第十一話 あの時のこと
時間が経つと言い出せないものでして
そして迎えた翌日。目が覚めた時に幸せ過ぎて自分が死んだんじゃないかって、ここは死後の世界なのではないかって錯覚するレベルだった。
昨日、楓のテレパス的なやつのおかげで安心して眠ることが出来たし、今日は私が助けてあげないと。
「先輩方! 用事があるので先に行きますね!」
「待って! これ!」
手渡されたのは袋に包まれた四角い箱。この絶妙な重量感は……
「お弁当作ったから。行ってらっしゃい!」
「行ってきます!」
行ってらっしゃいって言われてから余りの嬉しさに二十分くらい泣き崩れてたんだけど、それも仕方がないことだ。この幸せは一生に一度あるかないかのレベルだ。今日も一日いつも以上に頑張れる気がする。
「おはよ! さあ行くよ!」
「うわっ……やっぱり辞めようかな?」
見るからに気分が沈んでいる楓の腕を引っ張って隣のクラスまで連れていく。嫌がる楓でも私の気持ちと幸せの強さに比べたら可愛いものだ。
「ほら着いたよ! あれ?」
いつの間にか握っていたのは楓の腕じゃなくて一枚の手紙に変わっていた。
「逃げます? そうはさせないよ!」
廊下を物凄い速さで爆走する楓。一瞬で姿が見えなくなったからテレポートでも使ったのだろう。それでも私は楓を捕まえることが出来る。昨日気付いた私の力。
「はぁ……流石にここまで来ることは無いよね」
「そうかな?」
「うん……ん? えっ!?」
屋上で息を切らしている楓の足を掴んで教室へと連れていく。目を丸くして驚いている楓は何が起きたのか分からないって感じだ。
「待って! なんで!?」
「心読めるんでしょ?」
「………時間止めれるの? え? 卑怯じゃん」
「超能力者にそんなこと言われるとは思ってなかったよ」
「でも、そんなことしたら春香は人よりも多く年を取るんだよ?」
「大丈夫。時間を止めてる時は私の体の時間も止めてるから」
逃げることを諦めた楓は大人しく引きずられている。そうして貰えると私も助かる。
「痛っ!? 階段は歩くよ!」
元々仲が良かったのに、ずっと疎遠の状態なんて寂しいよ。私は楓に助けられて来たんだから私だって楓を助けてあげたい。残り少ない学校生活だし。
「ほら、着いたよ!」
「………」
教室の前まで来てるのに頑なに入ろうとしない。背中を全力で押しても動かない。せっかくここまで来たのに。
「あれ? 生徒会長?」
「あ、文芸部の……えっと、ちょうど良かった! 月奈ちゃん呼んで欲しい!」
「ちょっと待っててね」
急に逃げようと走り出す楓を元の位置に戻す作業を延々と繰り返していた。結構大変な作業だった。
「春香ちゃん? と楓……どうしたの?」
「楓が月奈ちゃんとお話ししたいって言ってたから連れてきた」
「………」
俯いて何も話さない楓。私の背中を全力で押してくれて、叶うはずのない恋路を全力で応援してくれた楓。こんな表情初めて見た。
「私は月奈を守ってあげられなかった。何でも出来る私からすれば虐めを止めることだって出来たのに。私から遠ざかっていく月奈を見て嫌われちゃったんだって思った」
「違うの。私と仲良くしてたら楓まで虐められると思ったから距離を置いたの。何も言わずにそうしてしまったことをずっと謝りたかったけど、勇気が出なくて……楓のことを嫌いになった訳じゃないからね」
二人には言いたくても言い出せなかったことが山ほどあるだろうし、少し二人きりにしてあげよう。
「春香、ちょっと良いか?」
「日向くん?」
二人を置いて体育館裏の自販機まで移動した。あの二人には聞かれたくないことなのかな。
「ありがとな」
「何が?」
「知ってたんだよ。楓が月奈を助けようとしてたこと。それでも月奈にとって楓は大事な友だちだったから巻き込みたくなかったんだよ。楓は泣きながら俺に言ってきたんだ。月奈を助けてやって欲しいって」
月奈ちゃんたちにそんな過去があったなんて知らなかった。今の楓も月奈ちゃんも出会った時から明るかったし、悩み事なんて無いように見えた。
「月奈の心のモヤモヤもこれで晴れるだろうし」
「そっか。うん、良かった」