84話 鮮やかなる怪盗劇
翌朝、エルフの国は厳戒態勢になっていた。
僕ことディックはラズリから渡された守備配置の表を見つつ、シラヌイと現状を確認している。
国民は念のため、世界樹地下に造られた避難所へ移動している。ワイルの能力「シャッフル」の対策だ。万一「シャッフル」で逃げられても、住民を一か所に集めていれば人ごみに紛れる事は困難だ。
「ステルス」対策のために、塀の配置はエルフ城に集約されている。警戒網を広げれば穴が開きやすくなるので、ワイルが忍び込む隙を作ってしまう。
守るべき宝を徹底的に警備する、守備範囲を狭めて頑強にする陣。ワイルを相手にするなら妥当な対策だと思うけど。
「まるで大国が攻めてくる前みたいだな。ワイル一人でここまで人を動かしてしまうなんてな」
「口八丁のはったりで、大きく心を動かすか。こうした話術も怪盗の技術かしらね。んで、私らは相変わらず遊撃隊?」
「そうみたいだ。僕らはワイルの持つガラハッドに唯一対抗できるからね、下手に位置を固定するより自由に動けるようにした方が効率的って判断だろう」
「ここまでラズリ一人で考えたんでしょ? あの恋愛煩悩グダグダっぷりを考えると凄い有能ぶりよね」
「エルフの国最高戦力は伊達じゃないってわけさ」
配置表を見ても、各々の適正に合わせた配置にしているのがわかる。仕事となると徹底しているな。
「でも、これだけの警戒網を敷いたとしても、ワイルに通用するかどうか不安だな」
「そうね。相手は天下の大泥棒……警戒網を悠々超えてしまいそうだわ」
不安になってても仕方がない。今は朝十時、予告では正午だったよな。とりあえずラズリと最後の打ち合わせに行こう。
作戦会議室へ向かうと、ラズリは各師団長達に指示を飛ばしているところだった。
「ディック様、シラヌイ様。お待ちしていました」
「お疲れ様です。僕達の配置を伺いにまいりました」
「初期配置はどこに居ればいいでしょうか?」
「エルフ城中腹の、バルコニーでお願いします。あそこならどこからワイルが来てもすぐに対応できますので。それとこれを」
ラズリは木の葉を差し出してくる。これは、世界樹の葉か。
「姉様はすでに祈祷場で待機し、世界樹と祈りを交わしています。世界樹と一体化した姉様であれば、ワイルが城に入ればすぐに察知するはずです。葉を持っておけば、姉様と念話できるようになりますのでお持ちください」
「分かりました」
ただ、前に一度欺かれているんだよな。いくらラピスでもどこまで対抗できるか。
「世界樹の涙、なんとしても守ります。エルフの国の一大事、必ず乗り越えましょう」
ラズリは胸に手を当てると、いそいそと出て行こうとする。そこへ、ワードが鉢合わせた。
「ラズリ様、忙しい中すみません。どうしても渡したい物があって」
「な、なんでしょう?」
戦士の顔から一転、乙女になってしまう。
ワードは木の葉で作った人形を渡してきた。
「無事に戦いから戻ってこれるお守りです。僕は戦えませんから、これくらいしかできませんけど、どうか持って行ってください」
「……! ありがとうございます……!」
初々しいな。厳戒態勢の中で、少しだけほっとしたよ。
ラズリが足早に去った後、ワードは僕らに歩み寄った。
「どうか、ラズリ様の力になってあげてください」
「お任せを」
期待されたのなら、応えなくちゃな。僕も全力を尽くそう。
◇◇◇
バルコニーに出てシラヌイと共に立つ。がらんとしたエルフの国を見下ろすと、なんだか寂しい気持ちになるな。
「もうすぐ予告の正午ね」
シラヌイが懐中時計を見てそう言った。さて、ワイルはどこから来るか。
最大限に警戒するつもりだけど、僕の気配察知に引っかからない相手だ。盗の魔導具ガラハッド、その能力の一つ、「ステルス」の突破手段はあるのかな。
「ねぇ、そういやさ。煌力って探知力も上がるのよね?」
「うん。全身に纏った状態なら、多分数倍以上にはなるかな」
「なら、それ使ってみるのは?」
シラヌイの提案は、僕も少し考えていた。煌力モードの気配察知なら、多分「ステルス」を突破できるはずだ。
ただ、煌力モードを使った後は暫し動けなくなってしまう。ワイルの素早さを考えると、反動で動けなくなるのはできるだけ避けたい所だ。
「ギャンブルになっちゃうからな、どうだろう」
「大丈夫よ、そのための私じゃない」
シラヌイは自分を指さした。
