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おとぎ話の悪役令嬢は罪滅ぼしに忙しい  作者: 石狩なべ
五章:おかしの国のハイ・ジャック(後編)
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第9話 10月23日(2)


 13時。三月の兎喫茶。



 あたしは深呼吸して、水を飲む。


(よし、行ける……)


 ふらりと立ち上がる。


(アリスに会いに行こう)


「サガンさん、そろそろ行きます」


 声をかけると、サガンがパイプを咥えながらあたしを見た。


「そうか」

「ご迷惑をおかけました」

「もう残すんじゃねえぞ」

「……はい」


 支払いはメニーが済ませている。ジャケットを着て、リュックを背負って、三月の兎喫茶から出て行った。雨はまだ降り続いている。


(……はあ……)


 傘を差す。


(このあたしがちんけな商店街の店のトイレで吐くなんて……)


 ママの顔を思い出す。


(ママがいなくて良かったわ。貴族の娘がはしたない! ってうるさいくらい説教されるところだった……)


 一歩踏み込めば、冷たい風が肌に当たる。


(……ああ、そうだ。せっかく会いに行くんだから、簡単な手土産くらい持っていこう……)


 ちらっとドリーム・キャンディを見る。


「あ」


 窓からカリンがいるのが見えた。

 あたしは傘を閉じ、店の扉を開けた。カリンがあたしに振り向く。


「カリンさん」

「あらぁ、ニコラちゃん!」


 レジカウンターで何かの書類を書いていたカリンがあたしの姿を見て、にぱ、と微笑んだ。


「もう大丈夫なのぉ?」

「はい。ご心配お掛けしました」

「どうしたのぉ? 忘れ物ぉ?」

「あの、まだお買い物って出来ますか?」

「え?」

「アリスの見舞いに行こうと思って」

「あら、そうなのぉ!」


 カリンが微笑ましそうに笑い、頷いた。


「いいわよぉ。おまけして従業員割引もしてあげるぅ! 何にするぅ?」

「あ、えーっと……」


 小走りで棚に向かい、既製品のロールケーキを手に取り、カリンの元へ運ぶ。


「これで」

「はい、半額でいいわよぉ」

「やった。ありがとうございます」


 あたしの口角が緩み、財布の中にあるお金を取り出す。


「社長、あのお客さんと何かあったんですか?」

「あ、そうじゃないみたい。お客さんとは話し合いで解決してたって、見てたマチルダさんが仰ってたわぁ」

「……でも、倒れたんですね」

「急にぃ、具合が悪くなったみたい。この後、私も様子を見てくるからぁ」

「……丁度です」

「まいどぉ」


 カリンがレジを打ち、あたしに訊く。


「レシートいるぅ?」

「捨ててもらっていいですか?」

「大丈夫よぉ」


 カリンがレシートを捨てて、あたしにロールケーキが入った紙袋を渡した。


「はい」

「ありがとうございます」

「アリスちゃんによろしく伝えてねぇ」

「はい」

「ルビィちゃんのところには行かないのぉ?」

「ああ、その……」


(あんな遠くの町までは流石に行けない)


 不自然に見えないように微笑んで頷く。


「はい。時間があったら、様子を見てきます」

「そうねぇ。それがいいわぁ!」


 何も知らないカリンは微笑み、ふいに、ため息を吐いた。


「それにしても心配ねぇ……。再発じゃないといいんだけどぉ……」

「……再発?」

「アリスちゃんよぉ」

「……アリスが……何ですか?」

「……あらぁ? もしかして、ニコラちゃん聞いてないのぉ?」


 カリンがきょとんとして、首を傾げた。


「アリスちゃんねぇ、体弱い子なのよぉ。体調が悪くなりやすくてねぇ。今年のぉ……8月いっぱい? 一ヶ月どこかの病院で入院してたのよぉ」

「……入院? ……アリスがですか?」

「アリスちゃんが、って思うでしょう? ふふっ。あの子、普段からとても明るいものねぇ。でもねぇ、ニコラちゃん、人は見かけに寄らないのよぉ」


 お客様もそうでしょう? 同じなのよぉ。


「今月はアリスちゃん、ニコラちゃんがいるからすごく頑張ってるけどぉ、普段は違うのよぉ」

「……そうなんですか?」

「ふふっ。相当な忘れん坊の遅刻魔でねぇ? 私達も笑って気を付けてって言ってるけどぉ、本人はそれ以上に気にしてるみたい。だからあまり強く言えないのよねぇ。遅刻の理由も薬の副作用らしくてぇ、朝、どうしても起きられないんですってぇ」

