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おとぎ話の悪役令嬢は罪滅ぼしに忙しい  作者: 石狩なべ
五章:おかしの国のハイ・ジャック(前編)
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第17話 10月12日(3)


 12時。噴水前。



 ベンチに座り、メニーがあたしのおさげを直しながら、わくわくした声で話し出す。


「お姉ちゃん、時計台見た?」

「ん?」

「お姉ちゃん達が作ってたやつが飾られてたよ。あのお花みたいな装飾品」

「へえ」


 チラッと時計台の時計を見る。さすがにここからでは飾りは見えない。再び目の前にいるメニーを見る。


「時計台に行ったの?」

「近くを通り過ぎたの。そしたら飾られてて」

「ふーん」

「ハロウィン祭が近くなってきて、飾りも本格的になってきたね」


 確かに、まだ12日だというのに、城下町の装飾は進んでいる。


「それを言うなら、メニー!」


 隣のベンチに座ってたアリスが顔を覗かせて、メニーを見る。


「北区域のイルミネーション見た?」

「イルミネーション?」

「すっごいぞー?」


 アリスもはしゃいだように笑う。


「ランタンとろうそくの形の置物が、17時以降になったら光りだすの。北区域ってお城もある場所でしょ? だから余計に力入ってて、すごく綺麗なのよ!」

「へえ……」

「少し暗がりの頃だし、ニコラと一緒に行ってみたら?」

「イルミネーションかぁ……」


 メニーがふわふわと目を輝かせて、あたしのおさげを完成させる。三つ編みがぴしっと決まる。


「はい、完成」

「ん」


 メニーがあたしの髪の毛から手を離して、あたしの着ている服の曲がった襟を少し直して、ようやく手を離す。アリスの隣に座るリトルルビィがメニーに声をかけた。


「メニー、ハロウィン祭楽しみね!」

「うん! 色んな所回ろうね!」


 そして、メニーとリトルルビィがあたしに振り向いた。


「お姉ちゃん、今年はどこから回る? 今回はリトルルビィもいることだし」

「メニー、東から攻めていく?」

「南区域は?」

「あっ、そういえばお城の近くでもね、お菓子配る人を置いてくれるらしいよ!」

「でも北区域って、人が多そう。お姉ちゃん、どうしようか?」

「……二人が行けそうな所にすれば?」

「ん?」

「え?」


 あたしの顔を見て、メニーとリトルルビィがきょとんとする。あたしはメニーが持ってきたお弁当のパンを食べながら、ぼそりと言う。


「分からないのよ」

「分からない?」

「別の人と歩くことになるかもしれないし、あんた達と歩くことになるかもしれないし」

「うん?」

「へっ!?」


 メニーとリトルルビィが眉をひそめると、アリスが笑った。


「あらやだ! ニコラ、隅に置けないわね! 誰と歩くの?」

「……知り合いと」

「お姉ちゃん、誰かと約束してるの?」

「……知り合いと」

「テリー! 私達と行かないの? 一緒にお菓子貰いに行かないの?」


 リトルルビィのうるりとした赤い目を見て、首を振った。


「当日になるまで、本当に分からないのよ」

「そっか。お姉ちゃんも付き合いがあるもんね」


 そして、メニーがぼそっと、アリスに聞こえない程度に声をひそめて、あたしに話した。


「アメリお姉様も、今年はデートするんだって。前にパーティーで会った人がいて、その人と」


 メニーが嬉しそうに笑った。


「えへへ。デートいいね。お姉様。相手の方も素敵な人なんだ」

「アメリは案外早く結婚してしまうかもね」


 彼女は19歳という若さであたしと同じく牢屋行きだ。


(……この世界のアメリは結婚出来るのかしら……)


「もし、相手の人が当日駄目になったら、私達と歩こうよ。お姉ちゃん」

「ん」

「それで、お姉ちゃん」

「ん?」

「誰と歩く約束してるの?」


 あたしはメニーから視線を逸らした。


「知り合い」

「知り合い?」


 メニーの質問にあたしは頷く。


「ええ。知り合い」

「知り合い?」


 メニーの質問にあたしは頷く。


「そう。知り合い」

「お友達?」


 メニーの質問にあたしは頷く。


「知り合い」

「……」


 メニーが黙って、あたしをじっと見て、静かに口を開く。


「お姉ちゃん」

「何よ」

「デート?」

「まさか」

「デートじゃないんだ?」

「そんな相手いないもの」

「でも、相手いるんだ?」

「知り合い」

「ニクスちゃん?」

「学校で忙しいあの子がここに来るわけないでしょう」

「……ふーん。ってことは……」


 メニーがじーーーーっと見てくる。あたしは無視してパンをかじる。メニーがあたしを見つめ、そっと近づいて、ぼそりと訊く。


「……キッドさんでしょ」


 吸血鬼の耳で小さな言葉が聞こえたリトルルビィが一瞬にして、目を見開いて、お弁当のパンを噛みながら、あたしとメニーに振り向く。アリスが微笑みながら首を傾げた。メニーがまた声をひそめる。


