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天使と悪魔に花束を添えて  作者: v私立桜咲学園文芸部
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第四話 幼馴染と恋人

今まで言えなくて溜まっていた思いが爆発する

   第四話  幼馴染と恋人


 夏休み。朝七時に駅前のロータリーで煉くんたちを待っている。今日は待ちに待った煉くんたちの故郷を紹介してもらえる日だ。絵本でしか見たことのない憧れの場所に行けるし、そこで一泊させてもらえるんだ。心が躍ってしまうのも無理はない。


「嬉しそうだね」


「うん!」


 最近は問題だらけで楽しいことは特になかったけど、それを帳消しにしてもお釣りが来るぐらい楽しみにしていた。今日ぐらいは何も問題が起きないで欲しい。


「お待たせ!」


「おはよっ! 早く行こ!」


「じゃあ行こっか。捕まって」


 煉くんの手をぎゅっと握りしめると地面に魔法陣みたいな幾何学的な模様が浮かび上がり、ゆっくりと地面に埋まり始めた。


「何これ! すごいすごい!」


「普通の人なら怖がるんだけどなぁ」


「そうかな? あれ?」


 コウちゃんは目をギュッと閉じて小さく震えていた。


「怖いの?」


「うん……少しだけ」


「もう少しで着くから我慢してね」


「うん……」


 普段怖がるそぶりを見せないコウちゃんの怯える姿を見た私は心の底から謎の感情が湧き出て自我を失いそうになるのを必死に我慢していた。多分悪魔の本能的な何かだと思う。


「それにしてもすごいね! エレベーターみたい」


 ゆっくりと地面の中を降りて行く。土や砂、岩とかが何層にも分かれてミルフィーユみたいな感じになっている景色しか見えないのが残念だ。


「ひゃっ!?」


 たまに土から出てくる虫を見る度にコウちゃんは小さな悲鳴を漏らしている。バリア的な何かのおかげで土や虫は一切入ってこない。どういう仕組みなんだろう?


「そろそろだよ」


 足元の方から赤い光が差し込んで来て見える景色もさっきまでとは違い、いかにも地獄って感じの禍々しい景気へと徐々に変わっている。周りを見渡しても赤く光るごつごつした岩ばかりで、気味が悪いほど静かで私たちの声がもの凄く反響する。


「着いたよ」


「ここ? もっと暑いと思ってた」


 地獄の中は炎が近くにあると錯覚するぐらい一面赤色なのに、体感的にはそこまで暑くはない。梅雨の時期ぐらいの温度だ。


「今の暑さだったら四万十市に負けてるかもな」


「そうかもね」


 そう言って笑う強くんと煉くんの後ろを歩く。周りを見渡すと、壁に骸骨が打ち付けられてたりカラスが飛んでいたりと、やっぱり絵本で見た感じと一致していた。地面に落ちている骨を気付かずに蹴ってしまったりする度に心の中で謝罪を繰り返した。


「メアちゃん……」


「どうしたの?」


 震える手で袖を掴んでくるコウちゃん。今にも泣きだしそうな顔で怯えている。


「一緒に行こ……」


「うん。もしかして怖いの?」


 こんな聞き方をすると間違いなく意地を張って強がるのを私は知っていた。だからこそ、少し意地悪をしたくなったのだ。怯えてるコウちゃんが無理に強がっている姿も見てみたいし。


