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天使と悪魔に花束を添えて  作者: v私立桜咲学園文芸部
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第六話  諦めきれない恋心と強く咲き誇る花

思いは遥かに高く強く

   第六話  諦めきれない恋心と強く咲き誇る花


 楓が本気で叱ってくれたあの日から長い時間が過ぎた。芽亜先輩に本気で気持ちを伝えるために私に何が出来るかを必死に考えていた私からすれば短かった。

 芽亜先輩たちが三年生になって桜が満開になる季節。私の髪もポニーテールにして伸ばし続けている。あの日、私が先輩たちの前から走り去った日から先輩たちとは会っていない。先輩は私を心配して教室に来てくださったりするけど、その度に楓に屋上へとテレポートしてもらっている。私はまだ芽亜先輩への気持ちを伝える準備が出来ていない。


「この花と、これと……」


 花に詳しい私でも、世界には知らない花はたくさんある。図書室にある図鑑を開いて花の知識を頭に叩き込んだ。私が気持ちを伝える日は卒業式の日だって決めたから。それまで一年しか時間が無い。私は何に対しても本気で取り組むようにした。学力テストも絶対にトップを取るほど勉強したし、誰からも頼りにされるほど責任感を持つようにした。全ては今までの自分を変えるため。先輩たちに胸を張って気持ちを伝えるため。


「春香、先輩たち来てるよ」


「ごめん、またお願いして良い?」


「分かった」


 桜が散って木々が緑に染まっても、セミが鳴き始めて肌を焼くような暑さになっても私は手を抜くことをしなかった。学校の生徒会長へと立候補して、今の姿を先輩たちに見てもらうために演説も頑張った。結果から言うと私の努力は実を結んだ。そして、夏休みに入る直前の終業式の日に先輩たちは私の前に現れた。


「久しぶりだね。春香ちゃん」


「お久しぶりです……」


 先輩たちと話すのは久しぶりだ。前みたいに緊張してオドオドしてしまうことは無くなった。芽亜先輩の気持ちは未だに変わってないし、それどころか恋心は月日が経つ毎に強さを増していた。


「髪伸びたね」


「天使先輩は短くなりましたね」


 腰まで伸びていた綺麗な髪は芽亜先輩と同じくらいまで短くなっていた。ずっと会ってなくても、前みたいに接してくれる先輩たちは本当に良い人だ。


「元気にしてる?」


「ええ、御覧のとおり」


「変わったよね。春香ちゃん」


「はい。変わりました」


 体調を気にしてくれる天使先輩も変化に気付いてくれる芽亜先輩も相変わらずで安心した。変わってしまったのは私だけなんだ。


「生徒会の仕事があるので私はもう行きますね。あ、それと」


 生徒会には持ち物検査の連絡が事前に入ってくる。ピアスや指輪、ネックレスなどの装飾品は没収されることになっている。


「私が今から言うことは独り言なので聞き流してください。今日持ち物検査あるから大事なものはカバンに入れておかないと取られちゃうなぁ」


「……ありがと」


 小さく手を振る芽亜先輩に頭を下げてその場を後にした。ずっと会ってなくても変わらない姿に安心したと同時に、タイムリミットが近づいていることを再び感じた。


「もう少しだから、もう少し……」


 卒業式まで約半年。万全の状態で気持ちを伝えるには準備と技術が足りない。もっと頑張らないと、初めて一目惚れした先輩への全力の恩返しのためにも。

 そして迎えた夏休み。私は学校で生徒会の仕事をこなしつつ空き教室で花を咲かせる練習をしていた。楓の予定が開いてる時は毎回呼び出してアドバイスを貰うことにしていた。


「結構上手くなったじゃん。もう少し派手にした方が良いと思う」


「やってみる」


 卒業式の日に、空き教室に芽亜先輩を呼んで私の気持ちを聞いてもらうんだ。その時に空き教室一面を綺麗な花でいっぱいにする。その演出の練習は人に見てもらわないと、どこがダメでどこが良いか分からない。

 夏休みが明ける頃には感情で花が咲いたりすることはなくなっていて、しっかりとコントロール出来るようになっていた。


「もう一年が経ったんだ」


 今でもあの時のことを思い出したりする。あの日、芽亜先輩に助けられて一目惚れしてから一年が経った。あの時の私は臆病で気分の浮き沈みが激しかったけど、今は自分の気持ちと向き合えるようになったから前みたいなことは無くなった。


「春香ちゃん!」


 お昼休み、屋上へと向かおうとすると芽亜先輩に呼び止められた。


「何ですか?」


「今日の放課後、予定ある?」


「いえ、今日は無いです」


「一緒に遊びに行こ!」


 あの日と同じ笑顔で私を誘ってくれた。懐かしい感覚に少し笑みがこぼれた。あの日と同じで飛び上がるほど嬉しいことには変わりはなくて、私の気持ちに芽亜先輩への気持ちが色褪せていないことを実感出来た。


「天使先輩と二人で行けば良いじゃないですか」


「ボクは三人で行きたいの! ねっ?」


「……分かりました」


 授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、あの日と同じ場所で先輩たちと集合した。


「お待たせしました」


「ボクたちも今来たところだよ!」


「行こっか!」


 先輩たちとショッピングモールへと向かった。あの日は芽亜先輩のことを知りたくて、必死に観察しようとしてたのに次から次へとトラブルが起きて邪魔され続けたっけ。今日こそは何も起きないで欲しい。


