81話 新たなる敵は大怪盗。
「祈祷場への道に、男が居たのですか?」
私ことラズリは、姉様の話を聞いて驚いた。
祈祷場は神聖な場所で、世界樹の監視が特に強い場所である。世界樹の巫女以外が入れば、容赦なく攻撃され、命はない。
「どうして、そんな大事な事を言わなかったのですか!?」
「え、あ、うん……なんでだろ。なんかあの人を見たら頭がぽやんとしちゃって」
姉様は呆けた顔で花を抱きしめている。あの人から貰った物だと言い張って、放そうとしないのだ。
くそ、まさか姉様に洗脳の魔法でもかけたのか? 私達巫女は世界樹に守られているから、呪術の類いも通じないはずなのに……。
もしそうだとしたら、エルフの国始まって以来の重大な事件だ。巫女の守護を突破するほどの敵が現れたのだから。
「此度の件、今すぐ女王様に報告いたします。同時に、警備体制の強化も。姉様には衛兵をつけますので、どうかご警戒を。それと洗脳の魔法を受けた危険がありますので、今すぐ解呪の準備を整えます」
「うん、わかった」
姉様はまだ呆けている。よほど強い洗脳を受けたのかもしれないな。
◇◇◇
エルフ城がにわかに慌ただしくなっている。
僕ことディックは、部屋から物々しい空気の漂うエルフの国を見下ろしていた。
「部外者だから、一度隔離する。そんな感じかな」
「でしょうね。ただ、私達が疑われることはまずないわよ」
「ずっとラズリと一緒に居たからね。魔王軍外交官も全員出払っていたし、疑われるような事はないはずさ」
一応、念のためって奴だろうな。衛兵の気配が近づいている、敵意は感じないから、きっと解放の旨を報告に来たんだろう。
同時に、僕らへある依頼をするはずだ。
「失礼します、四天王シラヌイ様、ディック様。女王陛下がお呼びになられています、謁見の間までおいでください」
予想通りの展開に、僕とシラヌイは頷きあった。
謁見の間へ出ると、ミハエル女王は険しい顔で僕らに説明を始めた。
「ラピスが祈祷場への道中で賊と接触した。勿論聞き及んでいるだろう、これは由々しき事態だ。特にラピスは、洗脳の魔法を受けた可能性がある」
「なんですって?」
「これほどの力を持った賊が現れるのは、エルフの国始まって以来の事件だ。現在全力で国内を捜索しているが、依然報告はなくてな」
易々と重要施設に入り込むような奴だ、そう簡単に見つかるわけがない。
「我々としては、賊の対応のため、打てる手を打っておきたい。四天王シラヌイ、剣士ディック。同盟協定前だが、我が頼みを受けて貰えぬか?」
「何なりと」
「我らエルフ軍と共に賊の対応に当たってほしい」
「四天王シラヌイの名の下に、魔王様のお言葉を代弁いたします。その依頼、承ります」
「恩に着る……どうか、よろしく頼むぞ」
ミハエル女王はホッとした様子でそう言った。
◇◇◇
謁見の間に出て、僕は気配察知を使ってみた。今の僕には煌力がある、併用して気配察知を使えば、エルフの国全域を感知できるのだけど。
「……難しいな、そもそも相手が誰かもわからない以上、気配察知を使っても意味ないか」
「隠密性に長けてるのは分かってるものね。あんたの気配察知、人ごみに紛れると効果が薄れるもの」
「沢山の人の気配に紛れてしまうからね。ただ、相手の種族は何となくわかるかな」
「どうして?」
「人間やエルフ、君のようなサキュバスの気配はそれぞれ違う。もし別種族なら、僅かな違和感で感知できるから、人ごみに紛れても見つかるんだ」
「けどその違和感が無いって事は、同じ種族の可能性が高い?」
「そう、賊の種族はエルフかもしれない。分かった所でどうしようもないけど、何も手掛かりがないよりましさ」
「確かにね」
僕達は遊撃隊として配置されている。エルフ軍とは信頼関係が出来ていないから連携できないし、たった二人では指揮系統にも入れにくい。なので、僕らは魔王軍として独立し、別角度から賊を探す事になっていた。
「一度、ラピスから話を聞きたいな。ラズリを経由すれば話は通せるはずだし」
「賛成よ。唯一の目撃者だし、少しでも気になる点を洗い出さないと。何しろ相手は」
「うん、魔導具の所有者である可能性が高い」
ハヌマーンが魔導具の気配を感じ取ったんだ。ラズリから聞いたけど、エルフの国に魔導具の所有者はいない。となると、ラピスの言っていた賊が所有している。そう考えるしかない。
エンディミオンしかり、シュヴァリエしかり、魔導具の力は絶大だ。そんな相手がもぐりこんでいるのなら、アンチ魔導具の力を持った僕が戦わなければ。
「賊の正体は、魔導具を持ったエルフ。この前提で動こう」
「りょーかい。そんじゃ、さっさと事情聴取に向かいましょうか」
◇◇◇
ラズリの許可をもらい、僕達はラピスの部屋へ向かった。
丁度解呪が終わったそうだ。洗脳が解けたのなら、重要な情報が聞けるはず。と思っていたら、
「洗脳されていなかった?」
「はい。魔法使いに診てもらったのですが、特に魔法を受けた形跡はないと。強いて言うならあの状態は……恋の病、だそうです」
『……恋の病?』
思わずシラヌイとはもってしまった。
「……姉様はどうやら、賊に一目惚れしてしまったようなのです……」
「その展開は予想外だった」
「同じく」
ラピスが一目惚れするって、どんな奴なんだ?
