第五話 先輩と後輩
初恋、一目惚れ
第五話 先輩と後輩
夏休みが明けた九月の上旬。夏のピークが過ぎて秋に入ろうとしているのに木々はまだまだ緑色でセミの鳴き声が降り注いでくる。今日は始業式だからいつもより早めに家を出た。
「あ、ちょっと先行ってて」
「分かった」
何かを忘れたコウちゃんが家へと戻って行った。首からぶら下がっている指輪のネックレスを制服の中に入れて目立たないようにした。誰かに取られたりするのは嫌だもん。
「わっ!?」
女の子の悲鳴が聞こえてきて、声のする方へ走って行くと女の子が派手に転んでいた。と言うよりも派手に倒れてた。こんな転び方する子は漫画でしか見たことが無い。
「大丈夫? 立てる?」
「あ、はい。ありがとうございます」
制服はうちの学校と同じで多分一年生の子だろう。長いポニーテールが目立つ茶色い髪に桜の髪飾りと黒い瞳、私と同じぐらいの身長の子だ。
「痛た……」
「もうすぐ学校に着くから保健室行こっか」
「ありがとうございます! えーっと……」
「望無 芽亜。私の名前」
「ありがとうございます! 芽亜先輩!」
この子をおんぶして保健室まで連れて行ったのに先生が誰も居ないから私が手当てをする羽目になった。まあ、始業式だから先生たちも忙しいんだろう。
「君、名前は?」
「あ、桜 春香と申します」
「春香ちゃん。良い名前だね」
「あ、ありがとうございます!」
膝に擦り傷が出来てたから消毒と絆創膏を貼ったから応急処置ぐらいにはなるだろう。これ以外に出来ることなんて無いし。
「ありがとうございました!」
「気を付けてね!」
元気よく走りだした春香ちゃんを見送った。結構痛そうな擦り傷だったのに走れるあの子は多分転び慣れているんだろう。
「コウちゃんはまだ来てないのかな?」
することが無くなった私は自分の教室へと向かった。それにしても、忘れ物をしたことが無いコウちゃんが忘れ物をするなんて珍しいな。それに、学校に着くまでに追い付いてこなかったし、何か探しているのかな?
「まぁ、良いか」
人助けする悪魔ってなんか変だな。悪魔らしいことをしたことが無い私にはよく分からないけど。
「って事があってね!」
「ほぉ~春香にもついに春が来たか!」
「茶化さないでよ!」
こうして茶化してくるこの子は、柊 楓。私と同じクラスで私の秘密を知る数少ない人だ。私から教えた訳でもないのに何故かバレた。身長は私より少し高くて、紅葉の様な少しオレンジよりの赤い色の髪色をした腰まで伸びている長い髪が特徴的だ。最大の特徴は瞳の色が違うことだ。小さい頃に目の手術か何かをして変わったって言ってたけど本当かどうかは本人も覚えてないらしい。右目が赤色で左目が金色だ。今は慣れたけど最初見た時は驚いた。ムードメイカー的な存在でいつも笑顔にしてくれる。
茶化されてもカッコいい人はカッコいいし、綺麗な人は綺麗だ。あの先輩は両方を兼ね備えていて、それでいて優しい。恋とかそう言うのに無縁だった私がまさか一目惚れしてしまうなんて思っても無かった。
「頭の桜も中庭の桜みたいに綺麗に咲いてるんじゃん」
「言わないで! 一応秘密にしてるんだから」
私が恋に無縁なのは引っ込み思案な性格も原因の一つとしてあるけど、もう一つの原因は感情によって無意識に花を咲かせてしまうからだ。髪飾りの桜も本当はただのカチューシャだったのに嬉しいことがあるとすぐに咲いてしまうから髪飾りとして誤魔化している。こんな変な体質を芽亜先輩に知られたら間違いなく変な目で見られて距離を取られてしまう。それだけはどうしても避けたい。
窓の外から中庭に生える桜の木を眺める。木の下にはいつも文芸部の男の子が桜を見上げて何かを考えている。その隣で何か微笑んでる女の子は確か隣のクラスの子だった気がする。桜が咲くような季節じゃないし、歯が一枚も無いのに見上げ続けている。
「芽亜先輩……」
あの二人もそう言う関係なのかなって考えると、恋っていう初めての感情に戸惑う気持ちもあるけど、この気持ちをまっすぐに伝えたいという気持ちだけは誰にも負けない。
「もし告白するなら願掛けでもしておいたら?」
「願掛け?」
「長い髪をバッサリ切るとかお百度参りとか」
「髪を切る……か」
「え? 本気にしてないよね?」
「ありがと! 勇気が出たらやってみる」
お百度参りはお金が無いからやめておこう。まずは芽亜先輩と仲良くなるところから始めなきゃ。芽亜先輩ってどこのクラスなんだろう? そもそも先輩は何年生なんだ? 私よりもしっかりしてたから先輩だと思ってたけど同級生の可能性もある。
「う~ん……ここじゃない」
手当たり次第に教室を覗いてみる。まずは二年生のクラスから探しているんだけど、やっぱり手当たり次第だと難しいのかな? 全然見つからないや。
「どうしたの?」
「わっ!?」
まるで天使のように綺麗なの先輩が声を掛けて来た。こんなに綺麗な人が本当に居るんだと思うと少し感動して見惚れてしまった。
「誰か探してるの?」
「め、芽亜先輩を……」
「メアちゃんのクラスこっちだよ? 連れてってあげる!」
「あっ、心の準備がっ! 力強っ!?」
手を引っ張られて気が付いたら芽亜先輩の前まで来てしまった。どどどどうしよう……と、とりあえずさっきのお礼と私の気持ちを伝えないと。
「どこ行ってたの? って春香ちゃん……だっけ?」
「は、はい! 先ほどはありがとうございました!」
「あ、全然いいよ。膝は大丈夫?」
「この子がメアちゃんのこと探してたからボクが連れて来てあげたんだよ」
胸を張って自慢げに話すこの人は芽亜先輩ととても仲が良さそうだ。この人に芽亜先輩のことを色々教えてもらおう。
「あ、その指輪綺麗ですね!」
天使みたいな先輩が左の薬指に銀色の指輪をはめていた。これほどの美人さんなら彼氏が居てもおかしくないし、彼氏さんはかっこよくて優しい人なのかな。
「ありがと! 婚約指輪だから大事にしてるんだ!」
婚約まで進んでるんだ。今から婚約指輪を付けてるって、いつ結婚予定なんだろう?
