ここでは、確かに『貰える額』は、少ないので、


「YES」


 ―――皆、なんで辞めないの?


 ここ以上に良いところが見つからない。


「不景気が続いているので」


 ―――でも、貰えるお給料少ないんでしょ?


 でも、二割分は持ち金で貰っているし、


「貰えないよりは、いいじゃないですか」




 あたしは黙った。サリアは微笑み続ける。


「貴女が勝手に調べ始めたんですよ」


 私は何も言ってません。


「ベックス家の独特の給与付与システムの一部をお話しして、食中毒のお話を交えて、貴女と会話をしただけ」

「そしたら、テリーが調べ始めたんです」

「周りの環境のことを」

「屋敷のことを」

「使用人達のことを」

「奥様のことを」

「アンナ様のことを」

「ベックス家のことを」


 一体、この屋敷で何があったのか、


「貴女が調べたんです」


 あたしは黙る。


「貴女のお母様が、何を守っているか、貴女が調べたんです」


 あたしは黙る。


「あの方は気難しい方ですから。嫌いと思えば嫌いだし、目的のためには手段を選びません。それが、自分の利益になるのなら、なおさら」


 心も体も何でも差し出すでしょう。


「その結果、この屋敷は守られております」


 ベックス家は安泰している。


「おかげ様で、私も安心して、ここでの生活を過ごせております」


 お金はあるし、環境にも慣れたし、仕事も覚えた。


「13年、何事もなく暮らせております」

「でも」


 あたしはサリアを見つめる。


「ママはサリアをクビにしようとした時があったわ」

「ええ。私、唯一の自慢なのですが、ベックス家の方からは、結構大切にされている方なんです」


 サリアが息を吸った。


「最近のテリーは手がつけられないの。目をつけられたら、何をしてくるかわからないわ。サリア、いい機会だと思います。今のうちに安心して暮らせるところを探しなさい。仕事なら、別のところを紹介するから」

「え?」

「もうお母様はいないし、貴女がここに縛られる必要はない。まだ若いのだから、外の世界も見るべきよ。素敵な殿方を見つけなさい。結婚するのもいいと思うの」


 あたしは黙って瞬きをする。サリアは微笑む。


「私が断りました」


 サリアがあたしの手を握った。


「アンナ様に似て、まだ手のかかる方がいますから」


 サリアがあたしを見つめた。


「ご自分の家族を疑うなら、その真実を探せばいい。探すのは勝手です。テリーは知りたかったんですよね? ご自分のお母様がどんな人間かを。この屋敷が、ベックス家が、どんな人間の集まりかを」


 サリアは見ていた。13年間。この屋敷を。この家族を。


「私は、何も言ってませんよ」


 サリアは何も言ってない。


「ただ、訊かれたことに答えただけです」


 サリアはヒントをあたしに伝えた。


「そうだ。テリー」


 サリアが首を傾げた。


「きらきら流れる歌の先にあるものは、見つかりましたか?」


 サリアは出て行った。

 サリアは一度目の世界では、解雇にされたメイドの一人。

 サリアはあたしと親しいわけじゃなかった。

 サリアの名前すら、あたしは知らなかった。

 サリアに外の世界も知るべきだと、ママが言った。

 サリアは出て行った。

 サリアはこの屋敷で、特に守る相手がいなかったから。

 サリアの代わりはメニーがなった。

 サリアは出て行った。


(…裁判で、サリアはいなかった)


 その後のサリアを、あたしは知らない。


(だけど)


 ここにはいる。あたしを見つめるサリアがいる。あたしの手を握るサリアがいる。あたしが知りたがっていた真実の道へ、サリアが導いた。その道がなければ、あたしは気づかなかった。とても近くに隠されていた真実に気付かなかった。


