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おとぎ話の悪役令嬢は罪滅ぼしに忙しい  作者: 石狩なべ
六章:高い塔のブルーローズ(後編)
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第4話 夜のパーティー(2)


「悪い知らせと良い知らせがある。ここはあたくしの好みに合わせて、良い知らせからいこう。下水道の調査結果が出た。結果は異常なし。亀はいなかった。怪我人もいない。つまり、行方不明者の手かがりは何一つなかったわけだ」


 クレアが書類にサインした。クレアちゃん。


「続いて、母上に毒を盛った者も見つからない。それも併せて調査中」


 警備が厳しくなってきた。


「夜、出歩く際は気をつけろ。兵士に声をかけられて、襲われてしまうかもしれないぞ。男はいつだって野獣なのだから。そしてその野獣を」


 クレアがにたりと笑った。


「あたくしが撃ち殺す!!!!」


 見張りの兵士達が執務室から二歩離れたことを思い出しながら、廊下の掃除を行う。


(今夜、ラメールと約束を取り付けてる。亀について詳しいし、彼が中毒者であれば、なにかかしら手がかりを落とすはずだわ)


 よくもニクスをさらいやがって。


(ニクス、待ってて。もう少しで助けに行くから)


 廊下のほこりを端に寄せて、ちり取りで取っていく。また箒でほこりを溜めていく。廊下が綺麗になっていく。あたしのアンクレットも輝いている。


 メニーが見てくる。


(……)


 あたしは黙って掃除を続ける。しかし、後ろから痛い視線がちくちく刺さる。何よ。


「……」


 時計を見る。ああ、そろそろクレアに呼ばれそう。アイスティーのおかわりって理由で。


「……」

「ふう」


 コネッドが汗を拭いた。


「ロザリー、オラ、ちょっと水を取り替えてくるな」

「ん。気をつけて」

「おう」


 コネッドがバケツを持っていく。あたしは掃除を続ける。メニーも掃除をする。痛い視線を感じる。ちく。痛い。ちくちく。痛い、痛い。ちくちくちくちく。


 あたしはとうとう振り向いた。


「何?」

「何が?」


 目を逸らしたメニーを見て、イラッと片目が痙攣した。


「メニー」

「何?」

「なんで怒ってるの? お姉ちゃんに教えなさい」

「別に、怒ってないけど」


 メニーの背中が語ってる。すごく怒ってる。


「メニー、今なら怒らないから教えなさい」

「へえ。お姉ちゃん、言わないと怒るんだ」

「あのね、そんなにイライラされたら空気がよどむことがわからない? コネッドだっているのよ」

「今はいないけど」

「メニー」

「自分の行動、振り返ってみたら? 少しはわかるかもよ」


 試合開始のベルが鳴らされた。


「その言い方は何なの?」

「何?」

「何じゃないでしょう。あんたが何よ」

「別に何でもないって言ってるけど?」

「じゃあ見ないでくれる?」

「見てないけど」

「さっきから視線が痛いのよ」

「私の見る方向にお姉ちゃんがいるの」

「メニー、いい加減にしなさいよ」

「お姉ちゃんがいい加減にしたら?」

「はあ?」


 観客が大騒ぎをする。あたしが箒を下ろした。メニーが箒を下ろした。お互いに近づいて、睨み合う。おーっと、こいつはどちらが先手を打つか。あっ、テリー選手が口を開いたー!!