「……」


 確かに以前アリスは言っていた。生理の時以外でも薬も飲んでいると。だから薬だらけで嫌になると。


「……それは……」


 訊いてみる。


「何の薬ですか?」

「さあ? そこまでは……。アリスちゃん本人のことだからねぇ」

「カリンさんはアリスの病気をご存じで?」

「病気じゃないみたいよぉ?」

「病気じゃない?」

「ええ」


 カリンが頷く。


「アリスちゃんが言うには、病気じゃないみたいなのぉ」

「でも、体調悪いんですか?」

「そういう体質なんじゃない?」


 しょうがないでしょう? そういう体質なんだから。


 帽子の絵が山ほどある部屋でアリスがそう言っていた。あたしは眉をひそめる。


(病気じゃないのに薬を飲む?)


 一ヶ月、入院していた?


(どこかが悪いから入院するんじゃない)


 でも、病気じゃない。


(何それ……?)


 病院。入院。退院。


(……どこの病院?)


 問題はそこじゃない。


(どこの科かしら?)


 アリスの何が悪いところ?


(……なんだろう?)


 なぜこんなにも、アリスに違和感を感じるんだろう?

 彼女は普通の女の子のはずなのに。


「……」

「ニコラちゃん、今の話、秘密よぉ? アリスちゃんのいないところで、アリスちゃんの話をしたなんてバレたら、嫌われちゃうわぁ」

「……はい」


 あたしはこくりと頷いた。





(*'ω'*)



 13時40分。エターナル・ティー・パーティー。



 変わった店内に入ると、カトレアと数人の店員が客の相手をしていた。カトレアがあたしを見て、一瞬にこっと笑って、口パクで『そこで待ってて』と動かす。そして客の相手に戻る。あたしは邪魔にならないように、出来るだけ小さくなり、帽子達を眺める。客が会計に向かい、解放されたカトレアがあたしの元へと駆け付けてきた。


「お待たせ。こんにちは、ニコラちゃん」

「こんにちは。突然すみません」

「あら」


 カトレアがあたしの首を見て、きょとんとする。


「……包帯、どうしたの?」

「気にしないでください」


 目を逸らすと、カトレアが首を傾げて、また微笑む。


「今日はアリスのお見舞い?」

「はい」

「そう。……ありがとう」


 カトレアがお礼を言った後に、眉をへこませた。


「でも、ごめんね。あの子、今部屋から出られるか分からないのよ」

「……体調、そんなに悪いんですか?」

「……うーん……」


 カトレアが言葉に困ったように眉を寄せた。


「そうね。……悪いと言えば悪いんだけど、悪くないと言えば、……そうね……」

「あの、一緒にケーキでも食べようと思って……ロールケーキ、持ってきたんです」

「……あら、わざわざありがとう。アリス、喜ぶと思うわ」


 カトレアにロールケーキを渡すが、彼女の曇った表情は変わらない。


「……でも、どうだろう……。……出るかしら……。……ニコラちゃん、二階に行って声をかけてみてくれる? もし会えたら、お茶をお出しするわ」

「……? ……はい」


 不思議に思いながら頷くと、カトレアが店の奥に手を差した。


「どうぞ」

「……お邪魔します……」


 あたしの足が店の奥に歩いていく。見覚えのある階段を上り、手前から二番目の扉に向かう。立ち止まり、扉をノックした。


「アリス」


 扉から返事はない。


「こんにちは。ニコラよ。ご機嫌いかが?」


 扉から返事はない。


「お見舞いに来たの。ロールケーキ持ってきたから、一緒に食べましょうよ」


 扉から返事はない。あたしはじっと扉を見つめた。


(……寝てる?)


 無理に起こすのは可哀想。


(……本当に体調が悪いだけ?)


 中で、何をしているんだろう?


(カトレアさんが部屋から出られるか分からないって言ってた)


 アリスの病気が重たい?


(……病気じゃないんだっけ? ……じゃあ……何?)


