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おとぎ話の悪役令嬢は罪滅ぼしに忙しい  作者: 石狩なべ
二章:狼は赤頭巾を被る
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第11話 女の子の日(2)


 お婆様の部屋は二階。だから、まず二階の部屋を全て見てみる。


(無い)


 扉を閉める。また隣の部屋の扉を開ける。


(無い)


 扉を閉める。また隣の部屋を見てみる。


(花瓶、無い)


 扉を開けて閉めてを繰り返す。

 ここでもないあそこでもないを繰り返す。


(花瓶が置かれた部屋って、限られてるみたい)


 廊下を歩く。あ、花瓶があった。


(廊下は沢山あるのかも)


 あたしは花瓶を持ち上げる。花が揺れた。

 下には鍵がある。


(でも、この大きさの鍵じゃないわ。アルバムの鍵は、もっと小さい)


 あたしは花瓶を位置に戻した。


(おっと)


 廊下にメイドが歩く。あたしは影に隠れる。


(見つかったら、安静にしててくださいって言われて、部屋に戻されるかも)


 大人って悪い人達。ヒントを与えて子供が近付こうとしたら遠ざけるんだから。


(あたし、中身はどうであれ、外は子供なの。好奇心が旺盛なの。もう少しだけ探させてちょうだい)


 あたしはメイドをやり過ごして、また部屋を探す。花瓶は置かれていない。


(客室にはないのかしら…)


 思い当たる部屋を絞ってみる。


(メニーの部屋はありえない。花は無かったはず。あたしの部屋にもない。アメリもない。ばあばの関係者。花瓶の置いてある部屋)


 メニーの父親の部屋。


(…無いわね。これは行かなくても分かる。だって、ばあばとこの人は無関係だもの。置かないでしょ。普通に考えて)


 ばあばの関係者。


(パパ、ママ、サリアを含む、使用人達)


「……………」


 あたしの足が、階段を下りていく。


 廊下で使用人が歩いている。隠れる。通り過ぎる。あたしはまた歩き出す。エントランスホールに着く。あ、花瓶がある。一応花瓶を観察するが、何もない。エントランスホールを抜ける。箒をかける音が聞こえる。


 あたしはてくてく歩く。

 開かずの間の扉を開け、中に入る。


(……あ)


 気がつかなかったけど、よく見ると、暖炉の上に花瓶だけが置かれていた。


(あった)


 あたしは空の花瓶の中身を覗く。


(…何もない)


 ここも違ったみたい。


(でも、この部屋って何かありそう)


 ここには、パパの私物が全て残されている。


(なんで処分しないのかしら)


 あたしはパパの机に近づく。触ってみる。


(何かないかしら)


 一段目の引き出しを開けてみる。インクと、何十種類のペンが詰まっていた。


 二段目の引き出しを開けてみる。分厚い書類が入ってる。読んでみても、よくわからない。ただ、書類に貼ってあるメモに、引き継ぎはやっておいた。明日はこの書類を届けるよう頼む。と書かれていた。ここに書類があるということは、届けられなかったようだ。パパは忘れっぽい人だったから、多分、ここにしまって、そのまま忘れてしまったのだろう。


 三段目の引き出しを開けてみる。ファイルが入っている。これも仕事関係みたいだ。ファイルの隙間に写真を見つけた。ママとアメリとあたしが写っていた。


(…写真を挟んであたし達を愛してるアピール? 出て行ったくせによくやるわね)


 四段目の引き出しを開けてみる。ノートがびっしり詰まって入っている。一冊手にとって、開いてみる。


(………………あ)


 あたしは目を見開いた。





 十六日。

 可愛い娘が生まれた。出産には間に合わなかったが、とても可愛い娘だ。テリー、生まれてきてくれてありがとう。これからよろしく。




 あたしはページを開いた。



 十七日。

 帰ってくるとテリーがぐずっていた。アーメンガードがあやしていたが、私があやす事にした。こうやって文字を書いていると、あの子の美しさを思い出す。なんて愛しい娘だ。罪な赤ん坊め。写真を撮って、皆に自慢してやろう。



