第17話 10月12日(3)
12時。噴水前。
ベンチに座り、メニーがあたしのおさげを直しながら、わくわくした声で話し出す。
「お姉ちゃん、時計台見た?」
「ん?」
「お姉ちゃん達が作ってたやつが飾られてたよ。あのお花みたいな装飾品」
「へえ」
チラッと時計台の時計を見る。さすがにここからでは飾りは見えない。再び目の前にいるメニーを見る。
「時計台に行ったの?」
「近くを通り過ぎたの。そしたら飾られてて」
「ふーん」
「ハロウィン祭が近くなってきて、飾りも本格的になってきたね」
確かに、まだ12日だというのに、城下町の装飾は進んでいる。
「それを言うなら、メニー!」
隣のベンチに座ってたアリスが顔を覗かせて、メニーを見る。
「北区域のイルミネーション見た?」
「イルミネーション?」
「すっごいぞー?」
アリスもはしゃいだように笑う。
「ランタンとろうそくの形の置物が、17時以降になったら光りだすの。北区域ってお城もある場所でしょ? だから余計に力入ってて、すごく綺麗なのよ!」
「へえ……」
「少し暗がりの頃だし、ニコラと一緒に行ってみたら?」
「イルミネーションかぁ……」
メニーがふわふわと目を輝かせて、あたしのおさげを完成させる。三つ編みがぴしっと決まる。
「はい、完成」
「ん」
メニーがあたしの髪の毛から手を離して、あたしの着ている服の曲がった襟を少し直して、ようやく手を離す。アリスの隣に座るリトルルビィがメニーに声をかけた。
「メニー、ハロウィン祭楽しみね!」
「うん! 色んな所回ろうね!」
そして、メニーとリトルルビィがあたしに振り向いた。
「お姉ちゃん、今年はどこから回る? 今回はリトルルビィもいることだし」
「メニー、東から攻めていく?」
「南区域は?」
「あっ、そういえばお城の近くでもね、お菓子配る人を置いてくれるらしいよ!」
「でも北区域って、人が多そう。お姉ちゃん、どうしようか?」
「……二人が行けそうな所にすれば?」
「ん?」
「え?」
あたしの顔を見て、メニーとリトルルビィがきょとんとする。あたしはメニーが持ってきたお弁当のパンを食べながら、ぼそりと言う。
「分からないのよ」
「分からない?」
「別の人と歩くことになるかもしれないし、あんた達と歩くことになるかもしれないし」
「うん?」
「へっ!?」
メニーとリトルルビィが眉をひそめると、アリスが笑った。
「あらやだ! ニコラ、隅に置けないわね! 誰と歩くの?」
「……知り合いと」
「お姉ちゃん、誰かと約束してるの?」
「……知り合いと」
「テリー! 私達と行かないの? 一緒にお菓子貰いに行かないの?」
リトルルビィのうるりとした赤い目を見て、首を振った。
「当日になるまで、本当に分からないのよ」
「そっか。お姉ちゃんも付き合いがあるもんね」
そして、メニーがぼそっと、アリスに聞こえない程度に声をひそめて、あたしに話した。
「アメリお姉様も、今年はデートするんだって。前にパーティーで会った人がいて、その人と」
メニーが嬉しそうに笑った。
「えへへ。デートいいね。お姉様。相手の方も素敵な人なんだ」
「アメリは案外早く結婚してしまうかもね」
彼女は19歳という若さであたしと同じく牢屋行きだ。
(……この世界のアメリは結婚出来るのかしら……)
「もし、相手の人が当日駄目になったら、私達と歩こうよ。お姉ちゃん」
「ん」
「それで、お姉ちゃん」
「ん?」
「誰と歩く約束してるの?」
あたしはメニーから視線を逸らした。
「知り合い」
「知り合い?」
メニーの質問にあたしは頷く。
「ええ。知り合い」
「知り合い?」
メニーの質問にあたしは頷く。
「そう。知り合い」
「お友達?」
メニーの質問にあたしは頷く。
「知り合い」
「……」
メニーが黙って、あたしをじっと見て、静かに口を開く。
「お姉ちゃん」
「何よ」
「デート?」
「まさか」
「デートじゃないんだ?」
「そんな相手いないもの」
「でも、相手いるんだ?」
「知り合い」
「ニクスちゃん?」
「学校で忙しいあの子がここに来るわけないでしょう」