「あんたね、口の聞き方に気をつけなさい」

「お姉ちゃんは自分の行動に気をつけたら?」

「メニー、さっきから意味がわからないのよ。セーラ様の部屋から戻ってきてからよ。いや、その前からよ。あんた、今日一日、ずっとあたしのこと睨んでるでしょ」

「睨んでないけど」

「睨んでる」

「睨んでない」

「睨んでる」

「はあ。……そうですね。睨んでますね。はいはい。……これで満足?」

「あのね、その言い方よ」

「お姉ちゃんの言い方だってきついなのわからない? イライラしてるのお姉ちゃんのほうでしょ」

「それはあんたでしょ」

「私、イライラなんてしてない」

「してるじゃない」

「してない」

「してるでしょ」

「してない!」

「ほら、してる。大声出した!」

「お姉ちゃんの言い方にむかついたの!」

「むかついたって何よ! 元はといえば、あんたが睨んでくるから!」

「元々はお姉ちゃんが原因でしょ!」

「何よ! あたしが何したってのよ!」

「何かとクレア姫様と一緒にいたり、挙げ句の果てにはラメールさんとデート! 楽しいね! お姉ちゃん!」

「デートって何よ! あのね、こっちにだって色々事情が!」

「事情って何!?」

「色々あるのよ!」

「色々って何!?」

「何よ! あんた、ヤキモチでも妬いてるの!?」


 あたしの言葉に、メニーがキレた。


「妬いてるよ!!!!!!」


 ――あたしは眉をひそめた。


「そうだよ!! お姉ちゃんが取られて、私、すっごくイライラしてるの! リトルルビィはすぐお姉ちゃんにくっつくし! ソフィアさんはやらしい目でお姉ちゃんを見てくるし! 当の本人は夜になっても部屋に帰ってこないし! 何かとあるとクレア姫様、クレア姫様、クレア姫様! なに? キッドさんじゃなくて、クレア姫様と恋人にでもなったの? へーえ! お姉ちゃんは、お姫様と恋人同士なんだ!? だから夜な夜なクレア姫様と過ごしてるんだね! 楽しいね!!」

「……ちが……」

「お姉ちゃんは昔からそうだもんね! 女の子を口説くのだけは一人前だもんね! アリスちゃんだって、ニクスちゃんだって、お姉ちゃんと楽しそうに舞踏会で喋ってたけど、お姉ちゃん、全然私とは会話してくれなかった! そうだよね! 妹よりも、友達のほうが大事だよね! よかったね!! 楽しいね!! 今夜のデートが、楽しみだね!!」

「……」

「……」

「……」

「……」

「「……」」


 あたしが黙り、メニーが顔を真っ赤にしながら、拳を震わせ、ぷーう、とむくれたまま空気が静かになり、ハトがぽっぽと鳴いて、風が吹いて、花が揺れて、草が揺れて――あたしが口を開いた。


「……メニー」


 固唾を飲む。


「あんた、ヤキモチ妬くの……?」

「……お姉ちゃん、私をなんだと思ってるの……」

「……」

「……今夜も帰ってこないんでしょ……」

「……」

「……私がうっとおしいんだ」

「……。……。……。……」

「……」


 メニーがふいっと顔を逸らした。


「もういい」

「え」

「もう知らない」


 メニーが目を逸らした。


「メニー」

「知らない」

「メニーってば」

「知らない」

「そんな怒ることでもないでしょう」


 ――すごく睨まれた。


「……いや、だって」

「お姉ちゃんのそういうところ、嫌い」

「は?」

「鈍感で鈍いところ」

「どっ……」

「知らない」


 メニーがあたしに背を向けて、何事もなかったように掃除を始めた。


(……)


 あたしはメニーに近づく。

 メニーは掃除を続ける。

 あたしは手を伸ばした。

 メニーの首にあたしの手が近付いた。

 メニーがあたしに振り向いた。




 あたしは後ろからメニーを抱きしめた。




「なんてこと言うのよ」


 優しい声を出す。


「ヤキモチなんて妬かないの。ばかね。昨日は本当に、仕事でクレア姫様のところいただけで、何もないんだから」


 メニーが黙る。


「だいたいね、あたしは女じゃなくて男が好きなの。お姫様と恋人になるわけがないでしょう?」


 メニーは黙り続ける。


「今夜も、ラメールとは友達として話したいことがあるだけで、デートじゃないのよ。本当よ」

「……」

「そうね。最近あんたに構ってなかったもんね。寂しかったのよね」


 メニーの頭を優しく撫でる。


「今夜は一緒のベッドで寝ましょう? ね? 二人の時間を作るのも大切だわ。メニーがここに来てから、あまりゆっくり話せてなかったじゃない」

「……」

「ね? 今夜は一緒に寝ましょうよ」

「……」


 黙るメニーに微笑み――内のあたしが暴れまわる。


(そうよ!! てめえなんて大嫌いよ! だってあたしより美人で可愛くて声高くて純粋で良い子ちゃんで完璧なんだもの! そら、引き立て役になったことがないからそんな言葉も出てくるわよね! あのね! あたしはね! あんたなんか、心の底から大嫌いなのよ!!)


 でも、ここまで築き上げた信頼関係。壊すわけにはいかない。


(リオンは約束したわ。あたしを死刑はしないって)


 でもお前はわからないじゃない!!