「私あっち見に行くね!」


「お供します」


 あの日と同じで服を選ぶのが苦手な先輩はきっと時間をかけても結局買わずに帰ってしまうことになるだろう。


「これと、これと……これとかどうですか?」


「似合うかな? 可愛い服とか分からないし」


「先輩なら何を着ても似合いますよ」


「ありがと、試着してくるね!」


 先輩が試着室へと向かった直後、ものすごく大きな音が鳴り響いた。男の怒鳴り声も聞こ

えてくる。


「金出せや!」


 私がこうして芽亜先輩たちと遊びに来るとトラブルに巻き込まれるのはなぜなんだろう? 誰かが仕組んだみたいに高確率でトラブルが私の邪魔をしてくる。


「どうしたの!?」


「芽亜先輩は服の試着をしててください」


「でもっ!」


「あの頃は先輩に助けられましたけど、今度は私の番です」


 芽亜先輩に試着室へと戻るように促して店から出た。覆面を被った大柄な男が散弾銃を天井に発砲して威嚇している。


「はよ金出せや!」


「なんで私が先輩たちと遊びに来るとトラブルが起きるんですかね?」


「なんじゃお前!? 邪魔じゃ!」


「邪魔はお前だ。ば~か」


「んやと!? 撃ち殺したる!」


 銃口を構えて威嚇する姿が必死過ぎて哀れに思えた。多分この男は本気で撃つだろう。それでも別に良いけど。


「はいはい。勝手にどうぞ」


 男が引き金を引いた瞬間、散弾銃は爆発と共に粉々になった。私が銃口に花を限界まで詰めてるんだから弾詰まりで銃は使い物にならなくなる。男は怒り狂って覆面を脱ぎ捨てた。私はそいつの顔に見覚えがあった。


「おら! こいつがどうなっても良いんか!?」


「え? 何かの撮影?」


 天使先輩の頭にナイフを向けて威嚇している。可哀想なことに選ぶ相手が悪過ぎた。


「そいつ芽亜先輩のことブスって言ったんですよ。酷くないですか?」


「殺す」


 男が持ってたナイフに頭突きをすると、ナイフと共に男の手の骨も粉々になったみたいだ。その光景に男は失神してしまい、動かなくなってしまった。


「ご協力して頂きありがとうございました」


「ううん。怪我してない?」


「私は大丈夫です」


 倒れた男の処理は他の人がやってくれるだろうから急いで芽亜先輩の元へと戻らないと。私の選んだ服を着てくださる芽亜先輩の姿を見れなくなる。


「天使先輩も見に来ますか?」


「何を?」


「芽亜先輩の試着会です」


「行くっ!」


 人混みをかき分けて芽亜先輩の居るお店の試着室に向かった。幸いそこには芽亜先輩の靴がまだあった。


「芽亜先輩、お待たせしました」


「春香ちゃん? 大丈夫だった?」


「はい」


 私が選んだ服を華麗に着こなす芽亜先輩。やっぱり何を着ても絶対似合うって言いきれる自信が私にはある。かっこよさと可愛さを兼ね備えた芽亜先輩はどんな服を着ても似合ってしまうし、ダサい服を選んでもオシャレになってしまう。


「君、センスあるね」


「知ってます」


 天使先輩と食い入るように芽亜先輩を見つめていた。この目に焼き付けるように、絶対に忘れないように。


「は、恥ずかしい……」


 気が付けば顔を真っ赤にして恥ずかしがる芽亜先輩の姿があった。これはすごくレアな状況なんじゃないか? 何でも完璧にこなす先輩が照れる姿は可愛すぎる。ギャップ萌えとか言うやつだ。


「メアちゃん可愛いでしょ」


「知ってます」


 芽亜先輩に他の服を着るようにお願いしたら少し恥ずかしそうに了承してくれた。服を着替えてる間、天使先輩とひたすらに芽亜先輩のどこが可愛いかを語り合っていた。


「やっぱり可愛いよね」


「はい。何をしてても可愛いです」


「だよね! 君、分かってるね!」


「当たり前です」


 ずっと話をしていると十分ぐらいが経った。芽亜先輩は一向に出てこないし物音一つしない。それもそうだ、私が渡した服は初めて見た人なら着方が分からずに戸惑ってしまうような服だ。


「メアちゃん遅いね」


「はい。少し心配ですね、カーテンを開けて確認してあげてください」


「分かった!」


 勢いよくカーテンを開いたと同時に響く芽亜先輩の悲鳴。勢いよく放たれた拳は天使先輩のお腹にクリティカルヒットした。すごく痛そうにうずくまってる天使先輩に声を掛けた。


「痛そうですね」


「君、分かってたでしょ……」


「はい。分かってました」


 ここで動けなくなったら他のお客さんにも芽亜先輩にも迷惑になるから足を引きずってお店の前にある椅子まで運んで座らせること無く放置しておいた。これだけだと天使先輩が変な目で見られてしまうから菊の花を数本飾っておいた。