「……ふーん。ってことは……」
メニーがじーーーーっと見てくる。あたしは無視してパンをかじる。メニーがあたしを見つめ、そっと近づいて、ぼそりと訊く。
「……キッドさんでしょ」
吸血鬼の耳で小さな言葉が聞こえたリトルルビィが一瞬にして、目を見開いて、お弁当のパンを噛みながら、あたしとメニーに振り向く。アリスが微笑みながら首を傾げた。メニーがまた声をひそめる。
「前みたいに四人で出かける? 流石にばれないくらいの仮装はしてくれると思うよ」
「……」
「テリー」
リトルルビィがあたしに言った。
「私は構わないよ。メニーは?」
「私も大丈夫。だから、お姉ちゃん……」
あたしは黙り――うなだれて、白状する。
「……二人がいいって」
「むう!」
「お姉ちゃん、また何言ったの?」
「あいつの仮装見て、あたしが悲鳴あげたら一緒に同行。悲鳴も何もなければあんた達と同行」
「お姉ちゃん、私に賭け事をしちゃ駄目って教えたのはお姉ちゃんだよ?」
「うるさいわね……。なんかそんなことになっちゃったのよ……」
チラッとメニーを見ると、眉をへこませるメニーと目が合う。メニーが心配そうな声を出す。
「大丈夫そう?」
「さあね? 大丈夫じゃない?」
「……断れば良かったのに」
「大丈夫よ。多分」
「断ればいいのに」
(……婚約届に脅されてるのよ……)
「……婚約は、遊びなんでしょう?」
あたしはパンをかじる。メニーはあたしを見つめる。
「断ればいいのに」
「メニー」
リトルルビィがメニーの耳元でひそりと呟く。
「キッドはテリーのこと独り占めするつもりなのよ。二人きりにさせたら、テリーがどうなるか……」
メニーとリトルルビィがあたしに振り向く。
「お姉ちゃん、やっぱり断れば? 賭け事なんて良くないよ」
「そうよ! テ……ニコラ! 今なら間に合うと思う!」
「何だったら、私も頭下げるから……」
「ちょっと二人とも」
メニーとリトルルビィを、じろりと睨む。
「あのね、負ける前提で話を進めないでくれる? あたしがあいつ如きの仮装を見て、悲鳴なんかあげると思うわけ?」
訊くと、メニーが迷うことなく、リトルルビィがあたしを見つめながら、二人とも同時に、こくり! と頷いた。
「うん! あげると思う!」
「うん! ニコラならあげると思う!」
「こら!」
二人が縮こまる。メニーがゆっくりとあたしを見て、唇を尖らせた。
「だって……」
「あんた、お姉ちゃんを信じない妹がどこにいるってのよ!」
「お姉ちゃんのことだもん。絶対してやられるよ。今までだってそうだったもん。ね? リトルルビィ」
「うん!!」
(ぐっ……! こいつら年下のくせに、なんて生意気な!)
ぷいっ! と二人からそっぽを向く。
「大丈夫よ! あたし! あいつの顔見慣れてるもの! 絶対悲鳴なんかあげるもんか!」
「ん? 悲鳴? なんだいなんだい? 三人とも、何の話?」
置いてけぼりのアリスがきょとーんとしてあたしを見た。あたしの視線がアリスに移る。
「ねえ、アリスは誰と歩くの?」
話を逸らすためにアリスに訊くと、アリスが微笑む。
「姉さんと、ダイアン兄さん! 三人で回るの」
「……それ気まずくない? 恋人同士なんでしょ?」
「私も最初断ったんだけどね、どうせなら回ろうよって言われて」
アリスが空を見上げる。
「はあ! 仮装何しようかな! 何着ようかな! ほら、ハロウィン当日も着て働くように奥さんから言われてたでしょ! ニコラは何着る?」
「まだ決めてない」
「リトルルビィは?」
「秘密!」
「メニーは?」
「私も、まだ決まってなくて……」
「ふふふ!」
アリスが笑う。
「ゆっくり決めましょうよ! せっかくのお祭りなんだし、ハロウィンだし! ジャックも驚いて逃げちゃうようなやつ着ないとね!」
「お菓子も忘れずにね。アリス」
「分かってるわよ! ニコラ!」
ところで、ニコラ、
「メニーの作ってきたパン気になってるの。美味しいの? それ」
「ああ、これ?」
あたしはメニーの隣で、ずばっと言う。
「焼きが甘い」
「うっ!」
メニーが胸を押さえる。