「いつ結婚するんですか?」
「卒業式の日かな」
天使先輩は将来が決まってるんだ。これだけ綺麗な人だと相手も放っては置かないだろうし。
「ねぇ君! 放課後時間ある?」
「え? はい。まぁ……」
「三人で遊びに行こうよ!」
「芽亜先輩と?」
「嫌だったら良いよ、コウちゃんも急に誘ったら迷惑でしょ?」
「ぜひ! 一緒に行きます!」
願ってもないチャンスが舞い込んできた。やっぱりこの人は本当の天使なのかもしれない。天使先輩だ。
「あれ? その花飾り、私が見た時より花が増えてない?」
「き、気のせいです!」
「そっか。う~ん……?」
「し、失礼します!」
浮ついた気分で自分の教室へと走って戻る。今の出来事を楓に自慢してやるんだ。
「え!? 一緒に遊びに行くの!?」
「凄いでしょ! 天使みたいな先輩が誘ってくれたんだ」
「良かったね!」
そのことが楽しみ過ぎて授業なんか頭に入って来なかった。そもそも始業式の後に授業なんかするのが間違いなのだ。
「お~い、聞いてるか?」
「はい?」
「授業に集中してくれよ」
「すいません……」
確かこの先生は文芸部の顧問の先生だ。いつも隣のクラスの担任の先生と一緒に居るを
文芸部の部室の前を通りかかった時によく見かける。
「やっと終わった~!」
「じゃあね!」
待ちに待った放課後。あの芽亜先輩と遊びに行けるんだ! 一目惚れしたその日に遊びに行けること自体が奇跡みたいなものだ。あの天使先輩には本当に感謝だ。
廊下を走ってるとスーツを着た先生と隣のクラスの担任の先生に注意された。この先生たちはいつも一緒に居るし、凄く仲良しなのかな? なんて考えながら走って待ち合わせの場所へ向かった。
「すいません! お待たせしました!」
「ボクたちも今来たところだよ」
「ごめんね。急に誘っちゃって」
「いえ、お誘い頂きありがとうございます!」
「じゃあ行こう!」
そう言えばなんで私を誘ったんだろ? 誘ってもらったことは嬉しいけど少し気になる。
「ま、良いや」
せっかく誘ってくれたんだし余計なこと考えずに芽亜先輩のことを色々調べてみよう。最初は手っ取り早く天使先輩に聞いてみよう。
「へ? メアちゃんのことを知りたい?」
「はいっ! 助けてもらったお礼に何か恩返しがしたいんですよ!」
「その気持ちだけでメアちゃん喜びそうだけどなぁ」
「具体的には何か無いですかね?」
「メアちゃんは特別に憧れてるんじゃないかな? 絵本に出てくるような感じの」
「特別ですか……」
私にもある絵本のような特別。私にはそれがある。あるけど、芽亜先輩に言って嫌われたりするのは絶対に嫌だ。嫌だけど、少しでも可能性があるなら……
「メアちゃんのことどう思ってるの?」
「どうって……優しくてかっこいい先輩だと思います。私はそんな芽亜先輩が――」
「何話してるの?」
「わっ!?」
「何も話してないよ! 早く行こ!」
「あっ、ちょっ!」
天使先輩から聞き出せたのはそれぐらいだから、あとは自分で調べるしかないよね。でも、調べるって言ったってどうすれば良いか方法すら分かんないし手段がある訳でもない。芽亜先輩の行動を観察するしかないか。バレないように自然に観察するぐらいなら芽亜先輩にも気付かれないよね。
「着いた~! ボクはあっちを見てくるよ」
学校から近いショッピングモールにやって来た。芽亜先輩の行動や好きな物の傾向を見れる絶好のチャンスだ。天使先輩マジ感謝っす。
「私はあっち行ってくるね!」
「私もお供します!」
まずは好きな洋服から観察しよう。柄や色で大体の性格が掴めるだろうし。何かお礼をする時にも役に立つ。
「う~ん……」
「…………」
わ、分からない……さっきから選ぶ服は全て共通性のない服ばかりで一体何が好きなのか全く分からない。大丈夫。まだ焦るような時間じゃない。ここから特徴を絞り出せばなんとかなるだろう。
「やっぱりいいや」
お店の中で服と三十分ほどにらめっこしてたのに何も買わずに店を出てしまった。次のお店で挽回しようと次のお店に向かってると子供の大きな泣き声と野太い男の声が響いてきた。
「っるせえぞガキ!」
見るからに不良の男が女の子を怒鳴りつけていた。それを見た私は無意識に女の子の方へ走り出した。私に何か出来る訳じゃないけど見て見ぬ振りが出来なかった。
「え? 芽亜先輩?」
腕を掴んで止められた。何で私を止めるんだろう? 余計なことに首を突っ込むなって事かな? もしそんな理由だとしたら私は芽亜先輩のことを……
「私が行く」
「危ないですよ!」
「優しいね。春香ちゃん」
私の頭を撫でて微笑んでくれた。頭から湯気が出そうになった私は何が起きたのか分からずに立ち尽くしていた。その隙に再び歩き始めた先輩の腕に全力でしがみ付いて止めた。正確には止めようとしたけど無理だった。私が全力で腕にしがみ付いているのに何もないような顔で歩き続けた。天使先輩も芽亜先輩も力が強すぎる。いや、私が弱すぎるのかも。
「何じゃお前? 邪魔じゃゴルァアアアっ!!!」
「うるさい」
「はぁ!? こんのクソガキがっ――」
不良の怒鳴り声が一瞬にして止まった。不良は宙を舞って吹き飛んでるし、そこまでの動作が一切見えなかった。なぜ不良が飛んでるのかも理解できなかった。超能力? いやいや、そんな非科学的なことある訳ないし。それ私が言っちゃダメなセリフだった。
不良は倒れたまま動かなくなった。その姿を確認した芽亜先輩は女の子に声を掛けた。
「大丈夫? ケガはない?」
それでも女の子は一向に泣き止まず、芽亜先輩も困っていた。
「すいません」
「春香ちゃん?」
こんな状況で何もしない自分が大嫌いだ。もし花のことが先輩に気付かれて嫌われるならそれも仕方ないだろう。今やれることをやって嫌われるなら悔いはない。それでも出来るだけ見つからないように隠しながらやろう。嫌われたくないのは変わりないからね。
