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90話 怪盗の美学

「後輩巫女に教えてやるよ、世界樹の力をより高める裏技をな」


 私ことラピスは、ワイル様と一緒に祈祷場に来ていた。あ、ついでにラズリも来ていた。

 ワイル様は世界樹の涙を手に取るなり、胸に押し当てる。するとワイル様の中に世界樹の涙が吸い込まれて、ワイル様の髪が濃い緑色に染まっていった。


「これは、世界樹の涙と、一体化した?」

「本気の本気でやばくなった時だけの、奥の手の中の奥の手だ。世界樹の涙を取り込む事で、巫女は世界樹とつながる事が出来る。ただし、巫女が死ねば当然世界樹も死ぬし、涙を奪われ破壊されれば勿論世界樹は死ぬ。エルフの国の命を使った、マジもんの最終手段だ。あまりに危険すぎるから、世界樹もガチでやばくならないと教えてくれない最後の手段なんだ」

「……それを知っているという事は、一度そのような事があったと?」

「まーな、疫病を治すのに一回だけ使ったんだ。あんときはやばかったぜ」


 ワイル様はあっけらかんと答えるけど、国の危機を簡単に解決してしまうなんて、やっぱりすごい人だわ……♡


「ただ、後輩巫女は双子だからな。その強みを活かした運用が可能だ」

「そっか、私が世界樹の涙を取り込んで、ラズリと力を共有すればいいんですね」

「正解だ。そうすりゃ世界樹の涙が奪われる心配もないし、最悪片方が死んでも世界樹は生き延びる。言い方はきついかもしれないが、最大の敗北は世界樹が死ぬことだ。差し違える覚悟は持ってもらいたい」

「分かっています。先々代から受け継いだこの役目、必ず果たします」

「へへ、まぁ厳しい事言っちまったけど、美女が死ぬのは勘弁願いたいからな。きちんと生きて帰って来いよ」


 そう言って、ワイル様は私の頭を撫でてくれた。おっきくて優しい手。この人に撫でられるの、好きだなぁ。

 やっぱり私、この人に恋しちゃったんだ。

 ワイル様の事を想うとね、胸がポカポカするんだ。この人とずっと一緒に居たいって思っちゃうの。

 いいなぁ、ラズリもシラヌイさんも、今までこんな気持ちになってたんだ。


「しかし先々代……なぜ貴方は怪盗に? 巫子ジットと言えば、任期終了後行方不明になった方です。国に残っていれば約束された地位が待っていたのに」

「なぁに、簡単なことさ。もっと広い世界を見たくなったから、冒険に出かけた。それだけだよ」


 ワイル様は両手を広げた。


「巫子だった頃、よく世界樹の天辺に上って地平線を見ていたんだ。この先に何があるんだろう、そうずっと思っていたんだ。四百年もエルフの国に閉じ込められてたら、外への好奇心が溜まっちまってな。任期が切れたら絶対この広い世界を見るんだって、ずっと決めていたんだ」

「……それだけ、ですか?」

「それだけ、ですよっと。世界中旅して回って、すげぇ楽しかったよ。エルフの国に居たら絶対体験できないような事を沢山見聞きしてきたんだ。エルフの寿命は千年を超える、そんな時間があるんなら、自分のしたい事に費やすべきだ」