 芽亜先輩に服の着方を教えてあげるためにその場を後にして試着室へと戻った。


「服、どうですか?」


「う~ん、これってどうやって着るのか分からなくて」


「どれですか?」


「これ、入ってきて良いよ」


「じゃあ、失礼しま――」


 入ろうとした瞬間、足首を天使先輩にがっしりと掴まれた。言葉じゃ言い表せないほど必死な顔をしている。そんな顔をした人を痛めつけるのは心苦しいけど、天使先輩でも今の状況を邪魔することは許せない。


「うわっ!? 何これ!?」


 両手両足をつるバラで縛り付けて身動きを取れなくした。動く度に棘が食い込むから自力で解くことは出来ない。悔しそうな天使先輩の姿を眺めてから芽亜先輩が居る試着室へと入った。

 芽亜先輩から服を受け取って着る手順を一から教えた。今まで着ていたどの服よりも似合っていた。


「似合ってますよ」


「そうかな? ありがと」


 喜ぶ芽亜先輩の姿をしばらく見てから試着室を出た。必死に解こうともがいている天使先輩のつるを枯れさせて手足を解いてあげた。


「酷いよ! 君!」


「すいません。今なら入れますよ」


「メアちゃん!」


 勢いよく開かれたカーテンの中からさっきと同じく芽亜先輩の悲鳴が聞こえた後に拳が飛んできて天使先輩のお腹を抉るように当たった。さっきと全く一緒の光景には少し笑えた。


「うぅっ……」


「うわぁ、大丈夫ですか?」


 試着した服を抱えて芽亜先輩が試着室から出てきて倒れた天使先輩を横目に服をレジへと持って行った。私は倒れて動かなくなった天使先輩を抱えて芽亜先輩の後ろを歩いた。


「ありがとね、服を選ぶの苦手だから助かったよ」


「いえいえ、今日は誘って頂いてありがとうございました」


 先輩たちに別れを告げて帰ろうとすると芽亜先輩に腕を掴まれた。


「どうしたんですか?」


「また、三人で遊びに来ようね!」


「……考えておきます」


 芽亜先輩たちにとって私は邪魔なはずだ。あの二人は私に気を使って誘ってくれてるだけだろう。先輩たちは本当に優しいから。


「ただいま」


「おかえり。あれ? 花は?」


「ん? 花?」


 髪飾りを触ると花が咲いていなかった。今までずっと咲いてたから咲かなかったことなんて一度も無かったのに。


「疲れてるだけだと思う」


 自分の部屋に戻ってベッドへと飛び込んだ。卒業式までの時間が近づいているから休憩してる暇なんてない。少しでも花を咲かせる練習をしないと。


「……あれ?」


 何度イメージをしても花が咲かない。直接壁に触れてイメージを送っても花が咲かなかった。今までずっと努力してたのに、急に何もかもを失ってしまった私は力なく床に膝をついた。


「…………」


 悔しかった。今までずっと努力してきた。長い時間を費やして色々考えて頑張って来たのに、こんなにあっさりと無くなってしまうなんて。やっぱりこの能力は私を苦しめないと気が済まないみたいだ。

 力なくベッドに飛び込んだ。止めどなく流れ続ける涙は私が本気で頑張っていた証だ。

その日から私は抜け殻のようになってしまった。ごめん楓。ごめんなさい先輩。


「春香、大丈夫?」


「え? うん! いつも通りだよ!」


 花が咲かなくなって一か月。私は何も出来ない自分に嫌気がさして、今まで続けてた勉強も生徒会の仕事もやる気をなくしてしまった。


「でも……」



「大丈夫だって言ってるじゃん! それ以上言わないで!」



 大丈夫じゃないことぐらい自分が一番知っている。何の解決策も私には思い付かないから、どうすることも出来ずに時間を無駄にしていた。あの力を失った私は普通に戻った訳じゃない。普通よりも悪くなっていた。察しの良い先輩たちは私の元へと心配しに来てくれたけど、その度に造花で誤魔化していた。力を失った私には興味なんて無いはずだ。先輩たちが私に興味が無くなって離れて行くかも知れない恐怖が胸を締め付けていた。