「お花は好き?」
「……うんっ」
「好きなお花は?」
「白いお花……」
女の子の手を握って手のひらに集中する。白い花は色々あるけど私が今思い付く花で良いや。手の中にイメージした花を咲かせる。ゆっくりと握った手からはみ出さないように気を付けながら咲かせた。
「どうぞ」
手のひらには一輪の白百合が乗っていた。それを見た女の子は目をキラキラさせながら手のひらの花を見つめていた。
「お姉ちゃん凄い! どうやったの!?」
「お姉ちゃんはね、お花の魔法使いなの。秘密だよ?」
「うんっ! バイバーイ!」
大きく手を振って走り去っていく女の子を見送った。芽亜先輩にも見つかることなく女の子に花を渡せたし、これで一件落着だ。
「あれ? 髪飾りの花って桜じゃなかったっけ?」
「あ、付け替えたんですよ! いっぱい持ってるんで!」
「おしゃれだね。どこで買ったの?」
「え? えーっと……昔住んでた所です!」
「そっか、可愛いから買いたかったんだけどなぁ」
「今度買ってきますよ!」
とは言っても、この髪飾りは元々花なんか咲いてない、ただのカチューシャだった。私の感情で咲く花も変わってしまうし、デフォルトの状態で桜が咲いてるから咲かないことは無い。適当に花の付いたカチューシャでも探してこないと。
「ありがと! 楽しみにしてるね!」
こんなに眩しい笑顔で言われたら期待に全力で答えないと失礼だ。とびきり綺麗な物を買って来よう。
「それって造花じゃないんでしょ?」
「はい。これは造花じゃないです」
「普通なら枯れるのに、すごいよね」
「え? て、手入れをすれば全然大丈夫ですよ!」
「こまめに手入れかぁ……」
この話題を続けられるとボロが出てしまう。何とか話題を変えてこの話題から逸らさないとこれ以上誤魔化すことは難しい。
「もう一人の先輩はどちらへ?」
さっきから姿の見えない天使先輩を話題に出せば自然と話題は逸れる。本当に天使みたいな先輩だ。困ったときに居なくても助けてくれるし。
「だ~れだ!」
後ろからいきなり目を手で覆われた。普通の人以上にビックリしてしまう私は腰が抜けてへたり込んでしまった。
「あ、あっ……」
「わっ!? 大丈夫っ!?」
「は、はい……」
腰が抜けてしまって立ち上がれない私を今日の朝みたいに芽亜先輩がおんぶして運んでくれた。一目惚れした好きな人が一日に二回もおんぶをしてくれるなんてドラマとか小説みたいなストーリーでしか見たこと無い。
芽亜先輩が歩く度に綺麗な髪が揺れて、柑橘系の良い香りが漂う。これだけ美人さんだから天使先輩と同じで恋人とか居るんだろうか? そもそも女子の私が告白しても軽蔑されないだろうか?
「芽亜先輩」
「ん?」
「芽亜先輩は……いや、何でもないです」
「……そっか」
怖かった。もし恋人が居たら私の恋は終わりを迎えることになるし、芽亜先輩を嫌いになれないから迷惑を掛けてしまうかも知れない。そんなことになるぐらいなら今の関係を続けた方が良い。保身に走ってしまうのは自分の悪いところだ。だけど、私には気持ちを伝える勇気なんて無いし関係が崩れてしまう恐怖があるから仕方がない。
「仕方がない……か」
「何か言った?」
「いえ、何も」
今はまだ早いだけかも。時期が来れば私も気持ちを伝えるし願掛けついでに髪の毛もバッサリ切る。大丈夫、まだその時じゃないだけで私の思いはいつか絶対に伝えるから。その時が来れば必ず。
「あれ? ネックレスしてたんですね」
「うん。失くしたくないから服の中に入れてるんだ」
ネックレスが服の中に隠れてどんなネックレスなのか見えなかった。芽亜先輩が身に着けているってことは結構気に入ってるんだろう。ネックレスがヒントになりそうだから、いつか見せてもらおう。
「すいません……ご迷惑をおかけして」
「気にしないで。ボク何か飲み物買ってくるよ」
天使先輩は自販機を探しにどこかへ走って行った。冷静に考えたら芽亜先輩と二人きりじゃないか。何か面白い話でもした方が良いのかな? 気まずい……何を話せば良いんだろう。そもそも、芽亜先輩と話し合える共通の趣味とか好きなことってあるのかな? こういうことを考えるのは苦手なのに……
「今日は急に誘ってごめんね」
「え? いや、誘って頂いてありがとうございます! とても楽しいです!」
「そっか。コウちゃんが急に誘ったからビックリしたんだけどね」
そう言って笑う芽亜先輩も素敵だなぁなんて考えてると、さっきの女の子がお母さんを連れて走って来た。
「先ほどは娘を助けてくださってありがとうございました!」
「いえ、無事で良かったです」
うわぁ、緊張して話せない私と違ってすらすらと話せる芽亜先輩がもの凄くかっこよく見えた。本当にすごい先輩なんだと再確認したと同時に好きと言う感情が爆発しそうだった。今にも好きのメーターが振り切って死んでしまいそうだ。好き過ぎて死んでしまいそうだ。
「魔法使いのお姉ちゃん!」
「ん? どうしたの?」
「お花! ありがと!」
手をギュッと掴んでお礼を言う小さな女の子に何かカッコいいことを言えたら良かったんだけど、今までお礼を言われるようなことをしたことが無い私にとって今の状況は戸惑うことしか出来なかった。
「あ、お花大事にしてね!」
「うんっ! ばいば~い!」
芽亜先輩のおかげで貴重な経験が出来た。困った人を見かけたら誰であれ助けようとする芽亜先輩は私にとって憧れの先輩でもある。この人をお手本に困った人が居れば助けに行こうと心に決めた。
「春香ちゃん」
「は、はいっ!」
「魔法使いって?」