(女の恨みは怖いのよ!!)


 だからあたしは笑顔という名の仮面で、メニーの良きお姉さまを演じるのよ! 頑張れ! あたし! 負けるな! あたし! 相手はめぎつね!! きつねは卑怯物! あたしはたぬき! たぬきは臆病者! あたしは臆病者に見せかけて勝利を掴むのよ! 今こそ、あたしの総攻撃を見せてくれるわ!


「ベッドの中で色々話しましょう? あたし、メニーとお話ししたいなー?」

「……」

「また拗ねちゃって、もー、可愛い子ね。あんたは」


 頭をなでなで。


「そういうところも大好き。愛してるわ。メニー」


 メニーは無反応だ。


「よーしよし」


 あたしは笑顔でメニーの頭を撫でる。メニーはうつむいて、無反応だ。おい、あたしが優しいうちに謝っておきなさいよ。てめえ。


「メニー?」


 腕を優しく引っ張ると、メニーが体ごとあたしに向いた。


「メ……」


 メニーの顔が、リンゴのように真っ赤に染まっていた。


(えっ)


「……っ」


 あたしが驚いて怯んだ隙に、同身長のメニーがあたしに飛びついた。ぎゅむっと抱きしめられる。


「そういうところっ!」


 メニーがあたしをきつく抱きしめる。


「お姉ちゃんの、そういうところ、いや!」


 メニーが、言葉を詰まらせる。


「そういう……」


 メニーが俯いた。


「簡単に、好きとか、愛してるとか、使うところ……」


 メニーの耳が赤い。


「そういうところ、……ほんとにっ……」


 メニーが唇を噛んだ。


「……」


 あたしは、ただ呆然とするだけ。だって、


(……今さら?)


 何よ。愛してるとか大好きとか素直に言葉に表現するお姉ちゃんを持って、恥ずかしいって言いたいわけ? あのね、言っておくけどね、……こうなったのは全部お前のせいなんだからね! 恥ずかしがるなんて、今さらなんだっつーの!! けっ! 純情ぶりやがって!! なによ! あんたがもう少し小さい時はすごく嬉しそうにしてたじゃない! 思春期ですか!? はーん!? 思春期ですか! お年頃ですか! 女の子は大変ね! 大人振りやがって! この、思春期女!!


 あたしは笑顔でメニーの背中を撫でる。


「大好きな妹に愛を囁いて何が悪いのよ。メニーったら、シャイになったわね。うふふ!」

「……」

「で、今夜どうするの?」

「……」

「一緒に寝るの?」

「……」


 メニーが静かにうなずいた。ほらね! 結局嬉しいんじゃない! そうよね! だって、あたし、あんたの都合のいいお姉ちゃんだもんね! よーし、あたし! よくやったわ! 未来のプリンセスの機嫌が治ったわ! はーあ! 疲れたー! 


 あたしは引き続き、優しい声で囁く。


「じゃあ、今夜は一緒に寝ましょうね」

「……ん」

「大切な妹にヤキモチ妬いてもらって、あたし、すっごく幸せだわ」


 迷惑かけやがってこの無能女。


「本当に大好きよ。メニー。可愛い子ね」


 ふにゅ。


 メニーの頬に唇を押しつければ、メニーがとても大人しくなった。仲直りのキスよ。姉妹だもの。別に変じゃないでしょう? はい。喧嘩はおしまい。


(よしよし。これで今日は、一日平和……)


 その瞬間、かたんと音が聞こえた。はっとして振り向くと、戻ってきていたコネッドがデッキブラシを落としていた。


 メニーが息を呑み、

 コネッドとあたしの目が合い、

 コネッドが、抱きしめあうあたしとメニーを見て、

 ……ふっ、と笑って、

 ――静かに、親指を立てた。


「大丈夫。オラ、そういうの、偏見ないから」


 コネッドが後ろに下がった。


「大丈夫。メイドの中では、よくある話だから」


 コネッドが柱の影に隠れた。


「オラのことは空気だと思って、どうぞ。続きをするべさ」

「あ、いや、あのっ……!」

「誤解よ! コネッドーーーー!!!!!」


 メニーとあたしの声が、虚しくホールに響いた。



(*'ω'*)



 星空の下。花壇に広がる青い薔薇が揺れる庭。なんて綺麗な景色だろうか。噴水の縁に座って待っていると、髪をセットしたラメールがスーツを着て、花束を持ってやって来た。


「やあ! ロザリー!」

「……どうしたの? これ」

「ああ! 拾ったんだ!」


 輝く目であたしに花束を差し出した。


「君にあげるよ!」

「ああ、……ありがとう」


(これ、拾ったの? ……花を持ってくるなんて……。はっ! まさか!)


