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7話 勇者パーティの剣士の実力

 リージョンからスカウトを受け、二日後。

 僕ことディックは牢から解放され、闘技場に連れてこられた。


 魔王軍の訓練場だそうだ。観客席には四天王の他、各部隊の師団長やらが視察に来ている。全員僕の実力を見るために集まったようだ。


 おまけに、主賓席には魔王とその側近である宰相が佇んでいた。


 ここからでは逆光で見えないが、相当な威圧感を受ける。まさか入隊試験に魔王まで出てくるとはね。

 それもそうか、元勇者パーティの剣士が魔王軍に入ろうとしているんだから。

 今から行われるのは所謂入隊試験。筆記試験は昨日やったから、今日の実技試験で合否が決まる。


「これより、実力試験を行う。ディック、武器を受け取れ」


 リージョンが僕に得物を投げ渡してきた。受け取った僕は、目を見開く。

 ……没収されていた母さんの刀だ。これさえあれば僕は、何も恐くない。


「……魔王軍への移籍か。考えてもなかったな」


 リージョンから受けた一言が、僕の背中を押した。


『シラヌイの傍に居たいとは思わないか?』


 それを聞いた時、僕は「居たい」と即答した。

 僕はシラヌイに対し、不思議な感情が生まれている。それが恋なのか、それとも単なる母さん恋しさなのか分からない。

 でも僕は、シラヌイの傍に居たい。その気持ちに嘘はない。僕に生まれた感情を知るために、必ずシラヌイの傍へ行く。


「じゃあ、敵を用意しましょうかー」

「……疼く、我が右腕が疼くっ……!」


 メイライトの創造によって戦闘用ホムンクルスが生み出され、ソユーズが金属を操って大剣や鉄の弓を与える。数は二十、剣と弓の比率は五分か。


「では、始め!」


 リージョンの合図と共にホムンクルスが襲ってきた。剣を振り上げ、矢を引き搾り、僕を殺そうと迫ってくる。

 四方八方から矢が飛んでくる。それを僕は、鞘で全て叩き落した。


 剣を振り上げるホムンクルスを前に、僕は目を閉じる。


 呼吸の音、筋肉の軋み、空気が動く感触。それら全てを感じ取り、僕は真後ろへ居合斬りを放った。

 バターを切るような軽い手応えを受け、目を開ければ、真っ二つにされたホムンクルスが墜落していた。

 返す刀で左右を切り裂き、鞘に納めて即座に居合斬り。一息で四匹の敵を瞬殺し、周囲から驚嘆の声が上がる。


 また鞘に納め、走りながら弓矢隊へ切りかかる。流れるように弓矢隊を全滅させ、前衛隊を睨みつけつつ、鞘に納めた。

 母さんの剣術は神速の居合斬りを軸にしている。鞘に納める動作がルーティーンとなっていて、次の動作にスムーズに入る事が出来る。


「ふっ!」


 居合と同時に走り抜け、瞬きする時間で残党を全滅させた。するとメイライトが再びホムンクルスを作り出してくる。

 何体来ようが同じ事。鞘を打ち据え、刀で切り裂き、迫りくる魔物を地に伏せる。母さんの剣術に敵など居るものか。


「凄いじゃない、ではクライマックス!」

「……宵闇の覇者よ、鉄の外套を纏え」


 メイライトはドラゴンを作り出し、更にソユーズが鋼鉄の鎧を被せた。

 黒い表皮を持つブラックドラゴンだ。他のドラゴンに比べて皮膚が硬く、冷却のブレスを吐き出してくる難敵だ。その上に甲冑を被せているのだから、物理攻撃ではほぼ歯が立つまい。