あ、忘れてた。さっきの女の子には秘密って言ってたのにナチュラルに言われたから気付かなかった。芽亜先輩は疑問の顔でこっちを見つめているし、見つめられると緊張して考えが纏まらないし。
「え、え~っとですね……泣いている女の子の涙を止める魔法使いです!」
「そっか、そうだね。春香ちゃんは優しい魔法使いだ」
変なポーズと勢いだけで吐いた嘘に対してそんな優しい言葉掛けられたらもの凄い罪悪感に押し潰されそうになる。ごめんなさい、芽亜先輩……
「飲み物買ってきたよ!」
「あ、ありがとうございます!」
天使先輩が買ってきてくれたジュースを飲みながら優しい先輩たちに囲まれてお話出来る今の状況が嬉しくて自然と笑みが溢れた。
「何か良いことあった?」
天使先輩が私の顔を見つめて話しかけた。表情に出さないように気を付けてたんだけど隠せてなかったみたい。
「はいっ!」
「それだけ笑顔になるほど良いことなんだ? 何があったの?」
「秘密です!」
「え~? ボクに教えてよ!」
「ダメです!」
芽亜先輩も天使先輩も初対面の私に優しく接してくれる本当に良い先輩だ。今日、先輩たちと出会えたことや一緒にお出かけできるのも、きっと天使がどこか近くで私を導いてくれているんだ。姿は見えないけど天使には感謝しないとね。
「そう言えば、どうして私を誘ってくれたんですか?」
「ん~……私たちと同じ感じがしたから」
「同じ感じ?」
「それは秘密!」
気になる。気になるけど、さっき私も先輩に秘密を作ってしまったから聞きづらい。
「いつか、もっと仲良くなったら教えてあげる!」
「約束ですよ?」
「うん!」
十分ほど座ってお話をした後、再びお店を回り始めた。今度こそ芽亜先輩の好きな物を見つけよう。今日中に見つけないと、今後お出かけをするときに私を誘ってくれる確証も無いし、私から誘うなんて絶対無理だ。
「花びら散ってるけど大丈夫? さっきよりも色鮮やかになってるし」
「あっ!? いや、大丈夫です! お気になさらず!」
しまった。髪飾りの花を意識してなかったから気が付けば色んな花が咲き乱れていた。こうなったら少し花を減らさないといけない。先輩にバレないようにこっそりと減らしていこう。じゃないと今度は誤魔化しが効かなくなるから。
「う~ん……」
再び服とにらめっこを始める芽亜先輩を横目に花をこっそりと減らしていく。厄介なのが、抜いても抜いても私が浮ついた気分や幸せで溢れている状態が続く限り花は早いペースで無限に咲いてしまうということだ。髪飾りを外せば良いって思ったんだけど、外してしまうと別の場所から花が咲いてくるからダメだ。別のことで気を紛らわさないと……
「あ、この服可愛い」
服に軽く手を触れただけで、触れた部分から花が咲いてきた。融通の利かない変な能力に気が散って芽亜先輩を気にしている暇も無くなった。生まれて初めて融通の利かない変な能力に怒りを覚えた。
「おいっ! さっきの奴じゃねえか!」
さっき飛ばされた不良が芽亜先輩を怒鳴りつけた。次から次へと私を邪魔する問題ばかり起きるから私の堪忍袋の緒もそろそろキレそうだ。
「無視してんじゃねえぞブス!」
「あ?」
今の一言は堪忍袋の緒を切るには充分過ぎるぐらいだった。芽亜先輩の顔をブスって言ったこいつを許しては置けないし、芽亜先輩でブスだったら世の中の九十九パーセントはゴミくず以下になる。殺してやっても問題は無いだろう。私が罰を与える。
「おい、外道」
「なんやお前? 邪魔すんな!」
外道の背中に手を当ててつるバラを胴体に巻き付くように咲かせて締め上げた。無数のバラの棘が外道の胴体に深く食い込んで、一言も発することなく失神してしまった。もちろん服の中に咲かせたから芽亜先輩には気付かれてないし、すっきり出来たから一石二鳥だ。
「どうやったの!?」
「背中に触れたら倒れたんですよ。さっきの痛みが残ってたんだと思います」
「なるほど、ありがとね!」
私はこの人の笑顔を見るために生まれて来たんだと錯覚するぐらい惚れてしまったのだと気付いた。
再び服を選びだした芽亜先輩。あまりにも困っているから私が似合いそうな服を数着選んで持って行った。
「私に似合うかな?」
「一回試着してみましょう!」
一着ずつ着替えて見せてくれる姿が尊過ぎて死にそうだった。尊死しそうだった。だって私の選んだ服を着てくれるし、何を着ても芽亜先輩には似合い過ぎるぐらいだったし芽亜先輩の写真が撃ってたら言い値で買うぐらいだし。何を着ても元が可愛いから着こなしてしまうし。
「どれもお似合いですよ!」
「そうかな? 私こう言うの分からないから適当に買ってたんだよね」
そのルックスがあればどんな服を着てても可愛いですもん。なんて面と向かって言える勇気があったら良かったのに。
「それは褒め過ぎだよ」
「え? 何も言ってないですけど?」
心の声が漏れてたのかな? いや、そんな訳ない。気持ちを押し殺すのに慣れてる私はそんなミスしない。
「え? テレパス?」
「テレパス? そんな非科学的なことある訳ないじゃないですか」
私も結構変だけど芽亜先輩もところどころ変わっている気がする。テレパシー能力なんてあるなら使ってみたいけど。
「そうだよね。行こっか!」
「はい!」
服のお会計を澄ました後、アクセサリー類が売っているアクセサリー店に入った。ここのお店は品ぞろえが良いから結構重宝している。
「コウちゃん! そろそろ帰ろうよ!」
「は~い!」
芽亜先輩が大声で天使先輩を呼ぶと店の中から天使先輩が出て来た。ここのお店で何か買い物をするつもりはないみたい。
「凄いですね。電話も使ってないのに場所が分かるなんて」
「え? 偶然だよ! 偶然!」
それにしてはここに天使先輩が居たって確証を持って呼んでいるように聞こえたけど、私が考えすぎてるだけなのかな?
