第11話 悪戯の始まり
ミカエロ・メルーツは代々王宮に仕えている一族の中で産まれた。
「ミカエロ、あなたは立派な使用人となるのよ」
「うん! わたし、頑張ります!」
リリアヌ・オクトーバーは代々王宮に仕えている一族の中で産まれた。
「リリアヌ、お前は立派な使用人となるのだよ」
「うん! わたくし、頑張ります!」
ミカエロとリリアヌは同い年。二人はすくすく育ち、目を合わすたびに睨み合っていた。使用人学校では二人はいつもトップ。しかし、男の差、女の差があると、二人はいつも喧嘩していた。これだから女は! これだから男は! その戦いは今も続いている。今日も二人はバチバチに睨み合う。
「リリアヌーーー!」
「何よ! ミカエローー!!」
そのたびに使用人とメイド達が二人を引き剥がしていた。
「あの二人が仲良くなれば、どれだけ仕事が楽になるか」
コネッドがため息混じりに呟いた。
「いい年した大人が情けないべさ」
「確かに、目に余るものがあるな」
ふむ、と言いながらゴールドが、顎をなでた。
「リリアヌ様と喧嘩した後のミカエロ様は、それはそれはイライラしていて収拾がつかん」
「リリアヌ様も同様だべさ」
「何かさー、今さらな気もするけど、俺達からすると、やめてほしいよなー」
「亀が怯えてる。可哀想に」
みんなの愚痴にニクスが呟いた。
「花でもあげたら機嫌も治るさ」
「花だけじゃお腹はふくれないわよ」
「お腹はふくれなくとも、心は満たされるかも」
ニクスが二輪、花を千切った。
「ペスカ、これをミカエロ様の部屋の前に置いてきてくれない?」
「おう。任せろ。ニクスの頼みなら俺は……!」
「あたしはリリアヌ様の部屋の前に置いてくるから」
「ニクスのお人好しが発動したべさ」
「ほんの悪戯だよ」
くすっと笑ったニクスが一輪の花をリリアヌの部屋に置いた。しばらくして、リリアヌがその花を見つけてこう言った。
「まあ、誰かしら。お花をこんな所に落とすだなんて、非常識だわ。お可哀想に」
リリアヌは花を自分の部屋に活けることにした。一方同じ頃、ミカエロが花を見つけてこう言った。
「一体誰だ? 花をこんな所に落とすだなんて、非常識だ。可哀想に」
ミカエロは花を自分の部屋に活けることにした。
翌日、それを発見したコネッドとゴールドが口を合わせてこう言った。
「花が花瓶に刺さってたべさ」
「花が花瓶に置いてあった」
「効果はあった?」
ニクスが訊くと、二人は首を傾げた。
「どうかなー。機嫌は良く見えなかったな」
「ああ。いつも通りだった」
みんながそんな会話をしている時、あたしはクレアの部屋に花瓶を置きに行っていた。
(ああ、面倒くさい……)
その花が花瓶から一本落ちて、リリアヌの部屋の前に置いていかれた。
同時刻、ラメールがロゼッタ様に頼まれて花束を運んでいた。
「花ってかさばるな……」
ラメールが持っていた花束から花が一本落ちて、ミカエロの部屋の前に置いていかれた。
ミカエロはそれを発見して、花を拾った。
「また部屋の前に、花があるぞ。一体何の悪戯だ?」
リリアヌは花を発見して、花を拾った。
「またお部屋の前に、お花があるわ。一体どなたの悪戯なのかしら」
翌日、アナトラが廊下の花を整えていた。とってもいい匂い! アナトラが花と戯れる姿はまるで白鳥のよう。花瓶から一本の花が滑り、リリアヌの部屋の前に置いていかれた。
マールス宮殿担当の庭師がスノウ様にお花を届けてあげようと、綺麗に花瓶に花を入れて歩いていた。偶然風が吹いて、一本の花がするりと滑り落ち、ミカエロの部屋の前に置いていかれた。
ミカエロとリリアヌは不審に思いながら部屋の前にある花を拾った。