「きょ、今日は良い感じだと思ったのに……」
「もう少し焼いた方がいいわ」
「……難しい……」
「あんたが料理下手なのよ」
「け、経験です……」
「いつになったら美味しいもの作れるかしらね?」
「……またそんな言い方する……」
「メニー、あんたよりもリトルルビィの方が料理上手よ。今度習ったら?」
「もう! お姉ちゃんの意地わ……」
メニーが言いかけた途端、
「あ!」
何か思い出したように、鞄をごそごそといじりだす。
「そうだ。お姉ちゃん」
「ん?」
「これ、アレンジか何か出来る?」
メニーがあたしに差し出したのは、壊れたブローチ。ちらっとアリスとリトルルビィも、そのブローチを見る。
「どうしたの。これ」
「ドロシーが壊しちゃった」
「ええ……」
(あいつ何やってるのよ……)
今頃昼寝をしているか、集会にでも行っている緑の猫を思い出しながらブローチを覗く。服に着けるための金具が真っ二つに分かれている。
「お姉ちゃん、こういうの得意でしょ? アレンジか何かして、また使えないかな?」
じっとブローチを観察して、思う。
(……使えるだろうけど)
「新しいの買えば?」
その方が手っ取り早い。と思って言った瞬間、メニーに思い切り、ぎろりと睨まれた。
(えっ)
「……気に入ってるの」
メニーが不満いっぱいにあたしに言う。
「……何、怒ってるのよ……」
「別に怒ってないけど……」
「怒ってるじゃない……」
「……」
「怒ってるじゃない……」
「……」
メニーがむくれると、アリスがブローチを見つめる。
「ねえ、それよく見てもいい?」
「どうぞ」
あたしが返事をすると、アリスがベンチから立ち上がり、横のベンチで座るあたし達の方に来る。そしてしゃがみこんで、メニーの手の上で輝くブローチを見つめた。
幸せの象徴のクローバーのブローチ。
深い緑の石が埋め込まれ、光に反射する時、その緑がきらきら輝いて、メニーがドレスにつけるたびに、メニーがまた美しく見えていた。
その美しさにアリスが驚き、目を見開く。
「まあ、綺麗! 何これ。この石、本物?」
「作り物よ」
あたしはアリスに笑った。
「あたし達みたいな貧乏人が、本物の宝石がはまったブローチなんて、買えるわけないでしょう? 何言ってるのよ。アリスってば。おほほほ!」
「そっか。それもそうよね!」
「そうよそうよ! おほほほほ!」
そうよ。本物のエメラルドの宝石なんかじゃないわよ。作り物よ。そうなのよ。アリスがじっと見つめ、リトルルビィもじっと見つめ、二人があたしに言った。
「これ、アレンジするなら、帽子の飾りにも出来るわよ。参考までに」
「ありがとう。アリス。参考にする」
「これ、アレンジするなら、ペンダントにも出来そう! 参考までに!」
「ありがとう。リトルルビィ、参考にする」
あたしもブローチを見て、メニーの顔を覗く。
「メニー」
「……ブローチじゃなくても大丈夫」
むくれたメニーがブローチを抱きしめた。
「捨てるのだけは駄目」
「そう」
じっとその壊れたブローチを見つめる。
「なんでもいいの?」
「うん」
「後で文句言わないでね」
「うん」
「分かった」
いいわ。リサイクルしてあげる。
「分かったわ」
ブローチを受け取って、ハンカチに包んで、リュックに入れる。メニーがリュックを見つめながらあたしに訊いてきた。
「お裁縫セットいる?」
「そうね。今度持ってきてくれる?」
「うん」
メニーが少し微笑んで頷く。
「楽しみに待ってるね」
「期待はしないでよ」
(どうしようかな)
焼きが甘いパンを食べながら考える。
(久しぶりに腕が鳴るわね)
何にアレンジしようか。
(ブローチか)
何がいいだろうか。何が、メニーに似合うだろうか。
(……思い出すわね)
あたしが手を動かしていた時のこと。布と布を切り合わせて、装飾品や、ドレスを裁縫していた時のこと。
さて、誰のためにやっていたのかしら?
(あたしって、本当、つくづく馬鹿な奴)
さて、それは誰のためにやっていたのかしら?
(もう忘れたわ)
お弁当のパンを頬張る。やわらかい。
焼きは、足りない。