 あたしは更にページを開く。



 一日。

 残業だなんて、バドルフの奴め。家族持ちの男は残業が辛いということを明日耳にタコが出来るほど文句を言ってやる。上司なんて関係ない。


 ここでインクがページの半分を覆っている。理由は下に書かれていた。


 アメリアヌがインクを倒してしまった。


 メモ

 ・明日、アメリアヌに自由帳を買ってくる。





 あたしは日記を閉じる。下を見る。ノートがびっしりと詰まっている。


(………パパの、日記)


 これも、置いていったのね。


(処分すれば良かったのに)


「……………」


 あたしは端っこにしまわれた日記帳を手に持った。開くと、白紙のページがあった。


(ん)


 あたしは白紙じゃないページをめくって探す。見つけた。





 すぐに戻ってくる。

 必ず戻ってくる。

 神よ、女神よ、どうか、アメリアヌを、テリーを、お守りください。

 必ずここに戻ります。

 それまで、オルゴールは君に預けておくよ。





 日記はここで終わっている。






(嘘つき)




 あたしは日記を睨む。


(パパの嘘つき)


 屋敷から何食わぬ顔で、出ていったくせに。


(オルゴールって何よ)


 ……………オルゴール?


 ここで、あたしの脳裏に、かすかな記憶が蘇る。


(ママの部屋だわ)


 オルゴール。


(ママの部屋に、オルゴールがあるはずよ)


 誰も触れない、触ろうとしない、ママの部屋にある、唯一のオルゴール。


(小さい頃、パパと聴いてたのよ。あのオルゴールはパパの物だから、本当は)


 この開かずの間に、パパのオルゴールは置かれていた。


(あたしはパパの膝の上で、オルゴールを聴いていた)


 パパと一緒にオルゴールを聴いていた。

 アメリと喧嘩して負けた時も、欲しいものを買ってもらえなくてぐずった時も、転んで怪我をして泣いた時も、必ずパパがあたしを抱いて、膝の上に乗せて、オルゴールを一緒に聴いていた。


 パパがあたしの頭を撫でたら、気持ちよかった。

 パパがあたしの頭にキスをしたら、嬉しかった。

 パパは片手に本を読んでた。あたしはお気に入りのテディベアを抱いて、一緒にオルゴールを聴いていた。


 パパの膝の上があたしの席だった。

 パパが座ってたら、あたしはパパの膝に乗り込んだ。

 パパが仕事仲間とお酒を飲んでいる時も、あたしはパパの膝に乗った。お酒くさいと喚きながら。

 パパは笑ってた。ママは怒ってた。パパの友達は笑ってた。

 そして、またオルゴールを聴くのだ。


 パパの膝の上で、美しい演奏を聴くのだ。



 全ては、昔の話。



(そういえば、そうだった)


 ある日を境に、パパのオルゴールはママの物になった。


(ママの部屋に置かれ始めたから、あたしはママの部屋に忍び込んでた)


 あたしは、それを聴きたくて、ママが仕事部屋にいる間、こそこそ寝室に忍び込んで、


(ネジを回して)


 綺麗な音が鳴るのだ。オルゴール特有の、あの、弾く感じの音色が。綺麗な、美しい歌を奏でるのだ。それを、一人で聴くのだ。


(そう。一人で聴いていた)


 それで、あたしがあまりにもオルゴールを触るから、ママが細工したのよ。オルゴールを分かりにくい所に置くようになった。でも、あたし分かってたから、触ってたのよ。あの歌を聴くために。


(………そうだ)


 ある日から、ママはオルゴールを隠すようになった。


(どうして)


 パパが出ていってからだ。


(そうだ)


 花瓶を置いたのよ。

 オルゴールの前に。

 あたしから、オルゴールを隠すために。


「……………」


 あたしは日記を閉じて、しまった。引き出しを閉じる。そして、ゆっくりと足が動き出す。


 ママは、帰ってきてない。


(鍵を探していると、花瓶に繋がるのね)


 あたしは振り返る。


(…オルゴールね)


 この違和感はなんだ?