「あれ? 通じるでしょ?」
「コウちゃん!」
芽亜先輩が天使先輩と目を合わせてから数秒の沈黙が流れた。謎の沈黙に言葉を掛けることすら躊躇ってしまった。
「なるほど、ごめんね! 気にしないで!」
気になるに決まっている。なんで何も話していないのに、あたかも話をしていたかのように言うんだろ? やっぱり先輩たちはどこかおかしい。私が言えたことでも無いけど。
「帰ろっか。今日はありがとね!」
「いえ、こちらこそ!」
「またボクたち三人で遊びに行こうね!」
「はい!」
お店を出てしばらく歩いた後、先輩たちと途中で解散した。私の思った通り、あの先輩方は本当に良い人だ。また遊びに誘ってくれると良いな。
「今日は楽しかった!」
家までの道を走って帰った。今日の髪お飾りの花はいつもと違って色鮮やかに咲いてる気がした。今日の思い出は一生忘れないだろうなぁ。今まで生きてきた中で一番嬉しい日と
言っても過言ではない。私の人生もまだまだこれからだ!
「何これ?」
家に帰ってからベッドで寝たことまでは覚えている。いつもと変わりなく寝たはずだし、いつもと同じ朝を迎えるはずだった。花が咲くのは基本的に髪飾りだけだから、寝ているときも外さずに寝ている。外しているのはお風呂の時ぐらいだ。
髪飾りを外さずに寝るから、朝起きた時には花が散らばっていたなんて事は今まで一度も無かった。なのに、
「どうなってんの?」
ベッドには私を取り囲むように花が咲き誇っていた。豪華なお葬式の棺桶ぐらい花が咲いていた。髪飾りから引っこ抜こうとしても、髪飾りはいつも通り桜しか咲いてない。と言うことは、無意識に花を咲かせていたことになる。
「でも……」
私は髪飾り以外触れたものにしか花が咲かせられないのに、天井や壁にも少し咲いている。寝てる時に花を咲かせたことなんて無いし。どういうことだろう?
「いや、まさかね……」
壁に手を向けて虹色のバラをイメージする。手で触れれば花は一瞬で咲くけど、触れない限りそんなことは今まで出来なかった。
「咲いちゃった……」
壁から咲いた数本の虹色のバラ。いつの間にか花を咲かせる能力も強くなっているんだ。出来なかったことが出来るようになると少し嬉しい。けど、花を咲かせられる場所が増えたということは無意識に咲かせてしまう場所も危険性も増えたということだ。いつもより気を付けて生活しないといけない。
「はぁ……」
普通の女の子として普通に生活したかったのに、厄介な能力が文字通り開花してしまうなんて私の近くには悪魔でもいるのかな?
「あれ? 春香ちゃん?」
「あっ、芽亜先輩! おはようございます!」
「今日は元気ないね?」
「え?」
「違った? 青いバラの髪飾り付けてるから元気ないのかなって思ったんだけど」
「いえ、いつも通りです」
髪飾りだけで気分が分かってしまうなんて少し損している気分になる。家族でやるババ抜きもこの花飾りのせいで一度も勝ったことが無い。それよりも、登校中に芽亜先輩と会えるなんて幸運中の幸運だ。
「春香ちゃん、お昼休み予定ある?」
「いえ、無いですけど?」
「教室に来てよ。お昼一緒に食べよ?」
「はいっ! ぜひ!」
今日も平和で素晴らしい一日になりそうだ。今日もまた授業に集中出来なくなるのが確定してしまったけど仕方ないよね。私から誘うんじゃなくて芽亜先輩から誘ってくださるなんて、奇跡の連続って言うのはこう言うことか。
そして迎えたお昼休み、授業の途中で先生が私に怒鳴ってたけど何を言ってたのか全く頭に入って来なかった。
楓にお昼は別の教室で食べるとだけ伝えて、走って芽亜先輩の待つ教室へと向かった。こんなに幸せなことがあって良いのだろうか?
「お待たせしました!」
芽亜先輩の元へと向かおうとすると、いかにも体育会系っぽい先輩とモデルでもやってるんじゃないかってくらいカッコいい先輩が話しかけて来た。その後ろには桜を見上げてることで有名な文芸部の先輩も居た。
「へぇ~この子が」
「確かにそんな感じはするよ」
「え? 何ですか?」
手を後ろに隠しながらつるバラを咲かせる準備をしておく。この人たちが何者なのか分かるまで安心出来ない。
「でしょ? そんな感じするんだよね」
そう言って天使先輩が後ろから抱き着いてきた。もしかして天使先輩と芽亜先輩の彼氏さんだったりして。
「芽亜先輩の彼氏さんですか?」
「え? 違うよ!」
芽亜先輩に聞くと首を振って否定してくれた。今の質問が今までの人生の中で一番ドキドキした。違うと分かって安心だ。
「急にごめんね」
「何を話してたんですか?」
芽亜先輩の机にお弁当を置いて用意してくださってた椅子に座った。
「昨日、コウちゃんが私たちと同じ感じがするって言ってたでしょ?」
「はい」
「春香ちゃんが何か不思議な力を持ってる気がするって」
「はい……はい?」
天使先輩は私のことをどこまで知っているんだろう? いや、どこまで気付かれてるんだ?
「私もそんな気がしてたからね」
「先輩たちは不思議な力を持ってるんですか?」
「今は秘密。コウちゃんから教えてもらった方が良いよ」
今の言い方だったら先輩たちが不思議な力を持ってるようにしか聞こえない。だとすると、先輩たちになら言っても……
「そんな訳ないじゃないですか。面白いですね」
言えない。今まで必死になって秘密にしてきたことを話せる訳がない。こんな能力があるって気付かれたら絶対に距離を置かれるに違いない。だからこそ私は今まで通りこの能力を隠し続けることにした。
「そっか……そうだよね」
そう言えば、さっき居たはずの天使先輩の姿が見当たらない。二人きりだと緊張して上手く話せないし気まずい。天使先輩はどこへ行ったのだろうか?