 加えて、無数の鉄の剣がビットのように浮遊し、断続的に襲い掛かってくる。ドラゴンも激しくかみつき、氷結のブレスを吹き付けてきた。最後の最後で大した波状攻撃だ。


「ただ、想像以上ではないな」


 ブレスはモーションが分かりやすい。筋肉の音や動きを見れば、引っかきも噛みつきも避けられる。取るに足らない相手だ。

 母さんから教えて貰った、気配探知による先読み術。僕には少し先の未来が見えている、いくら攻撃しようと無駄だよ。


 飛んでくる剣は全て破壊し、一本だけ強奪した。


 ドラゴンは甲冑に覆われているが、生物の構造上覆えない部分もある。一つは、目だ。

 奪った剣を目に突き刺し、もう片方も切り裂いた。視覚を奪ったら今度は関節。腱を断ち切り、身動きを完全に取れなくしてやる。

 剣が通らない敵を切る方法、それも母さんから教わっている。


「揺れろ」


 刀に魔法をかけ、微細な振動を与える。それだけで刃物は、あらゆる物を切断する力を持つのだ。

 甲冑の隙間を狙って四肢の腱を断ち、無防備になったドラゴンへ刃を振るう。

 刀を一閃した後、ゆっくりと鞘に納める。周りの連中には、何も起こっていないように見えるだろう。


 カチン。と鞘から音を立てるなり、ドラゴンの首が斬り落とされ、重い地響きを立てた。


 観客席からどよめきがあがった。驚いてくれるのはいいけど、これでもまだ本気ではないのだけどな。

 ともあれ、これだけの成果を上げて不合格はないだろう。

 シラヌイの下へ向かう。その玄関口で転ぶような真似は出来ない。……頼むから合格してくれよ。結構僕、心配性なんだからな。


  ◇◇◇


「これは想像以上だな」


 私ことシラヌイの横で、リージョンは驚きの声をあげていた。

 かくいう私も相当……じゃなくてちょっと驚いた。

 報告以上の力量だ。刀一本でブラックドラゴンを倒すなんて、人間離れし過ぎている。あの魔物を人間が倒すなら、武器を持った兵士が九十人は必要だ。


「メイライト、弱いドラゴンを作ったりはしてない?」

「全然手を抜いてないわよぉ。第一魔王様を前にしてそんな事したら怒られちゃうもの」

「……奴に戦い方を教えたのは、母親らしい。曰く、刀一本でドラゴン五体をまとめて倒す強者だったようだが」

「どんな化け物よそれ……」


 親が親なら子も子だわ。あいつ一人でどれだけの戦力になるか、計り知れない。


「いかがでしょう、魔王様」


 リージョンが固唾をのんで魔王様に尋ねる。普段なら私達四天王が人事権を握るけど、相手が元勇者パーティの一人である以上、判断は魔王様が下す。

 影になってお顔は見えないけど、どのような表情でディックを見ていたのだろう。やはり敵を採用するなんて事を魔王様がするわけ


『いいね、採用!』


 って軽っ!?


「あの、よろしいのですか? 相手は元勇者パーティの」

『裏切ったら倒せばいいじゃん。使えるんなら使おうよ、ああいう真面目君好きだよワシ。筆記試験も満点だから頭もいいのよねん』


 嘘、あの筆記試験士官用だから相当難しいわよ。それ満点とか、人間どころか魔王軍でもトップクラスの天才じゃない。


『彼なら仕事きちんとしてくれるだろうし、どっかの誰かさんと違って有給ちゃんと使ってくれそうだし、定時で上がって残業代節約してくれそうだし、サビ残しないで労基も守ってくれそうだし。魔王軍はホワイトかつクリーンな企業目指してるんですっ! ぷんぷん』


 後半どう考えても私を指していますよね魔王様。私はブラック社員のモデルケースかっ。


『でも一応保険はかけときたいよねぇ。最初は敵だったわけだし……うん、配置は君がやってくれるかいリージョン?』

「勿論、仰せのままに。となれば、我々の副官として採用するのはいかがでしょう」


 ……あ、オチが見えたわ。

 ディックの採用は確定だけど、問題は配置だ。リージョンに配置を任せたという事はつまりその……。


「というわけだから、よろしく頼むぞシラヌイ」


 ……うん、大まか予想通りだ。


「なんで私? 明らかに作為的な何かを感じるんだけど。あいつの面倒見たくないんだけど」

「シラヌイは接近戦苦手だろう。だがディックを傍に置いとけば弱点をカバーできる」

「そうねぇ。それに貴方、副官付けてないじゃない。すぐ辞めちゃうから」

「……奴は優秀だ、教えずとも即戦力になると思うが?」


 同僚達め、ここぞとばかりに正論で殴りつけてきやがる。助けてください魔王様。


『ワシも文句ないよ。それにチミいつもタスク目いっぱい仕事してこんがらがってるでしょ。彼事務仕事とか得意そうだし、手伝ってくれたらきっと仕事楽になるんじゃなぁい?』


 何後押ししとんじゃチャラすぎ大魔王! 人間をいきなり副官抜擢とかありなのそれ!?


 いや確かに、仕事出来そうだし、気遣い上手だし、強いから守ってくれそうだし、文句がないわけではないんだけど、文句はあると言うか……。


『はいけってーい! じゃあ後で人事担当に契約書持ってかせるから書かせて頂戴。前職の給料とかきちんと聞いた上で給与決めないと。あと年間休日に有給だったり、シフト形態も説明しなくちゃ。入職後のギャップがあると早期退職に繋がっちゃうしー、色々手回ししなくちゃー。ルンルン♪』


 くそ、無駄に意識高い系すぎる。私としてはとっとと早期退職して欲しいんだけど!


「あーもう、面倒な事になっちゃったなぁ……」

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