表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おとぎ話の悪役令嬢は罪滅ぼしに忙しい  作者: 石狩なべ
四章:仮面で奏でし恋の唄(後編)
110/590

第2話 光り輝くあなたに会いたい(2)



 1、2、3、


 足が動く。


 1、2、3、


 くるりとターン。


 1、2、3、


 ゆったりと揺れる。


 1、2、3、


 足が動く。


 1、2、3、


 ターン。


 1、2、3、


 体がくるりと回る。


 1、2、3、


 足が動く。


 1、2、3、


 背をのけ反る。


 1、2、3、


 紳士が引っ張る。


 1、2、3、


 紳士の元へ戻る。


 1、2、3、


 紳士と向き合う。


 1、2、3、


 ターン。


 1、2、3、


 足が動く。


 1、2、3、


 体が回る。


 1、2、3、


 紳士と向き合う。


 1、2、3、


「こんなことを言うのもどうかと思いますが」


 1、2、3、


「本当に、珍しい髪の色ですね」


 1、2、3、


「少し混ざり合ったというべきでしょうか」


 1、2、3、


「美しいです」


 1、2、3、


「お褒めいただき、ありがとうございます」


 1、2、3、


「でも、濁ってて、あたくしはとても嫌なんです」


 1、2、3、


「どうしてですか? こんなに美しいのに」


 1、2、3、


「あの…失礼ですが、恋人は…?」


 1、2、3、


「残念ながら、今はいません」


 1、2、3、


「フリーってことですか?」


 1、2、3、


「ええ。残念ながら」


 1、2、3、


(っしゃあ! チャンスはある! ここまで来たら引かないわ! 見定めよ!)


「とても素敵な人なのに? さては、乙女を口説く女たらしなのでは?」


 1、2、3、


「何をおっしゃいますか。私は貧乏人ですよ。貧乏人というのは、どうしても素敵に輝いている方々に相手をされないものです」


 1、2、3、


「そうなのですか? でも、そのスーツはとても豪華に見えます」


 1、2、3、


「ええ、作っていただきました。スーツくらいは流石に」


 1、2、3、


「とても貧乏人には見えません」


 1、2、3、


「ありがとうございます。見栄を張ってよかった」


 1、2、3、


「お金にお困りですか?」


 1、2、3、


「過去に」

「では、今は?」


 1、2、3、


「今は、仕事があるので」

「そうですわよね」


 1、2、3、


(いいわ。最低限の収入は見逃してあげる。これだけイケメンなんだから許してあげるわ。そう。平民なのね。しめしめ。お金と女の魅力で釣れそう…。げへへへへ…!)


 男はやっぱり、見た目が大事よね!


 1、2、3、


「ところでレディ」


 1、2、3、


「私の目を見て頂けませんか?」


 1、2、3、


「え、そんな、目ですか?」


 1、2、3、


 喜んで見上げると、素敵な紳士と目が合う。


 1、2、3、


(あ、今フィーリングを感じたわ。きっとあたし達、運命の相手なんだわ! 絶対そうなんだわ!)


 1、2、3、


「よろしければ、今、お名前を教えていただけませんか?」


 1、2、3、


 金の瞳が、きらりと、輝いて見えた。


 1、2、3、


(あれ…)