「好きなお花とかあるの?」
「桜が大好きです」
「髪飾りも桜が多いよね」
芽亜先輩のことを知るには今が絶好のチャンスなのに、変に思われたりしたらどうしようって不安から何も聞けずにいた。こんな所で臆病になっていたら、いつまで経っても芽亜先輩のことを聞き出せない。今勇気を出さなくていつ勇気を出すんだ私!
「芽亜先輩って好きな物とかあるんですか?」
よしっ! 聞きたいことを質問出来た。あとは少しずつ会話を増やしていければ今よりも仲良くなれる!
「好きな物か……おとぎ話かな」
「おとぎ話……ですか?」
「うん。憧れてるんだ、夢みたいなハッピーエンド」
ろ、ロマンチックだ……儚げな表情と何とも言えない空気感がマッチして絶妙にかっこよく感じる。芽亜先輩は言うことが違うなぁ。
「恥ずかしいから他の人には内緒だよ」
芽亜先輩との秘密事、何とも言えない気持ちの高ぶりと早くなる心臓の鼓動。恋は病っていう理由がようやく分かった気がする。溜まりに溜まった感情は体に様々な影響を与えるんだ。これが病と言われる所以なのか、確かに辛い。
「もし、もしもの話ですよ。私がおとぎ話に出てくるような力を使えたら芽亜先輩は私を嫌いになったりしますか?」
「もし使えたら……私は心の底から喜ぶと思う。おとぎ話のような力が実在するならこの目で見てみたいし」
予想外だった。そう言うのは笑って否定する人が多いのに、先輩はそんな力があるって信じてるみたいな言い方だ。やっぱり先輩たちも不思議な力を持ってたりするのかな?
「私が不思議な力を持ってたら春香ちゃんは嫌いになる?」
「ならないです!」
「友だちってそう言うことだと思うよ」
友だち……私は今まで人を信頼出来ていなかったのかな? 私は人から変に思われるのが怖い。人と違うのが怖い。だから黙ってたけど芽亜先輩なら私のことを受け止めてくれるのかな?
「春香ちゃんが言いたくないなら聞かないよ」
「……私のこと嫌いませんか?」
「うん」
「……私を変な子だって馬鹿にしませんか?」
「うん」
「もし力のことを知っても私から離れたりしませんか?」
「大丈夫」
私が不安や嫌われるかも知れないと恐怖に怯えていても芽亜先輩は私の目をまっすぐに見つめて大丈夫と言ってくれた。ここまで真摯に向き合ってくれた人は家族以外に居なかった。この人なら信頼出来る。この人なら私の秘密を知っても嫌いになったり離れていたりしない。芽亜先輩なら大丈夫だ。
「そこまで真剣に受け止めてくれた人は今まで居なかったですよ」
やっと、秘密事を作らずに心の底から話せる人を見つけることが出来た。色んな感情が心の奥底から涙と共に溢れ出した。
「ご、ごめんね? 嫌だった?」
「良いですよ。芽亜先輩なら」
芽亜先輩の使っているヘアピンにイメージを送る。芽亜先輩に送るとびきり綺麗な花は決まっていた。
両手を組んで目を閉じ、頭の中でイメージを作る。先輩に送る初めてのプレゼントなんだ。今までと比較にならないほどの綺麗な花を咲かせてあげよう。
「春香ちゃん?」
助けてもらった時のお礼も、先輩を大好きなこの気持ちもすべてを詰め込んで咲かせるんだ。
「…………」
光の粒がヘアピンに集まって花の形を形成していく。あと、もう少しで……
「出来た」
「何が?」
光の粒が一斉にはじけて真っ赤なバラが姿を現した。ヘアピンから咲く虹色のバラは今までのどの花と比べても最高に綺麗だ。
「私からのプレゼントです」
芽亜先輩に手鏡を渡した。鏡を見た先輩は昨日の女の子の様に目をキラキラと輝かせてすごく嬉しそうだった。
「え? えっ!?」
私の顔と手鏡に映る虹色のバラを交互に見ながら何度も驚いてるようだ。
「やっと話してくれた」
「えっ!? 天使先輩! いつから居たんですか!?」
「ずっと居たよ。やっぱり君もなんだね」
そう言った天使先輩はどこか嬉しそうだった。不思議と今、私も芽亜先輩や天使先輩とは同じような感じがした。急に感覚として流れ込んでくる不思議な感じがあった。
「君も?」
「ボクたちも君と同じだよ」
芽亜先輩や天使先輩、さっき居たイケメン男子の二人も私を迎えてくれているかのように微笑んでいる。何が一緒なんだろう? 花を咲かせるのは私の専売特許だからそれ以外であって欲しい。
「ボクたちは地上の人じゃないんだ」
「へ?」
流石に天使先輩の言うことでも理解出来なかった。なんかハロウィーンの夜に渋谷でワイワイ騒いでる人たちみたいなこと言うんだもん。
「いや、それは無いでしょ。馬鹿にしないでください」
いつもは流される私でもそれが嘘か本当かぐらいは区別出来る。天使先輩は私のことをバカにし過ぎだ。
「う~ん、屋上かな?」
「屋上?」
「来て!」
天使先輩に手を引っ張られて屋上まで連れていかれた。と言うよりも引きずられた。
「ボクたちに教えてくれた君に隠し事は無しだ」
そう言って天使先輩は両手を広げた。不可解な行動に首を傾げていると、天使先輩の背中から白く輝く羽が生えた。作り物とかでは再現できないほどの美しさに思わず目を奪われたけど、それ以上に、
「ボクは人間じゃなくて天使なんだよ! ほら!」
「あ、そうなんですか」
なんかリアリティが無いから疑うことは無かった。アニメとかドラマを見ている感じによく似ていた。
「あれ? 驚かないの? 空も飛べるよ?」
「あ、それぐらいなら出来るんで。大丈夫です」
私だって空を飛ぶことぐらいなら花を使えば出来るけど、目立つからそんなことは絶対にしない。
「神の加護も受けてるんだよ?」
「私も花が持つお守りみたいな効果を受けてるんで」
花が持つお守りみたいな効果や花言葉とされている効果を全面的に受けることが出来る。ずっと花の近くに居るから不思議じゃないけど。
「えぇ……もっと驚くと思ってたのに」
まぁ、一般人には存在しないほどの美貌だし天使であっても全然おかしくないだろう。これは隠すほどのことでも無いと思う。その見た目なんだから、正体を知らなくても天使って呼ばれるだろう。