「ごめん……本当に大丈夫だから」


 最近は何も無いのに涙が流れるようになった。悲しい訳じゃないし苦しい訳じゃない。無意識に涙が止まらなくなった。


「あれ……? また」


 休み時間、屋上でお弁当を食べていると不意に流れだす涙。原因が分からなかったし、お母さんが心配すると思って相談していなかった。


「あ、居た!」


 天使先輩の声が聞こえて急いで涙を拭った。無理やり笑顔を作って先輩たちに心配を掛けないようにした。


「一緒にお昼食べよ!」


「良いですよ」


 芽亜先輩たちとお昼を食べるのは久しぶりだ。あの時と違って、今の私には楽しくお弁当を食べる余裕なんて無かった。今も流れそうになる涙を止めるために必死に堪えている。


「最近は屋上で食べてるの?」


「はい……」


「教室に行っても居ないから探したよ」


「すいません……」


 ダメだ。普通に話そうとしても声が震えてしまう。涙を止めるのも限界が近づいていた。


「芽亜先輩……?」


「私たちは春香ちゃんが何を考えてるか分かるよ」


 急に立ち上がって私の頭を抱きしめながらそう言った芽亜先輩。


「悪魔と天使だからですか?」


「ううん。違う」


 天使先輩も私を抱きしめて言った。そんな優しくしないで欲しい。今そんな言葉を掛けられたら私……


「どうしたんですか? 先輩たち変ですよ?」


「頑張ったよね。無理してたよね。大丈夫、私たちはどんな春香ちゃんでも大切な友だちだよ」


「そんなこと……言わないでください……」


 今までの努力も悲しみも辛さも、全てを肯定されたように思えた。私の頑張りを認めてもらえたんだ。今まで必死に変わろうとしていた私を気遣ってくれたんだ。

 先輩たちが私を抱きしめてそんなこと言うから、せっかく泣くのを我慢してたのに、我慢してた涙が溢れ出て周りに人が居るのに大きな声で泣いてしまった。私が落ち着くまで、先輩たちは私を抱きしめ続けてくれた。


「もう……大丈夫です」


 落ち着いたあと、よく分からない気恥しさに襲われた。どんな顔して先輩たちにお礼を言うのが正解なんだろう?


「何かあったらすぐにボクたちに相談するんだよ」


 叱り付けるように天使先輩が少し怒った顔をして私に言った。先輩たちの優しさに心の底から安心出来た。今まで抑えていたものが一気に飛び出るように笑いが止まらなかった。


「春香ちゃん?」


「先輩たちには敵いませんね!」


「ボクたちは先輩だからね!」


 心が軽くなった。無理して作っていた今までの自分は先輩に受け入れてもらいたかったからで、そんな私も前の私も認めてくれた先輩の前では無理に偽ることをしなくても良かったんだ。


「芽亜先輩、天使先輩! ありがとうございましたっ!」


 教室へと急いで戻った。今までの無駄にしてしまった一か月を取り戻さないといけない。無理に偽らなくて良い。私は今の私を精一杯頑張れば良いんだ。


「元気出て良かったね」


「ボクのおかげだね!」


「そうだね」


 屋上で笑う天使と悪魔。二人が私に教えてくれたことは私を助けてくれる大切なことばかりだ。別れが近づいて来ている寂しさもあるけど、いつか来るその時のために全部初めからやり直そう。力が無い普通の私として。


「なんか、スッキリしたね」


「そうかな? 心覗いたでしょ」


「分かった?」


「ダメだよ! それはズルい!」


「冗談だよ」


 いつ以来だろう心の底から笑って話せるの。すごく懐かしい感じがした。

 この日から私は無理をすることも自分を殺すことも止めた。勉強もトップを取る事よりも楽しくすることを心掛けたし生徒会長としての仕事も生徒会に所属している他の子と仲良くやるようにした。先輩たちの誘いも内心迷惑を掛けてるんじゃないかって思ったけど、考えるだけ無駄な気がしてきた。断ろうとしても天使先輩は断るという選択肢を壊してしまうからだ。

 月日が経つのは本当に早かった。頑張って変わろうとしてた時よりも、先輩たちに慰めてもらってからの楽しい日々の方が早く感じた。


「寒い……」


 冬休みに入った。雪が舞い散るクリスマスイブ。天使先輩たちはいつも通り私を誘ってきたけど断った。特別な日ぐらいは二人で遊びに行って欲しい。

 どうして私が一人で外に居るかって言うと、私は街中に居る幸せそうなカップルを見るのが大好きだから。正しく言うと、幸せそうに笑っている人が好きだから。イルミネーションのクリスマスツリーの根元にある椅子に座って眺めていた。


「あれ? お姉さん一人?」


「俺たちと遊ぼうよ!」


 幸せそうなカップルだけでなく頭の中がお花畑の幸せそうなお兄さんたちが絡んで来た。去年までこんなこと無かったのに、生き辛い世の中になったものだ。


「遠慮しときます」


「は? んなことどうでも良いから来いよ!」


 腕を掴まれて引っ張られそうになった。つるバラを咲かせて痛めつけようとしたけど私には花を咲かせる力が無いことを忘れていた。


「おらっ! 来い!」


「っ……」


 マズいな。これは俗に言う絶体絶命のピンチってやつじゃないか。私にまだ力が残ってたらこんな奴ら一瞬で倒せるのに。武器と呼べるものも無いし、こんな状況から人を助けようとするもの好きも居ない。


「俺らの後輩に何か用か?」


「あ、イケメン先輩たち!」


「その呼ばれ方は恥ずかしいかな」


 芽亜先輩たちと仲良さそうに話していた先輩たちが話しかけてくれた。見た目的には先輩たちが負けそうって言うか、赤い髪の先輩は強そうだけど青い髪の先輩は少し華奢な体格だ。


「強、僕が何とかするからこの子に飛び火が移らないように守ってあげて」


「おうっ!」


 青い髪の先輩一人に対して相手は三人。体格的にも勝ち目は絶対にないように見えるしこれは止めた方が良いかな。


「止めといた方が……」


「煉なら大丈夫だ。見てたら分かる」


 止めようとした私を逆に止める赤髪の先輩。この先輩は青髪の先輩をかなり信頼してるんだろう。


「人を裁くのは閻魔の仕事だからね」


「あ? 何言ってんの? お前――」


 怖いお兄さんが言い終わる直前、一人のお兄さんが言葉通りぶん投げられて他のお兄さんたちをなぎ倒しながら飛んで行った。この人の華奢な体のどこにそんな力があるんだろ?