「うん……怖いっ……」


「え?」


 予想以上の破壊力に思わず抱きしめてしまいそうになった。今までずっと一緒に居たけど、ここまで可愛い姿を私は見たことが無い。


「手、繋ぐ?」


「うんっ……」


 差し出した手を嬉しそうに握る。素直な天使は誰が見ても見惚れる可愛さがある。


「痛っ……」


「っ! コウちゃん!?」


 手を握った瞬間、腕にしがみ付いて体をくっつけて来た。得体の知れない感情が心の中を支配し、危うく理性を失うところだった。というかトキメキが止まらない。


「あ、そっか」


「どうしたの?」


「天日さんが普通の人よりも怖がるから少し不思議に思ってたんだけど」


 確かにコウちゃんの怖がり方は少しオーバーだと思う。今もこうして私の腕にしがみ付いて離れようとしないし。


「地獄って神様の加護が届かないんだよ。天使にとってはそれが効いてるのかもね」



「え? 加護が届かないの!?」


 天使にとって加護は天使の力の半分以上を占めるから、地獄に居るコウちゃんは地上の人とあまり変わらないほど弱体化されていることになる。


「あ、心配しなくて良いよ。地獄って地上に比べると遥かに安全だから」


「良かったね」


「良くない……ボクがメアちゃんを守ってあげないと……」


「……そうだね、ありがと」


 地獄に居る間は私がコウちゃんを守ってあげないと。いや、問題が起きないように細心の注意を払わないと。


「天使の力は弱くなっちゃうけど、俺たちや望無さんは力が強くなってるから注意してね」


「え? どれくらい強くなってるの?」


「う~ん、気を抜くと手を繋いでるだけでも痛く感じるぐらいかな」


「あ。」


 手を繋いだ時にコウちゃんは私の手を放して腕にしがみ付いてきた。多分痛かったんだろう。なんか、そうとは知らずにトキメキが止まらなかった自分が恥ずかしい。


「痛かったよね、ごめん」


「ううん、ボクは大丈夫」


「行くよ。もうすぐ街に出るから」


 赤い光が広がる空間に伸びる一本の道をまっすぐに進む。カラスや骸骨は相変わらず健在で、カラスが鳴く度にコウちゃんは小さな悲鳴を漏らす。


「可愛い……」


「ん? 何か言った?」


「何も言ってないよ?」


「そ、そっか」


 長い一本道をまっすぐ行くと突き当りに大きな門があった。そこの門を開くと今までの景色とは一変して、南国リゾートのような景色が広がっていた。ハワイみたいな感じがする。行ったことないけど。


「ごめんね、地獄も怖くないとイメージが崩れるから」

 絵本に出てくるような怖い鬼や妖怪とかは全く居ない。歩いている人たちは地上の人と見分けが付かないし地上の人がそのまま地獄に来た感じがする。想像していた地獄とは全然違うのは少し残念だけど。


「こっちこっち」


 歩き出した煉くんたちの後ろをついて歩く。どういう原理で地獄に太陽の光が届いているのかは分からないけど、サングラスが欲しくなるぐらい眩しい。

 しばらく歩いていると日差しの強さもあって、じんわりと汗をかいてきた。


「コウちゃん?」


 さっきとは違って景色が地上と変わりない所なのに、腕にしがみ付いたまま離れようとしない。


「まだ怖いの?」


「ううん……でも、このままが良い……」


「そっか……」


 謎の気まずさと気持ちの高ぶりに包まれながらも綺麗な景色を眺めながら歩く。日本には無いような大きな家が連なっていて、ほとんどの家にはプールが付いている。ショッピングモールや高級ホテルとかも連なっているから、天国よりも天国らしい感じがする。地獄も地上もあまり見分けが付かないし何が違うのかも説明し難い。


「普通の水なんだ」


 家に設置されているプールに血が入ってるのかもとか期待したけど普通のプールだった。


「あれは地下水を引いてるからお肌に良いんだって」


「スゴイ! 入ってみたい!」


「僕の家にもあるから入れるよ。水着持ってるでしょ?」


「うん! ありがと!」


 街並みとか気温や日差しが南国リゾートと見分けが付かないほどに綺麗な街並みで、大きなお店や大きな家が並んでいるのを見るとこっちで暮らすのも良いかも知れないとか思ってしまう。少し離れたところには青く広がる海もあった。


「スゴイね! こういう所で暮らしてみたいな」


「ボクは遠慮するよ……」


 何回か寄り道をしたい衝動にかられたけど、ぐっと堪えて煉くんの家に着いた。


「色々と準備するからゆっくりしてて」


「は~い!」


 煉くんの家に入ると部屋がもの凄く広くて驚いた。部屋の中で大体のスポーツは出来るだろう。


「コウちゃん? 大丈夫?」


「うん。大丈夫……」


 恐怖で体が震えている。神の加護が無いコウちゃんは地上の女の子と変わりない。そんな状況で近くに力の強い種族が居るんだから怖いのも無理はない。それにしても怯え方が少し異常な気がする。