 テリー、



「きらきら流れる歌の先にあるものは、一体何でしょう?」





 あたしの足が、ママの部屋へと向かっていった。





(*'ω'*)





 あたしはママの部屋の扉を開ける。そっと、扉を閉める。


(……よし)


 あたしはママの部屋に振り向く。ママの寝室。机があって、大きなレース付きのベッド。大きなクローゼット。赤い壁、高級そうな絨毯。ママは赤色が好きだから、部屋を赤で染めている。


 あたしは思い出す。


(あたしが小さい頃、この部屋に何度も忍び込んだ)


 大丈夫。バレなければ大丈夫。


(そう思って、漁っていたのよ)


 あたしは振り向く。

 ママの鏡台。ママはここでお化粧して、髪の毛を整える。

 鏡台の端に、空の花瓶が置かれている。


(これだ)


 昔から変わらず置いている。


(これだ)


 あたしはゆっくり腕を伸ばす。花瓶に手が触れる。そっと、持ち上げる。


 持ち上げると、花瓶が無くなると、そこに隠れていたように、小さな箱が一つ分入る隙間が現れる。そして、その隙間には、既に小さな箱が入っていた。


(これだ)


 あたしは花瓶を置いて、箱に触れる。


(ああ、これだ)


 手を後ろに引く。箱が出てくる。懐かしい木の匂いと感触がする。あたしの小さな手が触れていた箱。今のあたしの手が触れている茶色の箱。


 パパのオルゴール。


(…………)


 あたしは蓋を開ける。蓋の裏には鏡が貼られ、中は小物入れになっている。ネジを回していないから、音は鳴らない。そして、中にも何も入っていない。ただの空っぽの小物入れの箱だ。


(変わらないわね)


 変わらず何も入ってない。


(…ちなみに)


 花瓶の中を見てみる。あ、なんか入ってる。覗いてみると、ママのへそくりだった。


(……なんでへそくりが入ってるのよ)


 鍵はないようだ。


(……鍵が無いなら、探さないと)


 何かないか、探さないと。


(このオルゴールに、何かがないのか、探すだけ)


 あたしは、仕方なくオルゴールを触るのよ。


(そう。仕方なく触るのよ)


 あたしの手が動く。

 まだ小さかった頃のように、箱を反対側にして、ネジを回して、十分に回って、これ以上行かないくらいまで回して、箱を起こして、蓋を開ける。


(あ)


 あたしは思い出す。


(あ)




 歌が、流れてくる。




「たん、たたたん、たん、るん、たん、るん、たたたん、るん、たたたん、るん」


 あたしが歌うと、パパが微笑む。


「たん、たたたん、たん、るん、たん、るん、たたたん、るん、たたたん、るん」


 あたしが歌うと、パパの指がとんとん、と動いた。


「たん、たたたん、たん、るん、たん、るん、たたたん、るん、たたたん、るん」


 あたしが歌うと、パパの手があたしの頭を撫でていた。


「たん、たたたん、たん、るん、たん、るん、たたたん、るん、たたたん、るん」


 あたしが歌うと、パパがあたしの頭にキスをしていた。


「ぱぱ」

「なんだ? テリー」

「このうた、すき」

「ああ。パパも好きなんだ。とても素敵なメロディで」

「おそろいね」

「そうだね。テリーとお揃いだ」


 オルゴールが弾ける。

 メロディが奏でられる。

 音が弾ける。

 たん、たたたん、たん、るん、たん、るん、たたたん、るん、たたたん、るん。

 あたしの耳に響く。

 音が響く。

 パパは笑ってる。

 パパは笑ってる。

 パパは笑ってる。

 過去のあたしは、笑ってる。







「きらきら流れる歌の先にあるものは、一体何でしょう?」








 オルゴールが止まった。






 かち、と、音が聞こえた。





「……ん?」


 オルゴールの箱の一部分が、ずれている。


「………え?」


(何これ)


 あたしはまじまじと見てみる。

 お飾りだと思っていた小さな棚が、浮いていた。


(……開けられるの?)


 あたしの親指と人差し指が棚の取っ手をつまみ、すーっと後ろに引いていく。


(え)


 中に、何かの鍵が入っている。小さな鍵。それこそ、アルバムの南京錠にはまりそうな、小さな小さな、しっかりした鍵。


(……まさか)


 あたしはじっと見る。


(いや、まさかね)


 まるで導かれたように、こんなに都合よく見つけられるものか。


(でも)


 鍵も、当ててみないとわからない。


(…………)


 あたしはネグリジェのポケットに、小さな鍵を入れた。


(確認するだけ)


 だって、こんな小さな鍵、なかなか無いでしょ?