「くひひひひっ!」
クレアが笑いながら紙に何かを書いていた。バドルフが目を離した隙を見て、素早くあたしに二枚の封筒を押し付けた。
「おい、これをミカエロの部屋とリリアヌの部屋に置いてこい」
「……かしこまりました」
「くくくっ! 面白いことになるぞ! くひひひひっ!!」
クレアに言われて、あたしは内心どうなっても知らないわよと思いながら、ミカエロとリリアヌの部屋の前に封筒を置いた。ミカエロとリリアヌは不審に思いながら封筒を見ると、なんとその封筒は花柄だった。二人は思った。花を置いていた人物からだと。
拝啓、愛おしいあなたへ。
あなたのとんがった鼻を一目見た時から、お慕いしておりました。しかし、この想いを伝えるわけにはいきません。あなたの鋭い目を、今日も見れることを喜びに思って。
あなたを想う者より
二人はこれを見て驚いた。
「わたしの鼻は、確かにとんがっている!」
「わたくしの目は、確かに鋭い!」
ミカエロとリリアヌは胸を押さえた。
「一体誰がこんなことを!」
「きっと、お悪戯にお決まりです!」
翌日、クレアが再びバドルフの目を奪ってあたしに二枚の封筒を押し付けた。
「これをミカエロの部屋とリリアヌの部屋に置いてこい」
「……かしこまりました」
「ひひっ! さあ、どうなるかな! くひひひひ!!」
あたしは二枚の封筒を二人の部屋の前に置いた。
その日の晩、ミカエロとリリアヌが手紙に気付いて中を覗いた。
恋しいあなた。
どうか手紙を出すことをお許しください。
わたしの胸が、あなたのお姿を見るたびに苦しくなってしまう。
ああ、どうかこの言葉を記すことをお許しください。
愛してる。
どうか、この手紙は燃やしてください。
あなたを想う者より
ミカエロとリリアヌは頭を押さえた。
「一体誰なのだ!」
「きっとメイドのお悪戯にお決まりですわ!」
その日から、ミカエロにため息が多くなった。
その日から、リリアヌにため息が多くなった。
「なんだかリリアヌ様が疲れてるみたいだべさ」
「コネッド、花でもあげれば?」
「ニクスはあいかわらず優しいな。どれ。庭の花でもあげるかな」
「いだっ」
「あんら、ロザリー大丈夫か? あらら、薔薇が取れちまってる。仕方ねえ。戻すことも出来ねえし、これでいっか」
一輪の赤い薔薇をコネッドが持った。
その頃、ゴールドが眉をひそめていた。
「ふむ。ミカエロ様が疲れているようだ」
「ニクスならこう言うだろうな。花でもあげたらどうかなって」
「だったら、僕は赤い薔薇をニクスに渡そう。きっと喜ぶ」
「ばか言え。お前みたいな亀野郎から薔薇をもらったって、ニクスが喜ぶかよ!」
「こら。薔薇を勝手に取るんじゃない! ああ、全く。仕方ない。戻すことも出来ないし、これを届けよう」
コネッドがリリアヌの部屋の前に、ゴールドがミカエロの部屋の前に、一輪の赤い薔薇を置いた。その日の夜、部屋に戻ったミカエロとリリアヌは息を呑んだ。
一輪の赤い薔薇の花言葉。
「「一目ぼれ!?」」
二人は薔薇を拾った。
「一体誰が!」
「一体どなたが!」
二人は大切に赤い薔薇を飾った。
「きゃははは! これは傑作だぞ!」
クレアがバドルフの目を盗んであたしに二枚の封筒を押し付けた。
「これをミカエロとリリアヌの部屋に置いて、21時にこの部屋に来い」
「あたしがですか?」
「お前以外誰がいる。面白いことになるぞ。くくく!!」
クレアが『どっきり大成功』と書かれた看板をいそいそ作るのを見ながら、あたしはミカエロとリリアヌの部屋の前に封筒を置いた。
その日の夜、ミカエロとリリアヌが手紙の中身を読んだ。
愛おしいあなたへ。