「お待たせ。プールの準備が出来たから入ってきて良いよ」


「ありがと! 行こ!」


「うん……」


「俺たちは買い出しに行ってくるよ」


「え? 私たちも行こっか?」


「いや、大丈夫だよ。ゆっくりしてて」


 強くんたちが買い出しに行って部屋に残された私たち。準備もしてくれたし、お言葉に甘えてプールを借りることにした。


「結構温かいね」


 水の温度は温水プールよりも少し暖かいぐらいで、どちらかと言うと二十五メートルぐらいの長方形にぬるい温泉を入れた感じに近かった。


「コウちゃんもおいでよ!」


「恥ずかしい……」


 タオルで体を隠したまま入って来ようとしない。これは多分、加護とかじゃなくて恥ずかしいだけなんだろう。


「大丈夫だよ! 水着似合ってて可愛いよ!」


「へ? ありがと……少しだけ入ろうかな」


 コウちゃんのスタイルの良さは見ているだけでも敗北感に苛まれるほどで、世の中の男性なら誰もが惚れてしまうほどの美しさと可愛さを兼ね備えている。特に、透き通るような白い肌と金色に輝く長い髪が水着姿にとても似合っている。


「あったかいね」


「うん」


 話に聞いてた通りお肌に艶が出てきた気がする。やっぱり地獄に引っ越そうかな?


「う~ん……」


「どうしたの?」


「なんか力が入らなくて」


「大丈夫?」


 両手を握りしめて力を込めようとしているけど上手く力が入らないらしい。


「大丈夫? 頭の上にわっかが出てるよ?」


 天使は本気で力を使うときに頭の上にわっかが出てくる。童話に出てくる絵と同じく金色に輝く丸いわ

っかだ。


「……ダメっぽい」


「プールの水にも何かあるのかな?」


「分かんない……」


 幸いここには危険な物や人は存在していない。しばらくの間コウちゃんが力を失ってても問題は無いはずだ。


「ごめんね! 買い出し遅くなった!」


 煉くんの声が聞こえて来て、プールから出て手伝おうとした時に聞き覚えのある声が聞こえて来た。


「この間はごめんね! ケガは無かった?」


「はい。あの時治して頂いたおかげで」


「良かった良かった」


 強くんと話しながら入ってくる人の声。いや、大天使と大悪魔の声は間違いなく私とコウちゃんのお姉ちゃんだ。なんで天界を代表するツートップが地獄に居るんだろ? そもそも簡単に出入り出来るような

ところなのかな?


「コウちゃん!」


「え!? ちょっ――」


 反射的にコウちゃんの頭を抱きかかえて水中へと潜った。


「ただいま。あれ? 出掛けたのかな?」


 今見つかると間違いなく面倒くさいことになる。しばらくの間水中でやり過ごそう。


「お詫びを持って来ただけだから、もう行くね」


「あ、お構いなく。ゆっくりして行ってください」


 薄っすらと聞こえるその言葉に心の底でツッコミを入れた。


「~~~っ!」


 これ以上息を止めるとコウちゃんが天使から星になってしまう。少しだけ息継ぎさせてから水中へと潜ればなんとかなるはず。抱きしめていたコウちゃんの頭を離すと勢いよく水中から顔を出した。


「っはぁ! っ!?」


 コウちゃんには悪いけど息を吸った後、すぐに両手をしっかりと繋いで水中へと引きずり込んだ。コウちゃんは本気で苦しそうな顔をしているけど、本当に危険な状況になったら人工呼吸でもしてやれば何とかなるだろう。


「ん~~~っ!」


 首を横に振って限界を迎えていることを必死にアピールしてくる。どうしようか、あの姉二人は加護が無くても果てしなく力が強いし、今の状況を知られたら確実に面倒くさいことになるし煉くんたちにも迷惑が掛かる。う~ん……よしっ! 人工呼吸やってみるか!


「っ!? ん~~~っ!?」


 そう言えば人工呼吸ってどうやってやるんだ? 唇が触れ合う寸前でそんな考えが頭の中に浮かんだ。だってやったこと無いんだもん。アニメとかドラマでしか見たこと無いもん。


