第八話 新たな発見
可愛いは暴力
陽が沈んで辺りは暗くなっている。街灯と月明かり以外の光が全くないのに芽亜先輩と天使先輩だけやけに輝いている。天使先輩に関してはスポットライトでも当たってるんじゃないかってくらい輝いている。芽亜先輩はそこまでじゃないけど、赤黒い瞳が輝いて見える。なんかよく分かんないけどカッコいい。
「………」
今日は満月で、空気が澄んでるから星も結構綺麗に見える。何かを話す訳でも無く、先輩たちがいつかは居なくなってしまうって事が分かってたから、こうして一緒に居られるのが嬉しくて。やっぱり高校を卒業したら天界に帰っちゃうのかな? 先輩たちにはずっと一緒に居て欲しい。
ただの人間と天使と悪魔。普通に考えたら人間の寿命の方が遥かに早く尽きてしまう。生き急ぐ気は全くないけど、この一瞬一瞬が一生の思い出。
「くつろいでくれて良いよ」
先輩たちの家に着いて何をするでもなくそわそわしながら辺りを見渡してみる。特にやることもなく、先輩たちはキッチンで色々としてくれてるから手伝おうとしたらお客さんだからって手伝わせてもらえなかった。こういう時は何をすれば良いんだろう?
「あ」
偶然にもテレビでオカルト特集がやっていた。私は未来人ですとか俺は超能力者だとか。この番組はいかにも嘘っぽい。超能力者なんて居る訳ないなんて思ってみるけど心当たりが一人いるから中途半端に否定出来なかった。
他にも、私は悪魔の王のルシファーだとか天使の王だとか。
「お待たせ! もうちょっとでご飯出来るから待っててね」
「天使先輩、テレビに悪魔の王と天使の王が出てるんですけど本物ですか?」
先輩がテレビをまじまじと見つめた後、すごく驚いたような表情で首を縦に振った。
「うん。ほら、ここに座ってる」
天使先輩が指を差したのは観客席の後ろの方に座ってるパッとしない人だった。
「その隣が悪魔の王だよ」
どっちもパッとしない冴えないサラリーマンみたいな見た目をしている。そもそもそんな簡単に悪魔と天使が来ても良いのかな? いやその前に。
「この人らじゃないんかい」
偶然過ぎるでしょ。だって悪魔の王と天使の王を名乗ってる人を悪魔の王と天使の王が眺めてるってことでしょ? いやカオスすぎる。まさしく混沌。
天使の王と悪魔の王は今にも倒れてしまいそうなくらいお腹を抱えて笑ってるし。そりゃこのクオリティを本人が見たら笑ってしまうのも無理はない。
「そんな簡単に王が二人も来て良いんですか?」
「うん。この人たち特に仕事しないから」
「何見てるの?」
キッチンから戻って来たエプロン姿の芽亜先輩。思わずハートが破裂しそうになったのをグッと堪えて鼻血だけで抑えることが出来た。
「あれ? また地上に来てるんだ」
「本当にこの人たち仕事しないからね」
天界の二大トップって人間からすれば普通に怖い。けど二人からすれば仕事をしないおじさん扱いだし。どうなのかな? やっぱり王だから先輩たちよりもずっと凄いのかな。
「凄く優しくて強いんだけど、二人とも遊びを優先して仕事をしようとしないんだ」
天使先輩はため息を吐きながら言った。日本じゃ一瞬で首になるレベルだって事が分かった。
「そろそろご飯食べよっか」
芽亜先輩に料理を振舞ったことはあるけど、芽亜先輩の手料理を食べるのは初めてだ。学生には買えないような海鮮てんこ盛りの鍋が運ばれて来た。ちょくちょく思ってたけど、先輩たちはお金持ちだ。
「その婚約指輪っていくらくらいしたんですか? 失礼なのは承知ですけど聞いておきたくて」
「これ? 二つで二十五万」
「ん?」
至って普通であるかのような言い方をする天使先輩と一瞬で動きが固まった芽亜先輩。
「これ……十二万もするの?」
「本当はもっと高いのが欲しかったんだけどね。メアちゃんに送るものだし」
「もっと自分の為にお金使ってよ!」
「ボクはメアちゃんが喜んでくれたらそれで良いんだよ。それがボクの為になるんだ」
本当に天使みたいなことを言う先輩だな。まるで天使みたいだ。
「本当に天使なんだって」
「口に出てました。すいません」
なんて他愛もない話をしながら料理を口に運んだ。なんでここまで美味しく作れるのかは謎だけど、芽亜先輩の手料理を食べれた今、死んでしまっても悔いはない。多分死んでも芽亜先輩や天使先輩が迎えに来てくれるんだろうけど。
「美味しいですっ! 隠し味とか入ってるんですか?」
「隠し味はないよ。出汁を取って味を調えるだけだからね。あ、あと愛情も」
手でハートを作りながらウィンクをする芽亜先輩を見た瞬間に、天使先輩と同じタイミングで倒れた。勢いよく床に頭を打って痛かったけど、今の芽亜先輩の可愛さが尋常じゃなかった。
「ボクの彼女が可愛すぎて辛い……」
「独り占めはズルいですよ……」
今まで出逢ったどんなアイドルよりも可愛かった。なんかよく分かんないけど泣きそう。感極まってる。学校に居る星月さんもアイドルしてるけど、私の推しは今後も芽亜先輩だけだから。
「そう言えば星月さんのプロデューサーがたまに学校に来ますけどスカウトとかされないんですか?」
「あ~スカウトはされるんだけど、メアちゃんに助けてもらってるんだ。輝夜ちゃんのプロデューサーは色んな意味で人間離れしてるから」
「そうそう。今でもデュエットとしてアイドルに誘われてるけど断ってるんだよね」
私はプロデューサーの人と気が合いそうだ。プロデューサーを名乗るなら当然のことだし、二人の可愛さや綺麗さは私が保証できる。
「そう言えばずっと気になってることがあって」
「何ですか?」
芽亜先輩がカバンから出した花の付いたヘアピン。たしか私が芽亜先輩に咲かせたものだ。
「春香ちゃんが花を咲かせられなくなって結構経つけど、この花は枯れないんだね」
「言われてみれば」
私には花を咲かせる力は残ってないはず。なのに今でも先輩の持つヘアピンに花が咲き続けている。もしかしたら私にもまだ力が残ってるのかな?
「~~~っ……やっぱりダメ」
「あ、ちょっと待ってて!」
天使先輩がベランダから持って来たのはプチトマトの家庭菜園キットだ。
「これの成長を早めるのって出来る?」
「それくらいなら」
花を咲かせることは出来ないけど、植物の成長速度を変えることくらいなら今でも出来る。あれ? いや、まさかね。でも………
手を伸ばして植物の成長速度を変えるように力を使う。
「やっぱり……」
私が今まで花を咲かせていたのとは別の力。今まで植物の成長速度を変えてたんだと思ったけど違った。私はモノに流れてる時間を変えてたんだ。
こうして私が何もない宙に手をかざして同じようにしてみると、私以外の時間の進み方が極端にスローになっている。ってことは、私が誰かに触れて同じようにすると、その人の年の取り方まで変えられるんだ。怖っ!? むやみやたらに力を使うのはやめよう。
「プチトマトだ! 一瞬で出来てる!」
喜ぶ天使先輩とこっちをじっと見つめて特にリアクションをしない芽亜先輩。
「どうしたんですか?」
「あ、ううん。何でもないよ」
少し様子のおかしな芽亜先輩。どことなく私に対して何か疑問を抱いてるような感じがする。多分考えすぎだと思うけど。