第九話 私の思いと二人の思い
天使と悪魔が優しすぎる世界で
特別。例えば、恋人は誰かの特別。超能力はその人にしか出来ない特別。そんな特別を手に入れた人の大半は普通の生活を望むだろう。私もそうだった。でも、特別を失うとやっぱり怖かった。普通で良いんだって思ってたけど、現実はそうでもなかった。そして気付いた新しい特別。私はとてつもなく怖かった。
時間。植物や人が成長して、いつかは死んでしまうのは時間が流れてるから。どんなものにでも、平等で等しくやって来る死。言い換えれば、どんなものにでも、平等で等しく時間が流れているということだ。
「春香ちゃん?」
「なんですか?」
「その……ううん」
確信した。天使先輩はまだ気付いてないけど芽亜先輩はこのことに気付いている。さっき時間をスローにしたときに、芽亜先輩は凄く小さな変化で色々と感じ取ったんだ。そんなことが出来るって分かっても、やっぱり責めないんだ。普通じゃないし、先輩たちにも被害が及ぶかもしれないのに。それでも芽亜先輩は私に何も言って来ない。きっと芽亜先輩なりの気の使い方なんだ。
「私は今の一瞬一瞬が大事で宝物みたいなんです。戻ってくることも変えることも出来ないから大事なんですよ」
「……そうだね」
本音を言えばもっと先輩たちと一緒に居られるようにしたい。でも、それはダメだって何となく分かってる。私だけズルをして大事な人たちと一緒に居られても、芽亜先輩と天使先輩は私を許してはくれないだろう。
「そう言えば、芽亜先輩たちは卒業したら天界に帰っちゃうんですよね? それまでに何か忘れられないような思い出が作りたいです!」
何を言ってるのか分からないような顔をしている。あれ? 今のは私が変なことを言ったことになってるのかな? いつの日か忘れたけど、天使先輩たちは喧嘩があまりにも続くからって理由で天界から地上に来た。今でも仲良しなんだから、高校を卒業すれば帰るのが自然だ。
「ボクたちは大学に行くよ。天界からのゲートが安定するまで帰らないし」
「え? 大学?」
「私たちは別に天界に帰りたいとは思ってないんだ。友だちも出来たし、色々と楽しいことも見つけたから」
だったら私も先輩たちと同じ大学に行けば、今と同じように先輩たちと一緒に居られるのかな? でも、先輩たちは高校を卒業したら結婚するって言ってたし。やっぱり私が居ると邪魔になるよね。先輩たちが高校を卒業するまでの短い時間を大切にしよう。
「……ちょっとタイム」
芽亜先輩が天使先輩の手を引っ張って部屋の外へと出て行った。一人きりの静かな空間。花を咲かせられる特技はまだ帰って来ない。
私達の卒業が近付くにつれて春香ちゃんの口数が少なくなっている。考え事をしているというより悩み事の方が多いような気がする。私たちに相談出来ないってことは、私たちに関する事で悩んでるってことになる。
「どうしたの?」
「私たちが高校を卒業した後のこと、春香ちゃんが心配だなって」
「………」
「きっと春香ちゃんは私たちに気遣って、高校を卒業したら一緒に遊ぶことはなくなっちゃうと思う。それは嫌だから私は春香ちゃんを同じ大学に来るようにお願いしようと思って」
「ボクは良いと思うけど、わがままが過ぎない? 春香ちゃんに行きたい大学があったらどうするの?」
わがままだって分かってる。それでも私は、このまま悩み事を抱えた春香ちゃんをそのままにしておくことは出来ない。時間が掛かっても良いから春香ちゃんの悩み事を真っ直ぐに聞きたい。そのためには一緒に居る時間が少しでも良いから欲しい。
「っ………私は悪魔だから! そう言うの知らないっ!」
「それもそうだね。でも、春香ちゃんが本当に嫌がることをするなら天使として止めないといけないから」
「その時はお願いね」
あれから十分くらいは経ったけど、先輩たち遅いなぁ。私が来たことで何か不都合とか迷惑とか掛けちゃってるのかな? 先輩に誘われて来たけど、私にはそう言う配慮が欠けてる気がする。もう少し先輩を気遣える後輩にならないと。
「これ以上迷惑かけたくない………」
先輩たちが高校を卒業したらそこでこの関係は終わりにする。いつまでも先輩たちの間を邪魔にすることはしたくない。寂しいし悲しいけど、私の身勝手な考えでそんなことはしたくない。
「お待たせ!」
「あ、いえ……」
勢いよく扉を入って来た先輩たちはどこか様子がおかしい。なんて言うか、もの凄く眩しい視線を向けて来ている。夢と希望に満ちた瞳をしている。この十分間に何があってそうなったのかよく分かんない。
「春香ちゃん」
「はい」
「行きたい大学とか決まってないよね?」
「え? 決まって無いですけど……」
「じゃあさ、一緒の大学に――」
「ダメですっ!!」
何を言おうとしたのか分かった。だからこそ遮って止めた。最後まで聞いてしまうと私は断り切れなかったと思う。なんで先輩たちは私を気遣ってそんなことするの? そんなのダメだよ。芽亜先輩は天使先輩を幸せにしてあげないといけないのに。
「先輩たちとの関係は高校生までです。大学に行ったら二人で幸せになってください」
私は間違ったことを言ってない。なのに、先輩たちがそんなに寂しそうな顔をするからこっちが悪いみたいに感じる。どうしてこんなにも罪悪感に苛まれなきゃいけないんだろう。私はそんな顔が見たくて言ったんじゃない。でも、こうなるって心のどこかで分かってたのかも。
「ダメじゃない……」
「え?」
「ダメじゃないっ! 私たちが春香ちゃんと一緒に居たいからお願いしてるんだよ! 私は春香ちゃんが首を縦に振るまで諦めないから!」
芽亜先輩ってこんなわがままだっけ? そのわがままを私にぶつけてくれるのは正直言えば嬉しかった。先輩たちが私と一緒に居たいって思ってくれる気持ちもすごく嬉しかった。
「わがままですね」
「悪魔だもん。それくらいは許されなきゃ」
謎の説得力に心が揺らぎそうになる。そんな甘えた心を押し殺して冷静に対応する。
「私は二人で幸せになって欲しいんです。私を抜いた二人で」
「ボクたちは三人で幸せになりたいの。メアちゃんも春香ちゃんも笑顔で居て欲しいの」
「普通出来ないですよ。そんなこと」
「天使だもん」
この人たちは本当に悪魔と天使だ。一緒の大学に来て欲しいとか、私の思いも全部無視して言うわがままな悪魔だし。三人で幸せに暮らしたいとか、私が邪魔になるのは分かってるはずなのに。本当にこの天使と悪魔は融通の利かない人たちだ。