「でも、やっぱり悪いから帰るね」


「そうですか、お気を付けて」


「由悪ちゃん。そろそろあいさつに行こうよ」


「そうだね、閻魔に会うのも久しぶりだし。元気にしてるかな?」


 煉くんとお姉ちゃん達の声が遠ざかって行く。何とかなったみたいで、とりあえず一安心だ。


「もう上がってきて良いよ!」


「っはぁ! 大丈夫!?」


「うん……なんとか……」


 呼吸が乱れてヘトヘトになってるコウちゃんを抱えてプールから上がる。


「気付いてたんだね」


「うん。無理に追い出そうとすると気付かれると思って、遅くなってごめんね」


「ううん。ありがと」


 コウちゃんの手を引いて部屋に戻って服に着替える。どこか顔が赤い気がする。


「大丈夫? 顔赤いよ?」


「え? そうかな?」


「熱でもあるんじゃないの?」


 熱を測ろうとおでこを合わせようとすると凄い速さで後ろへと飛んだ。今日のコウちゃんはどこか様子がおかしい。加護の件を差し引いてもおかしい。



「動いたら熱測れないじゃん!」


「だ、大丈夫! 大丈夫だから!」


「動かないでって!」


「あっ」


「っ!?」


 転んで後ろに倒れたコウちゃんの足に躓いて覆い被さるように転んでしまった。


「……?」


 痛みよりも先に唇に伝わる柔らかい感触があった。目を開いたと同時に――


「わっ!? ごめん!」


「大丈夫……心配してくれてありがと」


 顔を伏せたまま部屋から出て行ってしまった。事故とは言え、コウちゃんもきっと嫌だったと思う。


「……しちゃった」


 事故って言っても確かに伝わった柔らかくてふわふわした感触が忘れられなかった。



「メアちゃんとチュー……しちゃった」



 どんな顔してメアちゃんに会えば良いんだろ? 私がメアちゃんのこと好きって気付かれてないかな? 不安で頭の中と心の中がぐちゃぐちゃになってしまう。


「柔らかかったなぁ……」


 指で唇をなぞるとさっきの感触を思い出してしまう。もう、どうすれば良いか分かんない。そもそもボクはわざとやった訳じゃないし気にしない方が良いのかな?


「あ……さっきはごめんね」


 あれから数時間が経って地獄の中も薄っすらと暗くなってきた頃にコウちゃんが部屋に戻って来た。少しうつむいたまま私の横に座った。


「ううん。ボクは気にしてない」


「そっか、じゃあ良いんだけど――」


「ねえ」


 コウちゃんは私の両手をぎゅっと握りしめた。


「コウちゃん?」


何か言うのを躊躇ってるようにも見えて心配だった。体長が悪いのかな? まだ怖いのかな? 色んな心配が頭を過って不安になったけど、コウちゃんが何かを言い出すまで何も言わずに待っていた。


「…………たい」


「え?」


「もう一回したい……」


 思わず自分の耳を疑った。急にそんなこと言われたってどう反応すれば良いか分からない。やっぱり今のコウちゃんはおかしい。こんな状況でしたら、地上に戻った時コウちゃんは後悔するかも知れない。


「えーっと……何を?」


「チューをやり直したい」


「え!? コウちゃん!?」


 覆い被さるように倒されて抵抗できなくなった。違う、抵抗したらコウちゃんを傷付けてしまう不安があったんだ。


「待って! 一回冷静に考えよ?」


「ボクはいつだって冷静だよ」


 コウちゃんはお酒でも飲んだかのように顔が赤いし口調もふわふわしている。


「すぐ終わるから……」


「ちょっ、待って……」


唇が触れ合う寸前、どうにも出来ない私はなるようになれと思って目を閉じた。


「ご飯出来たよ……って、俺お邪魔だった?」


 不意に扉が開いて強くんの声が聞こえて来た。反射的に飛び起きて頭を打った。


「ううん! 転んだだけだから!」


「そ、そう! ボクお腹すいたよ!」


 頭の痛みを忘れても誤魔化すことに全力だった。強くんのおかげでこのピンチを脱することが出来たのは感謝しないとね。


「準備手伝って欲しいな」


「分かった! コウちゃんも行くよ!」


「うん!」


 さっきの出来事は多分何かの間違えだろう。地獄に来てからコウちゃんの様子がおかしいし。コウちゃんも慣れない環境で色々と混乱しているのだろう。そう考えることにした。今の私にはそういう考えしか出来ないから。


「…………」


 さっきの出来事があってからどう接すれば良いか全く分からなくなった。手伝ってる間も重い空気が流れていて変な感覚に襲われる。例え地獄が天使にもたらした影響だとしても意識してしまうのは仕方のないことだ。


「いただきま~す!」


 大きな机に並べられた料理はどれもすごく美味しい。私が煉くんや強くんと話しているとコウちゃんがこっちをじっと見てくる。私が目を合わせるとすぐに逸らす。やっぱり私もコウちゃんのことが少し気になってしまう。