21時、噴水前で待っています。
もしも、会ってくださるならば。
「なんだって!?」
「なんですって!?」
ミカエロは考えた。今まで色恋沙汰などには縁がなかった。しかし、ここまで自分に想いを寄せてくれている女性がいるのであれば、会って話だけでもするべきだと。しかし、自分は使用人の身。おそらく、この女性の想いを受け入れることは出来ないだろう。
リリアヌは考えた。今まで恋などしたことはなかった。しかし、そこまで自分に想いを寄せてくれている男性がいるのであれば、会って話だけでもするべきだと。しかし、自分はメイドの身。おそらく、この男性の想いを受け入れることは出来ないだろう。
二人は噴水のある庭までやってきた。
歩いてくる影に、あたしとクレアが木から覗いた。
「ミカエロ様とリリアヌ様?」
「黙ってろ! 今に面白いものが見れるぞ!」
クレアがわくわくして拳を握り締める。
二人は足音を聞いた。辺りを見回し、噴水が見えてきて、ゆっくりと歩いていく。そして、二人は鉢合わせ、ぱっちりと目を合わせた。
「リリアヌ!?」
「ミカエロ!?」
「よし、きた!」
クレアがひそめた声を出し、瞳を輝かせた。
「おい、メイド、看板の準備だ!」
「え、あ、これ?」
「早くしろ!」
「わかってるってば」
ミカエロとリリアヌが黙った。お互いの目を見て、ごくりと唾を飲んで、そして、思った。
――なんて素敵なとんがった鼻なのだろう。
――なんて素敵なお鋭いお瞳なのかしら。
「リリアヌ」
「ミカエロ」
「座って、話さないか」
「え、ええ」
二人が噴水の縁に座ったのを見て、クレアが眉をひそめた。
「ん?」
二人はもじもじしながら、まるで若者のように足元に視線をやる。虫の鳴く夜に、ミカエロから口を開いた。
「その、手紙のことだが……」
「……あ……その……」
「いいや、言わなくていい。わたしから言わせてくれ」
「ミカエロ、わたくしも、その話を……」
「わたしは、今まで君を敵として見てきた。とんでもなく厄介な敵だと。心は憎しみでいっぱいだった」
「ミカエロ、それはわたくしもよ。あなたを見ていると、なんだかさげすまれているような気がしたの」
「さげすむだなんて、そんな、わたしは、いつも君に負けている気がしていたんだ」
「わたくしだって、あなたに負けている気がしていたわ。女だからとおばかちんにされている気がしたの」
「おばかちんだなんて、君は、その、君の瞳は、夜の星空よりも、美しい」
「まあ」
「横から見える君のつんととんがった鼻は、まるで山のようにおだやかだ」
「それを言うのなら、あなたも、その、あなたの瞳は、星の光よりも眩しいわ」
「わお」
「横からお見えになるあなたのつんととんがった鼻は、まるで針のようにするどくて、たくましい」
「リリアヌ、わたしは、なんてことだろう。君を見ていると、こう言いたくなるんだ。あ、あい、アイラビュー!」
「わ、わたくしも、ら、らびゅーとぅー!」
「リリアヌ!」
「ミカエロ!」
「……」
クレアが顔を引き攣らせ、看板をぽいと投げた。
「なんだ。この寒い展開は」
「手紙になんて書いたの?」
「予想していたのと違った。全く。ああ、つまらない。おい、メイド。あたくしは部屋に戻る。看板を片付けておけ」
「……はい」
仲の悪かった二人がいちゃいちゃする光景に、クレアが鼻を鳴らしながら帰っていった。
(悪戯させまいと女神様が逆手に取ったのかしらね。いい気味だわ)
あたしは看板を片付けた。
――翌日、コネッドとゴールドが青い顔で洗濯物を干していた。
「リリアヌ様が、鼻歌を歌ってたべさ」
「ミカエロ様が、ダンスを踊っていた」
