78話 愛情深い(激重)種族、エルフ
「これでよしっと。ラズリ、思いが伝わるといいね」
私ことラピスは、スキップしながら祈祷場へ向かっていた。
世界樹は私達、世界樹の巫女の祈りによってエネルギーを生み出す。例年だと、世界樹の巫女は一人だけなんだけど、今回は私とラズリの二人体制。普段はエネルギーの滞る夜の時間帯も力を加えられるんだ。
ラズリはエルフ軍の最高戦力だから、軍事関連の仕事で忙しい。だから明け方から昼間は私が世界樹の相手をして、ラズリが夕方から夜の祈祷を担当するのだ。
姉妹だからこそのシフト制だ。二十四時間体制でエネルギーを与えられるから、私達の代の世界樹はとても大きく、力強く育っているそうだ。
「でも、いいなー、ラズリは。あんなに大好きになれる人が居て」
ディックとシラヌイもうらやましいな。命を懸けて愛し合える関係って、私憧れちゃう。
ラズリの手前、知ったかぶりしてるけど……私はまだ、そんなに好きになれる人と出会っていない。だから恋するとどんな気持ちになるのか、全然分からないんだ。
「恋するのって、どんな感じなんだろうな……」
誰かを愛するのって、どうなるんだろう。何時も大事な人が頭の中に浮かんで、ぽかぽかする気持ちになるのって、どんな感じなんだろう。
私も知りたいな、そんな、恋する気持ち。
「でもなぁ、そんな相手、都合よく出てこないもんなぁ」
「なんだい嬢ちゃん、恋人でも募集しているのかい?」
急に誰かの声が聞こえた。
ここは祈祷場へ向かう道で、神聖な場所だから衛兵もついていない。でも世界樹が常に見張っているから、部外者はまず来れない場所。
なのに、男の人の声がしたの。
「ははっ、探しても見つからねぇさ。俺様の隠蔽は完璧なんでね。ただ、レディを困らせるのは性に合わない。って事でだ」
そう言うなり、目の前にくるんと宙返りして、男の人が現れた。
私と同じエルフだ。だぼっとしたズボンに、上半身裸の上から直接チョッキを着ている。右耳に三つもピアスをつけていて、凄くラフな男の人。左手に、金色のブレスレットを付けていた。
「初めまして、世界樹の巫女。お会いできて嬉しいよ」
その人はいたずらっぽく笑うと、顔を上げた。
目を見た瞬間、どきっとしちゃった。ワイルド系の鋭い眼をしていて、今まで会った事の無い人だ。
なんでだろう、助けを呼ぶべきなんだろうけど、声が出ない。
「貴方は、誰? どうしてここに来れたの?」
「なぁに、ちょっとしたトリックを使ったんだよ。けどまぁそんな事はいいだろ。俺はただ、下見に来ただけだからさ。その途中でお嬢さんと出会ったもんだから、口説いちまっただけさ」
「口説く……ナンパ?」
「まーな。可愛い子だからついつい声をかけちまった」
かわいい子、そう言われて、また胸が高鳴った。
こう、遠慮なく自分の気持ちに入り込まれると、ドキドキしてしまう。どうして? なんで私、こんな気持ちになっちゃったの?
「ここへ来たのは内緒だぜ、俺とお嬢ちゃんの約束だ。あまり長居するのもよくなさそうだし、俺はここで退散させてもらおうかな」
「えっ、もう……?」
「悪いな、本当ならもっと長く話して居たかったんだけど、そうも言ってられないんだ」
「あ、あの、それなら、名前を……名前を教えてください」
せめて、この人の欠片だけでも貰おうと、そう頼み込んだ。そしたら男性は、
「いいぜ。俺の名はワイル、ワイル・D・スワン。いずれまた、会う事になるだろうさ」
男性が指を鳴らすと、花びらが舞って、姿が消える。でも私の手には、贈り物が握られている。
鳥のような花びらを持つ、不思議な花だ。添えられたメモには、ストレリチアって書かれてる。
「私……男の人から、プレゼントを貰っちゃった……」
まだ胸が高鳴って、ドキドキしちゃってる。なんだろう、この、不思議な気持ちは……。
◇◇◇
「こちらがエルフの国の名所、黄金花の花園です。世界樹の許しを貰って森の一部を切り開き、栽培しています」
「黄色が映えて美しいですね」
「ありがとうございます。黄金花はすり潰すと薬草になりまして、主に骨折の治療に使われているんです」
「骨折に効く薬草!? それは凄いですねぇ……!」
私ことシラヌイは、ワードの案内を受けつつ、エルフの国を回っていた。
