76話 幻魔シルフィ
私ことシラヌイは、ディックと一緒にシルフィを追いかけていた。
窓から落下したけど、ディックがすぐ助けてくれたから怪我はなかった。もし落っこちてたらどえらい事になっていたわね……反省。
『そうだ、追いかけてくるがいい。淫魔シラヌイ。そうでなければ楽しみがいがない』
シルフィは私達を誘うように森へと導いている。道中、沢山のエルフとすれ違ったけど、誰も私達を気にしていなかった。
「認知を書き換えて、私達を居ない物として扱っているようね」
「それもエルフの国全域に力を使っているのか。改めて感じると、凄い力だな」
今度はディックもきちんとシルフィを認識している。いや、させられていると言うべきか。
名前の通り、幻のようにあやふやな存在ね。なんだかあいつの作った異空間へ誘われているような感覚だわ。
国を抜け、森に入る。するとシルフィは木に止まり、私達を見下ろした。
『ここならよかろう、変な邪魔が入る事もなさそうだ』
「あんたの力なら、邪魔者をどける事くらいできるんじゃない?」
『まぁな、ただの気分の問題だ。どのような場面でも、シチュエーションというのは重要だろう?』
変なこだわりがあるようね。なんだか魔王様みたい。けど今はそんなのどうでもいいわ。
「シルフィ、貴方には聞きたい事があったの。どうして私に接触した? なんで私の記憶だけ消さなかったの? 答えて」
『聞いてどうする?』
「あんたの考えが知りたいの。あんた、私を歴史を変える存在として見ているんでしょ?」
『おいおい、己惚れるなよ。世界樹の巫女から吹き込まれたようだが、そんな大層な理由で貴様を選んでいないぞ』
「四天王だからね、己惚れないとやっていけないわ。それに貴方、言葉選びをミスったわね」
「確かに、お前はシラヌイを「選んだ」と言った。明確に彼女へ介入する意思を見せただろう」
『おっと、これは失言だったな。忘れてくれ』
忘れてたまるか。ってかあんたなら強制的に忘れさせる事ができるでしょ。
それをしないって事は、私達に何かを伝えようとしている。そう裏付けられるのよ。
『ま、そう身構えるな。折角力を貸そうと考えているのに、そんな喧嘩腰で来られたら考え直してしまうぞ』
「! 本当に、私に介入する気なのね。けどどうして? なんで私なの? 歴史に影響を与えるなら、ディックがふさわしいんじゃないの?」
『ふむ、確かにな。そやつは勇者フェイスと歪な縁があり、魔導具に選ばれ、加えて煌力を身に着けた。その若さで武の境地を極めつつあるし、それだけ見れば貴様より相応しいように見える。だが、介入とは何も直接手を下す事だけではない。間接的に手を下す事もまた介入だ』
「どういう意味だ?」
『ディック、貴様の力の源は、シラヌイだろう』
ディックは頷いた。それとこれと、何の関係があるんだろ。
『そのシラヌイが、己の身を滅ぼす程の力を手にしたら、貴様にどのような影響が出る? 分かっているぞ、その杖に仕込んでいる、神と鬼の魔石の事を』
こいつ、私が持ってるミストルティンとケーリュネイオンを知っているの?