「メアちゃんお願い」
芽亜先輩が広げた羽は天使先輩と違って真っ黒だった。真っ黒だったけど言葉にし難い美しさとオーラがあった。それに、文字通り羽を広げている芽亜先輩はとてもかっこいい。
「私は悪魔だよ! 驚かないとは思うけど――」
「えっ!!!??? 嘘でしょ? ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!!!!!??????」
女神じゃないの!? ここまで人を幸せにしておいて何が悪魔だ。悪魔じゃなくて女神に改名すべきだ。今すぐに。
「え? 待って、ボクの時と違うくない?」
「芽亜先輩って女神じゃないんですか!? 改名した方が良いですよ!」
悪魔として生まれるなんて神様の手違いに違いない。私が全力で抗議して女神に変えてもらおう。
「私が抗議してきます」
「誰に?」
「出雲のボスにです」
「絶対ダメ」
割と本気で言ったんだけど、それ以上に天使先輩の顔がマジだった。天使にとって神様は重要な立ち位置なのだろう。
「俺たちは――」
「あ、大丈夫です」
そもそも、不思議な力を持っていたとしても私は人間なんだ。一緒なはずが無い。
「何が一緒なんですか? 私は人間ですよ?」
「う~ん……ボクにも分かんない。何となく、雰囲気って言うか……」
「それが分かったからって何かあるんですか?」
「ううん。でも、秘密は無い方が仲良くなれるかなって」
「それはそうですけど……」
「でも、聞けて良かった! ありがと!」
「あ、あ……」
後ろから不意に抱き着かれて頭から湯気が出そうになった。どどどどうしよう……体も口もカチカチに固まって動けなかった。なるほど、確かに悪魔だ。
「じゃあ、戻ってお弁当食べよっか!」
「はい!」
芽亜先輩との距離がぐっと近づいたような気がして飛び上がるほど嬉しかった。やっぱり今まで苦しんでいた能力にも感謝しないといけない。家族以外の人に自分から秘密を打ち明けるのは初めてだったから怖かったけど、私のことを変だとも思わない人も居るんだ。
教室へと戻ってお弁当を食べ終えた芽亜先輩はヘアピンに咲いた虹色のバラを眺めて嬉しそうに微笑んでいた。そんな姿もかっこよくて可愛い。
「このお花って枯れるの?」
「私が近くに居る限りは枯れないです。私が芽亜先輩の近くに居ない状況が一週間ぐらい続くと花は枯れるんじゃなくて消滅します」
「そっか……じゃあずっと一緒に居ないとね」
「えっ?」
まるでプロポーズみたいな言い方をする芽亜先輩。本人にはそんなつもり全然ないかも知れないけど、私の心が蒸発して無くなるほど恥ずかしかった。
「ボクにもお花咲かせてよ!」
「お好きな花とかありますか?」
「う~ん……綺麗なお花をいっぱい咲かせてほしい!」
「その指輪に咲かせても良いですか?」
「あっ、これはダメ」
「じゃあどこに?」
「メアちゃんと同じヘアピンにお願い!」
小さなヘアピンだから花を咲かせる前に棘のないバラのつるで冠の形を作ってから花を咲かせていこう。
「少し目を閉じててください」
「は~い」
天使先輩の頭の上に棘のないつるを冠状に咲かせた。それから、そのつるに沿わせて綺麗な花を咲かせていく。天使先輩には感謝しなければいけないことがいっぱいあったから花も色々考えないと。
赤いカーネーションやレースフラワーを見栄えが良いように散りばめて咲かせた。
「出来ましたよ」
「鏡、貸して!」
鏡に映る花を見て喜ぶ天使先輩。喜んでもらえるのは嬉しいけど、一つだけ疑問に思っていることがある。自分で言うのも変だけど、花を咲かせる技術が異常なほどに上達している。今まで人のために咲かせたことは何度かあるけど、最初の一回目は絶対失敗していたのに芽亜先輩や天使先輩の時はノーミスで咲かせられた。
「お揃いだね!」
天使先輩も笑顔でそう言ってくれてるから別に気にするほどのことでも無いし、技術が上がるならそれに越したことはない。
「そうだね、ありがとね! 春香ちゃん!」
「喜んでもらえて嬉しいです!」
お弁当も食べ終わったし教室へと戻って授業の準備をしないといけない。
「春香~どうだった?」
「なにが?」
「お弁当一緒に食べたんでしょ?」
「秘密っ!」
茶化そうとしてくる楓を適当にあしらって授業の準備を続けた。今日は私から一緒に出掛ける約束をしてみよう。
授業の終わりを告げるチャイムが鳴ったと同時にカバンを担いで教室を飛び出した。
「じゃあね!」
楓にも先に帰ることを伝えてから校門で芽亜先輩を待った。教室に直接向かっても良かったんだけど、すれ違いになるのは嫌だから絶対に会える校門で待つことにした。
それから五分後くらいに芽亜先輩と天使先輩の姿が見えた。少し緊張しているけど、友達を誘う時と同じ感じで誘えば大丈夫と言い聞かせて声を掛けた。
「芽亜先輩!」
「春香ちゃん? どうしたの?」
「もし、よろしければ一緒にお買い物行きませんか?」
「良いじゃん! ボクも行く!」
「私も大丈夫だよ」
少し緊張したけど誘うことが出来た。日に日に募る恋心さえなければ普通に仲のいい先輩として誘い易いんだけど。
「あ、ちょっと待って」
芽亜先輩の靴紐がほどけて立ち止まった。気持ちを伝えるなら私から誘うことが出来た今日にでも伝えたい。伝える覚悟はまだ私にあるのか分からないけど、伝えずに後悔するなら当たって砕けた方が私も幸せだ。もし告白が失敗に終わっても先輩とは今までと同じ関係を続けたいし。出会って日は浅いけど今日気持ちを伝えよう。
「ん?」
芽亜先輩の首元のネックレスが夕日を綺麗に反射していた。前から付けていたけどなんのネックレスかは分からなかった。
「ネックレス出てますよ?」
「あ、本当だ」
