93話 ドラゴンは弱肉強食社会
ドラゴンの案内を受け、俺ことフェイスは龍の領域へたどり着いた。
竜の領域は山頂にある、隠された魔法陣から突入できるらしい。つーか、そこからドラゴンが出てくる姿を確認できた。
『なんだ人間、ここへ何用だがっ!?』
「いやいいから、そんな押し問答に何の価値もねぇだろが」
人を見るなり決まり文句をかましやがって、首切り落としておくから静かにしておけ。
さてと、入口が分かった以上、こいつも用済みか。
『とうとう殺されるか……これも弱き者の宿命、好きにしろ』
「分かっているじゃねぇか、一言なら遺言を聞いてやるよ」
『では……エンディミオンの所有者とて、龍王様には敵わない。力の違いを思い知れ』
「あっそ、じゃあな」
道案内したドラゴンを切り殺し、放り捨てる。特別サービスで遺言を二言も聞いてやったんだ、ありがたく思いな。
さてと。この先にディアボロスが居るのか。
ディックをぶっ殺すための力、必ず手に入れる。龍王だろうが何だろうが、あいつ以外で俺に勝てる奴なんかいやしねぇ。
さぁて、行ってみるかね。
魔法陣をくぐると、広大な洞窟に入り込んだ。
山の中をくりぬいたような、途方もなく高い天井を持つ洞窟だ。壁にはいくつもの穴が開いていて、無数のドラゴンが出入りしている。
そして俺が立っているのは、まるで闘技場の武舞台だ。四方にはドラゴンを象った石像が設置され、姿から地水火風の属性を持つ龍が掘られているようだな。
無骨な空気漂う空間、これが龍の領域、地上最強種族の住処か。
『おうおう、我が同胞を殺してやってきたのは、まさかの人間か』
洞窟内に低い声が轟いた。取り巻きどもはビビッて縮こまるが、俺は逆にわくわくしたね。
声を聴いた瞬間、腹の底まで響く威圧を感じた。この俺すら冷や汗をかくほどの強大な存在が近づいてきている。
思わず笑った時、目の前に魔法陣が展開する。せりあがるように巨大な影が現れて、俺達の前に山のような巨龍が現れた。
尋常じゃない空気を纏った、全長百メートルの巨大なドラゴン。対峙するだけで心臓が止まりそうなオーラを纏い、この俺に立ちふさがっている。
『ばっはっは! まさか小さく弱い人間が、我らドラゴンの領域へたどり着くとは! 中々気骨のある連中ではないか、ばっはっは!』
うるせぇ笑い声だ、鼓膜が破れちまうっての。
とりあえず、まずはその喉笛切り裂いて、その声黙らせてやるか!
「おらぁ!」
斬撃を飛ばし、喉に直撃させた。ってのに……ドラゴンの体には、かすり傷すらついていない。
『ばっはっは! なんだ? 虻でも止まったか? マナーを知らぬ人間だな、だが気に入ったぞ、ワシに楯突くいい胆力ではないか! ばっはっはっは!』
「……勇者様の攻撃を虻扱いか。肩書は伊達じゃあなさそうだな」
どうやらこいつが、目的のトカゲらしい。エンディミオンを仕舞い、ドラゴンを見上げた。
「てめぇが龍王、ディアボロスか」
『左様。地上最強の生命体、龍王様とはこのワシの事よ。ばっはっはっはっはっは!』
◇◇◇
ディアボロスは人間軍の書状を読んでいる。その間俺達は、ドラゴン達からのもてなしを受けていた。
あんまり嬉しくねぇもてなしだがな。
『どうした? 我らが歓迎の馳走だ、遠慮せずに食うがいい』
「こいつが馳走だと? はっ、冗談じゃねぇよ」
ディアボロスが出したのは、丸々一頭分のカモシカの生肉だ。皮を剥いでいるが、内臓もそのまま。グロテスクにもほどがあるぜ。
ドリンクは酒だが、こいつはいわゆるどぶろくという奴で、乳白色に濁っている。相当きつい匂いで、兵士や女どもがむせかえっていた。
「仲間殺した腹いせか? 陰険なトカゲだぜ」
『ばっはっは! 同胞が死んだ所で我らは何も思わんよ。ドラゴンは徹底的な弱肉強食社会、殺されたとしても、弱い奴が悪いのだ』
「成程な。シンプルでいいもんだ」
『だろう。それにそれはれっきとした歓迎の証、ドラゴンにとってカモシカは一番のご馳走よ。それとも何か? このディアボロスの歓迎を受けられぬとでも?』
