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79話 いつも家で「あーん♡」してるんですか?

 ラズリのワードに対する好意は、何度も暴走していた。

 私ことシラヌイとディックは、その度に彼女を止めて、ワードが襲われないよう守り続けている。

 調剤薬局を紹介された時には危うくワードが媚薬を飲まされそうになったし、長寿の湖を紹介された時には人気のない所に連れていこうとするし、エルフが使う移動手段、エポナホースの厩舎に来た時なんかは、馬で連れ攫おうとしたし……!


 その度に私らはブレーキをかけたのだけど、これがまた大変すぎる。何しろ相手は山一つを拳でぶっ壊すようなパワフル巫女だ。

 勢いあまって私が媚薬を被り大変な目に遭うわ(人前でディープキスしたとか絶対言えないし……)、こけた私と助けようとしたディックが思いっきり湖にダイブしたし、エポナホースの時なんかは二人で一頭の馬に乗って追い掛け回したし……なんで動ける馬一頭しかいないのよっ!


 ラズリのせいで尻拭いをする度、周りから白い目で見られるし……もう最悪よぉ……!


「あの、シラヌイ様。先程からディックさんとデート気分なのはいかがなものかと……」

「申し訳ありません、ワード大臣……」


 あんたを守る為にこっちは必死こいて戦ってんのよ! 叫びたい気持ちを必死に抑え、私は唇を噛んだ。

 しかもラズリまで呆れた目でこっちを見てくるし……見んな、あんたにだけはその目で見られたくないっ!


「さて、次の場所で一度プログラムを切りましょう。次はエルフの国が誇る生産施設、畑と果樹園です」


 もう心身共にボロボロだ、早く終わってくれい……。

 エルフは菜食主義だから、野菜や果物の生育にはとことんまでこだわっている。森の一部を切り開いて作った畑には野菜の性質に合わせて土や肥料を変え、魔法で0,1度単位での気温管理を行っている。


 例えばキュウリの畑には、しっとりと水分を蓄えさせて、気候も二十四度前後に調整しているけど、トマトの畑にはカラカラの干からびた土に十五度以下の過酷な環境に調整している。トマトはストレスを与える事で実が美味しくなるんだって。


「試食はいかがですか?」


 ワード大臣の御厚意により、いくつか野菜を食べさせてもらう。そしたら、感動の嵐!


「うわ……このキュウリすんごい歯ごたえ! 味も強いし……これ生で食べたほうが美味しいわ!」

「トマトも信じられないくらい甘い、まるで果物だ。青臭さもないし、皮のぷつんと弾ける触感がたまらないな……!」


 なんだか食べるごとに健康になっていくみたい。朝にたべた野菜もおいしかったけど、とれたては格別だわ。


「もしよろしければ、お豆腐も試してみますか?」


 豆腐? エルフが豆腐を作るの?

 豆腐はドレカー先輩の所でも食べたけど、東洋の文化じゃなかったかしら。


「あはは、エルフはたんぱく質を豆でとっていますからね。効率よくたんぱく質を取る方法を模索した結果、豆腐にたどり着いたんです」

「へぇ、そうなんですか」


 菜食主義だと動物性たんぱく質を取れないし、栄養失調になっちゃうものね。

 って事で豆腐を出されたけど、なにこれ?

 ちょっと濁った汁の中に、ぐずぐずの豆腐が浮かんでいる。あれ? 豆腐って固める物じゃなかったかしら。なんか食べるの恐いんだけど……。


「シラヌイ……! これ、食べた方がいい……ドレカーには悪いけど、比較にならない美味さだ……!」

「え、嘘」


 ディックがそこまで言うんだから本当なんでしょうけど、恐る恐る一口。

 そしたら、口の中で豆の旨味が弾ける。鼻を突き抜ける風味も鮮烈で、ドレカー先輩の豆腐がかすんでしまうくらい美味しい。


「なんで、どうしてこんなに美味しいの? なんですかこれ?」

「汲みだし豆腐、と言うんです。本来豆腐は汁を絞って固めるのですけど、その汁が旨味や栄養を持っているんです。保存するには適しませんけど、エルフの国の中で消費する分には問題ないので、この形で食べているんですよ」