そういや、世界樹はこいつを歴史の観測者と呼んでいた。って事は、なんらかの手段で過去を覗き見る事が出来る。そう考えれば納得いくわね。
『私が力を貸せば、シラヌイはその力を手に入れられるだろう。貴様と対等に立ち、戦う能力を得られる。しかし、貴様の力と違ってシラヌイの力は諸刃の剣だ。ともすれば自身の命を食らいかねない、恐ろしいまでの力よ』
「…………!」
ディックの顔色が変わった。私も魔石の力を使って感じたもの、この力はやばい奴だって。
もし制御できれば確かに、私の強い味方になってくれるはず。だけど使いきれなければ、きっと私は死ぬでしょうね。
『もしシラヌイが力に食い殺されれば、貴様はどうなる? 勇者フェイスに無残に殺されるだろう。しかしシラヌイが力を御せば、逆に貴様がフェイスを食う事になる。貴様ら二人の結果いかんでは、世界は大きくうねるのは間違いない。貴様とフェイスの存在は最早、この世界の歴史が変わるに相応しい物となっているのだ』
「……そのうねりを増強するために、第三者、シラヌイに手を貸すって事か」
『左様。貴様に直接手を貸せば力関係が崩れるが、シラヌイならば話は別だ。神と鬼、猟奇的な二つの力を御せるか否か。こやつの操る力は、確実に貴様らの行く末を占う物となる。それならば、私は貴様ではなくシラヌイに力を貸す。これで納得したか?』
ええ、私は納得したわ。けどこいつは、納得できていないみたいね。
「ふざけるな、シラヌイはお前の玩具じゃない。彼女から聞いたよ、お前が歴史に介入する理由を。お前は誰に対し、何の興味も関心も抱いていない。ただ自分の起こした現象を観察して楽しんでいるだけだろう」
『その通りだ』
素直に答えたのは、隠す意味も必要もないからでしょうね。
認知を操り、記憶を消せるこいつにとっては、真実を語る事に何の抵抗もない。だからこうしてペラペラしゃべってくれるんだ。
だからでしょうね。無邪気な悪意がひしひしと伝わってくるわ。
「シラヌイ、こいつの声に耳を貸しちゃだめだ。幻魔の力を受けたら、君の命に関わってしまう」
「……そうかもしれないわね」
でもねディック、正論だけで人は、頷けないのよ。それに大丈夫、私にはあんたが居るんだから。
こいつが介入するって事は、私の使い魔になる気だ。ミストルティンとケーリュネイオン、二つの魔石を使う手助けをしてくれる。願ったりかなったりじゃない。
「幻魔シルフィ、あんたの介入、この四天王シラヌイが受け取ってやろうじゃない」
「シラヌイ!」
「こら、怒鳴らないの。私だって考えなしに受けたわけじゃないのよ。まず理由その1、こいつは力を貸すだけで、私を直接どうこうしようとする気はない。あくまで、大きな力を手にさせて、それで破滅するか成功するかを見たいだけ。そうでしょう?」
『左様』
「なら、結局のところ私次第よ。ミストルティンとケーリュネイオンの力に飲まれるかどうかは、私がやってみないと分からない。こいつ自体には、なんの危険もないの」
『その通り。私はただ見ているだけ、力を貸すだけだ』
「んでもって理由その2、私がやばくなったら、あんたが助けてくれるでしょ」
ディックははっとした。
そうよ、そんだけ危険だなんだって言うんなら、あんたがどうにかしてくれるんでしょ。いつもやってくれてるみたいにさ。
「私はあんたを信じている、それならあんたも私を信じなさい。私は決して力に溺れないし、食われるつもりもない。もしやばそうになったら、あんたが助けてくれる。でしょ?」
「……勿論、そのつもりだ」
「なら、納得してくれたでしょ。あんたが居てくれる限り、私に危険や心配はないんだから」
元々、ディックと一緒に使うつもりで用意した力だもの。あんたが止めてくれること前提で使うのなら、恐れる必要なんてない。
『大した信頼だ。淫魔と人が交わすとは思えんほどに』
「ありがと。それで、私に力を貸してくれる約束、嘘じゃないでしょうね」
『勿論。ただし、力を行使するにはそれなりのシチュエーションが必要だ。何しろ私は美食家、一番美味しい場面で現れるとしよう』
どういう意味? そう言おうとしたら、シルフィが一瞬光った。
◇◇◇
「……あら? さっきまで、何の話をしていたんだっけ……?」
「というより、僕達はどうしてこんな所にいるんだ?」
ふっ、すまないなシラヌイ。記憶は消させてもらったぞ。でなければ、この先訪れるであろう宴での、貴様らの反応が薄れてしまうからな。
ただ、決意のほどは伝わった。
私が姿を見せたのは、貴様の決意を確かめるためだ。貴様らが挑もうとしているのは、並大抵の山ではない。途方もなく高い巨山だ。
その山に挑み、越えようとする者が居るからこそ、歴史は動く。そのうねりを見たいがために、私は力が均等になるよう調整する。
「勇者フェイス、奴がまたひと騒動起こすはずだ。現状では奴が圧倒的有利、シラヌイに力を貸して、丁度五分と言った所か」
それに程なく、第三の星も現れるようだ。そ奴がどのような作用をもたらすのか、今から楽しみだ。
さぁ、今度の介入は、どのような影響をもたらすのかな。