「助かりました。ありがとうございます」


「良いよ。今の時間帯は女の子が一人で歩いてたら危ないから気を付けてね」


「ありがとうございました」


 先輩たちを見送った後、改めて自分の置かれている現状を理解した。周りの人たちと一緒の力しかないから変な奴に絡まれたら、とてつもなく危険だということだ。それに、最近私の周りでトラブルが増えてる気がする。


「…………」


 街中の騒がしい雰囲気と違って、雪は音もなく降り積もっていく。やっぱり寂しく感じてしまうけど、今はそう言うのを考えるのは無しにしよう。


「見飽きた」


 一本の光る木を眺め続けても暇なだけだ。別のイルミネーションを見てから帰ることにした。今日みたいな特別な日の夜に外に出かけるのが大好きで、夜に外を出歩いても明るいし人が多いから歩いていて楽しい。こんな日は友だちとバッタリ出会うことも多い。


「あ」

「あ」


 ショッピングモールで痛めつけた男とバッチリ目が合った。見なかったことにして立ち去ろうとした瞬間。


「待てや!」


 追いかけて来た。もの凄い鬼の形相で。この人混みの中で出会うとか運が悪すぎる。運命かよ。


「逃げないと殺される気がする!」


 人混みをかき分けて必死に逃げた。それでもあの男は懲りずに私を追いかけ続けた。相手は男の人で大人だ。体力だって向こうの方がある。だからなるべく人混みを選んでるのに、全然隠れることが出来ない。どうしようさっきとは比較にならない絶体絶命だ。


「あれ? 君も来てたんだ!」


「あ! 天使先輩!」


 天使先輩が私に話しかけてくれた。私が説明するよりも先に事情を察した天使先輩は私の前に立って男を睨んでた。男は一瞬怯んだけど一直線にこっちへ走って来た。


「死ねや!」


 男はナイフを取り出して天使先輩に襲い掛かった。天使先輩は当たりを見渡してから男の顎にアッパーを食らわせた。男は天高く打ち上げられて見えなくなった。


「大丈夫?」


「はい、助かりました。ありがとうございます」


 今日はいつもと比較にならないぐらいトラブルが多い。もっと平和な街だと思ってたけど私の勘違いだったのかも。いや、一つだけ心当たりがある。


「花のお守り……」


 私には常に花が持つ花言葉が具現化したような加護が付いていた。でも、今じゃ花すら咲かせることが出来ないから加護が消えてるんだ。だとしたら花の無い私は運が無さすぎる。


「ボクたちと一緒に行く?」


「いえ、結構です」


「私からもお願いするよ」


「分かりました。お供します」


 芽亜先輩にお願いされたら仕方がない。芽亜先輩のお願いを断るのは失礼極まりないし。


「あれ? 春香も居たんだ?」


「楓? なんでここに居るの?」


「なんか先輩たちに捕まっちゃった」


 なるほど。楓の能力も先輩たちにはお見通しだったって訳か。流石先輩たちだ。


「違う違う」


「違うの?」


「人気のない場所にテレポートしたら羽の生えた先輩たちに遭遇しちゃって」


 先輩たちには羽があるから飛んで来たんだ。そこで楓がタイミング悪く出会ってしまったという訳だ。


「そう言うこと!」


「心覗かないで!」


 楓は興味津々に先輩たちを眺めている。地球外から飛んで来た乗り物を眺める研究者みたいな顔をしている。先輩たちは首を傾げて楓を見ている。未知なるものと遭遇した時みたいに。


「力? 人より強いですよ」


 先輩たちが一言も発していないのに楓は先輩たちと話しているかのように話し始めた。


「え? テレパス? でもボク何もしてないし……」


「私も何もしてないよ?」


 困惑している先輩たちを放置するかのように楓は続けて言った。


「腕相撲ですか? 良いですよ!」


「え? なんで?」


 芽亜先輩が困惑している。楓の場合はテレパシーとして飛ばさなくても心を覗けば何を考えているのか分かるから先輩たちが困惑するのも分かる。


「なるほど、鬼の先輩が居るんですね!」


 一瞬楓の姿が消えて再び現れた時には赤髪の先輩と青髪の先輩が居た。二人の先輩たちは芽亜先輩たちより困惑してるし。状況が掴めてないみたいだ。せめて説明してから連れてこないと失礼だし迷惑だろう。


「と言う訳で、お願いします」


「何を?」


「腕相撲です。こちらの悪魔先輩が見てみたいって心の中で言ってたんで」


 ありがた迷惑すぎる。勝手に心を読んで許可なく連れてくるなんて果てしなくマイペースだ。


「待って待って! 止めた方が……」


「これで勝ったらケーキ奢ってくださいよ」


 芽亜先輩の止める言葉も聞かずに腕相撲をしようとする楓と何故かやる気の赤髪先輩。こんな人通りの多い所でやることじゃない。

どこからともなく机が現れた。芽亜先輩はまるで腕相撲で酷い目に遭ったかのような止め方をしている。


「よ~いっ! どんっ!」


決着は一瞬で決まった。赤髪先輩の体が地面に叩き付けられて大きくバウンドしていた。私を含めた周りの先輩たちは目を大きく見開いて驚いていた。どんなリアクションするのが正解なのか分からない。