「今日は二人ともご機嫌なんだね。よかった」
微笑んだニクスにぺスカとラメールが見惚れていた頃、悪戯をしようとしていたクレアに天罰が起きていた。
(*'ω'*)
「……痛い……」
クレアがベッドにうずくまり、出られなくなっていた。バドルフが眉を下げる。
「珍しいな。お前が月経で腹痛になるなんて」
「先生……。博士を呼べ……。早く……」
「何を言ってる。時期に、今飲んだ鎮痛剤で治まるさ。いちいち大袈裟にするな」
「先生、あたくしは……姫だぞ……。書類の……仕事が……出来なくて……いいのか……」
「ああ、今日は寝ていなさい。ロザリー」
あたしは姿勢を伸ばして、顔を上げた。
「今日一日、クレアの世話を頼めないかい? こんな状態だ。私も仕事があるものでな」
「わかりました」
「すまないね。我儘を言ったらすぐに呼んでくれ。遠慮はいらないよ」
バドルフがクレアに振りむいた。
「クレア、お前の仕事を片付けてくる。今日は休んでなさい」
「……覚えているんだな……。バドルフ……」
「はいはい」
バドルフが部屋から出て行った。あたしはベッドに振り向く。
「お姫様」
「あたくしは寝る……。お前は黙ってろ……」
(ふん。いい気味)
お姫様も生理には勝てなかったみたいね。
(せいぜい、そこでうじ虫のように、這いつくばってればいいわ)
さ、あたしは優雅にお姫様のお部屋で昼寝でもしてようかしらね! ぐへへへへ!! あたしは贅沢なソファーに座って、靴を脱いでくつろいでみた。あら、素敵。ふわふわだわ! あたしはクレアの机に手を置いてみた。あら、つやつやだわ! あたしはクレアの本棚に手を伸ばしてみた。あら、贅沢なデザインの本ばかり! これは何かしら!? 物語!? あんた、どこぞのメニーちゃんみたいね!
(……ん?)
あたしは本棚を見上げる。
全部、おとぎ話だ。
「……」
一冊、手に取ってみる。昔々、あるところに、おひめさまがおりました。おうじさまと結ばれて、いつまでも幸せに暮らしました。めでたしめでたし。もう一冊開いてみる。昔々、あるところに、村娘がいました。おうじさまと結ばれて、いつまでも幸せに暮らしました。めでたしめでたし。あたしはもう一冊開いてみる。昔々、あるところに、みにくいおひめさまがおりました。呪いがとけ、美しいすがたにもどり、おうじさまといつまでも幸せにくらしました。めでたしめでたし。
(……子供騙しね。メニーが好きそう)
あたしは一冊手に取った。
(いいわ。暇だし、久しぶりに読書でもしよう)
あたしはソファーに座って本を開いた。
むかしむかし、あるところに、空から女の子が降ってきました。女の子はこの世界で二番目に意地悪だった東の魔女を倒してくれました。元の世界に帰るため、女の子は相棒の猫を連れて緑の国へと向かいました。途中でカカシと出会い、ブリキの木こりと出会い、臆病なライオンに出会い、みんなで冒険をしながら緑の国へ行きました。そうしますと、緑の国の王様は、西の魔女を倒せたらみんなの願いを聞き入れてくれると約束しました。みんなは西の魔女に会いに行きました。でも西の魔女は、世界で一番意地悪な魔女でした。みんなに、ひどいことをたくさんしました。それでも、女の子は負けませんでした。女の子は西の魔女を倒してくれました。緑の国へ行き、緑の国の王様に元の世界へ帰してもらいました。めでたしめでたし。
(……緑の国ね)
エメラルド城にちなんで、誰かが書いたのかしら。
(はー。久しぶりにちょっと楽しかったわ)
本をしまうとカタンと音が鳴った。振り向くと、大人しかったクレアがもぞもぞ動き、シーツから顔を覗かせた。