 花束の中に、青い薔薇が紛れ込んでいた。


(この男、何か知ってる……!?)


「座りましょうか」

「ああ!」


 花束を隣に置いて、噴水の縁に二人で座る。


「それで、その、相談って、なんだい!?」

「ああ……えっと」


 あたしはにこりと笑った。


「亀について知りたくて」

「亀について……!?」


 ラメールがごくりと唾を飲んだ音を、あたしは聞き逃さなかった。


(唾を飲むのは、喉が渇いているから。なんだか緊張してるみたいね。坊や? あたしに何を隠してるわけ?)


 ラメールは思った。亀について知りたいだなんて、間違いない。この子は、僕と仲良くなるために、亀を話題にもってきたんだと。この子は、僕が好きなんだと。ラメールが拳を握って、それを隠した。


「亀か。亀っていいよね。君みたいにとても可愛いと思う」

「……あなた、なんだか今日は変ね? どうしたの?」


(その正体、このあたしが見破ってやるわ!)


 あたしは背筋を伸ばす。


「もっと肩の力を抜いたら?」

「ああ! これは、悪かったよ! ロザリー!」

「ね、亀に食べさせていいものって何?」

「ああ、亀ね。亀だったな。えっと、そうだな、色々あるけど、僕は主にリンゴを与えているよ。リンゴを食べる時の仕草がとてもキュートだよな。歯がないから、顎で頑張ってるところが、もう可愛くて可愛くて」

「……」


 あたしは瞬きをした。


「歯がないの?」

「ふふっ。ああ。亀は顎の力が強い動物だからな。基本的に歯はない」


 下水道にいた亀の歯は、喉の近くまであった。


(顎の力が強くて歯もある。噛まれたら一貫の終わりね)


「亀って素晴らしいよな。本当に可愛い。僕は、水槽をじっと眺めることが好きで、もう、一日そうしていたいくらい。たまに亀がこっちをじっと見てくるのも可愛い。それと、知ってるかな。ふふっ、亀はすごく臆病だから、ちょっとしたことで驚いてしまうんだよ」

「そうなの?」

「ああ! 亀ごとで違ったりするけど、大きな音だったり、揺れだったり、人間と同じだよ。予期せぬことが起きると、すごい勢いで水の中に隠れてしまうんだ。可哀想なんだけど、これもまた愛おしくて」


(……確かに、人間もそうよね。予期せぬことが起きると驚くわ。亀はいいわね。逃げ道が水の中だなんて)


 ラメールは思った。おや、何やらロザリーが難しい顔をして、なにか考えごとをしている。きっと、僕とどう恋人になればいいか、悩んでいるに違いない! 勘違いした人間の脳みそは単純だ。恋は盲目。周りが見えない。


「よかったら、ロザリー、僕の部屋の亀を見に来ないか?」


 あたしははっとした。


(まさか、行方不明者の元へ連れて行く気!?)


 何かあれば、ドロシーを呼べばいい。


「ええ! ぜひ!」


 笑顔で頷くと、ラメールが拳を握り、意味深げににやけた。あたしはその笑みを見て確信した。


(この男、あの時の中毒者なんだわ!!)


 なんてことなの!


(あたしが、必ずニクスを見つけ出す!)


「さっそく行きましょう!」

「ああ! いいとも!」


 ラメールは思った。これで僕にも、彼女ができる!! もうバレンタインとクリスマスは大丈夫! 僕は、何も寂しくない! ペスカ、ざまあみろ! しかし、運命とはとても残酷なもの。ラメールの頭から、固いものが当たった音が聞こえた。


(なにごと!?)