「え? 私が本気出しても勝てなかった強くんが一瞬で……」


 なんか芽亜先輩すごく落ち込んでるし。見てて可哀想になってくるくらい落ち込んでるし。赤髪先輩は仰向けになりながら男泣きしてるし。街行く人はこっちを見ながら過ぎ去っていくし。


「帰ろ」


 動けなくなっている先輩たちを放置して私は家に帰った。今日は温かくして寝ないと。部屋の中でも外と変わらないぐらい寒いから風を引いたら嫌だし。

 その日の夜、私は不思議な夢を見た。真っ暗闇の中、私が両手を広げると一面がダイヤモンドや金で出来た花が咲き誇り真っ暗な空間を明るく照らす夢を。月に二回ぐらいのペースで見る忘れない夢だ。花を咲かせる能力に対して未練が残ってるからこんな夢見るんだろう。


「嫌な夢だな」


 目が覚めた私はいつも通り朝の身支度をした。もしかしたらと思って花を咲かせようとしたけど花が咲くことは無かった。今の私は普通なんだ。なんの変哲も秀でた才能もないただの一般人なんだ。あれほど憧れてた普通もなってみると少し悲しくなる。隣の芝生は青いって事か。

 外は雪が舞い落ちていた。ホワイトクリスマスは予定もなく家で一人ぼっちだ。そもそも私はクリスマスに対して特別な感情とかは持ってない。少し街中が賑やかになって木が光るだけだ。本音を言えば特別な人と一緒に居たいって思いは私にだってある。私には一緒に居られる特別な人が居ないってだけだ。


「あれ?」


 インターホンが鳴った。クリスマスの日に誰かが来るなんて珍しいな。宅配便か何かかと思った私はパジャマ姿で玄関を開けた。


「やっほ~」


 勢いよく扉を閉めた。天使先輩と芽亜先輩が扉の前に居たからだ。先輩たちだって分かってたら服を着替えてでたのに、今世紀最大の失敗をしてしまった。


「ちょっと待ってください!」


 急いで服を着替えて扉を開けると一人増えていた。


「なんか増えてる」


「その言い方酷くない?」


 楓も先輩たちと一緒に居た。さっきは居なかったからテレポートしてきたら先輩たちと鉢合わせになった昨日と同じ感じなんだろうな。


「どうしたんですか?」


「クリスマスだしパーティーでもしたいなって思って」


「天使先輩は二人でやれば良いじゃないですか」


「多い方が楽しいでしょ?」


「部屋の用意してくるんで待っててください」


 部屋に戻って見られて困るものが無いか確認してクッションを人数分用意していた。一応人をもてなせる状況になったから先輩たちを呼ぶために玄関を開けると人が増えていた。


「僕たち呼ばれて来たんだけど迷惑じゃないかな?」


「……大丈夫です。上がってください」


 一人ぼっちの寂しいクリスマスが一気に明るく騒がしいクリスマスへと変わってしまった。何とも言えない複雑な感情が心の中を埋め尽くした。

 別に来てもらっても大丈夫なんだけどケーキを始めとしたパーティーの用意を一切してなかった。文芸部の先輩は呼んでないんだ。


「ケーキもゲームも無いですよ?」


「ケーキは僕たちが作って来たよ」


「ゲームはボクが持って来た!」


 元から私の家にはケーキもゲームも無いことが分かってたのかってぐらい備えられていた。私も暇をしなくて済むし、ケーキが食べれるから本音を言えばありがたい。


「こんな雪の日には空から天使でも降りてくるんじゃないかって小さい頃は思ってたんですけど」


 天使が下りてくるどころか、天使と一緒にパーティーすることになるとは想像もしてなかった。いや、想像なんて出来るはずがなかった。


「良かったね! ボクが居るじゃないか!」


「はぁ……」


「えぇ……」


 確かに天使先輩も天使だ。だけど、ここまでフレンドリーにされると天使としての尊厳とか私の中のイメージが崩れつつある。決して天使先輩を嫌ってるとかそう言うのじゃないんだけど。


「ゲームしよ!」


 天使先輩が取り出したのは大きいボードゲームだ。腰に巻いてるポーチ型カバンのどこにそんなスペースがあるんだろうか?

 じゃんけんをした後にサイコロを振って誰が最初に進めるか決めた。天使先輩はじゃんけんでも独り勝ちでサイコロも六を出した。天使特有の運の良さでイカサマでもしてるんだろう。ちなみに私は最後だ。


「行くよっ!」


 天使先輩が振ったサイコロは予想通り六が出た。なんかズルいけど楽しそうな雰囲気を壊す気にはなれなかった。


「え~っと、滅多に来ない親戚が帰省して来てお小遣いを二万円もらった」


「具体的ですね」


 このボードゲームはシチュエーションが具体的でリアリティがある。なんか嫌だ。


「次、私ね」


 芽亜先輩が振ったサイコロは五が出た。悪魔だからって運が悪い訳じゃなさそうだ。


「滅多に帰らない親戚の家に帰省。お小遣い二万円を子供に渡す」


「う~ん……」


 このボードゲームの開発者は楽しませることを考えてなかったのだろうか? さっきからマスごとのイベントが現実味を帯び過ぎて怖い。


「次は僕だね」


 このことに関しては誰も気にならないんだ。私の考え過ぎかな?