 途端に、あたしはくらりと目眩がして、思わず、紳士の足をヒールの先端でぎゅっと踏んでしまう。


 1、2、3、


「あっ!」


 1、2、3、


「大丈夫ですか?」


 1、2、3、


「まあ、大変。すみません。あたくしとしたことが…!」


 1、2、3、


「私は構いません。貴女は大丈夫ですか?」


 1、2、3、


「本当にごめんなさい。少し、立ち眩みが…」


 1、2、3、


「立ち眩みですか。それはいけない。戻りますか?」


 1、2、3、


「いいえ、大丈夫です。せっかくですので、このまま踊ってくださいませんか?」


 1、2、3、


「名前は、踊った後にお教えしますから。…せっかちなお方なのですね…」


 ぽっ。


 1、2、3、


「ええ。貴女を求めて、ついせっかちになってしまった。すみません」

「と、とんでもございません…」


 ぽっ。


 1、2、3、


「それでは、レディ」


 1、2、3、


「気の紛らわせに、一つお話を」


 1、2、3、


「とある貧乏人のお話です」


 1、2、3、


「別に、最初は貧乏じゃなかった。人間はただの平民だった。事の始まりは、両親の死」


 1、2、3、


「両親には多額の借金が残ってました。知らぬ間に、その名義は平民のものとなっておりました。ですので、平民はその瞬間から貧乏人になったのです」


 1、2、3、


「貧乏人は働くことにしました。せめて親の借金を返そうと思ったのです」


 1、2、3、


「ところが、返しても返しても、借金は無くなりません。貧乏人は毎日働きましたが、苦労は水の泡になって消えました」


 1、2、3、


「国に仕える人達に助けを求めましたが、誰も貧乏人を助けようとはしません。貧乏人は、結局貧乏人です。法律も、人間も、誰も助けません」


 1、2、3、


「貧乏人は様々な所で一生懸命働きましたが、世の中には悪い人間がうじゃうじゃといるものです。何度も命を奪われそうになり、何度も酷い目に遭い、そのたびに逃げました」


 1、2、3、


「貧乏人は、どんどん追い詰められていきました」


 1、2、3、


「貧乏人に待っているのは自殺をする道だけ」


 1、2、3、


「そんな中、とある魔法使いが現れました」


 1、2、3、


「魔法使いは、貧乏人を助けると言った」


 1、2、3、


「今まで、沢山の苦労をしてきたから、そのご褒美だと。そのかわり、あなたは同じ境遇の貧乏人を助けなさいと」


 1、2、3、


「それから貧乏人は不思議な力を手に入れたのです」


 1、2、3、


「命あるものを、惑わす力」


 1、2、3、


「催眠の力」


 1、2、3、


「思い込む魔法」


 1、2、3、


「おまけに」


 1、2、3、


「それをうまく活用するための道具を貰った」


 1、2、3、


「不思議な力を使い、貧乏人は幸せを手に入れた」


 1、2、3、


「魔法使いに言われた通り、貧乏人は貧乏人を助けることにした」


 1、2、3、


「貧乏人は貧乏人のヒーローになった」


 1、2、3、


「それがまた嬉しくて、貧乏人は惑わしの力を使うのです」


 1、2、3、


「正義の惑わしですから」


 1、2、3、


「世界は貧乏人の惑わしにより救済されていた」


 1、2、3、


「ところが」


 1、2、3、


「たった一人だけ、惑わしの力が効かない人間がいました」


 1、2、3、


「理由は分からない」


 1、2、3、


「なぜだと思います?」

「まあ、どうしてかしら?」


 あたしは考える。


 1、2、3、


「既に催眠にかかっていたとか」

「催眠?」


 1、2、3、


「ええ。既に、催眠にかからない催眠にかかっていたとか」

「はあ。それは面白い」


 1、2、3、


「ということは、その人は既に催眠の力、もしくは、魔法の力を受けている。だから惑わされない」

「そうでしょうね。それ以外考えられません」


 1、2、3、


「へえ、なるほど」


 1、2、3、


「なるほどね」


 1、2、3、


「面白い意見をありがとうございます」


 1、2、3、


「何かの小説ですか?」


 1、2、3、


「ええ。貧乏人が正義のヒーローになった物語です」

「素敵」


 1、2、3、


「貧乏人は最後、どうなるんですか?」


 1、2、3、


「貧乏人は」


 1、2、3、