「あんたが動けなくなったら、私が担いで引っ張っていく。あんたは一人で動くんじゃなくて、私と一緒に居る。それを忘れちゃダメ」
「……そうか、そうだね」
彼女の言葉は、いつも僕に力をくれるな。シラヌイになら僕は、自身を任せられる。
よし、それならやってみよう。煌力モードの気配察知。
煌力を取り込み、全身に曲線模様を浮かばせる。目を閉じ、全神経をエルフの国に広げた。
エルフ達の気配がくっきりと分かる。顔まで浮かび上がってきたし、会話の一つ一つまで聞き取れた。
これは凄いな、感知できるなんて物じゃない、まるで真横に人が居るみたいだ。
さぁ、ワイルはどこに居る? 隅々まで見ていくと、不自然な気配を感じた。
煌力モードを解除し、膝をつく。一分だけの使用だから、反動はどうにか抑えられたみたいだ。
それでも、少しの間動けないなこれは……。
「大丈夫?」
「なんとかね……それより、見つけたよ。ワイルだ」
僕は世界樹を見上げた。あいつは、警戒網の虚をつくつもりだ。
「誰かラズリ様へ伝言を! ワイルは世界樹の天辺に居る!」
◇◇◇
「あっちゃあ、なんかバレちった」
俺ことワイルは、兵士達が慌ただしくなる気配を感じていた。
「サーチ」で様子を見ていたが、ディックとかいう人間だな。不思議な力で俺の居場所を探し当てやがった。
なんだあの力、俺も見た事がないや。全くフェイスといい、ディックといい。人間ってのは面白い技術を使うもんだなぁ。
「ま、そうでなくちゃ面白くないぜ。ガチガチの金庫を突破してこそ、怪盗の名は上がるってもんだろ」
城の警戒度が上がっていく、全員が世界樹の天辺に集中しているな。
さぁてと、そろそろ行きますかね。ワイル・D・スワンの大舞台、エルフの国編開幕だ。
「イッツアショーターイム!」
世界樹から一気に飛び降りる! 突入口は、巫女様の寝室だ!
「ワイルだ! ワイルが出たぞ!」
どっかの衛兵が叫んだ。だけど残念、遅すぎだぜ。
ラピスの部屋が目に入り、テディベアが映る。そいつに狙いを合わせて、「シャッフル」を使った。
瞬時に位置が変わって、巫女の寝室に無事侵入。外じゃ俺がテディベアになって驚いてんだろうな。
しっかし、乙女というかメルヘンな部屋だぜ。見た目通り、可愛い女みたいだな。
立場が無かったら口説いておきたいところだが、今はそんな事言ってる場合じゃねぇな。
「外に五人か。余裕!」
扉が開くなり、衛兵が飛び込んでくる。そいつらに閃光玉を投げつけて、強烈な光をあびせてやる。
怯んでいる隙に脇をすり抜けて廊下へ脱出。したらまた衛兵どもが来やがった。
「こいつぁ、俺の「ステルス」が破られてるな」
誰かに見られているような感じがする。こいつは、ラピスか。世界樹と一体化して、中をサーチしてるんだな。
全く、いくら俺が見目麗しいからってそんなに見つめるなよ、照れるぜ。
「スナッチ!」
衛兵どもの靴を奪ってすっころばせる。その上をちょちょいと走り、後続は壁を走ってかいくぐる。
道が狭くちゃ大人数で暴れられねぇだろ、怪盗の独壇場って奴さ。
時々閃光玉で兵を無力化しつつ、着実に目的地へと向かう。このお宝へと近づく感覚、自ら危険に飛び込むスリル。たまらねぇな。
俺にとって、お宝の価値なんかどうでもいいのさ。欲しいのはスリル、鮮やかに奪う自分の技術に酔いしれるために、俺は泥棒家業をやっている。
ま、今回は魔導具なんてチートアイテム使ってるから、あんまし快感はねぇけどな。
「これを使ってでも、こいつらに伝えたい事があるんだよ」
一応俺は、この国の出身だ。大泥棒様にも愛国心ってのはあってね。
この国を守る為に、俺は暴れなきゃなんねぇのさ。
雑兵たちは悉く回避して、いよいよ祈祷場への道へと到達する。さぁ、出て来いよ。ここまで来たら、この国最高戦力様のお出ましだろ。
「そこまでだ、ワイル・D・スワン」
祈祷場の入口前に、ラズリが鎮座していた。予想通り、俺がここへ来るのを予想していたか。
そんでもって、後ろからも二人のお客様がいらっしゃったようで。
「ほんの五分でここまで来るとはね、流石は天下の大泥棒、すさまじい速さだ」
「けどここまでよ。この戦力を前に果たして逃げられるかしら」
元勇者パーティの剣士ディックに、魔王軍四天王シラヌイか。ここにエルフの国が誇る最高戦力三人が揃ったってわけか。
よし、ここまで予定通りだ。全部計画通りに進んでいる。
怪盗が盗むのは、何もお宝だけじゃあねぇ。人を動かし、時間を奪う。それも大怪盗の手腕って奴なのさ。