「前みたいに四人で出かける? 流石にばれないくらいの仮装はしてくれると思うよ」

「……」

「テリー」


 リトルルビィがあたしに言った。


「私は構わないよ。メニーは?」

「私も大丈夫。だから、お姉ちゃん……」


 あたしは黙り――うなだれて、白状する。


「……二人がいいって」

「むう!」

「お姉ちゃん、また何言ったの?」

「あいつの仮装見て、あたしが悲鳴あげたら一緒に同行。悲鳴も何もなければあんた達と同行」

「お姉ちゃん、私に賭け事をしちゃ駄目って教えたのはお姉ちゃんだよ?」

「うるさいわね……。なんかそんなことになっちゃったのよ……」


 チラッとメニーを見ると、眉をへこませるメニーと目が合う。メニーが心配そうな声を出す。


「大丈夫そう?」

「さあね? 大丈夫じゃない?」

「……断れば良かったのに」

「大丈夫よ。多分」

「断ればいいのに」


(……婚約届に脅されてるのよ……)


「……婚約は、遊びなんでしょう?」


 あたしはパンをかじる。メニーはあたしを見つめる。


「断ればいいのに」

「メニー」


 リトルルビィがメニーの耳元でひそりと呟く。


「キッドはテリーのこと独り占めするつもりなのよ。二人きりにさせたら、テリーがどうなるか……」


 メニーとリトルルビィがあたしに振り向く。


「お姉ちゃん、やっぱり断れば? 賭け事なんて良くないよ」

「そうよ! テ……ニコラ! 今なら間に合うと思う!」

「何だったら、私も頭下げるから……」

「ちょっと二人とも」


 メニーとリトルルビィを、じろりと睨む。


「あのね、負ける前提で話を進めないでくれる? あたしがあいつ如きの仮装を見て、悲鳴なんかあげると思うわけ?」


 訊くと、メニーが迷うことなく、リトルルビィがあたしを見つめながら、二人とも同時に、こくり! と頷いた。


「うん! あげると思う!」

「うん! ニコラならあげると思う!」

「こら!」


 二人が縮こまる。メニーがゆっくりとあたしを見て、唇を尖らせた。


「だって……」

「あんた、お姉ちゃんを信じない妹がどこにいるってのよ!」

「お姉ちゃんのことだもん。絶対してやられるよ。今までだってそうだったもん。ね? リトルルビィ」

「うん!!」


(ぐっ……! こいつら年下のくせに、なんて生意気な!)