「プールどうだった? ここの温水プールは特別な効能があるんだよ」


「効能?」


「うん。ここの温水プールは入った人が本音で話し合えるようになるんだよ」


「鬼は隠し事が嫌いだから」


 なるほど。さっきのことも辻褄が合うようになった。合うようになったけど、そんな事言われたらコウちゃんのことで頭がいっぱいになってしまう。


「部屋に布団を敷いておくからお風呂入って来てよ」


「ありがと、コウちゃん先に入る?」


「え? 一緒に入っておいでよ。僕の家のお風呂広いから二人なら平気だよ」


「メアちゃんが良いって言うなら……」


「う、うん……」


 結局二人で入ることになってしまった。今の状況で一緒に入っても気まずくなるのは分かり切ってることだ。必死に頭をフルに回転させながら何を話すか考える。


「…………」


 無理なのは分かってた。服を脱いでる間なんか頭が真っ白になるに決まってるし。ていうかお風呂がとてつもなく大きいし、人が住めるぐらい広いし。スーパー銭湯の温泉ぐらい広いし。


「えっと、広いね!」


「うん」


「入ろっか」


「うん」


 コウちゃんの視線が気になって仕方がない。何かを話しても一つの返事しか返って来ないし。


「先に体洗ってくるよ」


「うん」


 どうすれば良いんだろう。私の思い込みなだけかも知れないし、それを言おうにも勘違いだったら恥ずかしいし。


「コウちゃん?」


「うん」


「コウちゃんの髪、綺麗で羨ましいな」


「うん」


 そう言えば、昔から好きな人が居るとか言ってたような気がする。そんな人が居るのに私と冗談でもこんなことをするのはダメだと思う。


「コウちゃんは好きな人が居るの?」


「うん」


 視線を私の体に向けたまま離そうとしないコウちゃんは完全に上の空で会話にならない。ここは、幼馴染としてダメなことはダメって言ってあげないと。


「さっきコウちゃんがやろうとしてたことは好きな人とじゃないとやっちゃダメなんだよ? コウちゃんは好きな人居るんでしょ?」


「うん」


「じゃあダメじゃん」


「うん。え?」


「え? こう言うのは好きな人とじゃないとやっちゃダメだよ?」


「じゃあ、良いってことだよね?」


「なにが?」


「だってボク――」


 コウちゃんの切なくて恥ずかしそうな表情を初めて見た。頬を赤く染めた表情と相まったその色っぽい姿に見惚れてしまいそうになるぐらいだった。



「メアちゃんがずっと好きだったんだもん」



 時間が止まったと錯覚するぐらい何も出来なかった。この場合はどう言えば正解なのかな? そもそも私はコウちゃんのことどう思ってるんだろう? いきなり言われたって分かんない。


「だから、ボクと付き合って欲しいっ……」


 分からない。付き合うって何? だって告白されたことなんてないし、そもそも私がコウちゃんを好きかどうかなんて分からないし。でも、コウちゃんが涙を流しながら伝えてくれた気持ちを雑には扱いたくない。真剣に向き合ってあげたかった。


「分かんないよ。恋なんかしたこと無いし、私たち幼馴染で小さい頃からずっと一緒に居たし。それが付き合うのと何が違うのかも分かんない」


「……だよね。急に変なこと言ってごめん」


「だから!」


 この先もきっと私はコウちゃんとずっと一緒に居る気がする。それに、きっと私の心のモヤモヤもこれが原因だとしたら答えは一つしかない。


「全然分かんない私だけど、コウちゃんが教えてくれるなら良いよ」



「メアちゃん……メアちゃんっ!」


「うわっ!?」


 全力で捨て身ダイブしてくるコウちゃんを受け止めてお風呂へと勢いよく着水したその日、私とコウちゃんは幼馴染から恋人へと変わった。それが今までと何が違うのかはまだ分からないけど。