「はぁ……それで」

「なんで盗賊になったか、だろ? なぁに、アルセーヌって大怪盗に弟子入りしてよ、それで泥棒の魅力に取りつかれちまって、気が付きゃ大怪盗になっちまった。それだけさ」

「大事なところを簡潔にまとめないでください!」

「って言ってもな、六百年以上の自伝を語ったらきりないだろ? それに怪盗の魅力はミステリアスな所にありだ、これ以上の情報開示は無しだぜ」


 ワイル様はウインクし、サムズアップした。

 一つ一つの動作がクールでかっこいいなぁ。ずっとこの人を、間近で見ていたいなぁ……。

 私はあと二十年で任期が終わる……その先は貴族として役職に就くことが約束されているけど、自分の道は自分で見つけたいって思っていたの。

 ……なんだか、私の将来の道が決まった気がした。


「姉様、あの……何を考えているのか透けて見えるのですけど」

「ぴーぴーぴー、きーこえなーい」

「口笛吹けないのに無理しないでください、私絶対止めますからね」

「へっへーんだ、その時の対策はきちんと考えてあるもんねーっだ」


 ワイル様に私を奪ってもらうようお願いすればいいんだもん。でもこれは、まだ私の中の秘密にしておこうっと。


「仲がいい姉妹だねぇ。さてと、下はどうしているかな」


 ワイル様は窓から、ディック達を見下ろした。


「折角くれてやったってのに、まだ融合させてねぇのか。まどろっこしい奴だぜ」


  ◇◇◇


「輝龍剣オベリスク、どれほどの物かな」


 僕ことディックは、新たな相棒オベリスクを握りしめた。

 ソユーズの大剣よりも重いけど、片手で扱えそうだ。さて、ディアボロスの爪で造られた剣と会話をしてみようか。

 袈裟斬りから斬り上げ、回転斬りへとつなげる。いざ振ってみると遠心力が強くかかり、前の剣より振りが速い。突きを繰り出すと、僕の踏み込みに負けず一打を繰り出してくれる。

 じゃあ、振り下ろしたらどうなる? やってみよう。


「はっ!」


 素振りをしただけで地響きが起こった。ハンマーでも振り下ろしたかのような手応えに、肩まで衝撃が走る。飛ぶ斬撃を使えば、刀より弾速は遅い物の、威力がけた違いの一撃が放たれた。

 竜王剣の兄弟剣、やっぱり凄まじいな。基礎性能だけでも前の剣を凌駕している。

 軽くて切れ味が鋭く、抜刀術を組み合わせた高速戦が出来る刀。重いけど威力は抜群、一撃必殺が可能な大剣。うん、綺麗に戦闘スタイルが分けられているな。


「お見事。いい太刀筋だ」

「ありがとう、リージョン。どうだったかな、シラヌイ」

「ん、ばっちりじゃない? 意外な形で大剣の問題が片付いたものね」


 確かに、敵から鹵獲した武器で解決ってのも珍しいかもね。

 しかもオベリスクにはもう一つの能力がある。

 低威力の初級魔法なら、無詠唱かつ集中なしで使えるって事だ。

 肌を焦がす程度のファイアボールに、敵を押し返す程度のアクアライフル、鎧をへこませる程度のグレイブランス、ナイフと同じ切れ味のウィンドカッター。どれも威力は弱いけど、補助的に使うのならば活用できる物ばかり。

 オベリスクの登場で大きな強化が出来た。それにシラヌイも、新たな力を手に入れたしね。


『ふむ、龍王の持つ剣を軽々と扱うか。思ったよりも優れた剣士のようだな』


 シラヌイの使い魔となった幻魔シルフィが僕に称賛の声を向ける。シルフィを使い魔にした事で、彼女は禁断の力を使いこなせるようになった。

 ただ、シルフィについて一つ、気になる事があるんだ。


『どうしたディック、私に聞きたいことでも?』

「……君は自分を、歴史の観測者だと言っていたね。何のためにそんな役職についている? そしてそんな役職があるって事は、君の後ろにはボスがいるってことにならないか?」

