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9話 ホワイト企業な魔王軍

「あらあらまぁまぁ、シラヌイちゃんから飲みに誘ってくれるなんて珍しいわねー」

「……あんたくらいしか飲みに来てくれる奴居ないのよ……」


 私ことシラヌイは、人見知りゆえに友達が少ない。メイライトくらいしか誘える奴は居ないのである。

 この一週間、ディックのせいで悶々とした毎日を送っている。その愚痴を誰かに聞いて欲しいのだ。

 バルドフの居酒屋に向かい、一息つく。最初の一杯はエールと決まっている。


「それで、どうなのよ。彼が入職して具合はどう? 話を聞いて欲しい程酷いんでしょ?」

「……聞いてよ、あいつってばさぁ……! むかつく位アレなのよ!」


 エールを一気飲みし、メイライトの前でハンマーパンチ。ディックに対する不満をぶちまける。


「むっちゃくちゃ仕事出来るのよ何あいつ!? 私のスケジュール完璧に調整してくれるし、仕事部屋綺麗に掃除してくれる上にアロマなんか焚いて居心地いい空間作ってくるし、デスクワークも的確で速くて私より処理速いし! そのせいで最近定時上がりが多くて睡眠時間確保できてて、お昼も満足に食べられてて、あとそれと……」


「シラヌイちゃん、それ愚痴なの? 単なる自慢話にしか聞こえないのだけど」

「……そうじゃないの、そうじゃなくて、その……」

「全部いい事ばかりじゃない。前よりずっと充実してるって事でしょ」

「……出来てない」

「何が?」

「私が仕事出来てないように見えるじゃないの!」


 もう一度ハンマーパンチ。不満を叫んだ。

 ディックは仕事が出来すぎる。そのせいで並んでいる私の仕事の出来なさ加減が強調されていて、とても集中できないのだ。

 私は四天王よ? 魔王軍でもトップクラスの実力者よ? それがたかが人間なんかに後れをとるなんて……末代までの恥じゃないのよ。


「私はさー、雑魚悪魔出身だから努力するしか力をつける手段がなかったのよー。なのにあの男はさー、その努力を全部置いてけぼりにする勢いで仕事していくしー、それが悔しくてむかついて、傍に居てイライラするっていうかー」

「あらまぁ、もう酔っちゃって。すいませーん! 追加でエールお願いしまーっす」


 普段飲まないから私は酒に弱い。エール一杯でもうぐでんぐでんだ。

 でもおかげで遠慮なく文句を言える。酒の力は偉大だ。


「けど、役に立っているならそんなに意地張らなくていいんじゃないの? そんな事で誰もシラヌイちゃんを悪く思わないし、仕事が楽になるなら歓迎するに越した事はないでしょう」

「……ダメなのよ。私は頑張る以外のやり方知らないから、急に頑張らなくてよくなったら、どうすればいいのか分からなくなるの」


 私はずっと、根を詰めて働く事が正しいと思っていた。自分を削り続けるのが四天王のあるべき姿だと信じて、私に期待してくれる人のために死ぬ気で努力していた。


 そうしないと私から、全員が離れてしまうかもしれないから。


 私は男を知らないサキュバスだ。今まで淫魔として、精気を奪った事はない。そのせいで落ちこぼれと蔑まされて、一度は親からも見放された。

 独りぼっちだった私にできる事は、頑張る事だけだった。

 唯一得意だった炎魔法を極めれば、皆私を無視できなくなる。落ちこぼれの私が四天王になれば、嫌でも皆が注目してくれる。


 そう思って私はずっと努力し続けた。私を見てもらうために。魅力のないサキュバスになんか価値はない、私に価値を付けるために、私は血反吐を吐いてでも努力し続けた。

 死ぬ寸前まで魔力を使い特訓して、寝る時間を惜しんで本を開き、薬で体を騙し前線で戦い続けた。血を流して功績を積み重ねた結果、私は念願の四天王になれたんだ。


「私の全部を削って、やっと四天王になって、皆は私を見てくれるようになったけど……皆は四天王である私が好きなの。本当の私なんか見せたらまた、皆離れて行っちゃうじゃない。誰も私から離れてほしくない。だったら、死ぬ気で働くしかないのよ」


 本当の私は要領が悪くて、人が簡単に出来る事が出来なくて、炎魔法以外に取り柄のない雑魚悪魔だ。そんな女が四天王であり続けるには……誰よりも時間を費やして努力する他ない。

 弱い自分を見せたくない。強い自分を演出し続けないと私は、私じゃなくなってしまう。


「なのにディックは、私から努力を取り上げちゃうの。仕事を全部取り上げて、私を弱くしちゃうの。私から努力を取ったら何もなくなっちゃうの。私が私でなくなっちゃうの。だから、嫌なの。あいつのせいで私は努力できなくなって、きっと皆から見限られちゃうの」

「……大分病んでるわねぇ」

「何とでも言ってちょうだい。ともかく、私はディックが気に入らないの。きっとあいつは私を楽にして、四天王から引きずり下ろすつもりよ。そうに決まってる。あいつは私をまた独りぼっちにするつもりなのよ、そうに決まっているの!」


 明日はもっと頑張らないと。ディックが要らなくなるくらいに。私なんかどうなったってかまわない。誰からも見放されないように、皆が見続けてくれるように、私は一人で頑張らなくちゃいけないんだから。