「ごめんね。ゆっくりしすぎちゃった」


 お風呂から出てリビング向かうと、煉くんと強くんが居たんだけど様子がおかしい。何か良いことがあったみたいにニコニコしている。


「良いよ。冷蔵庫にさっき作ったパンケーキ置いてあるから食べてよ」


「俺たちは風呂入ってくるからよ! それと、末永く幸せにな!」


 親指を立てて満面の笑みでそう言った強くんの言葉の意味が分からなかった。


「へ?」


「強、それは言っちゃダメなやつ」


「そうなのか? じゃあ今の無しっ!」


「ごめんね。盗み聞きするつもりは無かったんだけど、タオルを置きに行った時に聞こえちゃって」


「ううん、タオルありがとね」


 煉くんたちがお風呂に行ったあとすれ違いでコウちゃんが頭を拭きながらリビングに入って来た。


「何かあったの? お祭騒ぎだったよ?」


「何もないよ。髪の毛乾かしてあげる」


 ドライヤーで髪の毛を乾かしながら、ずっと考えていた。小さい頃から一緒に居た私たちが恋人になったところで何が変わるのか。何かを失くしてしまうのではないかと。


「冷蔵庫にパンケーキあるから食べて良いって」


「やった! 食べよ!」


 冷蔵庫から出して来たパンケーキを口いっぱいに頬張って幸せそうに笑うコウちゃん。いつもと変わらない風景なのにコウちゃんの顔がより一層可愛く見えるのは気のせいだろう。


「ん?」


「あっ! 何でもない!」


 気付いたら机を挟んで向かいに座るコウちゃんの頬に手を伸ばしていた。別にコウちゃんの姿があまりにも可愛いかったから無意識に触れてたとかそう言うのじゃないから。


「メアちゃん?」


「可愛いね、コウちゃん」


「っ!? ズルい……」


 頬を赤らめて恥ずかしがる姿も可愛い。地獄って天国なのかもしれない。こんなにコウちゃんが可愛く見えるのは地獄の影響もあるからだろう。

 パンケーキを食べた後部屋に戻ると布団が敷かれていた。後で煉くんたちにお礼を言わないと。布団に入るとすぐに睡魔に襲われた。今日は密度の濃い出来事ばっかりだったし、朝も早かったから疲れが溜まっていていつの間にか眠りについていた。

 目が覚めたのは空が薄っすらと明るくなる朝の五時半ぐらい。と言っても、地獄だから空なんか見えないはずなんだけど地上と大きな変わりがない。何故か同じ布団で寝ているコウちゃんの声が薄っすらと聞こえてきて目が覚めた。コウちゃんは今も寝息を立てて寝ているし、無意識にテレパスで私に言葉を飛ばして来たんだろう。


「好き……」


不意に昨日のことを思い出して、恋人になった幼馴染の顔を眺める。関係が変わると見え方も変わって見える気がした。


「おはよ。朝早いんだね」


「煉くん、おはよ」


「よく眠れた?」


「うん。昨日は色々とありがとね」


 地獄の日の出は地上よりも綺麗に見える。地獄なのに日の出が見えるのもおかしな話だけど。


「地獄なのに太陽が見えるのは変だよね」


「え? うん」


「地獄も昔は怖かったんだけど、地上の技術を取り入れる毎に地上と見分けが付かなくなったんだ。今じゃ地下都市みたいになっちゃってるけど」


「そうなんだ」


 絵本に書いてあったのは昔の地獄の風景だったんだ。絵本の作者も地獄に来たことがあるのかな?

「朝ごはん作ってくるからゆっくりして」


「手伝うよ?」


「いや、お客さんだからね。ゆっくりしててよ」


「そっか、ありがと」


 煉くんが部屋へと入って行った後も、何もすることがない私は徐々に上ってくる朝日にも見飽きて部屋に戻ることにした。部屋に戻ったからと言ってすることが無いのには変わりは無いんだけど。

 物音一つならない静かな部屋の中で眠るコウちゃんの寝顔を眺めることにした。昨日はあんなに怯えてたから心配してたけどスヤスヤ眠る寝顔を見てホッとした。


「悪魔には加護が無いから分かんないや」


 天使は神の使いとして神様からの加護や恩恵を受けて暮らしている。悪魔は少しだけ神の加護で弱くなっている。弱くなっても天使と同等の力はあるから問題は無いけど。

地獄に来たコウちゃんの怯えようは加護や恩恵の大きさを物語っていた。今のコウちゃんは同じクラスの女子たちと変わりがないほど弱体化している。普段、天使と悪魔として暮らして来たから日常的な力加減で接していたけど、地獄に入って来た時にコウちゃんが怖がって私の手を掴んできた。私も普段と変わらない力で握り返したけどかなり痛がってたはずだ。


「守ってあげないと」

 