(違ったら違うでいいじゃない。都合よく見つかるわけないし)


 あたしはオルゴールの棚を戻し、箱を戻し、花瓶の位置を戻した。


(よし)


 確認しに戻ろう。


(ばあばの部屋に)


 くるりと振り返り、鏡台から離れる。ママの部屋の扉を開ける。部屋から出る。


「こら」

「ひぎゃっ!!」


 横から聞こえた声に驚いて叫ぶと、クロシェ先生が腕を組んで、じとーっとあたしを見下ろしていた。


 あたしの顔が引きつり、誤魔化すために、にこりと笑う。


「あら、おほほ! クロシェ先生、こんにちは!」

「何やってるの。ここはテリーのお部屋じゃないでしょう」

「あら、本当だ! おほほほ! あたし、具合が悪くて、トイレの場所を間違えてしまったみたいですわ! おほほほ! なんてこった! ぱんなこった! ですわ! おほほほ!」

「もー、この子は」


 クロシェ先生があたしの首根っこを掴んで歩き出す。


「具合が悪い時に出歩いちゃ駄目でしょ」

「いだだだだ! せ、先生! 首が! 絞まる! 絞まっちゃう! あたし、死んじゃう!!」


 クロシェ先生があたしのネグリジェから、あたしの手に持ち直して、また歩き出す。


「部屋まで送るわ。全く。様子を見に行ったらこれだもの。駄目じゃない。体調が悪い時は、ちゃんと寝なきゃ治らないのよ。月経の腹痛は、プロスタグランジンっていうものが過剰分泌されて、子宮の周りの血管が収縮して起きるものなのよ。運動して血行を良くすることでも治るけど、倒れるほど痛かったんでしょう? まずは無理しないで、体を暖めて、休むこと」

「いや、あの、クロシェ先生、あたし、あの」

「テリー?」


 クロシェ先生が、ぎろりと、あたしに振り向いた。


「何か?」


 あたしはにっこり笑う。


「……お部屋に戻る前に、トイレに、行きたいです……」

「ええ。行きましょう。ナプキンも取り替えて」

「………。はい」


 クロシェ先生に強く言われ、あたしは大人しく歩く。


(あー。ばあばの部屋が通り過ぎていくー)


 クロシェ先生に連れていかれるまま、あたしは歩く。


(確認したかったのにー)


 ネグリジェのポケットで、鍵が揺れる。お婆様の部屋はどんどん遠ざかっていく。


(…ま、この後確認しに行けばいいか)


 鍵は、ここにある。無くなる事はない。


 クロシェ先生があたしに言う。


「テリー、お部屋に戻ったらちゃんと寝るのよ」

「はぁーい」

「お腹も暖めるのよ」

「はぁーい」

「足も暖めるのよ」

「はぁーい」

「寝るまで、私は部屋から出ませんからね」

「えっ」


 クロシェ先生が、グイ、と、目が点になったあたしの腕を引っ張った。





 結局、この日はポケットに鍵を入れたまま、あたしはベッドに閉じ込められることになった。






(*'ω'*)







 さあさあ、皆さん! お手を拝借! よー、


 ぱん! (あ、ここ効果音入れてくださいね)


 青というのはね、実に暗い色というのは知っているかい?

 食事中に見たらせっかくの食欲が激減するという話じゃないか。

 だから、青いものを見たら、赤にしないといけないんだよ。

 わかるよね?

 わかったよね?

 青は悪。

 赤は善さ。


 我々には赤がついている。

 君には赤がついている。

 大丈夫! 何も怖い事なんてないよ!


 赤はいつだって味方だよ!


 腕がうずくかい?


 じゃあ、赤を頼りに、今日も青を赤にするんだ!


 これも、皆の幸せ、君の幸せのためだよ。


「そうだよ。これは幸せのためなんだよ」


 そうさ。これは幸せのためなんだ。


「いや! やめて! 来ないで!」


 大丈夫! 怖がらないで!

 赤はいつだって味方だよ!


「私には赤がついてる!」


 君には赤がついている!


「さあ、幸せのために!」


 赤になるんだ!


「あっ!! やっ、ぎゃあああああああああああああああああ!!!!」






 ほら、青がまた赤になった。


 素敵じゃないか。


 赤は、いつだって味方だよ!










「何人目だ」

「今月に入って三人目です」

「じいや、詳細を調べておいて。中毒者の可能性がある」

「御意」



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