「確かに、ずっと疑問に思っていたのよ。歴史を観測して、あんた達は一体何をしようとしているわけ?」


 シラヌイも疑問を投げかける。シルフィの口ぶりからして、裏に大きな組織の影がちらついているんだ。


『ふふ、それを知った所でどうする? いかに使い魔になったとて、対等な立場で契約を結んだに過ぎない。私は貴様らの記憶を容易に奪えるのだぞ?』


 だけどシルフィは不敵に笑い、話してくれなかった。


『今は、私を気に掛けている暇などあるまい。目先の脅威に対し気を払うべきだ』

「……それもそうだな、君に関しては、あとでいくらでも考えられる」


 僕達は着実に力をつけた。それでもなお、フェイスに勝てるビジョンが浮かばない。

 覚醒したエンディミオンの力は想像以上だった。ハヌマーンの防御機能を突き破り、攻撃も効果が薄かった……おまけに煌力まで奪われ、実力差はより大きく開いている。


「勇者フェイス、つくづく思うが、我々魔王四天王ですら手に余る相手だな。戦う度に底知れぬ力を出してくる。こうまで力の底が見えない人間は二人目だな」

「リージョンにもこう言わせるか、何度も思うけど、僕らは凄まじい敵と戦っているんだな……って、待ってくれ。二人目? フェイス以外にもあんな人間が居るのか?」

「ああ、居るとも。俺の目の前にな」


 リージョンはにやっとした。それって、僕の事か?


「自覚していないだろうが、お前も相当な人間だぞ? 敗北しても、どんな壁にぶちあたろうとも、屈する事無く乗り越えて力に変えるんだ。それも壁を乗り越える度、俺達が驚くほどの速度で成長する。こんな人間、俺は初めて見たよ」

「それに、人の心にずかずか入り込んで虜にするような所とかね」


 シラヌイまで苦笑して言ってくる。そこまで凄い人間とは思わないんだけどな……。


「過程はどうあれ、生き延びたのは事実よ。フェイスとはまた戦わなくちゃならない。でも次戦う時には、あんたはまた強くなっているでしょう? 何しろ、念願の魔導具も手に入れたんだしさ」

「ガラハッドか」


 僕は金のブレスレッド、盗の魔導具ガラハッドを出した。

 あまりにもあっさりとワイルから貰った、ハヌマーンの強化アイテムだ。それだけに、なんか使うのを躊躇ってしまうのだけど……。

 都合が良すぎるんだよ、いくら助けてくれたと言っても、相手は怪盗だ。元世界樹の巫子でも、今は悪人。そんな相手を信じていいものか。

 甘い話や簡単な話には軽く乗るなと母さんから口酸っぱく言われている、大事な物をこうも簡単に渡されると、何か裏がある気がして躊躇ってしまうな。


「まぁ怪盗から簡単に貰った物を、「はいそうですか」と使えるもんじゃないよな。気持ちは分かるぜ」


 そんな時にワイルがやってきた。

 彼は僕に近づくと、にやっとして袋を取り出した。ってそれ、僕の財布じゃないか!


「懐に入れていたのに、なぜ?」

「トリックだよ。ま、この通り俺はそんな物がなくとも盗む技術をたっくさん持ってるわけさ。ガラハッドなんざなくとも泥棒家業は続けられるってわけ」

「……けどこれがあれば、仕事も楽になるだろう?」

「おいおい、俺は盗むまでのスリルを楽しみたいんだ。なのにそんなチートアイテムなんざ使っちまったら興ざめだろう? 楽してチートを利用した俺ツエーなんざ俺はごめんだ、自分の知恵と力を振り絞って得た結果こそが、本当のお宝なんだよ」

「怪盗の美学か」

「そ。俺を盗人と思って警戒するのはいい事だ。ただ、俺は決して筋の通らない事はしない。今回エルフの国に手を貸したのも、俺の故郷を守るためだ。俺は俺の御宝を守るためなら、いくらでも汚名を被る。それこそが大怪盗、ワイル・D・スワンの矜持だからな」


 すがすがしいまでの悪の美学だ。こうまではっきりされると逆に信用できる。


「盗の魔導具ガラハッド、ありがたく頂くよ」

「おう、持ってけ。んでもって守ってくれよ、この美しい世界樹の国をさ。このヤマが解決するまで、俺も力を貸すからな」


 まさか怪盗からそんな依頼を受けるとはね。世の中、奇妙な事もあるものだ。

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