という事で部屋に入り、彼女に話を聞く事に。そしたらラピスは、
「あのね、私がね、祈祷場に行こうとしたらね、その男の人が出てきたの。それで私を可愛いお嬢さんって言ってくれて……凄くワイルド系のかっこいい人だったんだぁ」
まるで自慢するかのように、男の事を話し始めた。
……ラピスの好み、どうやら不良系らしい。国民が聞いたら卒倒しないかこの情報。
まぁ、人の好みにツッコむつもりはないからいいけどさ。
「姉様、私達はその賊をとらえるために動いています。ここは恋心を抑え、私達に情報を頂けませんか?」
「んー……? あの人を捕まえるって事だよね。……捕まえたら、一杯一緒にいられるよね」
おい、なんだその発想は。考え方が猟奇的すぎないか?
「そっか、賊だったら捕まえて服従の首輪をつければ……一生私の物になるよね。うんそうだよね、相手は賊なんだから遠慮する事はないもんね……!」
ラピスはいきいきした目で立ち上がり、Vサインを見せた。
「よーっし! それなら私協力するよ! あの人を私の物にするため……じゃなくてエルフの国に混乱をもたらす者は巫女として許せません! 世界樹の巫女の力全てを使って、賊を捕まえちゃうぞ! えいえいおー!」
欲望駄々洩れすぎるだろ。ラピスといいラズリといい、こいつら何なの本当に。
「私ね、重要な情報を掴んでいるの。賊の人の名前だよ」
「その賊、名乗ったのですか?」
「うん!」
警戒心が無いのか、それとも絶対な自信を持つのか。随分奇特な奴だ。
「名前はね、ワイル・D・スワン。そう言ってたよ」
「! ワイル・D・スワン、ですって?」
「うん」
僕とシラヌイは驚いた。二人は理解していないようで首を傾げている。
当然か、エルフの国は外界と切り離されているからな。
「知ってるの?」
「はい。ワイル・D・スワンは、魔王領と人間領、双方から指名手配されているエルフです。各地で騒ぎを起こしている厄介者……そうか、あいつなら」
「分かる気がする。ワイルなら確かに、魔導具を持っていないと納得できない奴だもの。それだけ不思議な能力を持った奴だから」
「知っているなら丁度いい、教えてください。ワイルとは何者なのですか?」
「あいつは……」
『おーっと、そのネタ晴らしは俺様にやらせてくれないか?』
突然花から声が飛び出した。驚いて調べると、アブラムシ大の昆虫が。
「共鳴虫か」
短距離だけなら通信可能の念波を送る虫だ。これで僕達の話を盗聴していたらしい。
気配察知! 駄目だ、感じない。あいつ、気配を完全に消せるのか。
『外に出て来いよ、盛大な催し物をやってやるからさ』
僕達は急いで城外に出た。するとひらひらと、大量のカードが降ってくる。
そのカードには、こう書かれていた。
「世界の全ては俺の物……」
『その通り。俺にとってこの世界は広くて狭い、だからこそ全部手に入れたいのさ』
世界樹を見上げると、エルフ城の頂上に男が立っていた。ラピスから聞いた容姿と、そっくりだ。
『やぁやぁ世界樹の民の皆さん、ごきげんよう。初めましての方のために自己紹介をいたしましょう。俺の名はワイル・D・スワン。どうかよろしく』
ワイルは恭しく首を垂れた。
『此度は皆様に、スリル溢れるプレゼントを持ってきました。明日の昼丁度、この国最大のお宝を頂戴しに参上いたします。どうか、厳重な警戒態勢で挑むよう忠告しましょう』
ワイルは両手を広げ、宣言した。
『世界樹奥深くに収められた秘宝、世界樹の涙! この天下の大泥棒、ワイル・D・スワンがもらい受ける!』
 