靴紐を結びなおすときに服の中から出て来たんだろう。光でよく見えなかったけど、芽亜先輩がネックレスを直そうとした芽亜先輩の横を誰かが通ったときに光が遮られてネックレスがはっきりと見えた。
「え……?」
天使先輩の薬指にはめていた婚約指輪と同じ指輪だった。なんでそれを芽亜先輩が付けてるのか、一瞬で分かった。それ以外に理由が無いからだ。
言い表せない感情が心を埋め尽くして全身に力が上手く入らなくなった。胸が苦しくて痛かった。見てしまった光景を否定したくても否定できる要素が無かった。
「そのネックレスって……」
「あ、これ? コウちゃんから貰ったんだ。他の人に婚約指輪って言うの恥ずかしいから隠してたんだけど」
「婚約指輪……」
痛い。苦しい。呼吸が乱れて全身に力が入らない。何これ? 分からない。こんな感覚今まで体験したことが無い。簡単な話、私は気持ちを伝える間もなく失恋してしまったんだ。
「恥ずかしくないよ!」
「私は恥ずかしいの」
耳に入ってくる言葉全てが針となって胸に刺さり込んだ。芽亜先輩たちが幸せそうに話をする度に視界が霞んでくる。泣くな、私。今泣いたら先輩たちに迷惑が掛かる。私の失恋を認めてしまうことになる。
「すいません……少し用事を思い出したので……」
溢れ出る涙を堪えることが出来ずに流してしまった。平然を装って帰るつもりだったのに、口から出てくる言葉が震えてしまっている。先輩たちは心配そうに声を掛けてくれている。あの日と同じだ。あの日と同じで先輩たちに迷惑を掛けてしまった。
「用事を思い出したので帰ります……」
「春香ちゃん? 大丈夫?」
先輩たちに泣いてる姿だけは見せたくなかったのに見られてしまった。芽亜先輩の困っている表情は涙で視界が滲んでいてもはっきりと見えた。
「っ……」
その場に居るのが苦しかった私は走って逃げてしまった。泣き叫びながら逃げた。泣き叫んで自分の失恋から目を逸らそうとする自分が堪え難いほど情けなかった。心の中では先輩たちへのごめんなさいと、初めて芽亜先輩と出会った頃のことを思い出していた。あの日の先輩は困っている私を助けてくれた。助けてもらった私は芽亜先輩をこうして困らせてしまっている。そんな自分が嫌で仕方が無かった。行き場を失くした恋心が胸を締め付けて潰そうとしてくる。私は諦めることしか出来ないんだ。芽亜先輩への好きの気持ちを簡単に諦めることなんか出来ないのに、私は私が大嫌いになった。簡単に舞い上がって、少しのことでも喜んでいたのに、こうして諦めようとしている私が大嫌いだ。先輩たちの前から走り去ってしまった私が大嫌いだ。もう、何もかも分からない。
「…………」
「春香! 昨日はどうだった……話してくれる?」
何かを察したのか楓は私に優しく話しかけてくれた。それから昨日の放課後に何があったのか全て楓に話した。楓はいつもみたいに茶化さずに話を聞いてくれた。
「それは辛かったよね……」
「うん」
「本当のことを言うとね、春香の秘密に気付いたあの日。すごく嬉しかったんだ」
あの日、入学式の日に話しかけて来た楓は私の秘密に一瞬で気付いた。必死に否定しても決めつけるように言い続けたから仕方なく認めて秘密にすることを約束してもらった。
「ずっと隠してたんだけど、私にもそう言うのあるから」
「え……?」
楓は私と違って普通の女の子だと思っていた。だから私は楓みたいに普通の女の子として生活してみたいって憧れてたのに。
「春香は超能力って信じる?」
「う~ん……信じられないかも」
「じゃあ、証拠は別に見せなくても良いや。信じるか信じないかは春香の自由だもん」
あの日、私の秘密を知ったのは私の心を覗いたから。勝手に覗いてごめんなさいってことも。昔から人に対する恐怖が強かった楓は物心ついた時から初対面の人の心を覗くようにいていた。私の心を覗いた時、不思議な力を持つ楓は仲間だって思って信頼してくれるようになったことも。
「私はこの世界で超能力って呼ばれている現象の全てを起こすことが出来るんだ」
「何でそれを私に言ったの? 私と同じなら嫌われる恐怖だってあるでしょ?」
「春香が勇気を出して先輩に言ったことも、私を信頼してくれているのも知ってたから。春香に少しでも本当を伝えたくなったんだ」
楓は私を元気づけるために自分の秘密を教えてくれたんだ。本当は怖いはずなのに、私のことを信頼して教えてくれたんだ。
「それと最後に」
「っ!?」
全力で平手打ちをされた。いきなりだったし受け身も取れなかった私は少し体が宙に浮いた。
「ごめんね。痛かったよね」
「なんで……? 痛いよ……」
急に暴力を振るわれたら誰だって泣いてしまうだろう。真剣に話を聞いてくれた友だちに何か怒らせるようなことしたのか心配にもなる。楓は私以上に涙を流しながら怒っている。
「簡単に諦められるほどの恋心なら捨てろ。私は春香が弱気になってるのが許せない!」
「そんなこと言われたって……」
「気持ちも伝えずに逃げるような卑怯なことをするな! 自分の気持ちと本気で向き合ってあげなきゃダメじゃん! 自分を大切にしてよ!」
泣きながら私を怒鳴りつけてくる楓は今まで見たことが無いほど真剣な顔をしていた。私のために涙を流して叱ってくれる友だちが居たことが嬉しかったし、楓の期待に応えたかった。
「私……まだ頑張りたい。気持ちを伝えたい!」
そうだ。泣いてる暇はない。私はこの気持ちを伝えるまでは死んでも死にきれない。もう簡単に逃げ出したり諦めたりしたくない。いつまでも臆病な自分で居たくない。
「私も応援するから」
優しく抱きしめてくれる楓はすごく温かった。心の底から安心できる温もりが私の背中を押してくれた。
「待っててね。先輩」
結果なんて分かり切っている。それでも気持ちを伝えたい思いは今も消えていない。もう弱い自分とはお別れだ。先輩たちと腹を割って話せるほどの強い心を持たないと悔いが残ってしまう。どうせ結果が分かってるんだから当たって砕けた方が良い。