「悪に勝つんです」


 1、2、3、


「まあ、なんて素敵な結末」


 1、2、3、


「そうでしょう?」


 1、2、3、


「だから、違和感の感じる人物には声をかけないと」


 1、2、3、


「悪かもしれない相手なら、なおさら」


 1、2、3、


「へえ、なるほど」


 1、2、3、


「考えてなかったな」


 1、2、3、


「魔法ね」


 1、2、3、


「既に、魔法がかかっている相手か」


 1、2、3、


「それって、魔法使いってこと?」





 演奏が終わった。

 周りから拍手が起きる。あたしは紳士にお辞儀をした。


「面白いお話をありがとうございました」


 笑顔で紳士の腕に腕を絡ませ、すりすりする。


「よろしければ、お外でお月様でも眺めながらお話の続きでもしませんか?」

「くすす。その前にレディ」


 紳士が身を屈んで、あたしの顔を覗き込んだ。


「お名前を」

「そ、そうですわね。名前……」


 ちらっと、二階の窓を見る。


「で、では、あの、素敵なお外で……二人きりで……」


 直後、微かな電波音。


『異常はありません』

「っ!」


 はっとした。


(忘れてた!)


 あたし、復讐に燃えていたのだった!


(素敵な紳士を見つけてすっかり忘れてたわ! あたしとしたことが!)


 一度サリアと連絡した方がいいかもしれない。


「あ、あの……」

「ん?」

「えっと」


 あたしはそっと恋しい腕から離れる。


「あの、少し、お待ちになっていただけませんか?」


 この紳士だけは逃したくない。サリアと連絡したらすぐに戻るから。


「少しだけ、その、野暮用が…」

「一体、どのような野暮用でしょうか?」


 くすす。


 紳士が笑い、あたしの顎を指ですくい上げる。


「男ですか?」

「まあ! そんな…!」


 あたしは既に貴方にメロメロよ! どゅふふふ!


「違いますわ。ただ、ちょこっと、用事が…」

「駄目。行かないで」


 手を強く握られる。


(きゃーん! あたし、今すっごくいい感じ!)


 メロメロな目で紳士に振り向く。


「あのっ、あたくし、すぐに戻りますので…」

「貴女の名前を訊くまで、離さない」

「ひゃん!」


 ハートの目玉が飛び出て宙に浮く。


「そ、そんなぁ、手を離せないほど、あたくしのことが、気になるだなんて…!!」

「ええ。もっと仲を深めたく思ってます」

「えーー!? そんなそんなぁー! 仲をもっと深めたいだなんてぇー!」

「ですので」


 金の瞳が輝く。


「お名前を、お教えください」


 きらりと輝いた目を見た途端、また、あたしの視界がちかりと光った。


「んっ」


 ふらついて、倒れる前に、紳士に腰を支えられる。


「大丈夫ですか?」

「ご、ごめんなさい。また、あの、目眩が…」


 サリアに連絡しないと。


「でも、あの、ふふっ、すぐ戻りますから…」

「駄目」


 紳士の瞳が光る。


「離れないで」


 きらりと光る目を見たと思ったら、急に吐き気がしてきて、世界がぐるりと回って、紳士に倒れ込む。


「んっ…」

「おっと」


 紳士が微笑んだ。


「ご気分が優れないようですね」

「あ、あの、ちょっと、戻ります…」

「おかしいな」


 離れないでって言ったのに。


「まるで効いてない」


 目眩が起きるだけ。


「君は魔法使いじゃないの?」

「…魔法使い…?」

「くすす」


 紳士が上からあたしを抱きしめた。


「ね、教えて?」


 君は、


「魔法使い?」


 紳士の金の瞳が、またきらりと、光った気がした。瞬間、また目眩。


「うんんんっ……」


 足が震えて、動けなくなる。


「あの、えっと……」

「答えて。君は魔法使い?」

「お、面白い方ですね…」


 力を振り絞って、必死に装備した猫と猫にしがみつき、にっこり笑う。


「魔法使いは、絶滅したのですよ。ミスター」

「それはおかしい」

「歴史で勉強しましたもの」

「いいや?」


 紳士が笑った。


「いるよ」


 紳士があたしを抱きしめる。


「偉大な魔法使いは、存在している」


 だから、私はこの力が使える。


「君は魔法使いじゃないんだ?」


 それじゃあ、


「どうして効かないんだろう?」

「え…?」

「お嬢さん」


 紳士があたしに口を寄せた。


「キスをして」


 黄金の瞳がきらりと光る。


(ふわーーーーーーー!!!)