「四だね」


 青髪先輩が四を出して駒を進めると真っ赤なマスに止まった。他のマスにも所々色が付いている。


「レッドカードで退場。ゲームを止める? 何これ?」


「残念だね~! このゲームが終わるまで待っててね!」


 天使先輩は妙に笑顔だ。仕掛けた落とし穴に落ちた子を見つめるような満面の笑みだ。


「残念だな。次は俺だ」


 赤髪先輩も四を出して一発退場になった。ものすごく悔しそうな赤髪先輩とそれを天使とは思えないほどの悪い笑みを浮かべて眺める天使先輩の姿があった。このゲームは最初から天使先輩に仕組まれていたということか。


「さあ! 君の番だよ!」


 この状況だと私も退場させて二人で楽しむって言うのが天使先輩の構図だろう。だけど、それが分かれば簡単だ。


「六出すぞ!」


 意気込む私を不敵な笑みで見つめる天使先輩。やっぱり私のことも退場させるつもりだったんだ。


「これで私も退場になったら二人でボードゲームですね」


「そうだね。せめて三人でやりたかったんだけど」


 それを聞いた天使先輩は納得のいかないような顔で私がサイコロを振るのを待っていた。これで私がゲームを続行できる権限を得た。


「二か……まあ良いや」


 駒を二つ進めると青いマスに着いた。どうやらプレイヤーを一人選んで二マス戻せるらしい。もちろん戻されたプレイヤーはそのマスの罰を受けなければならない。芽亜先輩は五マス進んでて、天使先輩は六マス進んでいる。この状況なら簡単に天使先輩を落とせる。


「あれ~? 誰にしようかな……」


 天使先輩に笑みを送ると悔しそうな顔でうつむいている。いつも余裕そうな天使先輩が悔しそうにうつむいてる姿を見るだけでも楽しい。


「迷うなぁ」


 天使先輩の目から光る何かが落ちた。顔を覗き込むとすごく悔しそうに泣いているのが見えた。ゲーム一つでここまで泣く人を初めて見たし、なんか私が悪いみたいで困る。


「メアちゃんとやりたかったのに……」


 私にしか聞こえないような声量でそう呟いた。この先輩は思ってたよりも可愛い一面を持ってることに気付いた。この話は別の機会に天使先輩への脅しとして使おう。


「楓とイケメン先輩たち! テレビゲームしましょ!」


「え? ボードゲームは?」


「すいません。天使相手だと勝ち目が無さそうなので辞退します。芽亜先輩ファイトです!」


 天使先輩も喜んでるし、今回は天使先輩に譲っておこう。何か欲しいものが出来た時におねだりする口実が出来た。


「色々ゲームありますけど何します?」


「俺はパズルゲームが良いな」


「意外ですね。私も得意なので対戦しましょうよ」


 選んだゲームは落ちてくるブロックを積み上げていくゲームでブロックが横一列揃うと消えるルールだ。私は小さい頃からやり込んでるから負ける気がしない。赤髪先輩には悪いけど罰ゲームを決めて置こう。


「負けたら誰にも言ってない秘密を一つ言ってもらいますよ」


「良いだろう」


 結果的に言うと惨敗した。赤髪先輩の手つきは全国レベル以上でハイスペックなコンピューターを相手にしてるようだった。完全に調子に乗ってた私は自分が罰を受けるとは考えてなかった。それでもルール通り私が秘密を言うことになった。


「実は私、花を咲かせられなくなっちゃって」


「え?」


 言ってもあまりダメージが無いように選んで話したのに、楓を含めた先輩たちが一瞬にして固まった。そこまで驚くようなことを言ってないんだけど。


「え!? なんで!?」


「ちょっ!? 天使先輩! 痛いです!」


 肩を掴んで大きく揺さぶってくる天使先輩の顔は本気で焦ってるようだった。何をそこまで焦ることがあるんだろうか?


「だって! 力を失う可能性があるって事でしょ!?」


「あ~そうなりますね」


「みんなは大丈夫!? 試してみよう!」


「え!? 私の部屋ですよ!?」


 止めようとしたけど止められるはずが無かった。私の家は先輩たちのパニックで消滅してしまった。残骸になった家を見つめて決めた。これからは力のない普通の人を家に上げよう。心の中で固く誓った。


「あ……ごめんね。春香ちゃん」


「いえ、私が失言したせいです」


「ボクが戻すから安心してよ」


 そう言うと天使先輩はお祈りするように手をギュッと握って目を閉じた。残骸となった家が光に包まれて元の家へと戻った。本当になんでもありなんだ。

 家に入って平和にトランプを始めることにした。無くなったお茶を淹れにキッチンへと行く時に窓の外が暗くなり始めていたことに気付いた。夜ご飯の準備をするにはちょうどいい時間だ。先輩たちはトランプに夢中だし急いで作れば間に合う。