「……」


 あたしは周りを確認する。誰もいない。気配もない。あたしは、そっと、ドアノブをにぎる。


「……」


 ひねってみる。


「……」


 開かない。

 鍵がかかっているのか、何かが突っかかっているのか、扉は開かない。


「……」


 あたしはドアノブから手を離し、何事もなかったかのように声を出す。


「また明日、来るわね」


 あたしは微笑んだ。


「お大事に。アリス」


 そっとアリスの部屋の前から離れて下に下りる。カトレアが階段の下にいて、あたしに訊いてきた。


「どうだった?」

「寝てるみたいで、返事がありませんでした」

「ああ、やっぱり……。……ごめんなさいね。せっかく来てくれたのに……」

「……明日も来ていいですか?」

「ええ。もちろんよ」


 カトレアがふっと笑い、頷いた。


「ニコラちゃん、今日はお休み?」

「あの、社長が倒れたみたいで……お店が閉まったんです」

「え? ドリーム・キャンディの社長さんが?」

「はい」

「大丈夫なの?」

「帰るよう言われてしまったので、詳しいことはあまり……」

「まあ……そうだったの。……そんな大変な時に申し訳ないわね。アリス、明日は出ると思うから、……良かったら、また会いに来てあげて」

「はい。また来ます」


 あたしはカトレアにお辞儀する。


「すみません。お邪魔しました」

「いいえ。とんでもない」

「失礼します」


 売り場を通り抜けて店を出ようとすると、扉が勝手に開いた。


(あ)


 ダイアンが入ってきた。


「おや、ニコラちゃん」


 ダイアンがあたしを見て微笑んだ。


「こんにちは」

「こんにちは。ダイアンさん」

「どうしたの? それ」


 首を指差されて笑われる。あたしは目を逸らす。


「気にしないでください」

「ふふっ。さてはニコラちゃん、三連休ではしゃいで怪我したんだろ。全く、アリスの影響か?」

「ダイアン」


 横からカトレアがダイアンを睨んだ。


「よしなさいよ」

「はいはい。悪かった。そんなに睨むなよ、カトレア。……で? ニコラちゃん、アリスに会いに来たの?」

「はい」

「会えた?」

「いいえ」


 首を振ると、カトレアがため息をついた。


「アリスったら出てこないのよ」

「寝てるんじゃないか?」

「……だといいけど……」


 カトレアが不満げな声を漏らす。


「こんな雨の中、ニコラちゃんがわざわざ来てくれたのに、あの子ってば……」

「ぐーすか寝てるんだよ。だろ? ニコラちゃん」

「多分、……そうだと思います」


 あたしが頷くと、ダイアンが腰に手を置いた。


「だったらしょうがないさ。よし、ニコラちゃん、雨も降ってるし、家まで送っていこう」

「あ……、それは……大丈夫です」


 断ると、ダイアンが眉をひそめて首を振った。


「何を遠慮してるんだ? こんな雨の中、女の子一人で歩くなんて危ないよ。家までが嫌なら、途中まで送っていこう。それともこれからドリーム・キャンディにアルバイトかい?」

「……今日、もうお店閉じてしまって」

「ん? そうなの?」

「はい」


 カトレアが言葉を付け足した。


「社長さんが倒れられたんですって」

「え? 社長が? なんで?」

「色々あったみたいで……。……それなのに、ニコラちゃんがわざわざ来てくれたのよ」

「へえ。色々ね……。……そうか。……まあ、10月だし、昨日から雨も降って気圧も悪い。仕方ないよ。この時期ならよくあることさ。会社もジャックの話題で持ち切りだったんだ。皆、悪夢を見て気分が悪いって……」

「ダイアン、その話はやめて」


 カトレアがダイアンを睨むと、ダイアンが顔を苦くさせた。


「ああ、すまない。悪かったよ。カトレア」


 ダイアンが素直に謝り、あたしに振り向く。


「でも、まあ、そんなわけで送っていくよ。ニコラちゃん、どこまで行くんだ?」

「えっと……」


 あたしは店内の時計を見る。レオとの待ち合わせ時間まではまだだいぶ時間がある。今、公園に行っても、レオはいないだろう。


(……でも、他に行くところもないし……)


 一瞬だけガゼボで雨宿りして、そこでどうするか考えるのもいいかもしれない。暇ならいくらでも潰せる。


 あたしはダイアンに振り向いた。


「あの、……公園に行きたくて。待ち合わせしてるんです」

「公園?」

「湖のある……」

「ああ、あそこか。いいよ。行こうか」

「……あの、用があったんじゃ?」

「ああ、大丈夫。君を送ってからでも時間はあるから」


 ダイアンがカトレアに顔を向けた。


「カトレア、ランチはまた後だ。ニコラちゃんを送っていくよ」

「そういうことならいいわ。この子をお願いね」

「お任せを」


 ダイアンが傘を差して再び外へ出た。そして上を見上げる。


「はあ。嫌な雨だ。止みそうにないなあ」


 ぽつりと呟き、


「ん?」


 ダイアンが瞬きした。あたしはカトレアに振り向き、頭を下げた。


「それでは、失礼します」

「ええ。気を付けて帰ってね」


 カトレアが優しく微笑んで手を振った。傘を差して店から出ると、ダイアンが顔をあたしに下ろした。


「さ、行こう。ニコラちゃん」

「はい」


 二人でゆっくりと雨が降る街を歩き出す。湖のある公園はアリスの家から遠くない。水溜まりを踏まないように気を付けて歩く。雨は降る。雫が弾く。音が鳴る。そんな中、横からダイアンが声をかけてきた。