 あたしは目眩と性欲で頭がごちゃごちゃになる。


「そ、そんな、キスだなんて! まだお早いですわ! じゅるり!」

「おっと、やっぱりおかしいな」


 紳士が笑った。


「盗めない」


 くすすっと笑った。


「何度やっても効かない。これはまた、はて? どういうことかな?」

「い、いけませんわ。そんな。キスだなんて。キスはもう少し、その、仲良くなってからじゃないと…」

「どうして盗めない?」


 金の瞳がきらきら光る。お星さまのようにきらきら光る。そのたびに、あたしの視界がくらりと回る。


(あー……なんか……だめぇ………)


 くらくらしすぎて、ぼうっとしてきた。


「あの…ごめんなさい…。少し、疲れてしまったのかも…」

「おや、そうですか」


 紳士があたしの肩を抱いた。


「野暮用は?」

「目眩が酷いので、あの…、治まってから…」

「ええ。その方がいいでしょう」


 紳士があたしの顔を覗き込む。


「顔が青い」


 ぼうっと、紳士に見惚れる。


「外の空気を吸いに行きましょう」


 紳士の顔が近づく。


「ですが、その前に」


 金の瞳が光る。輝く。きらきら光る。頭がくらくらする。とてもとてもくらくらするだけ。


(これはやばい。疲れが溜まってるんだわ。あたし、初日から結構はしゃいでたもの)


「さあ、そろそろ本当に教えて」


 紳士の目が美しい。まるで月のような黄金色。


「君の名前を」

「……えっと……」


 あたしは頬を緩ます。


「あの……あたし……」


 ああ、くらくらする。くらくらして、くらくらして、頭がごちゃごちゃ。世界が回る。目が回る。紳士が暖かい。いい男。絶対離さない。でも、ああ、目眩が酷くなってきた。紳士の目を見ていると、目が回ってくる。


(誰か)


 誰でもいいわ。


(誰か)


倒れそう。


(ああ、駄目)


 助けて。足に、力が入らない。


(倒れ………)





 誰か、あたしを助けて。




「あ……………」




 視界が白くなった。




















「失礼」

















 紳士の胸が誰かに押された。


「ふへっ」


 誰かがあたしを胸に受け止めた。


「…んっ…」


 金髪の紳士とは別の誰かに抱きしめられる。黒と白のスーツジャケットに、白いパンツ。白い靴。高級感のある服装の、その人物。鷲であろう複雑なデザインの仮面をつけた『誰か』に、胸の中に閉じ込められる。


「レディが嫌がってる。しつこいのは感心しないな」


(………あ?)