「パーティーだし、オードブルが一番良いけど材料が無い。鍋パーティーで良いかな」


 鍋なら材料もあるし時間も掛からないし、今から作り始めても夜ご飯の時間に間に合う。


「よしっ!」


 先輩たちに美味しいものを食べさせてあげたいし。今日は手抜きじゃなくて本気で作ろう。


「これで、あれだから……出来た!」


 出来た時には時計の針は七時を少し過ぎていた。トランプに夢中な楓と先輩たちをリビングに呼んで食べることにした。


「美味しい! 春香ちゃんは料理上手だね」


「ありがとうございます!」


 芽亜先輩の口に合って何よりだ。それよりも私には一つ気になることがある。それは、この場に居る私は本当に先輩たちと一緒に居ても良いのかなって事だ。ずっと願い続けた普通の生活。叶ったと同時に花を咲かせられなくなった。先輩たちは特別じゃない私と一緒に居ることなんて出来ない気がする。いつかは別れる日が来ることを私は知っていた。それでも、心のどこかで花が繋いでくれると思ってた。その架け橋が無くなった私は諦めることしか出来ないのかな。


「あれ?」


 泣くようなことじゃないのに。私が願った事なのに無くなってしまってから気付くなんて遅すぎるよ。


「外の風当たりに行ってきます」


 危なかった。先輩たちの前で泣くのは嫌だ。そんなに気にしたことなんて無かったし、涙を流すほどのことじゃないのも理解している。それでも、芽亜先輩との関係が薄まってしまったのは私にとって胸が張り裂けそうなほど辛いことだ。


「どうしたのかな?」


「メアちゃん。行ってあげて」


「私? なんで――」


「良いから!」


「……分かった」


「寒い……」


 涙で氷柱が出来そうなほど寒いけど、その分空気が澄んでいてひらひらと舞い落ちる雪が綺麗に見えた。


「春香ちゃん」


「芽亜先輩!? どうして――」


「何か悲しいことでもあった?」


「……少し」


 芽亜先輩は深くは聞いてこなかった。それは、私を心配してくれる芽亜先輩なりの気遣いなんだろう。


「私が困った時にいつも行ってた場所があるんだけど、行く?」


「行きます」


 息が白くなって、凍えそうなこの季節は街中に人の温もりが溢れている。イルミネーションに目を輝かせるカップルやおもちゃをねだる子どもと渋々買ってあげる親。そんな温かい光景が今の私には眩しく見えた。

 私の手を引っ張って走る芽亜先輩の後姿を見るとやっぱり寂しく感じる。


「ここだよ!」


 花の付いてない木が河川敷沿いに何本も並んで生えていた。気が付けば雪も止んでいて綺麗な月明かりが川をキラキラと輝かせていた。


「寂しいこと、悲しいこと、辛いこと。色んな事で悩んでるなら、少しでも私に話してほしいな」


 こっちを向いて微笑む芽亜先輩。その優しさはいつでも私を助けてくれた。こんな日ぐらいは甘えても良いかな。


「っ!? 言ってくれる?」


 私がどうしようもなく芽亜先輩に抱き着いても、優しく微笑んで優しく抱きしめてくれる。私は涙ながらに叫んだ。


「寂しいんです! いつかお別れするのは分かってるんです! 分かってても……」


「うん」


 私を抱きしめてくれる芽亜先輩の頬にも一筋の涙が流れ落ちた。


「私も寂しいよ……」


 抱きしめる力はさっきよりも強くなった。芽亜先輩の声も震えていた。


「この先も三人で遊びに行ったりしたいよ!」


 泣き叫ぶ芽亜先輩につられて私も涙が止まらなかった。


「無理ですよ! だって……だって芽亜先輩は天使先輩の――」


 その時、月明かりが一層明るく感じた。月を見上げると羽を広げた天使先輩が涙ながらにこっちを見ていた。その涙は光の粒となって降り注いていた。


「そんなのズルいですよ……」


 光の粒が木に当たると、その木は綺麗な桜を咲かせた。次々に満開になっていく木々はいつしか綺麗な桜並木となった。


「ボクだって君と一緒に居たいよ」


 降りて来た天使先輩は私を抱きしめて言ってくれた。


「君といる時のメアちゃんはすごく楽しそうでね、ボクもそんなメアちゃんを見るのが大好きなんだ」

 話を続ける天使先輩の声は次第に小さく震え始めた。


「ボクはメアちゃんと同じ気持ちだよ。ずっと一緒に居れるならボクだってそうしたい」


 歯を噛みしめて涙を我慢していた天使先輩の目から大粒の涙が溢れた。


「君だってそうだろ? ズルいよ。泣かないって決めてたのに! 君もメアちゃんも泣いちゃったら我慢できなくなるじゃん!」


 私と芽亜先輩を抱きしめて泣き続ける天使先輩。普通の人だって、いつかは絶対にお別れをする。卒業の時、進路が違う時、永遠の眠りにつくとき。それは誰でも平等に起きてしまうことだ。でも、私たちは違う。天使と悪魔、そして私みたいな普通の人。他の人に比べれば別れの時間が早い。だからこそ私は先輩たちに、芽亜先輩に伝えなきゃいけないことがある。


――大好きっ!


 聖夜の夜に私は心の中で叫んだ。


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