「ところでニコラちゃん、野暮なことを訊くんだけど……」

「はい?」


 ダイアンを見上げる。ダイアンはあたしを見ず、前を見ている。


「……見たかい? 悪夢」

「……ダイアンさんも見ましたか?」


 訊くと、ダイアンがこくりと頷いた。


「ニコラちゃんも?」

「はい」

「やっぱりそうか。……皆、見てるんだな……」

「商店街の人達も昨日から見てるって言ってました」

「商店街だけじゃないさ。どうやら国にいる全員が見てるみたいだよ。今日のラジオでも言ってた。昨日から悪夢を二日続けて、国内にいる全員が見てるってね」

「……そうですか。……全員……」


 ふと、思った。


(……国の全員ということは)


 遠くの田舎町にいるニクスも?


(アリスも見てる)


 悪夢の話をした途端、カトレアがやめてと気味悪がってた。


「ダイアンさん」


 顔を上げ、ダイアンに向ける。


「カトレアさんが、あの、すごく怖がってたみたいですけど、大丈夫ですか?」

「……あー……」


 ダイアンは苦い顔をした。


「あまり大丈夫とは言えないかな」

「ダイアンさんも?」

「もちろん、怖いよ」

「アリスは?」

「アリスは……」


 ダイアンが首を振った。


「三連休を明けてから話してないんだ」

「え?」

「日曜の夜に急に体調が悪くなったらしい。そこから部屋に引きこもってて、出てこないし、どんな悪夢を見たかも聞いて、慰めることも出来ない。いやあ、三連休にはしゃぎすぎたんだろうな。アリスさ、俺が忙しいとお使いとか張り切って行ってくれるから、すごく助かったんだ。……だけど……」


 雨の中、道に飾られたイルミネーションがきらきら光っている。


「さすがに責任を感じた。ニコラちゃん、俺を責めてくれていいよ」

「アリスって、体調が悪くなりやすいんですよね?」

「うん?」

「一ヶ月入院してたって」

「えっ」


 ダイアンがぎょっとした。


「ニコラちゃん、知ってるのか?」

「……詳しいことは聞いてませんけど、どこかで入院してたってことは」

「あー……」


 ダイアンが重々しく頷いた。


「そうだな。再発みたいなものだろうな。あの子の場合は波が大きいから」

「波?」

「最近は頑張ってたんだよ。君がお店に来てくれたのが嬉しかったみたいで」


 朝寝坊も忘れ物も出来るだけ回避してたんだけど。


「ここに来てばたんきゅーだ。ニコラちゃん、呆れないでくれよ。アリスはとっても良い子だから」

「呆れてません。アリスが心配なんです」

「心配ないよ。起きてたっぽいから」

「ん?」


 ダイアンが肩をすくめて、微笑んだ。


「さっき目が合ったんだ」


 上を見上げた時に、


「二階の廊下の窓」


 カーテンが揺れたと思ったら、


「見てたよ。アリス。窓からずっと」


 ぼんやりした目をしてたな。


「寝ぼけてたのかも」


 俺と目が合った途端に、窓から離れていった。


「明日にはけろっとしてると思うよ」

「……そうですか」


(見てた?)


 あたしは内心、眉をひそめる。


(窓から見てた?)


 何のために?


(確認するために?)


 あたしがいたことを確認するため?


(何のために?)