 ぷいっ! と二人からそっぽを向く。


「大丈夫よ! あたし! あいつの顔見慣れてるもの! 絶対悲鳴なんかあげるもんか!」

「ん? 悲鳴? なんだいなんだい? 三人とも、何の話?」


 置いてけぼりのアリスがきょとーんとしてあたしを見た。あたしの視線がアリスに移る。


「ねえ、アリスは誰と歩くの?」


 話を逸らすためにアリスに訊くと、アリスが微笑む。


「姉さんと、ダイアン兄さん! 三人で回るの」

「……それ気まずくない? 恋人同士なんでしょ?」

「私も最初断ったんだけどね、どうせなら回ろうよって言われて」


 アリスが空を見上げる。


「はあ! 仮装何しようかな! 何着ようかな! ほら、ハロウィン当日も着て働くように奥さんから言われてたでしょ! ニコラは何着る?」

「まだ決めてない」

「リトルルビィは?」

「秘密!」

「メニーは?」

「私も、まだ決まってなくて……」

「ふふふ!」


 アリスが笑う。


「ゆっくり決めましょうよ! せっかくのお祭りなんだし、ハロウィンだし! ジャックも驚いて逃げちゃうようなやつ着ないとね!」

「お菓子も忘れずにね。アリス」

「分かってるわよ! ニコラ!」


 ところで、ニコラ、


「メニーの作ってきたパン気になってるの。美味しいの? それ」

「ああ、これ?」


 あたしはメニーの隣で、ずばっと言う。


「焼きが甘い」

「うっ!」


 メニーが胸を押さえる。


「きょ、今日は良い感じだと思ったのに……」

「もう少し焼いた方がいいわ」

「……難しい……」

「あんたが料理下手なのよ」

「け、経験です……」

「いつになったら美味しいもの作れるかしらね?」

「……またそんな言い方する……」

「メニー、あんたよりもリトルルビィの方が料理上手よ。今度習ったら?」

「もう! お姉ちゃんの意地わ……」


 メニーが言いかけた途端、


「あ!」


 何か思い出したように、鞄をごそごそといじりだす。


「そうだ。お姉ちゃん」

「ん?」

「これ、アレンジか何か出来る?」


 メニーがあたしに差し出したのは、壊れたブローチ。ちらっとアリスとリトルルビィも、そのブローチを見る。


「どうしたの。これ」

「ドロシーが壊しちゃった」

「ええ……」


(あいつ何やってるのよ……)


 今頃昼寝をしているか、集会にでも行っている緑の猫を思い出しながらブローチを覗く。服に着けるための金具が真っ二つに分かれている。


「お姉ちゃん、こういうの得意でしょ? アレンジか何かして、また使えないかな?」


 じっとブローチを観察して、思う。


(……使えるだろうけど)


「新しいの買えば?」


 その方が手っ取り早い。と思って言った瞬間、メニーに思い切り、ぎろりと睨まれた。


(えっ)


「……気に入ってるの」


 メニーが不満いっぱいにあたしに言う。


「……何、怒ってるのよ……」

「別に怒ってないけど……」

「怒ってるじゃない……」

「……」

「怒ってるじゃない……」

「……」


 メニーがむくれると、アリスがブローチを見つめる。


「ねえ、それよく見てもいい?」

「どうぞ」


 あたしが返事をすると、アリスがベンチから立ち上がり、横のベンチで座るあたし達の方に来る。そしてしゃがみこんで、メニーの手の上で輝くブローチを見つめた。


 幸せの象徴のクローバーのブローチ。

 深い緑の石が埋め込まれ、光に反射する時、その緑がきらきら輝いて、メニーがドレスにつけるたびに、メニーがまた美しく見えていた。

 その美しさにアリスが驚き、目を見開く。


「まあ、綺麗! 何これ。この石、本物?」

「作り物よ」


 あたしはアリスに笑った。


「あたし達みたいな貧乏人が、本物の宝石がはまったブローチなんて、買えるわけないでしょう? 何言ってるのよ。アリスってば。おほほほ!」

「そっか。それもそうよね!」

「そうよそうよ! おほほほほ!」


 そうよ。本物のエメラルドの宝石なんかじゃないわよ。作り物よ。そうなのよ。アリスがじっと見つめ、リトルルビィもじっと見つめ、二人があたしに言った。


「これ、アレンジするなら、帽子の飾りにも出来るわよ。参考までに」

「ありがとう。アリス。参考にする」

「これ、アレンジするなら、ペンダントにも出来そう! 参考までに!」

「ありがとう。リトルルビィ、参考にする」


 あたしもブローチを見て、メニーの顔を覗く。


「メニー」

「……ブローチじゃなくても大丈夫」


 むくれたメニーがブローチを抱きしめた。


「捨てるのだけは駄目」

「そう」


 じっとその壊れたブローチを見つめる。


「なんでもいいの?」

「うん」

「後で文句言わないでね」

「うん」

「分かった」


 いいわ。リサイクルしてあげる。


「分かったわ」


 ブローチを受け取って、ハンカチに包んで、リュックに入れる。メニーがリュックを見つめながらあたしに訊いてきた。


「お裁縫セットいる?」

「そうね。今度持ってきてくれる?」

「うん」


 メニーが少し微笑んで頷く。


「楽しみに待ってるね」

「期待はしないでよ」


(どうしようかな)


 焼きが甘いパンを食べながら考える。


(久しぶりに腕が鳴るわね)


 何にアレンジしようか。


(ブローチか)


 何がいいだろうか。何が、メニーに似合うだろうか。


(……思い出すわね)


 あたしが手を動かしていた時のこと。布と布を切り合わせて、装飾品や、ドレスを裁縫していた時のこと。


 さて、誰のためにやっていたのかしら?


(あたしって、本当、つくづく馬鹿な奴)


 さて、それは誰のためにやっていたのかしら?


(もう忘れたわ)


 お弁当のパンを頬張る。やわらかい。


 焼きは、足りない。



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