地上の人間と変わりない力ではちょっとした出来事で大怪我になりかねない。それは、街中のちょっとしたことなのか、私の不注意で起きるのかも分からない。何に関しても地獄で居る間は本当に気を付けなければならない。


「ん……おはよ」


「おはよ」


 まだ半分眠っているコウちゃんを洗面所に連れて行って朝の身支度を済ませた。部屋に戻って半分以上眠っているコウちゃんの服を着替えさせた。加護や恩恵の中には朝に強くなるのもあるのか。


「…………」


 寝息を立てて再び眠ろうとするコウちゃんを抱えてリビングまで運んだ。私よりも身長高いのに軽く感じるのは少し悔しい。


「よいしょっと」


 椅子に座らせても一向に起きようとしないし眠っているはずなのに、背筋がまっすぐに伸びていて姿勢が無駄に良い。どういう仕組みなんだろ?


「もう少しで朝ごはん出来るから待っててね」


「うん!」


「ほぇ……? おはよ……」


 今の会話で少し目を覚ましたコウちゃんは重いまぶたを擦りながら周りを見渡した。


「おはよ」


「…………」



「起きろっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」



 再び眠りにつくコウちゃんの耳元に全力で叫んだ。


「ひゃぅっ!?」


 目を覚ましたことを確認した後、煉くんを手伝いにキッチンへと向かった。


「ごめんね、私も何か手伝おっか?」


「ありがと、食器運んで欲しいな」


「は~い」


 用意されていた食器をリビングまで運んでから別の食器を運ぶためにキッチンへと戻ろうとした時にコウちゃんが私の袖をきゅっと掴んで引っ張った。


「どうしたの?」


「……ううん、おはよ!」


「お、おはよ」


 目に余る可愛さに目を眩んでしまった。元々、顔たちが同性でも惚れてしまうほどなのにそれが私の恋人になったって考えるとすごく恥ずかしくなってくる。


「えへへ~ボクのお嫁さんだ~」


 照れ臭いのか少し笑みを溢れさせて言った。近い未来、恋人から家族にステップアップすると思います。


「あ、起きたんだ。朝ご飯出来たよ」


「ボクも手伝う!」


「ありがと」


 机の上に並べてみると、どこかのホテルと勘違いしてしまうぐらい豪勢な朝ご飯だった。と言うかバイキングみたいな感じだった。


「今日はお店を見て回りたいな」


「近くに大きなショッピングモールがあるから食べ終わったら行こうよ」


「うん!」


 せっかく来たんだし私も何か買いたいな。特に欲しいものがある訳じゃないけど思い出作り程度に。


「ご馳走様でした! 早く行こっ!!」


「はいはい」


 手を引っ張って急かすコウちゃんも子供っぽくて可愛いなぁなんて思いながら煉くんたちが身支度してる間、淹れてもらった紅茶を飲んでいた。


「先に行ってくれて良いよ! 後で追い付くから!」


 洗面所の方から強くんの声が聞こえて来た。その言葉に甘えて先にショッピングモールへと向かうことにした。ショッピングモールは道が分からなくても建物が見えてるから迷わずに行けた。ショッピングモールに着いた私たちは中にあるマップを確認することにした。


「えーっと、こっち!」


 途中でマップを確認しながら手を繋いで一緒に走ってると小さい頃のコウちゃんを思い出して、あの頃も良かったなって思った。いや、よく考えたら良くなかった。あの頃はあの頃でコウちゃんのイタズラを避ける為に必死だった。


「ここ!」


 着いたのはアクセサリーショップで、高そうな物から誰が買うんだろって物まで置いてあった。


「何買うの?」


「婚約指輪!」


「そっか。え? 誰の?」


「え? ボクとメアちゃんのだよ?」


 何の疑問も抱かずに話を進めているけど、恋人になった翌日に婚約指輪を買うというのは聞いたことが無い。それを、目を輝かせて指輪を眺めているコウちゃんに言えなかった。


「買うのは良いけど学校につけて行ったりするのは嫌だよ?」


「なんで!?」


「無くなったりしたら困るし」


「えーっと……じゃあチェーンも買ってネックレスにしよう!」


「それだったら良いけど……」


 コウちゃんからすれば本当の意味での婚約指輪なんだろう。私もコウちゃんの気持ちを曖昧なものにしたくないし、本音を言えば嬉しいから別に何も問題は無い。と言うか気持ちが高ぶって仕方なかった。