「……だるい……」
「水いる?」
枯れた声に訊くと、クレアの瞳が天井からこっちに移った。あたしを見て、黙って、ぼんやりして、顔をしかめた。
「……どうしてお前がここにいる?」
「バドルフ様がいてくれって言ったからよ」
「……」
「一回トイレに行ったら?」
「……だるい。起きたくない」
「水いる?」
「……」
「いいわ。用意する」
あたしは勝手に水を出して、クレアにグラスを渡した。クレアがしんどそうに起き上がり、ゆっくりと水を飲み、顔を濁らせた。
「ぬるい」
「冷たい水は体によくない」
「氷を入れろ」
「あとからね」
「お前はあたくしの言うことをなぜ聞かない。また虐めるぞ」
「冷たい水は体によくないって言ってるでしょ。お姫様の体調を気遣ってるのに、どうして怒られないといけないわけ?」
「お前はメイドだ。あたくしの言うことだけ聞いていればいい」
「そういうわけにもいかないでしょ。あのね、元々体弱いんだから、もっと自分に気を遣いなさい」
「……」
「むくれない」
クレアがむくれたままあたしにグラスを差し出してきた。あたしは受け取り、テーブルに置く。あとで洗いに持っていかないと。
「……おい、メイド」
「ロザリーです」
「いいや、お前はロザリーじゃない。あたくしは隣で聞いていたぞ。お前はスパイだ」
「本の読みすぎよ。あのね、あたしはスパイじゃなくて、その被害者よ。情報をあなたの弟に売られて、迷惑してるの」
「キッドはただの女たらしだ。そのことに関して全く手を抜かない。くくくっ。お前、悪い男に捕まったな」
「そうよ。姉なら説得してくれない?」
「お前、キッドが嫌いか?」
「大嫌いよ」
「ほう。そういうことに関してはお前と気が合いそうだ」
「キッドを好きになる方が理解出来ないわ」
「でも、お前、リオンは好きだろ?」
「リオンなんて好きじゃないわよ」
「あたくしがリオンの悪口を言ったら、お前は怒ってた。あたくしは知ってるぞ。ヤキモチ妬いたんだ」
「ヤキモチでもないし、怒ってもない。ただ、侮辱はやめてと言っただけよ」
「いいじゃないか。陰口なのだから」
「あなた達は仲が悪いのね。スノウ様が困ってたわ。三人が顔を合わせたら修羅場になるって」
「お前、なぜ母上を知っている?」
「会ったことがあるからよ」
「なんだか面白そうだ。時間つぶしに話を聞いてやろう。お前、キッドに何をされたんだ?」
「あなたに話す義理もないし、話したところで解決なんてしないし、そもそもあたしはお前じゃない。その言葉づかいを、まず、どうにかするのね」
「……」
「むくれない」
クレアがクッションを投げた。
「投げない」
あたしはクッションを拾って優しくなでた。
「クレア、そろそろランチよ。それから薬を飲んで、大人しく寝る」
「ロザリー」
あたしが目をやると、クレアがあたしをじっと見ていた。
「話によるが、あたくしが解決してやらんこともないぞ」
「……解決?」
「結婚を破棄するとか言ってたな」
クレアがにやりとして枕を抱きしめた。
「お前か。リオンの誕生日でキッドに求婚されてたチビは」
「チビじゃない。これから大きくなるの」
「ああ、言葉づかい言葉づかい。チッ。面倒くさい……」
クレアが枕を置いて、にこりと微笑んだ。
「ロザリーちゃん、あたくしの弟くんに、結婚をしてくださいと言われていたのは、あなたかしら?」
「……だとしたらどうするの。みんなに言いふらす? 言っておくけどそれであたしを困らせるのは無駄よ。捜索用の張り紙の絵とあたし、全然違うの」