 あたしはパパを恨んでいた。

 あたしはママを疑っていた。

 サリアは知っていた。

 サリアはあたしに教えた。

 あたしのパパとママが、どんな人物であるか、見ていた限りを、ヒントを出して、道を作って、あたしが自分から動くように、サリアが動かした。


 その先には、オルゴールが待っていた。


「鍵があった」


 あたしが答えると、サリアは微笑む。


「でも、ママがいないうちに、返した方がいいわよね」


 サリアは頷く。

 あたしはサリアの手を握る。


「サリア」

「はい」

「ママはあたしを愛してくれてる?」

「ええ」

「ママは家族を愛してくれてる?」

「ええ」

「ママはメニーを愛してくれる?」

「それは、時間が経ってみないとわかりません」

「ママは使用人達を大切にしてる?」

「奥様は、今夜、どこに出かけられたのでしたっけ?」

「ママは意地悪だわ」

「否定はしません」

「サリア」


 あたしはサリアに訊く。


「パパは死んだの?」

「はい」


 サリアは答える。


「亡くなりました」


 あたしはサリアに訊く。


「いつ?」

「約3年前に」

「どこで」

「ここからずっと北にある、街の病院で」

「なんでママは嘘を言ったの」

「分かりません」


 ただ、


「私がテリーの母親なら」


 まず、こう思います。


「娘達の泣き顔なんて見たくない」


 毎年、悲しい顔で、愛しい人のお墓参りなんてしたくない。


「情が深くなると、次にいけなくなる」


 この屋敷を守るためには、玉の輿を狙わないと。お金を持ってる旦那を見つけないと。このご時世、シングルマザーで一族を支えるなんて、とても難しい。そのためには、犠牲が出ても構わない。関係ない。守らないと。とにかく守らないと。


「忘れないと」


 忘れておくれ。テリーの花よ。


「忘れたら、傷つかなくて済む」


 目の前のことに集中しよう。


「離婚しました。お前達も忘れなさい。私も忘れるから」

「最初から」

「父親なんて」

「旦那なんて」

「いなかったのよ」


 サリアの口角が上がる。


「私は貴族じゃなくて良かったです」


 私には、そんなこと、とてもできません。


「愛する人を忘れて、また別の愛する人を作るなんて」


 私には、とても難しいです。


「それが、良い事なのか、悪い事なのか、私達には分かりません」


 だって、私達は本人じゃないから。理解出来なくても、しょうがない。


「でも、守るものがあったら、その考え方も、理解出来るのかもしれませんね」


 ああ、理解出来ない私は、まだまだ青二才です。


「だから、テリー」


 サリアが床に膝をつく。あたしの手を引っ張る。


「そんな顔しないでください」


 守ってきたママは気が触れた。


「だって、奥様は守ることを決意されて、今までを過ごしてきたのですから」


 ママは幸せにはなれなかった。


「テリー」


 ママは死んだ。


「テリー」


 サリアがあたしを抱きしめた。





「泣かないで。テリー」





 サリアの肩が濡れていく。

 あたしはサリアの肩に顔を埋める。

 サリアがあたしの背中を優しく撫でた。


「奥様も旦那様も、アメリアヌお嬢様と貴女を、守りたかっただけなんです」


 サリアがあたしを撫でる。


「真実なんて、見ない方がいいんです」


 でも、私は意地悪なので、


「誰かに背負ってもらえて、少し楽になりました」


 サリアがあたしを撫でる。大切に撫でる。


「よしよし。テリーは相変わらず泣き虫ですね」


 覚えてますか? ふふっ。そんなわけないですよね。


「私が赤ん坊だった貴女のお守りをしていたことなんて、もう忘れてしまっているでしょう」


 お嬢様、髪の毛を引っ張らないでください。

 あー。

 お嬢様、よだれをつけないでください。

 あー。

 アンナ様。

 あははは! サリア! テリーのよだれだらけじゃないの! あはははは!


「忘れてください。そんなこと」


 忘れてしまえば、新しい記憶が埋め込まれていく。


「忘れないと、次に行けません」


 サリアがあたしを撫でる。


「生きるためには、悲しい思い出も必要です。でも、それ以上に楽しい思い出を作りましょう」


 そうですね、手始めに、


「テリー、ここでは人が来てしまいます。お部屋に戻りましょう」

「………………」

「大丈夫。貴女が落ち着くまで、私がお傍にいますから」

「………………」

「お話をしましょう。私が見てきた、…そうですね。アンナ様の間抜けなお話でも、いかがですか?」


 サリアがあたしの手を握り、立ち上がった。


「さあ、行きましょう」


 大丈夫。


「私はここにいますから」


 サリアがゆっくりと歩き出す。あたしはついていく。俯いて足を動かす。サリアがあたしの歩幅に揃えて一緒に歩く。


 まるで、年の離れた実のお姉さんのように、優しく、あたしの手を引き、部屋へと、導いていった。









(*'ω'*)