 あたしははっとした。ラメールが倒れる。ラメールの後ろには、大きめの石を持ったリトルルビィが殺気を込めてラメールを睨みつけていた。


「ルビィ!?」

「テリー!」


 リトルルビィがラメールの背中に石を投げた。ラメールが、ぐえっ! と唸った。


「野蛮な男に、何もされてない!?」

「ちょっと! なんてことするのよ!」

「トラブル処理は私のお仕事! テリーのことは、私が守る!」

「あんたね! せっかくの調査だったのに!」

「調査?」

「中毒者の調査よ! もう! もう少しで行方不明者達に会えたのに!」

「……テリー? 何言ってるの? ラメールさんは、ただの亀好きのお兄さんだよ!?」

「いや、でも、中毒者の可能性だってあるわけで……」

「そんな可能性のために! テリーが犠牲になるなんて! 絶対だめ!!」


 リトルルビィがあたしの両手をぎゅっと握った。


「テリーのことは、私が守る!」

「リトルルビィ、これは調査だったのよ。大丈夫よ。彼、女の扱いには慣れてないようだったから、ついていったところで乱暴なことなんてされないもの」

「そんなのわからないじゃない! テリーのことは、私が守る!」

「あのねー」

「守る!!」


 リトルルビィが私を抱っこした。


「ちょっ」


 リトルルビィが空高く飛んだ。


「ちょーーーーー!!」


 屋根の上に着地する。あら、素敵な夜景。ってそういうことじゃないのよ!


「リトルルビィ!」

「いや!」


 リトルルビィがあたしをぬいぐるみのように抱きしめた。


「むぎゅっ!」

「テリーとデートしていいのは! 私だけなの! テリーと手を繋ぐのも、夜に素敵な会話をするのも、私なの! ラメールさんじゃない! 私なの!」

「リトルルビィ、ちょ、まちなさっ……」


 リトルルビィが口を開いた。


(げっ)


 屋根の上では逃げ場はない。首を噛まれる。


「いだーーーー!!!」


 リトルルビィの胸を押す。


「リトルルビィ、痛い! 痛い!!」


 リトルルビィの歯が離れない。


「痛いってば!!」


 血が溢れる。リトルルビィが舐めていく。


「いたっ……」


 押し倒される。


「んん……っ」


 リトルルビィが屋根にあたしを貼りつけて、獣のように血をすすっていく。


「も……、ルビィ……ってば……」


 リトルルビィの喉がこくりこくりと動いていく。


「……ぐっ……」


 痛くて、吐息が漏れる。


「……んん……」


 息を吐く。


「……」


 頭がふわふわしてくる。


「……」


 血が溢れる。


「……」


 赤が流れていく。


「……」


 そっと、優しく、リトルルビィの頭をなでた。


「……ルビィ」


 噛んで離さない獣の毛を優しくなでる。


「急に噛んだら痛いでしょ」


 舌で傷口を舐められる。


「あっ」


 ぴりっとした痛みに、あたしの肩がぴくりと揺れた。


「ルビィってば」


 リトルルビィの舌が動く。


「ルビィ」


 ――ゆっくりと離れた。傷口がすでに癒えている。起き上がったリトルルビィの唇にはどっぷりあたしの血がついていて、それを拭わず、舌でぺろりと舐めた。


「私のものよ」


 リトルルビィが上からあたしを抱きしめた。


「テリーは、私のものなんだから」


 誰にも譲らない。


「私の運命の人なの」


 相変わらずの甘えん坊な赤い目が、あたしを見下ろしてくる。


「だめよ。テリー。私以外に触らせたら、私、また怒っちゃうんだからね?」

「……あんたが怒って血を吸うなら、切りがないじゃない」

「だって、だってテリーが!」

「わかった、わかった」


 甘えん坊おばけ。


「ほら、抱きしめてあげるから来なさい」

「!!」


 リトルルビィの目がハートになり、大きな体を丸めて、あたしの胸に顔を埋めた。あたしはそれを抱きしめる。


「テリー……」


 前まではすごく小さかったのに。


「……すき……」


 抱きしめるたびに思う。ルビィ、体が成長するなら、心も成長してくれていいのよ。


(せっかくの調査が……)


 ま、いいか。リトルルビィが言うには、彼はただの亀好きのようだし。


「はあ」


 ため息を吐くが、リトルルビィは気にせず、幸せそうな笑みを浮かべて、あたしにすりすりしてくる。月が見える屋根の上から、リトルルビィのハートがたくさん飛んでいく。


 中庭で白目を向いて気絶しているラメールの頭に、ハートがさくっと刺さった。



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