「嫌だわ。ふふっ。ロザリーちゃんを困らせるだなんて、あたくし、そんな酷いことしませんわ。でも、そうね。あたくし、キッドが嫌いなの。あいつ完璧すぎてつまらないから陰口を言えないの。おっと、失礼。あの子、つまんないの。だから、キッドが困ることがあれば、そうね、たとえば、キッドがしたい結婚の話がなくなれば、あの子は酷く落ち込むでしょうね。そうなれば仕事でミスが起きて、何か悪口を言えるネタが増えるかもしれない。うふふ。ああ、みんなが交渉したい気持ちがよくわかった。こういうことか」
クレアが天使の笑みを浮かべたまま、あたしに体を向けた。
「ロザリー、あたくしとお友達にならないか?」
「……お友達?」
「ロザリーは短期間しかここにいないのだろう? だったら、あたくしはお前がここにいる間、お前がどんな生意気な態度を取ったって、お前だけは許してやる。お友達だから」
でも、その代わりに、
「キッドと結婚するな」
クレアの目が光った。
「あたくしが何とかしてやる」
「……できるの?」
「ロザリー次第だ。お前がキッドのネタをお友達として提供してくれるなら、あたくしはこの問題を綺麗に解決してやろう」
……確かに、クレアになら出来るかもしれない。この女は恐怖でこの宮殿を支配している姫君だ。ただ、問題なのは、この女の考えてること。
(そうやすやすとこの女の手を握ってはいけない気がする)
あたしは考える。とてもいい話だ。だが、何か裏がありそう。
(……)
あたしはにやりとした。
「プラスアルファよ」
「あ?」
「願いを叶えてちょうだい」
「願いだと?」
「一つの情報につき、報酬としてあたしの願いを叶えるの。どう?」
「なるほど。しかし、それを約束して、割に合わないネタを持ってこないだろうな」
「あたしを誰だと思ってるの? あたしはテリー・ベックス。約束を守らない嘘つきじゃなくってよ」
「いいか。あたくしに出来ないことはない。たとえキッドとリオンが出来なくとも、あたくしにはそれら全てを叶えることができる。お前のちんけな願いを叶えることなど、たやすいことだ」
「それをやってくれるなら、あたしも約束は守る。あなたのお友達として、キッドの面白いネタを渡してあげるわ。そして、最後に、あなたがあたしとキッドの結婚を破綻させることで、キッドのネタが作れるというからくりよ」
「なるほど」
「どうする?」
「決まっている。交渉成立だ」
あたしとクレアが手を握りあった。
「ロザリー、あたくし達はとても仲良しなお友達だ」
「ええ。そうね。仲良しだわ」
「ランチも共に過ごそう」
「そうね」
「話題は」
クレアが今までで最高にいやらしい笑みを浮かべた。
「キッドだ」
――いいわ。知ってることを話してあげる。この女、やっぱり慣れてないわね。キッドなら、そんな穴だらけの交渉なんてしないわ。
(キッドのネタを持ってくることによって、クレアがあたしの願いを叶える)
つまり、
(あたしは最強の奴隷を手に入れたのよ)
せいぜい、あたしの手のひらで踊るがいいわ。キッドも、リオンも、そしてクレアも。
(あたしこそが、支配者。……そうよ)
――あたしこそが、神!
王族の三人姉弟を手玉にとって、あたしは自由になるのよ!!
「「くくくくくく……」」
クレアの部屋から、可愛い笑い声が響くのを、見張りの兵士達が顔を青くさせて聞いていた。
一方同時刻、城に住んでるねずみが鼻をすんすん動かした。とことこ進んでいくと、笛の音が聞こえて、なんていい音色なのだろうと思い、隠れ穴から飛び出した。それを見た笛吹きは微笑む。
「こんなところで餌付け待ち?」
くすす。
「餌がほしいなら、願いを叶えてくれないかな?」
ね、
「恋しいあの子はどこにいるの?」
今日はメイドのようだ。