「どれが良いかな?」


「コウちゃんが選んでくれ指輪ならどれでも嬉しいよ」


「う~ん……」


 真剣に悩んでくれる横顔がすごく可愛かった。婚約指輪を買ったこと無い私にはその重要性が理解できなかったけど。


「何かお探しですか?」


「婚約指輪を探してるんですけど迷っちゃって」


「お似合いの物をお探ししますね。お相手の方はどんな方ですか?」


「あそこに居ます」


「え? あ……お探ししますね」


 店員さんの何かを察したような間の空き方と少し戸惑ったような顔は一生忘れることは無いだろう。それでも、コウちゃんが満面の笑みでこっちにピースをしてくる姿を見たら気にすることでも無いかなって思えた。私は嬉しそうなコウちゃんの笑顔が大好きだ。


「お待たせしました。こちらの商品がお似合いかと思います」


「これにします! あとネックレスにしたいのでチェーンもお願いします」


「かしこまりました。お会計はこちらでお願いします」


 コウちゃんが持って行った指輪、絶対高いだろうな。


「お待たせ! 付けてあげる!」


「ありがと!」


 ネックレスを首に掛けてもらう時に、に今まで意識したこと無かったのに顔が近いってだけで恥ずかしさのあまり目を閉じてしまう。関係が変わるというのは恐ろしいことだ。


「……メアちゃん」


「ん? っ!?」


 目を開いたと同時に唇に伝わる柔らかい感触に何が起きたのか理解できなかった。けど、絶対に人前でやっちゃダメなことなのは分かった。


「なっ……」


「行こっ!」

 リアクションを取る前に手を引っ張られて再び走り出した。


「ズルいっ……」


「ごめんごめん」


「……大好き」


「え? なんて言ったの?」


「内緒!」


 誰にも聞かれないように小さな声で心の中に溜まった気持ちを漏らした。

 首から下げた指輪のネックレスを揺らしながら走る。目まぐるしく変わる状況に頭が追い付かない。だって、地獄に入ると加護が無くなるし本音しか言えなくなるプールに入っちゃうしお風呂で告白されて恋人になったと思ったら翌日に婚約指輪って、全然分かんないし何が何なのか理解が追い付いていない。


「次はここ!」


「ここ? 本当に? 多分間違えてるよ?」


 目の前にあるお店のガラスショーケースの中には純白のウェディングドレスが飾られていた。まさかと思ってコウちゃんの顔を見ると目をキラキラと輝かせてドレスを見ている。というよりも選んでる。コウちゃんが来たら絶対似合うだろうなぁ。じゃなくて!


「早い早い早い」


「何が?」


「ここはまた今度にしよ?」


「う~ん……分かった」


 私だって着てみたいけど時期とタイミングって物がある。もっとふさわしいタイミングで着たい。

 そのお店を後にした私たちは他のお店を回ってから、喫茶店に入って時間を潰すことにした。スマホの時計を確認すると、もうすぐ帰らないといけない時間だ。そう思うと少し寂しいけど、忘れることの出来ない思い出がいっぱい出来たから来てよかったと思う。


「こんな所に居たんだ」


「そろそろ時間でしょ? 帰らなくて大丈夫?」


 煉くんたちが喫茶店に居た私たちに声を掛けてくれた。本当は一緒に回る予定だったけど、私たちが少し飛ばし過ぎた。


「帰ろっか」


「うん」

 煉くんの家に戻って荷物をまとめていると、来た時の楽しさを思い出して少し寂しく感じた。煉くんの家を後にした私たちは昨日来た道を辿って地獄の門へと戻る。再びエレベーターみたいな感じで地上へと戻って来た。楽しかった出来事の後の帰り道は時間が経つのが早く感じる。名残惜しいけど貴重な経験が出来て良かった。


「ありがとね! 楽しかった!」


「じゃあね! 気を付けて帰ってね!」


 煉くんたちは再び地獄へと戻って行った。地獄ではお昼前だったのに地上に着くと夕焼けで空が真っ赤に染まっていた。


「あ、戻った」


 コウちゃんの加護も今まで通りに戻ったみたいだ。色んなことがあったけど、どれもが楽しくて自分にとって貴重な体験だった。首に掛けたネックレスのリングが夕焼け空を反射して赤く見える。


「帰って課題やらなきゃ」


「そうだね」


 手を繋いで帰るいつもと変わらない帰り道も少し特別に感じた。


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