龍王が威圧するように笑った。したらビビった兵士が酒に口をつける。が、直後に倒れ、即死した。
ま、そんな事だろうと思ったよ。こいつはドラゴンが好む酒、竜傾酒だ。ドラゴンですら酔いつぶれるほど強烈な酒で、デビルコブラの毒を使って発酵させた物。人間じゃあ一舐めで死ぬだろうな。
『ばっはっは! やはり死んだか、これほどまでに脆弱な種族のくせして、言っている事だけは立派な物だな』
ディアボロスは書状を鼻息で吹き飛ばした。
『魔王領を制圧するべく、我ら龍族と同盟を組みたい。成程、考え自体は分かりやすい。我らドラゴンの力を使えば、魔王軍との戦も大層有利に進める事が出来るだろうな』
「んで、答えはどうなんだ? トカゲの王様クソジジィ。ぺちゃくちゃおしゃべりする気もねぇんだよ、とっとと結論を言え」
「ゆ、勇者様!? 龍王様に対しそんな口の利き方は……」
「勇者がどうしてトカゲごときにへりくだる必要がある。雑魚は黙ってろ」
女どもを一喝すると、ディアボロスはまた笑いだした。
『ばっはっは! ワシをトカゲの王と申すか、大層な男だな。エンディミオンの力があるからこその発言であろう。確かにその聖剣は人間を化け物へと変える。大した逸品だよ、ウィンディア人が造った武具で最高傑作と言えるだろう。だがなぁ勇者よ、その剣があったとしても、ワシには勝てんよ』
「何?」
『そもそもの格が違うのだ。貴様の罵倒になぜワシが怒らぬか、その意味が分からぬ程間抜けではあるまい』
……けっ、薄々感じてはいたよ。
こいつは俺を、完全に格下と見ている。そこらを這いつくばるアリと同列に捉えているんだ。
アリにどれだけ喚かれようが、気にする人間なんざいやしねぇだろ。
『同盟の件だが、受けてやらなくもない。我らドラゴンは力こそ全てだ、我らを超える力を示せば、喜んで力を貸してやろう』
「ようは、てめぇをぶっ倒したら人間と手を組むって事だな」
『左様。しかし、我が馳走を食う事も出来ぬ弱者にそんな事が出来るだろうかな』
ディアボロスがまたにやりとする。いいだろう、挑発に乗ってやる。
生肉を掴み、食ってやる。後ろで女や兵士どもが喚くが、うるせぇよ。トカゲに舐められたままで、お前ら引き下がれるのか? その程度のプライドもねぇ奴が、俺のやる事に文句を言うんじゃねぇ。
竜傾酒も一気飲みして、出された飯を完食する。カモシカの生肉、案外美味いじゃねぇか。
「豪華なご馳走、どうもありがとうございました!」
『それはそれは、どういたしまして!』
俺が聖剣を握るなり、ディアボロスは笑いながら、俺に爪を振り下ろしてきた。
エンディミオンで受け止めるなり、地面が陥没する。骨身が悲鳴を上げて、思わず顔が歪んじまった。
こいつ、なんて馬鹿力だ。一瞬気絶しかけたぜ。
『ばっはっは! 人間にしては大した膂力よ、気に入ったぞ勇者フェイス!』
「けっ、簡単に同盟を組むとか抜かして、怪しいと思ったぜ。てめぇ、ただ単に喧嘩がしたいだけだろ。そのエサに同盟を持ち出しただけじゃねぇか」
『その通りだ! ワシは三度の飯と同じくらい喧嘩が好きでなぁ! 強い奴と戦い、命を削りあう快感、そして敗者を打ち負かす享楽……ばっはっは! そこにこそ男の春は詰まっている! そう思わぬか勇者よ!』
「奇遇だな、俺も大好きだよ!」
斬撃をぶち当て、俺は中指を立てた。
「ドラゴンとの同盟なんざ最初からどうでもいい、俺はより強くなるために、てめぇを食いに来たんだ。最初から戦う気満々なら話が早ぇ、龍王ディアボロス! お前のドラゴンの力、俺に全部よこしな!」
『ばっはっは! ワシを使い魔にするつもりか? ますます気に入った! 簡単に死んでくれるなよ、勇者フェイス! ばっはっはっはっはっは!』
くははっ! エンディミオンを持つ俺ですら畏怖するぜ、最高だ!
なんとしてもてめぇをぶっ倒して、その首にリードをつけてやるよ、トカゲのクソジジィ!