 聞いたことのある無邪気な声が、金髪の紳士に放たれる。あたしは顔をしかめた。


「しつこいくらいがちょうどいいかと」


 紳士がスーツの皺を伸ばし、目の前にいる紳士に微笑む。


「女性は求められれば求められるほど、恋と愛に目覚めるものさ」


 その言葉を聞いた誰かが、くくっと笑った。


「この子には、まだ早いんじゃないか? 13歳だよ?」

「その子は、特別だ」

「へえ、特別ね」

「なので、レディをこちらへ」

「なんで?」

「これから二人きりの時間を過ごすと言った」

「ひと時の夢は終わった。残念。お別れの時間だ」

「そういうわけにはいかない。その子には興味があるんだ」

「駄目だよ」

「駄目?」

「駄目だよ」

「では、他のレディに」

「うん。そうして」

「いいえ。貴方が他のレディに行ってください」

「なんで?」

「そのレディは私を選んだ。貴方ではなく、私を」

「ああ、そいつは勘違いさせて悪かった。もうお前との時間は終わりで、これからは俺との時間なわけ。はい、おしまい」

「おしまいは貴方です。彼女をこちらへ」

「しつこい奴は嫌われるんだよ」

「貴方もしつこい」

「お前ほどじゃないさ」

「執着しているようだ」

「お前ほどじゃないさ」

「人の邪魔をしないでくれ。素敵なミスター」

「お前が邪魔をしているんだよ。美しいミスター」

「私が邪魔?」

「そうだよ」

「なぜ?」

「俺はこの子と話があるんだ」

「私もその子に話があるんだ」

「駄目だよ」

「なぜ?」

「この子は特別だからさ」

「ほーう」


 くすすっと、金髪の紳士が笑った。


「実に興味深い。実に深く、心の底から、その子に興味を持った。ぜひ連れて帰りたい。人形のように愛でて、話を聞きたい」

「人形みたいだと思うだろ? でもさ、油断するな。この子は見た目に寄らず、とても凶暴なんだよ」

「おやおや、親しい間柄で?」

「お前が入る隙間もないほどね」

「なるほど。相当その子を気に入っているようですね」

「まあね」

「尚更欲しくなりました。その子はとても珍しい。私の催眠に唯一かからなかった」

「へえ、そうなの。まあ、こいつならそんな気がしたよ」

「これは運命ですかね。もしもそうであれば、くすすっ。私の運命の相手となるな」


 唯一、私の魔法にかからない少女。


「お嫁さんにしろ、という、魔法使いからのお告げでしょうか?」

「あはは!」


 それは尚更、駄目だ。


「この子には既に結婚を約束している物凄く大切な人がいる。だからお前が出る幕はないよ」

「へえ、それでは、そうですね…」


 紳士は、にやりと微笑んだ。


「盗むしかないですね」


 キッドは、にやりと微笑んだ。


「させないよ」


 あたしをぎゅっと抱きしめて、


「俺の婚約者に手出しはさせない」


 そして、あたしを後ろに、ぽーいと投げ飛ばした。


「ふぎゃっ!!」


 体が倒れていくのを感じ、目を見開く。


(な、なんでキッドがイケメンに喧嘩売ってるわけ!?)


「テリー!」


 ぎゅっと、抱き止められる。顔を上げれば、リトルルビィがドレスを着るあたしを抱えていた。


「ルビィ!」


 じっと見下ろす。


「……あんた、重くないの?」

「え!? テリーが重いですって!?」


 何を馬鹿な!!


「まるで天使の羽が生えてるみたい! テリーは、天使なのね!」

「……重くないならいいわ」


 振り向く。


「なんでキッドがいるわけ?」

「テリー、大丈夫? あの悪党に変なことされなかった?」

「悪党?」


 あたしはもう一度、じっと見る。


(え?)


 金髪の紳士を見つめる。


「っ」


 あたしは息を呑む。人々がざわつく。リトルルビィがあたしを抱えたまま、二階に飛び乗り、ホールを見下ろした。


(ま、ま、まさか…!)


 キッドが仮面を外し、剣を抜く。金髪の紳士がジャケットを翻し、マントをなびかせた。姿を現す。金髪の紳士は、紳士ではなかった。


 彼こそ、怪盗パストリル。


(あ、あたし、パストリル様と踊ってたの!?)


 あたしは頬を押さえた。


(ぎゃああああああああ!! 手袋脱げば良かったぁぁあああ!!!)


 興奮からぎゅうううう!!! とリトルルビィに抱き着く。


「テリー、そんなに怖かったのね!」


 リトルルビィがあたしを抱きしめた。


「大丈夫よ! テリー! もう大丈夫だからね!」


(はあああ! 良い匂い! 手から良い匂いがする! くんくん! くんくん!!)


 あたしが目をハートにさせて手の匂いを嗅いでいる間に、パストリルが残念そうに、それでも余裕のある笑みを浮かべていた。


「残念です。見つかってしまいましたか」

「残念だったね。テリーと踊ったりなんかするからさ」

「テリー」


 はあ。なるほど。


「テリーの花」


 はあ。なるほど。


「なんて綺麗な名前なんだ。うっとりしてしまうような名前だ」


 訊いても、名乗ってくれなかったんだ。


「ありがとう。キッド殿下。おかげで、テリーの名前が分かった」

「分かったところで呼ばせないよ」


 テリーの名前を呼んでいいのは、


「婚約者である、この俺だけだ」


 そう言い放ち、お互いに目を見開いて、剣と、銃を、構え、足で、地面を蹴飛ばし、武器同士の花火が、舞うように飛んで、弾き始めた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