 ダイアンと目が合った途端に、アリスが窓から離れた。

 あたしと目が合ったら、どうなっていたのだろうか。


「……」

「多分疲れが出たんだろうな。悪夢プラス秋風邪だよ。もう少しでハロウィンだし、ま、すぐ元気になるさ」


 ダイアンが笑い、ポケットからキャンディを取りだした。


「苺味舐めれる?」

「いただきます。ありがとうございます」


 あたしは受け取り、袋を開けて、口の中に入れた。ダイアンも袋を開けて、口の中に入れた。


「ニコラちゃんはどうだった? 三連休」

「……まあまあ楽しく過ごしました」

「なんだか味気ない言葉だなあ。ニコラちゃん、遊べるのは今のうちだよ。子供のうちに遊んでおかないと、俺くらいになったら後悔するよ」

「ダイアンさんは遊んでました?」

「俺は旅が好きだったんだ。田舎の方に親戚がいるもんだから、会ったこともない親戚を尋ねに行ってた。それもわざわざ遠出がしたいがためにね」

「はあ」

「今でもたまに行くけど、そろそろ落ち着きなさいってカトレアに怒られてしまってるよ。ふふっ」

「……結婚されるんですか?」

「ああ。もう婚約してるんだ」

「え、そうなんですか」

「うん。今月に婚約指輪を渡した。えっと……今月の……9日か。9日の夜にね、皆でディナーを食べて、その時に渡したんだ」

「9日に」

「前日の夜にアリスと一緒に指輪を選びに行ってね。選んでくれたお礼にリボンを買ってあげた」

「リボン?」

「アリスは相当のリボンマニアでね。襟に通せるリボンをプレゼントしたら、大層喜んでくれた。いいかい、ニコラちゃん。アリスの誕生日には、リボンを買ってあげて。それか白紙のノート。もしくは文房具。アリスってその類だったらすごく喜ぶから」


(……確かにリボンマニア……)


 アリスの部屋はやたらと紐やらベルトやらリボンが多い。


「はしゃいでて可愛かったよ。見てない? それこそ9日だ。そのリボンで出かけたらしいんだけど」


 10月9日に、アリスがリボン……?


(……ああ、なんか妙にはしゃいでた日があったわね。そういえば……)


 リトルルビィを高い高いするほどはしゃいでた。くすくす笑って、飛び跳ねて、妙にテンションが高かった。


(……嬉しかったのね)


 好きな人からのプレゼントが、きっと、この上なく、嬉しかったのだろう。


(……)


 あたしはダイアンに微笑んだ。


「明日は会えますかね? アリス」

「きっと外に出てくるさ。悪夢の愚痴を言われたら聞いてあげてよ」

「はい」


 あたしは頷く。14歳の少女らしい笑顔を浮かべる。


(……惨劇が近い)


 ダイアンはカトレアともう時期、結婚する。


(それが原因かもしれない)


 アリスが惨劇を起こす理由。


(そう考えても、違和感はない)


 失恋のショックに、殺人を犯す。


(でも、何かしら。どこか理由が弱い気がする)


 だけど、人間というのは、切れたら何をしでかすかわからない。失恋が理由にならない根拠はどこにもない。


(……やっぱり、どうにかしてアリスに会わないと。何が何でも会うべきだわ)


 会えるまで会いに行こう。いくらでも。そして、いつまでも引きこもっていてくれたら、28日の惨劇は回避できるかもしれない。


 明日も、やっぱりアリスに会いに行こう。


「到着だ」


 公園に到着する。

 あたしはダイアンにお辞儀した。


「ありがとうございました」

「天気予報ではまだ雨が続くらしい。早めに帰るんだよ」

「分かりました」

「またね。……アリスのこと頼むよ」

「はい。……ありがとうございました」


 ダイアンが微笑み、あたしに手を振って、来た道を戻っていく。あたしはその背を見送り、くるりと回って公園を見た。


(別にここに来ても何もないけど……)


 こんな雨の中、行く所も他にない。


(ガゼボで少し休んでいこう……)


 水溜まりの近くでは、蛙がげこげこ鳴いている。雨が降り、湖中に雫が落ち続ける。あたしの使ってる傘からも雫が落ちる。雨が降る。足が濡れる。今日は人気が無い。時間のせいか、雨のせいか、公園は非常に静かだった。ガゼボも然り。


 大きな木を避けてガゼボに入る。傘を閉じる。


「ふう」


 溜まった息を吐いて椅子に座った。リュックを置いて、姿勢を崩す。


(……肌寒い……)


 やはりレオはいない。


(……寒い……)


 雨は降り続く。


(この後どこに行こう……)


 レオが来るという保証はないが、17時になるまで待っていたい。来た場合、話し合わないと。


(……んん……)


 ぶるりと、体が震える。


(なんか……すごく寒い……)


 肌寒いだけだったのに、なんというか……。


(一瞬で、一気に冷えた気がする)


 ジャケットを着ているのに、すごく寒い。


(寒い……)


 なんだか、すごく眠くなってきた。


(……寒い……)


 寒いのに眠い。


(……何これ……)


 眠い。

 眠い。

 眠い。


(あ……)


 あたしはテーブル台に頭を倒した。


(眠い……)


 あたしの瞼が落ちていく。


(……ねむ……い……)


 あたしは眠った。













「風邪引くよ。ニコラ」



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