 ははぁ……エルフの知恵って侮れないわね。美味しくて栄養もあるなんて最高の食べものじゃない。


「野菜に関してはエルフの方が上だな、残念だけど、この美味さには勝てないや」

「本当だわ……毎日来て食べたいくらいよ」

「お気に召してくれたようでなによりです。では次に果樹園をどうぞ」


 果樹園には、ブドウやリンゴ、ミカンといった果物が栽培されている。一つずつ食べさせてくれたけど、やっぱどれも美味しいなぁ。


「そういや、さっきからラズリが大人しくない?」

「確かに……不気味だな」


 さっきまで散々暴れてくれたから余計に恐く感じる。って事で様子を見ると、彼女はブドウを持ってもじもじしていた。


「……何しているんですか?」

「えっ、あっ、その……今なら彼に「あーん♡」って出来るかなって……ちょっとだけでも、恋人気分を味わいたくて」


 ……さっきまでの暴れっぷりがなければ、素直に応援できるんだけどなぁ……。

 どうもこの巫女、自分の気持ちと力を上手くセーブできてないみたいだ。幼い心に世界を相手取れる力……なんちゅうアンバランスな(汗)。

 けどまぁ、せめて一回くらいは普通に女の子らしい事をさせてやろうかな……一回だけよ? 絶対その先に進めるような事はしないからね。


「ディック」

「わかってる。ワード大臣」


 ディックがワードを連れてきた後、私達で壁を作る。これならスキャンダルも大丈夫でしょう。


「ラズリ様が貴方にしてあげたい事があるそうですよ」

「僕達がフォローしますので、どうぞお気になさらずに」

「え、あの、え?」


 ワードは困惑した様子だった。そりゃ、いきなり意中の相手の前に突き出されたらそうなるわな。

 ラズリも降ってわいたチャンスにドキドキしている様子。さ、今のうちにやりなさいな。

 だけど、待てども待てども動き出さない。どうしたのよ、このチャンス逃すようなタマじゃないでしょうに。


「……あの、すみません……」

「なんでしょう」

「い、今まで過激な想像ばかりしていたので……いざこうなると、どう普通に食べさせればいいのかわからないんですけど……!」


 この抜け作巫女めがぁっ! 目をぐるぐる眼にして顔真っ赤にして、肝心なところで足踏みしてどーすんだ!

 なんでこんな簡単な事が出来ないのよっ! 変に意識するからそうなるんでしょうがっ! ブドウを一個千切ったら、


「ほらディック、あーんしなさい」

「え? シラヌイ、君何をして……」

「四の五の言わずにとっととあーんする! いっつも家でやってるでしょうが!」


 相手の口を開けさせて、ブドウを放り込む。こんだけでしょうが、難しい事なんか何もないじゃない。


「こんな感じで良いんですよ、こんな感じで」

「……あの、随分手馴れていませんか、シラヌイ様……」

「へ?」


 私今、何したっけ? えーっとラズリのポンコツ具合にイラついて、手本を見せようとディックにあーんして、それも大勢の目の前でどえらい事カミングアウトしちゃって……!


「あ、あわ、わわわわ……ぼふんっ!」


 自分のポンコツ具合に大爆発! ラズリの事全然言えないじゃないのよ!


「ディックぅぅぅぅ! あんたの、あんたのせいでぇっ!」

「僕は何も悪くないだろ!? 痛い! 杖で殴らないでくれ!」

「うっさいうっさいうっさーい! 私とあんたは一蓮托生、わたしの責任はあんたの責任でもあんのよぉっ!」

「羞恥心のあまり大暴走しないでくれっ! あ、だめ! 古代魔法はだめだシラヌイ!」


 もう誰かをぶちのめさないと気が済まないのよ、大人しく魔法を受けなさいディック!

 つか、私らが暴れる横でちゃっかりラズリが「あーん♡」成功させてるし! 私の居る意味って何なのよぉっ!?

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