ラピスの提案を受けて、ラズリが方々を駆け回り、急遽用意された催しだ。魔王領からの人が来ることを見越して、外交官にエルフの国の名所を紹介する。将来的な事を考えれば、エルフにとって有益な催しだろう。
そんなこともあって、ワードは一生懸命に私達に説明をしてくれている。とても丁寧に教えてくれるから、私達もつい話に聞き入ってしまう。
……ただ一人を除いては。
「ああっ……一生懸命ちょこまか走って回って、なんて可愛らしい……! はっ、いけないよだれが……!」
護衛が一番の脅威とはこれいかに。外部からより内部から敵が来そうで怖いんだけど。
私達がラピスから頼まれたミッションは、時折隙を見て二人を近づけ、気持ちを伝えさせろって物だ。
……二人っきりにさせたら、間違いなく間違いが起こるのは間違いないでしょうね。それも取り返しのつかないレベルの間違いが。
それを止めるために私らを寄越したんだろうけど、正直与えられた役目が重すぎて気がめいっちゃうんだけど。
「なんつーか、エルフのイメージが崩れていくわね……」
「愛情深い種族、って印象だよね。愛情深すぎて足枷レベルに重いけど……」
「ねぇ、どうするディック……あの二人をどう近づけさせようか」
「うん……ティラノサウルスに山羊を差し出すような物だからな……」
生贄をささげる司祭の気分だわ。ディックもどうしようか悩んでるみたい。
「適度に自由時間を求めて二人を近づけて、ラズリが暴走しないよう気を付ける。それしかないんじゃないかな」
「まぁ、落としどころとしては妥当よね」
いざとなったら煌力もあるし、最悪の場合力づくで止めないと。……それやったら外交的にアウトか。畜生、こんな時リージョンが居ればなぁ……。
「ともあれ、そろそろ行動開始しよう。すみません、ワード大臣。黄金花をもう少し深く見学させていただけませんか?」
「あ、はい! でしたらここで自由時間にしましょうか」
ディックの機転で自由時間になり、外交官たちが思い思いに花畑を見て回る。その間にラズリとワードを誘導して、二人をベンチに座らせた。
「さて、どうなるかしら……ディック、気配察知、全力全開でお願い」
「任せてくれ、不穏な動きが見えたらすぐに止めるよ」
って事で全神経を集中してラズリの様子をうかがう。意中の人と一緒になったせいか、戦士の顔から乙女の顔になっちゃってる。手を握り合わせて、足をもじもじさせて、これだけなら凄く可愛いんだけど……。
「ううっ、いい匂いがする、それに凄く近くて体温を感じる……あ、ああっ、世界樹よ……このような背徳の甘美、私は受け取ってもよろしいのでしょうか……!」
あかん、トリップしてイッちゃってる。女じゃなくてメスの顔になっとるがな。
「ラズリ様、お手を煩わせてすみません。やはり魔王軍の人達にも、エルフの国の素晴らしさを伝えたくて。安心して案内が出来る場を設けて貰って、ありがとうございます」
「えっ? ええいえ! エルフ軍最高戦力として当然です。大臣のお力になれたのなら、光栄です」
「光栄だなんて、そんな……僕こそ、世界樹の巫女に力を貸してもらって……こんなに贅沢なことはないですよ」
「ワード大臣……!」
おっ、なんかいい雰囲気? と思った時だった。
「はぁ……はぁ……どうしよう、理性が、理性がっ……!」
「やば、タガ外れかかってる! ディック!」
「了解!」
ディックが煌力をラズリに直接流し込んだ。煌力は流し込めば痛みが走るから、
「いつっ!?」
「ラズリ様?」
「い、いえなんでも! ……危なかったけど、いい所だったのに……」
理性が戻ったのはいいけど、私達をにらむのをやめてもらいたい。危ない所を助けたのよ私達は。
「放っておいたら間違いなく襲っていたわよね、あれ……」
「いい所じゃないだろ、全く……見学会が終わるまで、ずっとこの調子なのか?」
ディックと二人でため息をつく。恐竜の手綱を握っているようで心臓に悪いわね。
「って、また!」
「なんだ?」
ラズリが両手をわきわきさせて、興奮した顔でワードに迫っている。獲物をねらうワニの目よ、あれは。
急いで止めるべく駆け出したら、ディックとぶつかり転がってしまう。丁度私がこいつを押し倒す形で倒れちゃって……。
「し、シラヌイ様、白昼堂々それは……」
「サキュバスだからと積極的すぎるのはいかがなものですね」
お前が言うな! 危うく出かかった言葉を、私は必死に飲み込んだ。