 雪が積もった日。

 もう少しでクリスマスが始まる日。

 星空がよく見える夜。


 あたしはホットミルクを飲みながら、ママに言った。


「ねえ、ママ」


 ママがあたしを見た。


「あたしが大人になったら、このお屋敷ちょうだい」


 ママがあたしを睨んだ。


「……何を言い出すと思えば」


 ママとリビングで二人きり。ママは紅茶を。あたしはホットミルクを。静かに、二人で飲む。


「話したい事というのは、それ?」

「そうよ」

「テリー、お前は将来、貴族の、素敵な殿方のところへお嫁に行くんです。ここなんかよりも、ずっと素晴らしいところよ」

「あわよくば、王室?」

「惜しい事をしたわね。テリー。ついてくれば、リオン様にお会いできたのに」


 あたしはホットミルクを飲む。


「お話する機会もあったわ。来ていれば、リオン様との距離も縮まったかもしれない」

「ママ、あたし、そんな話がしたいんじゃないの」


 ママが眉をひそめた。


「……確かに、リオン様のことは残念だったわ。でも、また機会があるから」

「そうじゃない」


 ママが口からカップを離した。


「さっきから何なの? はっきりおっしゃい」

「やりたいことが見つかったの」

「やりたいことですって?」

「そうよ。あたし、将来の夢が出来たの」


 あたしはにんまりと微笑む。


「この家を継ぐわ」


 ママが笑った。


「おほほほ」


 ママが唇を舐めた。


「テリーには無理よ」

「継ぎたい」

「後継者はまだ考えてないわ。会社の管理は、会社の事が分かる人間にやらせるのが一番なのよ」

「そうね。その意見は同感」

「ベックス家がどれだけ会社を持っているか知ってる? どれだけの人間を管理しているか知ってる? 島の管理だって、船の管理だって、やることが沢山あるの。テリー、簡単なことじゃないのよ」

「分かってる」

「分かってないじゃない」

「ママの手伝いをするわ」

「お前じゃ無理よ」

「やりたいの」


 あたしは真剣にママを見る。


「この家を継いで、管理会社もちゃんと見る。ベックス家のイメージが崩すようなことは絶対にしない」


 この家を潰させはしない。


「ね? ママ、良いでしょう? どうせアメリは継ぐつもりないんだし」

「駄目よ」

「ママ」

「今のお前では駄目よ」


 ママが紅茶を飲んだ。


「貴族として、気品溢れるレディになりなさい。誰から見ても、完璧になりなさい」


 もし、そうなれたら、


「考えてもあげてもいいわ」

「本当?」

「ええ」


 ママがもう一度あたしをじろりと見る。


「でも、今のテリーでは、とても無理よ。まず勉強なさい」

「……してるもん」

「楽器をしてはどうかしら。テリー、アメリアヌにも覚えさせようと思うの。メニーの年齢でも、遅くはないわ」

「楽器なんて必要ないわよ。ママ、ベックス家の女は、皆、音楽の才能がないのよ。音痴のママが一番わかってるじゃない」

「テリー、なんてこと言うの!」

「本当のことじゃない!」

「耳を鍛えたら、音程なんて、どうにでもなります。楽器を覚えなさい。そして、リオン様のお心を掴むのよ」

「ママってば、馬鹿じゃないの? 王妃になったら、この家、継げないじゃない」

「だから、継がせる気はありません」

「…頭でっかち…」


 ママがあたしを睨む。あたしはママを睨む。


「なんか言った?」

「別に」


 ママとあたしが口をカップにつける。ごくりと飲み込む。飲みながら、あたしは思い出す。


(事件が起きる)


 突然、ベックス家のイメージが崩れるとんでもない事件が起きる。


(それが原因で、経営が傾くのよ)


 どんどん会社は倒産していく。

 どんどん借金が膨らむ。

 ギルエドはいなくなる。

 メニーもいなくなる。

 ベックス家は破産する。

 ホームレスになる。

 盗人になる。

 犯罪者になる。


 裁判で、証言人が色んな証言を吐き出す。


(でも、思い出せない)

(証言人、ここで本当に働いてる?)


 あたしが観察した限り、証言をしていた使用人は、この屋敷に一人もいない。


(いるかもしれないけど)


 思い出せないほど、皆が楽しそうに、この屋敷で働いているのだ。


(一度目の世界では、威張り散らしていたベックス家は、恐怖の的であり、国、皆の嫌われ者だった)

(あの事件で、恨む者まで出てきて)

(その声がわんさか上がって)


 そりゃ、嘘の証言人がいても、おかしくないでしょうね。


(でも)


 今のあたしには、その未来が存在することが分かっている。


(だったら)


 そうならないように、

 ママの不幸せが実現しないように、

 あたし達を守った末のママが、幸せになる未来が実現するように、あたしが導くわ。




 パパの代わりに。




「ママ、あたし勉強する」

「ええ。しなさい」

「作法のレッスンも頑張る」

「ええ。頑張りなさい」

「だからパーティーはしばらく参加しないわね」

「……………」

「アメリを連れていけばいいでしょ」

「………………」

「睨まないで。貴族夫人として、はしたないわよ。ママ」




 あたしとママは、静かにホットミルクを、紅茶を、飲み込んだ。



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― 新着の感想 ―
[一言] 話が進めば進むほど、そもそもどうしてこんなめちゃくちゃに破滅させられたのか分からなくなってきましたね。
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