「私は、強い……四天王なんだから、強くなくちゃ……誰の助けも、いらないんだから……」


 久しぶりのアルコールのせいか、気づいたら私は突っ伏し、眠ってしまった。


  ◇◇◇


「もぉ、酷い状態ねぇ……」


 私ことメイライトはため息を吐く。シラヌイちゃんてば、相当精神がキていたようねぇ。

 色々言い訳出していたけど、要約すれば人の目が気になって仕方がないだけ。

 他人からどう思われてるのか気になりすぎて、臆病になっているのよね。失敗したら周りから酷い事を言われるかもしれない。そう恐くなるから仕事に逃げてしまう。


 ……きっと仕事以外に安心できる場所が無いのでしょう。自分の逃げ場所がそこしかないから、辛くても彼女は頑張り続けてしまうのね。


「結局自分で自分を苦しめているだけじゃない、おバカさん」


 少なくとも、私達四天王は貴方を悪くなんか思ってないわ。

 努力一本で私達と渡り歩くなんて、そこらの凡夫じゃ絶対出来ない。この子が積み重ねてきた事は誰も馬鹿に出来ないし、しちゃいけない。この子は天才よ、諦めずに努力が出来る天才なの。


 彼女は自分が思っている以上に強いのに、自信がないから自分で自分を傷つける。彼女に足りないのは努力なんかじゃない、愛情よ。

 弱い自分もひっくるめて、全部を愛してくれる人と出会えれば、きっと世界が変わるはずなのよ。うーん、恋愛小説みたいでキュンキュンくるわぁー♡ 私恋バナ大好きなのー♪


「ディックちゃんなら適任だと思うんだけどなぁ」


 私の見込みじゃ、脈ありのはずなのよねぇ。彼がシラヌイちゃんの安心できる場所になってくれるといいのだけど。


  ◇◇◇


「という事でかんぱーい!」


 僕ことディックはリージョンとソユーズに連れられ、居酒屋に来ていた。二人の部下も交え、居酒屋を貸し切りにしての宴会だ。しかも服従の首輪も外されている。

 リージョンが言うには、僕の歓迎会との事。中途採用の僕にこんな会を催すなんて、人間関係良好な職場だな。勇者パーティのブラック加減を思えば、相当なホワイト企業だ。


「さぁ飲め飲め! 今日は無礼講だぞ、全部俺の奢りだ!」

「……いいのか? 人間の僕なんかにこんな宴会開いて」

「俺がいいと言ったらいいんだよ、魔王軍は異種族混成軍だ、人間一人が入った所で気にする奴は誰もいないって!」

「ならいいんだけど……シラヌイとメイライトは?」

「……二人は都合が合わないらしく、辞退していた。また別途で催せばいい」


 ソユーズが言うならそうなんだろう。シラヌイが居ないと、やっぱり寂しいな。少しでも彼女と離れると落ち着かなくなる。今僕にとっては、彼女と一緒に居るのが生きがいになっているから。

 とは言え、シラヌイも一人で居る時間が必要だろう。飲みの席で酒を飲まないのは失礼だし、ほどほどに付き合うか。


「おっ、大ジョッキ一気とかやるなぁ。お前強いだろ?」

「仕事柄、自白剤の訓練をしていたからね。多分いくら飲んでも酔わないと思う」

「……酒を自白剤と称する奴を我は初めて見たぞ……」


 宴自体はつつがなく進んでいた。やたらと酒や食事を勧められ、女性兵から頻繁に声をかけられたり、武人な連中から剣について談義したり。それなりに楽しい時間が過ぎていく。

 今まで母さん以外の相手と付きあった事がなかったから、少し新鮮だ。魔王軍の連中も存外悪くない、むしろ人間よりいい奴が多いんじゃないか。


「それでどうなんだ? シラヌイとはうまくやっているのか?」


 リージョンから話を振られ、僕は困った。

 僕としては、彼女の役に立てるよう頑張っているつもりだ。シラヌイが辛い思いをしないよう、細心の注意を払って仕事をしている。


 でも、彼女にはそれがよく映っていないらしい。


 いつも不機嫌そうな顔で僕を睨んで、イライラしてばかり。どうにも僕は嫌われているようだ。


「分からない。僕としては努力しているつもりなんだけど、シラヌイはそれが気に入らないみたいでさ」

「ふむぅ、シラヌイは中々気難しいからな。特にここ最近機嫌が悪いとなると……生理か?」


『…………』


「すまん、黙らないでくれるか? 俺が悪い事言ったようになるじゃないか」

「セクハラだろそれ」

「……四天王のトップとしてどうなのだ?」

「中間管理職辛い……」


「……いじけたリージョンはともかく、ディック。お前はどうなのだ? シラヌイと上手くやっていけそうか? ……それとシラヌイと共に過ごして、どう感じるようになった。印象と違って、嫌いになったか?」

「そうだな……」


 シラヌイは母さんそっくりな外見だ。でも一緒に居ると沢山の所が母さんと違っていて、別人だと強く実感するようになった。

 けどだからと言って、彼女が嫌いになっていない。もっとシラヌイの事を知りたい。僕は今、心からそう思っている。


「もっと彼女に歩み寄りたい、僕はそう思っている。もし嫌われているのなら、少しでも僕を好きになってくれるよう努力してみるさ」

「……真面目だな、いい奴だ、お前は。陰ながら応援させてもらうぞ」

「ありがとう」


 ソユーズは内気な奴だけど、面倒見がいいな。


「よしでは、シラヌイにいかに興味を持ってもらえるか作戦でも立てるか。女の部下にも意見を求めればきっといい案が出るさ」

「くれぐれもセクハラにならないよう気を付けてくれよ」


 ナチュラルにハラスメントをやるのがリージョンの悪い所だからな、気を付けないと訴えられてしまうぞ。

 その後も宴はつつがなく進み、僕は楽しい時間を過ごせたのだった。

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